第101話 教皇とサムエル大公 Ⅱ

面会場所は・・・なんと謁見室であるという。

各国の高官や教会代表者つまり大司教クラスと面会する場であり、本来ならば一介の修道士のために使う部屋ではないのですが、とは案内役テリオスさんの説明だ。


「しかし、今回は『神命』関係者・・・ですからね。

教皇としても、それなりの礼をしめす必要があるわけで・・・」


でも・・・この面会の本命は私だ・・・これは私に対する礼なのか?

少しばかり仰々し過ぎはしないか・・・。


「そんな事はないですよ。神聖騎士達はあなたを『使徒』と崇めている。」


と、重たい一言。

この面会がどのようなものなのか・・・覚悟はしているつもりだ。

広い廊下を過ぎて大きな扉が開き、その奥を見ると、先程の仰々しい衣装のままで教皇と枢機卿たちが立ち並んでいた。

そう、・・・待っていた。後ろには大層な御座が並んでいるのに。


その前まで進んで跪き、

「このように間近にお会い頂き、感激の極みであります。」

と、挨拶をする。


「いえ、こちらこそ、信女エリーセ。

あなたと言葉を交わす機会を持つことができて、神に感謝しております。

かねてより様々な疑問があり、それをお聞きしたいと願っておりました。」


教皇は微笑みながら、そう返す。そして、さっそく審問がはじまる。


「信女エリーセ、あなたはかつてゴモラに奴隷として売られたと聞いています。そして、此度は悪党どもに囚われていたエルフの女性達を救い出したとも存じております。

ウェルシ、彼の地には戦闘奴隷なる悪逆の徒がおり、あなたはその悪逆の徒を退治したとか・・・。」


そんな情報をどこから聞いた!?

この問いは、私を正義の味方と讃えているように聞こえるが・・・本当か?

戦闘奴隷=悪逆の図式、それはその通りだが・・・教会がそれを決めつけるような筋合いでは無いだろう?

・・・これは罠だ!


「戦闘奴隷とは、悪党として生きよと心の中に刻印されてしまうことに他ありません。何よりも大きな不幸であると存じます。それを救う力などもなく、ただ悪党め!と殺すより他なかったのは哀しい事と存じます。」


・・・これなら優等生の回答・・・で問題なかろう。


「まことに・・・人は、全知全能の神にはあらねば・・・その智慧の限りあることも致し方ありませぬ。

あなたは使として、それを選んだ・・・そう言う事でありましょう。」


キター・・・『使徒』。

神の使徒すなわち正義の旗手・・・私にそんな構図を押し付けようとしている。

これも罠だ!


「私は、人を越えるような智慧は持ち合わせておりませぬ。」


ここは逃げなくては


「・・・しかし、『使徒』とよばれています・・・。」


ひつこく食い下がってきた・・・使徒という事に。

危険だ!


「使徒がいかなるものかは存じません。

ただ・・・神命が与えられた、それは確かな事であります。」


逃げの一手だ。でも、神命を否定するわけにはいかない!


「その様に聞いております。そして、その神命の内容も存じております。また、その事について、3人を超えた人数で語り合ってはいけないとの事も。」


神命の事は既に知っている。それがなんら政治的なものではないことを知っているにも関わらず、使徒にこだわっている・・・

その時、側に居たロドリゲスさんが声をあげる。


「教皇聖下、“使徒”というのは我らバルディの同志、バルディ神聖騎士団の団員同士がそう呼んでおるだけであります。決して、他者にその呼び名を強要したり、善男善女に説いたりしているものではありません。

我らの勤めの励みとするがゆえに呼んでいる、ただそれだけであります。」


そう・・・私は使徒だと主張していない。そもそも、使徒などという地位や身分はない。


「・・・。

では、信女エリーセ。

何故にバルディ修道院に居るのですか?聖騎士団と共にいるのですか?」


教会の組織とつるんでいるのが問題になるのか?

むしろ、神命・使徒を勝手に振りかざされて困るのは教会ではないのか?

神命・使徒という問題に、教会としては連累していないと困るのではないのか?

