第100話 教皇とサムエル大公 Ⅰ

*お付き合いいただき、ありがとうございます。ここまで書いてきて、ちょっと問題が出てきました。バルディ修道院長あるいはバルディ神聖騎士団長に名前を付けていなかったことです。もとは背景の役割としか考えてなかったのですが、結構重要な人物になってしまったので・・・。それで、カールマンと名付けることといたしました。


追伸 カールマンはアルメット商会オットマン会頭の倅の名前でした

コーニエルに変更します


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あれからいつもの日常が一週間ほど続いた。

ロドリゲスさんが、何やら自信を持ち出してグイグイと出てくるようになった。とは言っても体力・気力は体育会系の騎士達には到底及ぶべくもないが、何にしろ明るく積極的になったのは良い事だ。


その日もいつも通り朝からバルディ神社に行くと、いつものメンツとは違う人が一人いる。騎士というよりも、どちらか言うとロドリゲス系だ。


「信女エリーセ殿、初めてお目にかかります。

この度の教皇聖下のご招致、まことにおめでとうございます。

教皇庁よりバルディ神聖騎士団に使者として派遣されて参りましたヘリオスといいます。今回、この召致に際して、バルディ神聖騎士団の方々とエリーセ殿を教皇庁の案内を致すために参りました。」


この人の話によると・・・教皇庁へ行くということ、これは区役所に住民票を貰いに行く、あるいは会社の総務に決済を落としてもらうのに行く・・・のとは大分と違うらしい。何やら儀式めいた事もしないといけないらしいのだ。


「教皇庁といえ教会ですから、貴族にお目通りする様な気を使うことはないのですよ。でも、今回は騎士団旗の受領式といいますか・・・皆さんの晴れ姿をお披露目する、のですから・・・まあ、一応格好をつけてですな・・・という事です。」


確かにその通りかもしれない。特にバルディ神聖騎士団を名乗っているのだから、それらしい演出もほしいところだ。坊主姿であったらそれでいいと言うものでもなかろう。

ヘリオスさんの提案では、神聖騎士団と名乗るのであるから武装してはどうだろうか・・・と。

でも、他のみんなはどう思うのだろう。特に脳筋生真面目一本のエミリーさんは・・・。


「うむ、その通りだ。我々は他の修道院とは違う。その違いを見せておくことは大事だ。」


と、予想をハズした事を言う。しかし、


「とはいえ、修道士でもある。質素を旨にするのは当然だ。」


つまり舞台衣装のようなものは要らないと、


「ですな。我々修道院に居るものにとっては、派手な衣装は不適切でしょう。しかし、それなら隊列と武器の所持で表現するより他ないですな。」


バルマンがそう答えて、他のメンバーも概ね頷いている。


「しかし、教皇庁の中に武器を持ち込んでいいのですか?」


と聞いてみるが、ヘリオスさん曰くそれは問題ないと。貴族や騎士が儀式に参加するときはそうするのが儀礼であるから。たしかに聖職者に武器は“らしくない”が、神聖騎士団を称しているのだから、それにあたるだろうと。

結局のところ、服装は修道服と外套で、手には大剣や杖などの得物を持つのが“らしい”だろうという処に落ち着いた。

私自身は修道士でなないが、バルディ修道院に所属・活動している信女というわけで灰色服の修道服で、その上には巫女の外套だ。

ここでバルマンさんの格好が少し問題になった。この人はまだ正式な修道士ではないから灰色服のままなのだ。グレンさんも今年の年初で紺色服となっているので、ここは紺色服で統一したいところである。が、そんな欺瞞が許されるのか。結局の所、これを機会に一人前の修道士にしてあげては・・・という話がでたが・・・「それを決めるのは修道院長だ。」とのエミリーさんのご意見がもっともだという事で、ヘリオスさんからコーニエル修道院長に話してもらうこととなる。


後は、謁見予定の大聖堂に入室して進むときの隊列を決めて・・・私が中央になり、その前後に5人の騎士が並ぶ、ちょうど私の前後を守っているように。私の公的立場は“信女”であるが“神命”の核心人物でもある、それを“隊列”で表現するため。そして、修道院長は前列の真ん中で、一歩前を進んでみんなを率いる形になる。

そして、決められた位置に来ると修道院長を真ん中にして横一列に並ぶ。私は修道院長の右横、そして左横には・・・ロドリゲスさん。彼はバルディ修道院の中でたった一人の神学校出のキャリア組なのだ。だから日頃の事はさておいて、こういう時は前に出しておくのが無難というわけ。もっとも、屁理屈の難癖を吹っ掛けられた時には、神学校出のロドリゲスさんが一番頼りになるという現実的な理由もある。


いつもの日程は大迷宮のプチ探険だけども、その日は午前一杯を隊列の練習に費やした。皆さん王国の騎士の経歴を持つもの(ロドリゲスさんを除く)だから、行進のときの歩き方までうるさいうるさい。

しかし午前中の練習で見事に足並みがそろうようになったのは流石ではある。


次の日には、バルディ神社に修道院長もやってきた。一緒に行進の練習をするためだ。そしてバルマンさんも真新しい紺色服に変わっている。

コーニエル修道院長曰く、「まあ、昨今の様子を見ていると、覚悟がうかがわれる様になりましたので。少し早いかもしれませんが、励みになればいいかともおもいまして。」

と、いうことだった。


その2日後、みんなでバルディを出発する、いや出帆する。教皇庁のあるサムエル公国まで船でヌカイ河を一気に上るのだ。

バルディの港の規模は小さいが、ここからは迷宮の特産物が搬出されるのでサムエル国にも貨物船の定期便が出ている。そこそこの大きさの船で、その一角を騎士団の面々が陣取っている。普段は乗客が乗ることはほとんどなく常設の客室は設けられていないから、貨物室の一つにむしろを敷いて、そこを臨時の客室としている。天井にはロープを張り毛布を吊って小さな区画を区切り、そこが私とエミリーの寝床だ。


