第105話 奇襲 クルスの谷

華々しい大会戦。その勝敗の決め手になったのは、その実、裏で密かに行われた伏兵同士による影の戦闘であったりする。


ゴムラの街はバル荒原からは山々を越えて結構離れた場所にある。が、街の近くの高い山のてっぺんに建てた塔からのぞくと、遥かながら戦場となるバル荒原が地平線近くに眺められる。そこで、塔に眼のいいヤツを見張りにおいて会戦が起こるのは今か今かと待っていたが、遥か彼方で砂塵が沸き上がり何やら大勢が騒いでいるのが眺められた。

塔の上から見張っていたドワーフはそれをみて、「すわッ、ついに始まったわい」と、森の奥にある別の塔にいるドワーフに魔道通話で伝える。そしてそのドワーフは、また魔道通話で隠れアジトに居るエルフに伝える、このエルフはまた次の隠れアジトに控えているエルフに伝える、このようにして、ランディ達が待ち構えている例の風穴『スープの砦』まで次々と魔道通話を繋いでゆき、会戦がついに始まったと伝えられた。

その情報を聞くと、それまではダラダラと作戦会議で駄弁っていたランディ達は出撃の用意を整えだす。そして、バル荒原の会戦第一日の終わった夕方、ちょうど黄昏の頃である。


「さあ、行こうか」


ランディはそう一声かけて、風穴の中でじりじりしながら待っていた一同を立たせた。すると、まわりを囲んでいた100人近くのエルフ達も総立ちとなり「ロロロ」と口中で舌を廻してあの声をあげ始め、広い洞窟の中はその甲高い歓声が響き渡る。ランディ達はその声に見送られて、夕焼けに染まる森の中へと出陣していった。

彼らの出発の1時間後、日が暮れる頃には残りのエルフ達も出撃して、途中に陣を構えてランディ達が戻るのを待ってくれる手はずになっている。


最初の峰を登っているうちに、日は完全に落ちてしまって夜のとばりが降りてきた。空には星と2つの半月が輝き、その青白い光だけを足元の頼りにして山を登ってゆく。

そして頂上にまで来て、向こうの峰を見ると、前と同じ様にそこには焚火を焚く光がいくつも揺らめいていた。


“今回は、あそこを突っ切って行く。”


既に何度も打ち合わせて、みんなが承知している事だが、ランディは敢えてそう伝える。という事は、あそこにたむろしているウェルシ達を進んでゆくという事だから。その覚悟をもう一度確めるために。

すると、


「チッ、ウェルシの戦闘奴隷め。自分の土地の様に振る舞ってやがる。」


ガルマンは、忌々しそうに舌打ちしてみせる。


「フン、どうせこの夜までの命だ。」


エルフィンは、物騒な事を呟き返す。いや、その通りなんだが・・・。

これを見て、ランディは魔道通話で注意を促した。


”これからは、作戦地域に入る。隠密はこの作戦の緊要であり、各人私語を慎まれたい。コミュニケーションは念話でするように。”


”へいへい、悪うござんした。”


ガルマンは捨て台詞のような詫びをいれ、エルフィンは苦笑いを返した。


そこからは、ピッポが前にでて『探知』を張り巡らし、注意深く進んでゆく。


“まだ、誰も居ないよ。まだ大丈夫。”


その報告を何度も念話で聞きながら坂を降り切って草原に出てきた時、


“むこうの藪のそばに3人いるよ。”と。


確かに焚火の火がちろちろと揺れていて、その周りを3人が囲んでいる。


“アカネ、【霧】を頼む。”


あたりに濃厚な霧が立ち込みはじめ、ランディ・タカシ・マサキ、そしてガルマンとラルフが闇と霧の中を潜んでゆく。


“いっぺんにいくぞ・・・”


岩の上に腰かけてうつらうつらしているウェルシの兵の背後に影からソッと近づき、口にさるぐつわを咬ませて喉をナイフで掻き切る。腕にヌルっとした血を浴びながら犠牲者の痙攣が収まるまでひたすら口輪を絞り込み、ついにぐったりとしてきたところで藪の中に引きずり込んで、できたてのまだ生暖かい死体を隠した。