・・・いや逆だ、その事を確認しているのだ。


「・・・それは神命を畏れるが故にです。私の智慧では到底背負えないが故に、教会に助けを求めました。

いえ・・・畏れているのは神命だけではない、与えられた力も恐ろしい。この魔法の力は、使い道を誤るならば、大勢の人々を害する事にもなりましょう。だから、神聖騎士の方々に保護と助力を願い出ているのです。」


そこまで答えると教皇は微笑んで、


「あなたの背負うその重荷、あなたが善良で佳き世界を願っている限り、それは全ての人々が共に背負いましょう。」


答えはこれでよかったようだ。

しかし、“教会が背負う”ではなく、“全ての人々が背負う”なのか。一般論・・・突き放した返事だ。


そして私に手招きし、その掌をこちらに向ける。私はそれに応じて教皇の前に進み、両膝を床に付けて頭を下げる。

額の上に掌が置かれ、


「あなたとバルディ神聖騎士団、そしてテルミス王国に神の祝福がありますように。

・・・そして、使徒である重荷に耐えられますように・・・」


そんな小さな声が聞こえて・・・特に“使徒である重荷に耐えられますように”と言う処は他の誰にも聞こえない程に小さなささやきで。

掌が離れたので、顔を挙げるとステファヌス教皇がまだ微笑んだままこちらをみている。慈愛深く、しかし頼りなさげな微笑みであった。


これで開放してくれた。ものの15分ほどの面会だ。しかし・・・とっても疲れた。背中には冷や汗が滲んでいる。

・・・もう、今日は休みたい。


夕方になって宿の招聘修道院までヘリオスさんがやってきた。


「今日はご苦労様でした、信女エリーセ。

あの面会の後で、貴方の事を教皇聖下と枢機卿猊下たちは熱心に審議していました、つい先程までね。その結果をお伝えしようと思いまして参りました。

テルミスのバルディ神聖騎士団に旗を授与した。これは教皇ステファヌス聖下がヴォルカニック側に牽制をかけた・・・と、世間は思うでしょう。ステファヌス聖下がヴォルカニック皇国での教会の在り方に不満を持っている事は既に知られていますから、教皇がテルミスの味方をしてもおかしくはない・・・。

しかし、それはごく表層的な解釈です。

その旗は、『聖騎士団』ではなく、神命に伴って改名された『神聖騎士団』とありますから。これの意味するところは、『騎士団に神命が下りた』という事を教皇が認めた・・・という事です。

そう、『バルディ神聖騎士団が神命を受けた』事を教皇が認めたのです。

・・・。

ですが、神命を受けた主体、つまり主役であるあなたを『使徒』であると公認したわけではない。

・・・おかしいですか?

でも教会としては、そうするより他ない。

『使徒』の存在を公にしてしまうと、今度は『使徒』に対して、世界中の人々の信仰からくる『期待』が生まれてしまう。はたして『使徒』となったあなたがその『期待』にちゃんと応えられるのか?

ヘタすると暴走するかもしれない大きな『期待』を上手に制御できるのか?

それができなかった時、その失望は世界中に不信と混乱を産んでしまう・・・かもしれない。

ですから真実がどうあれ、『使徒』を教皇が公認するのは慎重であるべきだ、という事です。

・・・便としてはこれが一番よい方法だと思いませんか?

しかし、この方便には一つ問題がある・・・当然ながら真実はそうではないから・・・現に使徒であるあなたが納得してくれるかどうか・・・違いますか?

