第103話 ヴォルカニック来る

エイドラ山の山と森の民のかたき、ウェルシ大公国。

この国の実態は、一つの国というにはほど遠くヤバい奴らの縄張の集合体である、と言うのがヘルザでの常識だ。

では、これらの諸勢力が独立しているのかと言うと、そういう訳でもなく、その中心にはウェルシ大公を自称する大親分がいる。

東部エイドラ山中には盆地があり、そこにはウェルシ城という城郭都市があってウェルシ大公の拠点となっている。大公はそこから諸勢力への覇権をふるい、大公国の体裁を繕っている。


ところでこのウェルシ大公だが、ろくでもない事になってしまって、ここのところ部下達にオラついたり当たり散らたりしてばかりいる。

ヴォルカニック皇国との関係の件である。

最初はヴォルカニック皇国にうまく取り入って、自らの安泰を保つはずであった。

と言うのは山の民・森の民との関係が不穏になってきたからである。

いやもとより連中とはいい仲ではない、ウェルシ大公国と言うのはドワーフやエルフ達からしたら侵略者以外の何者でもないのだから。しかしそれが、ますます穏当なものではなくなってきたは、ウェルシの領域を拡大していったのだから当然のことである。

しかし、大公からしたら自分たちの所業はさておいて、それはそれで大問題という事なのだ。

いずれ、ドワーフやエルフの連中をやっつけてしまって、エイドラ山地の西の奥の方に追いたてるつもりだ。この山と森が彼らの故郷である限り、ウェルシ大公国の完全な自立は見込めないから。

残念ながら、今の大公にはそこまでの力はない、富も求心力も。

だからヴォルカニック皇国の話に乗ることにしたのだ。

どうやら、ヴォルカニック皇国はテルミス王国にちょっかいを掛けたいらしい。山中に補給拠点やら軍用道路やらを建てたいと言ってきた。そのために色々と便宜を図ってくれと、そうしたら見返りにこれまた色々と援助してくれるらしい。

だからそれに便乗して勢力を集め、山の民・森の民に向けて大攻勢をかけた。そして、連中を蹴散らして、エイドラ山中に結構な広さの領域を占領できた。そこまでは、うまくいったのである。

さて、そこからである。

残念ながら、世の中自分の思い通りになるものではない。特に弱者が強者と取引する際には。

ヴォルカニック皇国は援助してやると言って大軍が乗り込んできたが、そのままウェルシ城を占拠して居座り、ウェルシを支配し始めたのである。

結果、ウェルシ大公は彼の屋敷の中で軟禁状態となり、彼の配下たちも皇国にいいようにこき使われている。

逆らったヤツは全て犯罪者として逮捕されてしまった。他の奴らも言う通りにしないと悪党として吊るし上げてやるぞ、と言わんばかりにである。ウェルシ大公国に居て、後ろめたい所のないヤツなんて一人もいないのだから。

いまや、大公はヴォルカニックの人質となってしまっていた。

そして手下の大半も今やヴォルカニックに乗りかえてしまった。力があり金払いの良いヤツに従うというのが、悪党の世渡りの術だから。


しまった、計算違いをしてしまった・・・そう悔やんでも後の祭り、もうヴォルカニック皇国にされるがままだ・・・。

それが、昨今のウェルシ大公国の実状なのだ。


では、ヴォルカニック皇国からテルミス王国に乗りかえる事はできまいか。


老獪な弱者が謀り事を企むとなると、当然そうなる。

ゴムラにいるガストを使って、テルミス王国の貴族と連絡を取ってなんとか裏取引ができないか・・・俺とガストと合わせると、テルミスにとってもメリットが大きいはずだ。十分に取引する値打ちがあるはずだ、ということだが・・・なんと、そのゴムラがボルツ辺境伯に占領されてしまった!ガストも逮捕されたという。

糞、ボルツめ!あいつには煮え湯ばかり飲まされる、今に見ておれ!