タカシは背後から剣の一閃で、ウェルシの首を落とした。「ストン」と小さな音がして首がころがり、「ドサッ」と首なしの胴体が崩れた。

血生臭い匂いが漂っていて、もう辺りは血の海になっているはずだ。しかし、夜の闇の中では黒々としたシミが地面に広がっているだけだ。


“次、行くぞ。”


焚火をそのままにして、ランディ隊はまた茂みの闇の中に潜り込んでいった。

そして坂を登って行ったが、この峰に昇りきる前に同じことを2回も繰り返した。帰路を確保しておくには、先だって敵を排除しておかなければならない。


そして、頂上に陣取っていたウェルシの見張りを片づけた時、ランディは


“こいつらウェルシの連中は素人だ。宵闇の中で焚火の傍の明るいところに居ては、夜目は利かん。夜警のやり方なんぞ知っちゃあいない。”と。


ウェルシの死体を隠したあと、峰の頂上からクルスの谷を見渡すと・・・眼下には霧が立ち込めていて補給基地には点々と灯された明かりがおぼろげに揺れている。


“ここからは、首チョンパ(ステルスポンチョの事)の【屈折】をちゃんと使えよ。”


そう伝えて、坂を下ってゆく。このあたりの下り坂には敵はいない。外周にウェルシを集めているにのか・・・。

そして下りきって、倉庫の影に隠れてあたりを見回してみるも、右手の谷の入口の方は守備隊がいる様だが、こちらまで見回りに回ってくる警備兵は見当たらない。


“谷全体だからな。隅々までは手が回らんのだろう、あるいは山に居る連中を当てにしているのか・・・。”


ガルマンPTのメンバーにも魔法陣と水晶玉を渡し、


“示し合わせた通りに、今から10分間、2組にわかれて魔法陣をばらまく。

敵のいない所を選んで撒けよ、無理はするな。

この谷の中だ、火が廻ればどうせ全部燃えてしまう。”


ガルマンPTは谷の登りの右方向へ、ランディPTは下りの左方向へと別れて、油生成の魔法陣を撒いてゆく。

ピッポが見張っている中で、他の4人が倉庫の隙間に木の魔法陣を置き、あるいは開いた戸があればに倉庫の中に放り込む。

“見回りがやってきた”

物陰で隠れて見ると見回りの兵はちゃんとした鎧をまとっていて、あれはヴォルカニックの兵に違いない。

息をひそめて通り過ぎるのを待つ。

霧とポンチョの【屈折】が彼らの目から姿を隠す事を信じて。

ガルマンPTも同じ様にやっているはずだ。


10分の時間はたちまちに過ぎる。谷の隅々にまでは撒けなかった、しかし一旦大火事が起こったらこの谷の中である、次々に燃え移って全部燃えてしまうのに違いない。


こうして2つのPTがまた合流したとき、辺りにはもうガソリンや軽油の刺激臭が漂い始めている。


”よし、放火だ”


ランディの指示にまわりで炎と煙が上がり始める。

・・・・・・

・・・・・・

が、思うように燃え上がらない。煙がもうもうと上がるだけで、火付きが悪いのだ。


”まずいな、思ったよりも火の回りが遅い”


谷間には霧が立ち込めている。その霧が倉庫を湿らせ、火付きが悪くなってしまったのだ。


”もう少し油生成が進んでいたならば、燃えたかもしれないが・・・時間が・・・。”


しかし、既に油の刺激臭が濃厚に立ち込めているし、早すぎた放火で中途半端にあがった火を見て、守備隊は奇襲に気が付いてしまった。この谷を守っているヴォルカニックの兵は熟練の兵らしく動きが早い。

あたりに警笛が鳴り響く。


”畜生!ここまでだ!

ズラかるぞ!”


あせりながらもランディは状況を見て退却の判断を下す。


”なんですって、もう少し待つのよ、そうしたらもっと油だらけになるから、それまでがんばるの!”


アカネが退却の指示に抗議をする。


”だめだ、だめだ!ここまでだ!その時間はない。油だらけになる前に、守備兵がやって来る。そうなった作戦は成功しても、俺たちは全滅だ。王国にそこまでする義理は無い!”