でも、この点に関しては教皇聖下と枢機卿猊下達お歴々は楽観的でおられます。今日の面会で、あなたが聡明な方であるという事がよくわかりましたから。

ご自分の立場が、この世界にとってどれほどの影響を及ぼすのか、そしてどれほど危ういのか、その事をよく理解しておられるようですから。

つまり、今回の便に対して理解をもって、そのとなってくれるであろうから・・・と言う訳です。」


スッキリとしない結論だが、そんなものかもしれない。

いや・・・『神命』を認めた・・・ならば『使徒』がどうのこうの言うのは二の次だ、そんな事は適当に方便で胡麻化せばいいだろう・・・そういう提案、あるいは取引なのだ。

それで構わない。

この結論は私にとっては、むしろ好都合・・・もし公認されてしまうと、ヘリオスさんの言う通りに世間から色々と『期待』されて、重荷となるであろうから。

しかし、使徒という重荷を教皇が共に背負ってくれるわけではない・・・という事は、それ以上かかわりたくはないという事でもある。

つまり、このきな臭い時局を抱えている状況のなかで、『神命』というリスキーな問題を教会に持ち込まないでくれ、そう言っているのだ。

そして、その事をよく説得するためにテリオスさんが来たのであろう。

・・・。

だから、にっこりと微笑んで頷いて見せる。


「ありがとう、使徒エリーセ。

おっと、信女エリーセ。

さっそく戻って、教皇聖下と枢機卿猊下達に報告してまいりますよ。皆さん首を長くしてお待ちだから、と言う具合なんですよ・・・舞台裏は。

・・・。

それから、お帰りの際にサムエル大公もお会いしたいと希望されています。

こちらは教皇庁のように難しい事は言いませんが、権謀術策の牙城のようなところですから・・・お気をつけて。

では。」


もうこれ以上の厄介ごとは御免だと言わんばかりの顔でさっさとへやを出て行った。


それから2日、教皇国の招聘修道院に滞在していた。

サムエル公国の招待を受けるのに、その日程を待つためだ。公国の宮殿は、教皇国からさほど離れて在るわけではない。いや、教皇国が公国の首都の一画にあるというのが実際であろう。

そして当日になって、招聘修道院から宮殿に向けて出ることになる。そこまで、総勢11人と案内役のテリオスさんがぞろぞろと歩いて行くわけである。質素を尊ぶ修道士が4頭立ての馬車に乗ってゆくわけにはいかないので。


こうしてたどり着いたサムエル大公の宮殿はテルミス王国に比べて大分と小振りだった。そして室内の装飾も豪華さではテルミスにやや劣る。でも、なによりも趣味が良かった。テルミスの王宮の様な勿体ぶった豪壮ぶりは無い。親しみやすさ、気さくさ、そんな雰囲気が溢れている。


謁見室の入口に立って中を覗くと、大勢の貴族たちが立食パーティーでもしているのかザワザワと立ち話している・・・いや料理はない、ワインの継がれたグラスを手にしている人はたくさんいたが。

華やかに着飾った女性もたくさんいる。政治的な集まりでのその光景はテルミス王国ではあまり見ない。そして、中では皆さんザワザワと歓談中である。


「バルディ神聖騎士団と使徒エリーセ殿のお越し!」


入口に立った奏者番が大声で伝えると、室内のざわめきは静まり、人混みは左右に分かれてゆく。その人混みの中から一人の男が部屋の奥に向かって歩いてゆき・・・そう、何の気どりも無く普通にひょこひょこと・・・そして、部屋の奥に据え付けてある大層な王座に座り込んだ。それで、


