第107話 移動・突入

イエナー陛下がつけてくれた近衛第15分隊は、もともとこのワゴン馬車の担当であるとのこと。この大きな6頭立ての馬車を上手に御している。御者台には2人座り、5騎の騎兵が前後を走る。そして4人が馬車の中で休んでいて、隊長のベルメルは今そこで胡坐をかいている。客は私と神聖騎士エミリー・バルマンの3人だ。


「東城近くは今どうなっているかわからんが、そこまでの道はよくわかっている。舗装された太い街道だから、揺れることもない。まあ、ゆっくりしていてくれ。止めることなく、すっ飛ばしていくんで、悪いが俺たちも中で休ましてもらうよ。」

そう言って、藁の敷き詰めた床に丸まり、ごろんと寝てしまった。今朝から馬車の中身を放りだしたりして用意に忙しくて休めなかったのだろう。

馬車は休みなく速足の速さで、ガラガラと進んでいく。私はその中で馬車の側壁にもたれかかり、頭の中でひたすらイメージトレーニングをしている。東城はどうなっているのであろうかと。

神聖騎士エミリー・バルマンにそのことを問いかけても、

「行ってみないとわからん。」

との返事しかない。


これまでのいきさつを考えると、状況がどうあれ何とかして城の中に飛び込まないといけないであろう。場合によったら、私一人の方がやりやすいかもしれない。いざとなれば、空高く飛んでいけばいいのである。その際は、残りの騎士達を返さないといけない。いや、それさえも優先順位は低い。付き添う騎士達を使いつぶしても城の中にたどり着くのが今の私の使命であるから。


夕方になると馬車が止まった。天井の上からのぞくと駅に着いた様子だ。ベルメルは書類を持って駅舎に走って馬を交換している。騎馬を含めると11頭とけっこうな数の馬であるが、ちゃんと準備できるのだから、この街道の駅はかなり立派なものだ。トイレを済まし、パンに塩豚やらを挟んだサンドイッチを貰い、再び馬車に乗り込んだ。ここに居たのは20分ほど。そして、また出発。馬車はまた走り始める。

やがて夕陽が傾き日も暮れてしまったが、その夜道を馬車は走り続けている。休憩に入る者は交代していてるが、誰も何もしゃべらない。とにかく口に食い物を放り込んで咀嚼して呑み込むと、そのままごろんと横になっている。休むのも任務の内らしい。

深夜半、もう一度駅に止まる。駅舎の役人も今の状況をそれなりに察しているらしく、深夜でも対応が敏速だ。騎士達は大急ぎで馬を繋ぎ変え、やがてここに大兵団が来ることを伝えて出発した。


日が明けてしばらく走っていたが、この頃になると、騎兵を先行させて馬車の速度はかなり落ちている。そして昼前になると、小さな林の影に馬車を止めて、みんなで先を観に行った。

敵が見えてきたのである。


森の影に隠れて進み、東城が遠目に見えてきた。

城の周囲には敵部隊の配置が既に終わっていて、文字通り、びっしりと囲まれていた。

攻城器も周辺に置かれ、後は城壁に取り付くばかりのようすである。いや、地面には放たれた矢が多数刺さっており、すでに一戦あったようだ。周囲は敵軍が完全に取り巻いていて入り込む余地も見つけられない。

それでも城に潜り込まねばならない、敵中突破を覚悟する必要がある。


「ダメか、入城はあきらめて戻るか。」

護衛部隊の指揮者である騎士ベルメルがつぶやく。


「何言ってるんですか、おめおめ帰るつもりですか?」


ベルメルはムッとした表情を見せ、

「いや、できるかどうかの状況判断はせんといかんだろう。行って全滅しましたでは話にならんだろうが!」


あっ、こいつ、日和りやがった!


「勅命を拝領したときからそのぐらいの事は覚悟の上でしょう。今更、できるか否かなど迷うなど無駄なだけです。いまさら命の心配などする必要はありますまい、ただ一定、突き進むのみ!」


「なっ何を言っているんだ!引き上げ!引き上げだ。」


「ならば、お帰りになるが良い!

帰って、こう報告されよ。エリーセは愚かにも一人敵中に飛び込んでいきましたと!