”・・・”

みんなは、黙ってしまう。

その時、


”ああ、君たちは退却したまえ。あとは、僕に任してくれたらいい。”


エルフィンが横から言いだす。


”何言ってんだ!”、


“僕にはも、ウェルシ・ヴォルカニックと戦う理由がある。

盟約は守らなければならない。これはなんだよ。”


”おう、わしも付き合うぞエルフィン!他の奴は急いで退却すべい。”


ガルマンがそう言い残すと、ランディの返事も聞かないで二人は基地の奥の方に走ってゆく。どこかに隠れて時間を過ごすつもりだ。

ランディは一瞬呆気に取られたが、


”みんな退却だ!、途中で陽動していくぞ。”


こうして元来た道を逃げていく。基地からはすぐに脱出できた。そして、山に入って倉庫の屋根がすぐ下に見える所で、


”ここからファイアーボールを打つんだ、敵の注意を引く。”


アカネは山の中から、兵站基地に向けて、ファイアーボールを打ち込み、

これが爆発して近くの倉庫の屋根が燃え上がると、これを見つけた守備兵たちがこちらに向けて集まってきた。


”これでいい、敵さんの注意をこちらに向けておいて、後はズラかるぞ!”


こうしてランディ隊は、山を登って逃げていく。それから半時間ほどもかけて山の峰まで登りきった頃、背後の基地で倉庫に次々と火がのぼり、それが真ん中まで来て一気に爆発して火柱が起こる。そこから物凄い勢いで炎が津波となって左右に広がっていった。


基地の中に潜んでいたエルフィンとガルマンが放火したのだ。

山に登って大分と離れたのに、放射熱で背中が焼けそうに熱い。


”アァ~ハッハッハ~、これが俺たちの狼煙だ!”


炎の海の中からエルフィンとガルマンの叫び声が魔道通話で聞こえてきた。

そして、それが最後となった。


ランディ達が峰を越えた頃、炎が基地から周りの山に広がったのだろう、クルスの谷は全体がもう赤々と輝いて山火事の様相を呈している。

ランディ達は急いで山の斜面を下り、裾に広がる草原まで降りて来た。


そして、そこで立ち止まってしまう。


そこでは、暗闇のくさっぱらの中でポツポツと松明が光っている。

ウェルシの連中だ。

彼らはクルスの谷の山火事の様子を見て慌てて退避してきたのだ。松明を持って草原のあちらこちらで、不安そうに山火事を眺めている。


“不味い。逃げ道にウェルシが居るぞ。

ジッと隠れているわけにもいかん。首チョンパ(の【屈折】)で、突っ切る!。”


ランディ達はその集団の中を駆け抜けてゆく。これを見てウェルシ達は同じく火事から退避してきた仲間と勘違いして、


「おい、そっちには行くな。山向こうにはエルフが居る。」


ほぅ、俺たちが居た事に気付いていたのか。当たり前か。

“走れ、走れ、相手にするな。”

返事もせずに無視して走り抜けてゆく。それを訝った連中は、


「なんでぇ、お前ら・・・いやっ、敵だ!」


気付かれた!

急げ、少しでも先に駆けろ。暗闇の中に逃げ込め!


「待ちやがれ、あの火事はお前らだな」


後ろからわやわやと騒いでいたが


「あいつらを逃がすな。このまま逃げられたら、こっちの馘があぶない。」


後ろから、松明の一群が一塊ひとかたまりに集まり、そして追いかけてきた。

ランディらの姿は見えなくとも、草を分けて踏む音は聞こえるし、その草分けた後は残っている。それを辿って追いかけてくる。


“急げ!”


ランディらは足を速めたいが、ドワーフ達やハーフリングのピッポは背が低いので、深い草原のなかではどうしても遅れ気味だ。


“急げ、せめてむこうの林の中まで頑張るんだ。

あいつらは前の山を越えてまでは来ない。スープの砦を警戒している。”


息を切らしながら必死に走っていると、

別の念話が飛んできた。


“前の茂みに飛び込むんだ。後ろの奴らはこちらに任せろ。”