・・・とはいうものの、次はもう無い・・・かもしれない・・・

という事で、イライラするより他は何もできないのである。


そもそも、テルミス王国とウェルシ大公国の間ははっきりとした国境線があるわけではない。ウェルシ大公国と言うのは得体の知れない連中が自称しているだけであり、テルミス王国が正式に認めているわけではないのだから。エイドラ山地は山の民・森の民の領域であるというのがテルミス王国の公式的な立場であり、そこを占領する事に利益があるとも思っていないし、当然ながら占領する意図もない、だから介入もしてこなかった。

このあたりの国境地帯の防衛を任されているボルツ辺境伯の騎士団が巡察のために侵入してゆけば、その間はテルミス王国の勢力圏であり、引き上げるとウェルシの支配下なのか山賊どもの隠れ場所なのかよくわからない状態に戻る。それがウェルシ国境地帯と言う場所であったのである。


しかし、ヴォルカニック侵攻を前にしたきな臭い状況の中では、話は別である。

ボルツ辺境伯騎士団は、南部の街道周辺に小さな騎士駐屯所をいくつも建てて偵察・哨戒を厳しくしている。それに加えて街道の要所要所の破壊工作の用意もしてきた。もちろん、いざヴォルカニック軍かやってきた時にその侵攻を妨害して少しでも遅らせるためである。

そのうえで、斥候部隊を前方に走らせて見張っていた。


辺境伯騎士団長エルゼンは、騎士団の総指揮は去年引退したばかりの前騎士団長に押し付けて、自ら斥候部隊の指揮を執って最前線を駆け回っている。

冬が明けて雪解けとなった早々からウェルシの小隊が街道をウロチョロしていた。それを見つけては蹴散らしてきたが、今朝見つけたヤツはウェルシの連中とは少し様子が違う。

“来たか”と胸の鼓動が速鳴りしたが、とりあえず攻撃してみてあたりを付けてみる事にする。

少し離れてたところから矢を何本か放って反応を見ると、前を進んでいた連中はサッと引き、そして後ろからは盾を揃えた人数が押し出してきて、辺りを警戒している。背後では人の動きが慌ただしく、反撃の用意をしているのは確かだ。この連携の取れた行動を観察して、


「あれはウェルシなんかじゃない」


盗賊まがいのウェルシとは明らかに反応が違う。エルゼン達は背後の坂を登り、もっと遠くの敵情を望見すると、遠目にだが街道には隊列が並んでいて、大部隊が接近しているのは確かだ。先程の連中は露払いの先行部隊に違いない。


「来た・・・」


その一言を残して、斥候部隊の一同は繋いであった馬にまたがり一目散に駆け戻って行った。

そして駐屯小屋に辿り着くと、


「やってきた。狼煙のろしをあげろ、急ぎ退却だ。」


その一声で、小屋の中は慌ただしくなり、ものの5分も立たないうちにそこに居た全員が馬上となって、今あげたばかりの狼煙のろしを背にして山道を掛けてゆく。

そして、最初の谷川を渡った時、そこに掛かっていた吊り橋を切って谷底に落とす。谷川を渡った山の斜面には小さな砦が建ててあり、そこにエルゼン達は入ってゆく。

ごく小さな砦であり、大軍を相手には出来ないだろう。しかし先行部隊はここで防がねばならない。街道の妨害作業が終わるまでの時間稼ぎをする必要があるのだ。なに今日明日頑張ればいい。


一方、駐屯小屋から上がった狼煙を見つけた背後の部隊は、ボルツ辺境伯に早馬を走らせ、次に街道の切通しを崩し、また崖道を崩してゆく。そしてボルツ辺境伯から北城に連絡が行き、王都に魔道通信がおくられた。