私はあなたの部下ではない、ここからは勝手にさせてもらう。」


「なッ何だと!他の奴の安全も考えろ!」


「私は神聖騎士団員だ。私の命はエリーセを守ることにある。悪いが私もついていくことにするよ。」

女騎士エミリーが落ちついた声でこう伝える。


「私もそうだ、神聖騎士団員は王国騎士団の指揮下に従わないといけない筋合いではないからな。」

もう一人の神聖騎士バルマンが静かな声で当たり前のようにいう。


護衛部隊の騎士ベルメルの言いたい気持ちはわかる。しかし、ここを突破されると王国軍は北と東から、はさまれてしまうのである。王国の東半分は侵攻してきた連合軍に蹂躙されることを覚悟しなければならない。それなりのリスク・犠牲は覚悟の上でここに来たはずだ。


いや、そんなことはベルメルにももとより承知だ。それでも万を超える大軍が小城を取り巻く光景を観たとき、

・・・挫けてしまった。


"チッ、怯んじまったか"

ベルメルは自身の事ながら舌打ちしてしまう。

"ならば死んでやるよ。"

そんなやけっぱちなボヤキを心中で呟きながら

「あんた方だけを放って帰れるわけないだろう。」と。


「ならば、我が魔道の奥義、御披露しよう。とくとご照覧なされよ!」

そう言って、少し気取って見せたが

・・・なんの反応もない、スベッてしまったようだ。


ベルメルは少し苦々にがにがし気に唇をゆがめてニヤリとしながら、突入の指示を始めた。


「このまま街道を進んでいくと敵さんの陣に入る前に検問があるに違いない。そこで引っかかっちまうと、後がつらい。だから、ここから森の中を迂回して間道を進み、敵さんの後ろ側に・・・とにかく敵陣の中に紛れ込む。間道の事は俺がよく知っているから案内は任してくれ。前から演習を散々してきた場所だからな、この辺の地理は木の一本に至るまで熟知している。

そして敵陣の中を何知らぬそぶりで城にできるだけ近づいて・・・後は、城に突っ込む。

と言う要領になるが、このワゴン馬車をどうするかだな。間道は舗装なんぞできていないからな、岩だらけ・木の根っこだらけだ、馬車はまともに走れない。」


「馬車はある方がいいわけ?」


「そら、敵陣に入ってしまうとカモフラージュになるからな。まさかこのでかいワゴン馬車がテルミスからぬけぬけと入ってきたとは思うまい。」


「じゃあ、馬車で間道を進みましょう。荒れ地の通過は魔法で何とかするわ。」


「ひょっ、言うね。さすが魔道の奥義だ。」


とりあえず、ワゴン馬車に闇魔法の重力無効をかけてしまう。


「これでどう?ゆっくりと進めてみて。」


最初の小岩に乗り上げて、一旦持ち上がると馬車の車輪は地面から浮いたままである。


「車輪が地面から浮いてしまってるからブレーキは効かないわ。代りに魔法で後ろに引っ張る様にしてるけども、御者の思い通りにはいかない、気を付けてゆっくりと進んで頂戴。」


少し平らな所に来ると地面の下におろして、普通に走る。そしてまた岩や根っこや泥濘地が来ると、重力無効と浮揚の魔法を使い分けて馬車を持ち上げてやる。こんなことを繰り返し、2時間ほど進むとようやく太い街道に出てきた。


「よし、東城を越えてサムエル側に出た。ここからは、敵さんのふりをして、突っ走るぞ。」


そして、馬車を飛ばしてゆく。やがて、所々で一団となって佇んでいる敵兵の陣取る横を、馬車とこれを守る騎兵の小隊でガラガラと駆け抜けていく。

なに戦場の事である、馬車と騎兵の組み合わせのこのような情景は日常といえる、それだけで敵が来たとはおもうまい。敵兵はうるさそうな顔をしてこちらを見ているだけだ。

あと1000m。向こうで検問の小隊が道をふさいでいる。幸いに路上の遮蔽物は置いていない。


「多分敵は、城攻めの軍勢の中を、まさかワゴン馬車で突破して来るとは想像もしていないはずだ。だからテルミス王室旗は降ろしたままできるだけ城門に近づく。俺が先導して、途中で誰何すいかを受けたら、『使者なり』と胡麻かすからな。そのまま行けたら城の近くまで突っ込んで王室旗を掲げ、一気に城門に駆け込む。