「我が、サムエル大公である。

よく来られた。

誉れ高きバルディ神聖騎士達。そして、敬虔なる使徒エリーセ殿。」


そう言うと左右に別れた貴族達から“ホゥ~”と小さなため息が上がる。

そのため息の中を案内されるままに前へ進んでゆく。


「長旅そして教皇庁でのお勤め、さぞやお疲れでもあろう。

われらはその慰めでもしようとここにお迎えしたしだいだ。

ゆっくりとくつろいでいただきたい。」


そう言うと、それに応えて左右に立ち並ぶ貴族達から小さな拍手が沸き起こる。

ここでは、大公の発言にいちいち反応するのが貴族たちの役目らしい。逆に言うと、大公も貴族達に受けるように話さないといけないと・・・そんなルールでもあるのかしらん。


「では、歓迎のパーティーの前に暫し話でもしようか。

我もここに集った皆々も、諸君のことをよく知らないだろうから。

特に使徒エリーセ殿。

ささっ、遠慮せずに答えるてもらいたい。

気楽に話もできんでは、皆の興も削がれる。」


そう言うと周りから“オオ~”と小さな声が挙がる。


「御辺が大神様の使徒であると聞いたが・・・正直言って、そのようなもの現れるとは・・・まったく想像外のでき事であるな。いや・・・失礼な言やもしれぬが、正直な処。」


「正直申しまして、当の本人も同様な気持ちでおります。

私を使徒と呼ぶ方がおられます。しかし、そもそも私自身はひとりの信女である以外の何者でもありません。

ただ、大神様より与えられた力を考えますと、神命の重さを感じざる得ません。」


周りからは“ウンウン”と、


「与えられた力?それは如何なるものであろうか?」


「強大な魔法の力であります。いささか強大過ぎて、わたくしの器では扱いかねる・・・そのように大きな力であります。ですから、バルディ神聖騎士団の擁護下にいて、過大な力が身を滅ぼさぬようにしておるのです。」


「なんと、そうであるか。大きすぎる力を持つというのは却って試練であるというのか・・・なるほど、そういうものであろう。しかし、そのような大きな力を持つ者にとって、世界はどう見えるのであろうか。」


周りは、“ウ~ン”と、


「それほど良いものでもありません。神命のための力なのですから・・・。」


「なるほど、己が野心を満たすための物ではないと。」


「はい。自分の望み通りに生きていけるわけでもない。とは言いましても、大した望みがあるわけでないのですが。」


“ホゥ~”と、


「ほう~、使徒たる御辺のささやかなる望みとは?」


「おいしいものを食べる事、のんびり朝寝をする事、買い物を楽しむ事、でしょうか。」


「それは、それは。では、せめて公国におられる間はその使徒殿の御希望を満たせるよう、サムエル大公の役目を精一杯に勤めることとしよう。」


「ありがとうございます。」


“ホッホッホ”と、


「はっはっは。

それはそうと、ヴォルカニックの事、ご存知であるな。我はイエナー公の縁戚でもあれば、既にその知らせは貰って居る。秘密裡にではあるが。

ここに居る者たちも皆信用できる身内ばかり。気にせず答えられたい。

此度のバルディ神聖騎士団の武装強化もその用意であろうが・・・それは、大神様の神託によるものであろうか、それとも使徒殿の御意思かな?」


この時部屋の中はシ~ンと静まりかえった。


「大神様の神託には何ら関係はございません。ただ、私はテルミス王国で過ごしてきたために、そこに生きる人々との関係が強く、それゆえに参加しようとしている。それだけです。

負傷者の治療が信女であるわたくしの役割と存じております、敵味方関係なく。

バルディ神聖騎士団の方々も同様でありましょう。」


「つまり、神命故にテルミス王国に味方すると言うものではない、また、御辺とバルディ神聖騎士団はテルミス王国側に参陣するが、王国に忠誠を誓うたからでもない、かように理解してよい、というわけであるな。」


「神命に関しては3人を超える人々の前で語ってはならないと、大神様より戒められておりますれば、これ以上の返事はご容赦のほどを。

私の参陣はテルミス教会が王国を支援する、その枠から大きく外れたものにはならないでありましょう。」


「ほう、教会と共にあると言う訳か。

では、教皇ステファヌス聖下は、御辺にいかが申されたであろうか。聖下はヴォルカニック教会が皇室に従順すぎる在り様に批判的であられる。御辺が教会の旗をかざして、テルミス王国に従軍するのであれば、それは聖下の御意思であろうか。」


・・・。返答に困っていると、ロドリゲスさんが代って答えてくれる。


「たしかに、旗を頂きました。しかし、それはバルディ神聖騎士団の旗であり、教皇聖下の旗ではありません。バルディ神聖騎士団の結団を嘉して、とおっしゃられておりました。

此度の戦に関すること、教皇聖下から仰せつけられたことは何もございません。

“我らの使徒”、信女エリーセは、奇跡的ともいうほどの治癒魔法の使い手でございます。戦傷者を癒し、少しでも戦争の惨禍を小さくするこそが大神様の意志に添うものと存じます。」