「ヴォルカニック来たれり」と。


あらかじめに申し合わせていたように、北城近辺に駐屯させていた常備軍の騎士団8000を直ちに北城に参集せしめ、北城守備軍とボルツ伯騎士団の3000、合わせて11000の兵をボルツ伯領のバル荒原(;エイドラ山地から出た所に広がる荒れ地)に展開させる。一方、予備役の緊急徴集をかけ、王国東部一帯から5日で9000の兵を集めて向かわせた。テルミス国王イエナー自身も親衛隊と共に急いで向かっており、親征軍としてこれらを編成して迎え撃つつもりである。その後も王国の中・西部からヌカイ河の川船に乗って徴集兵が続々とやって来る手はずだ。


エリーセとバルディ神聖騎士団一行10名は冬の寒さが緩んだころから、早々に王都に戻っていた。騎乗の練習のためにである。彼ら神聖騎士団員は、騎士のベテランであり王国騎士団で言うと下士官から士官に相当する面々なのだ。徒歩かちの兵では格好がつかないので騎乗の騎士で行けるように王国騎士団から馬を割り当ててもらったのだ。でも、彼らにしても暫く騎乗はしていないかったし、新しい馬に慣れるためにも早めに王都にやってきて近くの騎士団演習場で騎乗訓練に励みながら出陣を待っていたのである。

この10名には各々の馬と1台の荷馬車が配備されている。


で、ただいまイエナー陛下の親衛隊の後ろについて戦場にむけて行軍しているところだ。

10名の騎士だから、10騎とならなくてはいけないが、数えてみると9騎しか見えない。残りの一人、ロドリゲスはブツブツと何やらつぶやきながら荷馬車の中で膝を抱えてしゃがんでいる。なぜそういう事になっているのかと云うと、彼は馬にのれないから。最初に無理して乗ろうとしたが、落馬してしまった・・・以来、馬が怖くて仕方がない。馬にもバカにされているのでよけいに乗れない。と、言うことで荷馬車の中に隠れているのだが・・・それでもめげずについてきているのは、彼の責任感がそれだけ強いからであり、立派な事であると言わねばならぬ。


一方、ゴムラにも知らせの早馬が走った。もっともゴムラにはランディ達がいる、既に自らの偵察により察知しているのではないか・・・。

もちろん王都からの知らせが来る前に、ヴォルカニック来寇の事は既に知っていた。しかしそれは、ボルツ辺境伯騎士団からの早馬がゴムラの方にも来たから。

ランディらの偵察では、。ウェルシ達がゴムラに近辺に出没することは、相変わらずなかったのだ。


「ランディ、こっちは平穏のままでいけるんじゃないか?」


とエルフ達はそう言うが、


「馬鹿言うな。ここまで何もないという事は却って怪しい。敵はジッと潜んでいるんだ。来るときは本気で来るぞ。」


ランディはそう言ってたしなめる。

まったくそうだ、敵さんとしてはクルスの谷に注意を向けたくない。だから、余計にひそんでいるのだ。逆に言えば、それだけこちらを意識している、それだけゴムラの重要性を認識している。だから、来るときは本腰を入れてやって来る。

これは、ゴムラ駐屯騎士団司令のカイル子爵とも一致共有した認識だ。


もっとも事実はそれだけではない。実は大勢のウェルシ達は斥候として駆り出されていた。ヴォルカニック本隊を先導し、辺りの森の中に敵が潜んでいないかを偵察するために1000人近くのウェルシ達が駆り出されていたのである。だからクルスの谷の守備するウェルシ達は人手不足もあり、余計におとなしく潜んでいた・・・と言うが実態であったのだが。