でも、そんなにうまくいくはずはないから、途中で止めに来ると考えるべきだ。その時は、俺が合図をするから、あんたはただひたすらファイアーボールを打ち込み、ワゴン馬車で行けるところまで突っ走らせる。馬車が破壊されたら周囲の騎兵で生き残るものがあんたを拾い、騎乗でいけるところまで突っ込む。この手はずでいこうか。とりあえず俺が先導する。」


「敵兵へ打ち込むファイアーボールの射線に割り込まない様にお願いします。」


「ああ、気を付ける。俺が横に寄ったら合図と思ってくれ。それから、打ち込むときは俺の事は気にするな。敵もろとも容赦なくやってくれていい。」


スピードを落とさずに検問所に近づいていくと、両手を大きく振り上げて「止まれ止まれ」と叫んでいる。横には槍兵・弓兵もいる。先導する騎士ベルメルが、

「急ぎの使者である、ごめん!」

と大声で叫ぶ。

しかし、

「とまれ!とまれ!その連絡は聞いておらず!とまれ!」

と返事が返ってきて、横に控える弓兵は弓をこちらに向け、槍兵も並んで槍衾を構える。


”ここまでだ!、”


先導のベルメルは避けるように横に退く。ワゴンの天井に上半身を出して杖を向け、前方に向けて火焔弾を6発、扇状に打ち込んだ。

検問の小隊は吹き飛んでいく・・・と同時に、周辺から驚愕と敵意の視線が刺さる。

今度は、両側に放火を放ち、火焔の壁で視界をふさぐ。そのまま城門に向かって全力で疾走し、そしてワゴンの上にテルミス王室旗を高々と掲げた。

ここまで来ると離れたところで佇んでいた敵部隊もさすがに気が付いたのであろう、座って様子を見ていた敵兵どもも、立ち上がって攻撃の用意を始める。後ろ100mほどでは、弓兵の一隊が射撃の用意を始めている。


「後ろの騎兵、邪魔だ!前へ!」


ワゴンの上から神聖騎士バルマンが叫ぶと、後走している2騎が速度を上げワゴンの横に来る。そして今度は後方に放火、火焔の壁を作ると同時に、竜巻を起し火焔柱を空高く登らせる。矢が飛んできてもこの竜巻で大分逸らせるはずだ。

城内からは様子を見ていたらしく、開門を叫ぶまでもなく城門のはね橋が降りてきた。そして、そこに飛び込み、一気に城内に入った。


「落伍者は?傷を負うたるものは?」


「大丈夫!誰もおらん。」


護衛部隊指揮の騎士ベルメルは、唇を歪め、またニヤリとして、

「あんたの魔道の奥義とやら、とくと拝見した。」と。


ほっと一息をついて、みんなは下馬・下車すると、周りの城壁から喚声で迎えてくれた。

そしてむこうから、守城の指揮官が駆けてきた。


「昼日中に敵中突破とは無茶をなさる。しかし見事な火魔法を見せていただいた、城中で我らの士気は大いに挙がりましたぞ。」


あっ、この人は見たことがある・・・グンケル男爵だ。

バルディに初めていったとき、駐屯騎士団の司令をしていた人だ。

こっちに来てたんだ。

ドサ周りやらされてる人だな・・・。


「とにかく情勢を説明いたします、こちらへ。」

そう言って、指令室に案内しようとするが、

「わたくしは一介の治療師・祓魔師であり、兵法の心得なんぞございません。こちらの騎士殿にお話しください、その指示にしたがいますので。それより、城内の負傷者の元にご案内いただきたい。急ぎ治療を始めたく思いますので。」


「・・・確かにそのために来られたのですからな。こちらです。」


学校の教室を一回り広げたほどの部屋には、30人ほどの重傷者が寝ていた。既に矢は抜かれ、傷は乱暴ながら縫い塞がれている。しかし、放っておくと日を越えずしてあの世に旅立つような負傷者ばかりである。