「左様であるか・・・エリーセ殿、御辺はバルディ神聖騎士団の意志の元にあるのであろうか。」


「そうありたいが故にバルディ神聖騎士団の方々と行動を共にしております。」


「・・・結構だ。善き使徒殿だ。また、頼もしき使徒殿だ。サムエルでは精一杯に羽を伸ばして過ごしていただきたい。我は常に使徒殿の味方であることよ。望みがあればいつでも申さればよかろう。」


“ホゥ~”とため息があがり、小さな拍手がパチパチとあがる。

ならば、一つ針を刺して見ようか・・・疑問をぶつけてみたくなった。


「陛下、私はサムエルのお国について、一つの疑問を持っております。お聞きしてもよろしいでしょうか?」


大公はわずかに顔をしかめながらも「うむ、聞くがよい」と答える。私は蜘蛛の糸を大公に飛ばしてその意識を覗くと・・・ギクリとしていた・・・意外と小心者だ。そして、辺りも静まる。


「私たちバルディ神聖騎士団は、サムエル公国において大変な歓迎を受けました。田舎の修道院でしかない私達に、公国の方々がこのように歓迎していただけるのはなぜでありましょうか。」


これを聞くと大公は少し破顔して・・・蜘蛛の糸で覗いている意識も、ホッと安堵していた・・・答えてくれた。周りからは“ホッホッホ”と小さな笑い声も上がる。


「なんとそのような事を・・・それがサムエルの民の真心であることよ。決してこのきな臭い時局に関わりのある話ではないのだよ・・・。」


そう言って、こちらに向かってニヤリと唇を歪める。周りは“ウンウン”と。そして続けて、


「そもそもバルディ聖騎士団は、昔・・・そう、聖ネンジャ・プがおられた頃の昔・・・“聖なる兄弟の戦士団”と言ってな、教会の一団、いや当時のネンジャ教団の組織そのものであった。それが時代が下り、勇者イヤース王と共にテルミス王国を建国して以来、テルミス王国の中で聖騎士団として残ったのだよ。

我らサムエル公国を建てたのはネンジャ教会の初代教皇の長老ピピンじゃ。だから我らは自身を教会の民と思うておる。故に源を共にする聖騎士団にことさらの親近感を抱き、そして我らと共にあると思うていたとして何の不思議もあるまい?」


「・・・なんと、そのような由縁が・・・わたくしの無知を拭って頂き感謝いたします。」


「はっはっは、よいよい。御辺の疑問が晴れたなら、これにすぐる事はない。

それから、御辺の鎧の注文が来ている事を耳にしてな。

聞くと・・・黄金のたてがみに黄金の翼。

あんまりであったのでな。勝手ながら、我の方から注文し直しさせてもらった。バルディ神聖騎士団を率いる使徒殿が身に纏う鎧となれば、後世にも残る品ともなろう。よほどの物でなくてはならぬと思うたでな。

よければ佩用してみてその姿を見せてはくれぬだろうか。我の意匠が佳かったのか、心配でもあり、たのしみでもあるからな。」


なんと、マイリスさんの注文はやっぱり黄金のたてがみと黄金の翼であったらしい・・・。それを察知して、もっといいのを作ってくれていたとの事。あっ・・・そこから戦争参陣のことがばれたのか・・・。


大公が手を打つと、

「使徒殿のミスリル鎧一両、お持ちいたしました。」


との声がして、係りがワゴンの上に鎧を乗せて持ってきた。それを見た周りからは“ホ~”と歓声があがる。

ミスリルという金属はちょうどアルミニウム合金やマグネシウム合金などの軽合金に近い、いやそのものであろう。ただ、こちらではマナと言う粒子があり、それが結晶の隙間によく練り込まれると、大変丈夫で対腐蝕性の強い材料が出来上がる。つまり、軽金属をより勁く(つよく)より腐食しにくくしたマナの合金、それがミスリルなのである。そのミスリルの地金にアルマイト加工をして白銀に仕上げ、その表面を細かく隙間なく金の象嵌が刻み込まれている。バルディ神聖騎士団の紋章とそれを飾る細かな唐草模様、これが金の象嵌でびっしりと描かれていて、光が当たるとキラキラと金色に輝いていた。