?、一瞬戸惑ったが・・・クラウドの声だ、エルフ隊の隊長だ。

そうだ、連中は途中で待っていると言っていた。ここまで降りてきてくれたんだ。

その茂みの中にみんなが飛び込んで合図を返すと、左右の木立から松明の一群にむかって、一斉に矢が飛んで行く。

向うでは、何人かが倒れて「待ち伏せだ!」と大騒ぎになって足が止まる。矢が飛び続け、堪らなくなったのか、負傷者を引きずりながら退却していった。


「どうする、ランディさん。追い撃ちするかい?」


クラウドの落ちついた声が聞こえてきた。


「いや、こちらも退却しよう。他にもまだすることがある。

とにかく報告を入れないと。

済まんがピッポ、先にゴムラに戻って、連絡を入れてくれないか。」


「お断りだよ。その報告は、ガルマンPTのメンバーがすべきだよ。そうだろ。」


つまり、この襲撃の手柄はガルマンPTを前面に出すべきだと言ってるのだ。

ランディはその事に気が付いて、頭をガリガリと掻きながら、


「・・・確かに、手柄はみんな持っていかれちまったな。ラルフ(ガルマンPTメンバーのエルフ)、悪いが先に行って伝えてくれ。”エイドラ山中の敵兵糧は、ガルマンとエルフィンの命を代償にした奮闘により、焼失に成功せり”と。」


「ああ分かった」との一言を残してラルフと付き添いのエルフの戦士3人がゴムラにむかって夜の闇の中に消えて行った。


ランディ達は次の峰を越えて例の風穴;スープの砦にもどって、ようやく一息入れれた。しかしランディは、落ち着いてきたら何ともはや、気が滅入ってしまうのは致し方がない事だ。


まず、火攻に関して自分の読みが甘かった。あらかじめ油生成の魔法陣を実際に試してみて、もっと緻密に戦術を組むべきだったのだ。前世の自分ならば、プロの自衛官であった時の自分ならば・・・当然そうしていた。

エルフィンとガルマンはそのケツを拭いてくれたのだ、命を代償に。

その2人に対して、ついこの前に何と言っていたか。「戦うのなら命懸けの覚悟をしろ」・・・なんてこった、甘々だったのは自分の方じゃないか。

最後にエルフィンは言った「これはそう言う戦いだ」と・・・確かに、エルフやドワーフにとってはなのだ。それに比べて・・・俺たちは欲に駆られて走り回しているだけじゃぁないか。


こんな風にうじうじしているランディを見かねたのか、ガッツとツルイ(ガルマンパーティーのメンバー;ドワーフ)がやってきて、ランディの肩を叩く、


「いいんだよ、あんたの指揮に文句はないさ。これは俺たちの戦いなんだ、エルフィンがそう言っていたろう。」


いい奴らじゃないか・・・涙が出そうになる。そして、“その通り、これはお前たちの戦いだ。その積み重ねた戦功はお前たちのために使われないといけない。”と、心の中で誓ってみたりもする。

そして、こんな事も尋ねてきた。

「ランディ、ガルマンとエルフィンのあれが捨て奸り《すてがまり》なのか?」と。

ランディは戦術的には少し違うのではないかとも思う。が、昔の勇士がここに現れたなら「おうよ、見事に捨てすてがまってござる」と言うに違いない。

だから、

「ああ、捨て奸りだ。見事なもんだ。」

と、そう答えておいた。


その晩は皆ぐっすりと休んだ。そしてその日の夕方、スープの砦を放棄して全員が前に整備した隠しアジトに別れて行く。

ここは敵に近すぎる。それにただの洞窟なので、守るにも具合が悪い。エルフ達は惜しがったが、


「この風穴の役目は終わった。次は、前に整備した隠しアジトに別れて敵がゴムラに攻めてこないか哨戒するんだ。

ゴムラを守り通すことが、俺たちの次の役目だ。」


ランディはそう言ってみんなを追い立てた。


ところでラルフであるが、このあと大変な目にあう。


ゴムラのカイル司令はこの報告を受けると、真っ先に王都に向けて早馬が走らせた。これは王都の魔道通信を介してバル荒原の本営に報告するためである。

それだけではない。ラルフ自身も馬に括り付けられてバル荒原の本営まで早馬の小隊によって送られたのである。彼の見てきた情報は極めて重要だから。

襲撃の後、徹夜で戻った後すぐにこの仕打ちに合うのだから、それこそ死ぬような目にあって、ガルマンとエルフィンの戦功を伝えることとなったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る