意識の無いものが半分、うんうん唸っている者がもう半分である。目をつぶした者、腕や足を落とした者、腹が裂けて腹膜炎になっている者、いずれも先の希望が断たれた人々といってよく、この部屋があるのは負傷者を保護するためというよりも、健常な者の目に触れさせない様にするためといってよい。このような重症者を見ると兵士の戦意が落ちるのは明らかであるから。

とにかく浄化とキュアーをかけて回る。まず、感染症とショック状態を押さえることが第一なのだ。それを一通り終えると、部屋の真ん中に立ち、


「これから、をかけます。できるだけ真ん中の方に寄せてください。」


「神降ろし?ヒールではないのです?」


「通常のヒールでは、この方たちにはもう焼け石に水ですし。

神社での祭りの際に行われている大魔法です。まとめて治癒いたしますので、他にも傷の深い方を連れてきていただけると。」


「ちょっちょっと待ってください。すぐ連れてきます。」


案内の城兵は大慌てで、部屋を出ていく。そして、城内を大声で、

「神降ろしがあるぞ!神降ろしがあるぞ!傷を負った奴はヤツはすぐにくるんだ!施療所にすぐに集まれ!」

そう告げる声が、あちらこちらで響いている。


”神降ろし”とはディバインヒールの事を言ってる。ホーリーヒールを越えるこの大魔法の名を知るものはいない、だから”神降ろし”として唱えた方が無難と思ったから。

少し待たされることとなったが、その間に、敗血症・腹膜炎に陥った者にキュアーと浄化をもう一度かけておく。しばらくすると、城内からまだ元気な負傷者たちも集まってきた。単に物見高いだけで来た者もいるようだ。構いやしない、話が広まれば士気も上がるに違いない。

ディバインヒールといっても無詠唱でできる。が、と言ってしまったので、それらしい呪文は必要だろう。部屋の中央に立ち、杖を頭上に持ち上げ、でっち上げの呪文を唱える


「おおがみよ、おおがみよ、

ここにいるのは、神を敬い、人を愛する、勇敢なる人なり

おおがみよ、その力をもって、その善き人を癒したまえ~

アチメ~!」


最後の”アチメ~”は気合。

部屋一杯が光で埋め尽くされ、それぞれの傷にその光が吸い込まれてゆく。そして、目を失った者には目を、手足を落とした者には手足を、それぞれ取り戻してゆく。出血がひどく貧血にある者や腹膜炎から敗血症に至った者も既に血と内臓がもとに修復されているはずである。

うめき声は収まり、回復の奇跡に驚き喜ぶどよめきが広がり、あるいは治癒の安らぎに静かな眠りに落ちた者の寝息が広がる。


「他に負傷者は?」


「多かれ少なかれ、少々の傷なら全員が負っている。城壁で番についている者には少なからず傷をもつものがいるはずです。」


「じゃあ、城壁を回りましょう。」


城壁に昇るというと、神聖騎士の2人が大盾を持ってついてくる。

確かに城壁の上にはあちらこちらで横になっている者がみられた。相対的にみると軽傷者といえるが・・・。


「また明日、神降ろしをします。その時にいらしてください。」

そう伝えて、とりあえずハイヒールをかけていく。


また、所々に城壁の崩れているところも見受けられた。カタパルト(投石器)から大石を打ち込まれて崩れたのだとのこと。見つけるとその場で土魔法の【岩生成】で修復しておく。すでに夕方に差し掛かっており、夕陽を頬に浴びながら城壁を一周廻って・・・今日はこれでよかろう。司令官たちと合流しよう。


「ご苦労様でした。」


そこには例の護衛部隊の騎士ベルメルもいた。


「あんたが派手に大魔法、いや魔道の奥義をぶっ放して城に飛び込んだんで、敵さんはちょっとブルっていやがるんさ。今日はもう攻めてこんだろう、もう休んだらどうだい。明日にはまた派手にお願いしたいもんだね。」


「じゃあ、そうさせてもらいますよ。」


そう言って、自分の部屋に入ろうと城の中庭を通ると、ちょっと気になる光景が目に入った。


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