派手な姿は少し苦手であるが、この鎧の様に趣味がいいとそんな気持ちも失せてしまい、おしゃれ心がムクムクと湧き上がってくるという、そんな逸品である。流石にサムエルの品と言わねばならない。

目を丸くしてこの逸品をながめていると


「ささっ、着込んで見せてはくれぬか。着替えの部屋は用意してある。」


と、サムエル大公はそうせかしてくる。エミリーと一旦退出し、この鎧を着こんでまた謁見室に戻ると、


「おお~」


と、臨席者から大きなため息が出た。うれしくなって、ポーズを決めてみようと思ったが・・・どんなポーズがいいのだろう・・・。

とりあえず右手にシュールタロテの杖を持ち、左手は素のままで両腕をひらき、魔法で少し体を浮かせて・・・そう1メートルほど、そして光魔法でピッカリと光ってみる。

そうすると、


「おお~」


と、また、ため息がわきあがる。それで調子に乗って・・・今度は右を向いてピッカリと、次は左を向いてピッカリと光っていると・・・左手を引っ張って引き摺り降ろされた、エミリーに。


「何回もしなくていい、調子に乗っていたら道化だ。」


小声でそう窘め《たしなめ》られた・・・。しかし、


「はっはっは、気に入ってもらえたなら重畳重畳。我もおおいに満足した、佳き姿を見せてもらった。戦場ではさぞかし映え、味方軍勢の士気も上がるであろう。」

と。こうして、話は気持ちよく終わった。


ところ変わればしな変わるというが、人も王様も変わるものである。どこかの国の穴兄弟の長男と違って、品も威厳も教養も、そして審美眼も、全くもって違うかたなのであった。

あのギクリとしたのはなぜか・・・小さな疑問もあったが、そんな事はすぐに忘れてしまった。


一通りの話が終わると、部屋の扉が開けられ、ワゴンを押した給仕たちが一斉に入ってくる。室内は料理のおいしい香りが充満する。

こうして、後は立食パーティーが夜まで続く。


そして、『おいしいものを食べる事、のんびり朝寝をする事、買い物を楽しむ事、』この3つを満たしてくれる事、大公はちゃんとその約束を果たしてくれた。

翌日、招聘修道院に大公からの使いが来て、

「ご自由にお買い物・お食事をお楽しみになる様に、」

と、書状を渡してくれる。これを出せば払いは全部大公がしてくれるとの事。


・・・最高ではないか・・・

この一月ひとつきの間、私は緊張してストレスをため続けてきた・・・ご褒美があっても、罰が当たるまい。


しかし、融通の利かない、生真面目一本脳筋エミリーが


「バルディ神聖騎士団の名を貶める様な事はさせないよ」


と、私の見張りを厳重にするということとなり、結果、サムエル大公の真心は無為となってしまった・・・。


で、3日後。サムエル公国を去る日がやってきた。

帰りはやはり船なのだけどが乗ったのはバルディ行の船便ではない。

一旦王都に入り、マルロー大司教に報告しなければならない。面倒くさくてもバルディに戻るのはそれかなのだ。

私も用事がある。一ケ月前から、シコポン、シコポン、シコシコポンポン、シコポンポン、と一生懸命に作った水晶玉をアルメット商会と言う所に届けないといけないから。

バルディの買取商人マイルスさんに託けてもいいのだけれど、王都に行くのならそのアルメット商会とやらに行ってみて、ついでにランディの悪口を吹き込んでおかないと・・・。


6日間の船旅でたどり着いた王都の港町メンクスは、やっぱりギトギトしている。テルミス・ギトギト王国の入口だから。

波止場には大勢の物売りが商売に勤しんでいて、はっきり言ってうるさい。

つかまるとひつこいので、ギロリと睨みつけて怯んだところをさっさとすり抜けてゆく。


「いつまでも、不貞腐れてんじゃないよ。」


とエミリーに言われるが・・・私の機嫌の悪い原因はあんたが作ったんだ。一世一代の大豪遊の機会を潰したのは、あんただろうが!