一方、テルミス王国のゴムラ駐屯騎士団も2000を超える大部隊になっている。

山と森の義勇軍も徐々に数を増やして、とうとう1000名にまで膨れ上がった。もっとも遊撃に使う山岳猟兵部隊としてあてにできるのは最初からいる200名のエルフだけだ・・・こいつらは相当にシゴいたし、くだんの新装備も充実させている。でも、それができたのはその200ほどのエルフしかいない。では残りの連中は役立たず化と云うと、そうでもない。ドワーフ・エルフが増えるという事は“ゴミ箱の蓋”の使い手が増えるという事であり、それだけ築城が進むという事だ。今やゴムラは堅牢な山城に生れ変り、その周囲にはドワーフの支城があちらこちらに建っているし、まわりの森の中にはエルフのステルス山岳猟兵部隊が警戒している。守りは万全のはずだ。

あの風穴、クルスの谷の近くのあの風穴は、そのエルフ山岳猟兵部隊の最前線基地となっている。ちなみに彼らはそこをの砦と呼んでいる。洞窟の中ではコウモリスープが何時いつも焚かれていたから・・・。

そして、そこは『クルスの谷襲撃決死隊!!』の出撃基地でもある。だから、決死隊のメンツ、つまりランディとガルマンのPTのメンバーはそこで待機している。考えうる準備は全て終えた。“生首チョンパ”の扱いも練習を重ねてよくわかっている。油生成の魔法陣は500ほどもアイテムボックスに持っている。それに使う水晶玉もマナの充填は既に終わっていて時間の流れないアイテムボックスの中で寝かせている。

あとは、じりじりとしながら待つばかりだ。決行のそのときを。


知らせのあった今日も、その作戦会議に明け暮れていた。最後の詰めの会議だという事だが、もう一週間ほどもそれをくり返しているので話の内容はマンネリになって雑談とさほど変わらない。でも心が焦るので他の話題なんか話す気にもなれないのだ。


「で、ランディさんよ。

これから先のウェルシとの戦いで、わしらはどんな風に戦えばいい?」


ランディはちょっと驚いた表情でガルマンの顔をみて、


「なんだい、考えていなかったのかよ。」


「いや、参考までに。」


こいつらはなんてのんきな連中だと思いながらも、ランディは前世の戦術論の記憶をたどりながら答えた。


「そうだな、寡兵だが地の利があるときの戦法ね。まあ、釣り野伏せりだな。」


山の民・森の民に”釣り野伏せり”という言葉が通じないのは当たり前だ。


「なんじゃ、それ?」


「つまり、まず伏兵を置いて罠を仕掛け、そこへ敵勢をおびき出して来て・・・叩く!。」


ランディは、小枝で地面に図をかきながら説明する。


「ほ~う、それはそれは。」


横から顔を突き出して聞いていたエルフィンが質問する。


「でも、伏兵がばれてしまった時はどうするんだい?」


チッと舌を鳴らしてランディが応える。


「なんだい、いきなり失敗したときの話かよ。まあいいや、その時は捨て奸(すてがまり)で逃げる。」


「なんじゃ、それ?」


「敵をおびき出してきた、小人数がそのまま敵を引き受けて、本隊は退却だ。」


「それじゃあ、その残った小人数はその後でどうなるんじゃい。」


「・・・尊い犠牲だな。」


「おいっ・・・それじゃあ戦術にならんぞ。」


「仕方ないだろう、失敗したのだから。誰かがケツをぬぐわないと。」


「う~ん・・・ランディの戦法はちょっと・・・わしらには向かんかのぅ。」


「なに言ってんだい、そもそも不利な情勢でいくさをしようってんだ。そのぐらいの覚悟をしておけよ。大体だな、いくさをするってことは死を覚悟することなんだ。だから、敵を殺せるし、味方の犠牲にも耐えられる。迷宮にお宝を掘りに行くのとは違うんだ。」


「う~ん、そうじゃな・・・。」


相変わらず、ヘタレな山の民・森の民なのである。

こいつらに実戦の殺し合いが本当にできるのか、ちょっと心配になったランディであるが、彼の持つスキルの”部隊指揮”は、このガルマンのPTが有力な戦士達であると告げている。

苦笑いを浮かべながらに耽って最後の打ち合わせを詰め今日この頃を過ごしてきた。

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