それから、乗合馬車に分乗して王都の中央修道院に入り、今夜はここに一泊。

そして、次の日、


「ご苦労様でした、それではお聞かせ願いましょうか。」


と宣うマルロー大司教の前で、教皇庁での事を報告してゆく。


「それで・・・教皇様は何と?

・・・、・・・。

何だかお聞きしていますと・・・あちらさんは厄介払い出来て、清々したような・・・。

まあ、いいですよ・・・もともと、こっちの問題ですからね。」


そのあとでは、サムエル大公の所での話がある。


「なるほど・・・あの狸親爺殿はそう仰っておられましたか。」


いや・・・狸といったら、マルロー大司教あなたの方がよっぽど狸・・・。あの方はどちらか言うと狐。それも、上品で趣味のいい。


「それで、エリーセさん、見事な鎧を頂いた・・・のですね。

物くるるはよき友と言いますからね、それであなたの心をつかんだわけですね。」


・・・そうです。


「テリオス司祭からの報告ではそうなっていますから、そうなんでしょう。」


えっ、テリオス司祭って、お知り合いなんです?


「彼は、テルミス教会から教皇庁に派遣した人材ですから、詳細な情報を報告してくれます。

他にも、教皇聖下と枢機卿猊下達お歴々の審議内容も詳細に書いてありますよ、この手紙にね!」


そう言って、書状を見せてくれる。コーニエル修道院長に託けて届けられたとの事。


「エリーセさん、概ねOK!

これで心配はありません、これからは大暴れなさい。」


ですって・・・。


テカテカ油顔の小太り大司教は、教皇庁に工作員を置いて操っていた・・・今回の教皇の召致も、裏から糸を引いていた。これは、考えすぎかもしれないが、何らかの工作をしていたのは確かな事なんだろう。

全くもって、腹黒狸である。


毒気を晴らさないと・・・。


となると、フィオレンツィ師である。

中央修道院の中を探すと、珍しく執務室にいた。開けっぱなしの扉をコンコンとノックすると、狭くてちょっと薄暗い執務室の中で、簡素な机を前にして書類を読んでいた。その顔を挙げて、私を見るとニッコリと笑顔を見せてくれる。


「お戻りでしたか・・・教皇庁に行かれた事を聞きましたので、少しだけ心配していました。」


マルロー大司教の所でしたように、向こうでの様子を逐一報告すると、


「そうですか。教皇様だけでなく大公閣下とも面会なさったのですか。

あそこは、あのお二方が密接に関係しておりますから、両方と会われたのは大変結構な事だと思いますよ。

これから戦争に入っていく・・・そう言う状況では多くの謀略が動いています。

貴方の存在は、その中でどう扱われるか・・・いささか心配な処です。

目障りなのか、いいカモなのか・・・あなたという特別な存在は謀略の的にしやすい。

いずれにせよ先に手を打って、あなたの立場を確保しておかないといけない。

ですからマルロー兄弟に相談いたしまして、教皇様にお願いすることしました。教皇様にしても、ヴォルカニック皇国に牽制を掛けたいところですから、うまく乗ってくれることになったのです。

教皇様が固めてくれた“信女エリーセ”という立場。昨今の状況ではそれが一番安全だとおもいますよ。」


えっ・・・大元はここだった。


「それにしてもエリーセさん、あなたは変わられた。去年のあなたなら、教皇聖下や大公閣下と対等に正面切って語り合えたでしょうか?。本当にあなたは変わられた・・・。」


穴兄弟の長男となら・・・色々とあったけど・・・。


と言う訳で、腹黒狸や古狐を後ろから操る大貉(おおむじな)の棲む部屋をあとにした。






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『使徒』という立場の問題、屁理屈が多いだけで面白くもない話でしたが・・・悪しからず。

私的にはキッチリとやっとかないと気になって仕方ないので、頑張って書いてみたという訳です。後に続く物語の筋書きには、あまり関係ないのでサラッと流してくだされば幸いです。

一応、伏線は埋め込んではおりますが・・・。

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