川船なのでほとんど揺れることも無い。昼間は甲板に上がり、皆さん思い思いに過ごしていている。釣り糸を垂れている人もいた・・・グレアさんだ。


「釣れます?」


「う~ん、他にする事もないしな・・・釣れても、捨てるしかないんだけど。船の上で勝手に火を焚いて焼くわけにもいかないから。」


「もし釣れましたら、魔法で調理して差し上げますよ。」


と言っていたら・・・大きな魚が釣れた。鯉の様だが髭がない、フナにしてはスマートでサイズもデカい。

とりあえずグレアさんはうろこを剥ぎ取り、腹を割いてわたを取り除いている。そしてナイフで3枚におろしたが・・・さて、どう料理したらいいのだろう。グレアさんも知らないとのこと。

船の乗組員に聞いたら、「塩でも振って焼いときな」と言われたので、言われるとおりに亜空間調理して見せる。シンプルな塩焼きである。もちろん他の方々にも食していただくべきで、夕食の一品に追加して差し上げた。

評判は・・・無言である。

聖職者たる者、食べ物のうまいとかマズいとかを口にすべきではない、その日の糧を与えられたことを感謝するのみ。これが神聖騎士団員の心意気だから。そう・・・沈黙である。

そして、

「使徒エリーセそしてグレア兄弟、食の事は船長(ふなおさ)の務めでありますから、わざわざ漁に励まなくてもよいのではないでしょうか。」と、微妙な返事。

言われた時は、なんのことかわからなかったが・・・焼き魚を一口口に入れると、その意味するところがよくわかった。

・・・とても泥臭かったのだ。

それでも、余すところなく皆さんの胃袋に納まったのは、流石に戒律厳しい騎士団員たちと言わねばなるまい。


というわけで、もう釣りはヤメなのは致し方がない。もっぱら水晶玉つくりに励んでいる。

シコ、ポン、

シコ、ポン、

シコ、ポン、

杖先生の指導に従って、もっぱら平行作業で励んでいる。大分と慣れて調子よくできるようになってきた。

ところがである・・・なぜか目の前にロドリゲスさんとエミリーさんが居るのだ。2人は目をつむって胡坐で、いわゆる蓮華座の姿勢で座っている。蓮華座というのは悟りを開いた人がするものなのだが、結跏趺坐は膝や足首の固い外人にはできないのでこうしている・・・いや、これは仏教のはなしか。

「使徒エリーセ、師とご一緒に瞑想させてください。」

と、ロドリゲスさんがそういうと、

「なら、私も付き合おう」

それを聞いて、エミリーさんも続く。この人の資質は基本的に脳筋なのだが、上昇志向というかやる気満々と言うか、とにかく熱心なのには違いない。

目を開けると前にこの2人が居るので落ち着かない。そこで、このことを気に留めない様に静かに目を瞑って少し俯き、できるだけ忘れて、あとは・・・

シコ、ポン、

シコ、ポン、

シコ、ポン、

と、頑張っている。

あとでコーニエル修道院長から、「3人で熱心に瞑想の修行にふけっておられる姿に感銘を受けました。神聖騎士たる者はかくあるべきでしょう。」と・・・。


こうして2週間を過ごし・・・川の登りで船足が遅いのでこれほどもかかってしまう、下りならば一週間なのだそうだ・・・ようやくサムエル公国の港、サムルクスに着港する。

港町サムルクスは、テルミス王都の港町のメンクスに負けないほどの繁華な街だ。波止場には大小の川船が帆を畳んでたくさん並んでいる。そして、街に入ると少し雅(みやび)な気がするのは気のせいか。なんとなく行き交う人も優しく、その服装も気が利いている。テルミス王国のようにギトギトした雰囲気じゃあない。


とりあえず、サムルクスの教会に挨拶を済ましてそこで食事処を聞き出し、何はともあれみんなで会食だ。

この国では聖職者は大事にされるらしく、レストランでもいい席に案内され、食事の内容も頼んだ以上のものが出てきた。

修道院長のお祈りに始まり、沈黙の食事が始まる。黙々と食べていると、後ろに控えていた給仕らがヒソヒソと隠れ話を始めた。魔法を使って聞き耳を立てると・・・沈黙の食事に当惑しているのだ、出された料理が気に入らないのかと・・・。

サムエルの教会では食事中の沈黙というのは戒律にないのだろうか・・・いや、テルミス王国中央修道院での食事もけっこう賑やかだった。これはバルディ修道院に独特・・・いや戒律にうるさいからなのか。

後ろを振り向き、

「みなさんおいしくいただいてますよ。バルディ神聖騎士団は沈黙の戒律が厳しいので。」

と給仕に声を掛けると納得したらしく・・・私達の邪魔をしない様に(?)彼らも沈黙となる。

黙々とレストランでの会食が進んでゆく。周りに居たお客たちも、気を使っている様でイヤに静かになってきた。

モグモグ・・・黙々、

モグモグ・・・黙々、

こうなってくるとこちらが気疲れしてきた・・・。

食事が終わって支払いを済ますと店長がやってきて、

「かの高名なバルディ聖騎士団の方々にお越しいただき、当店の誉れとなりましてございます。」との挨拶を受けた。

聖職者と言えば普通は優しげな人たちといったところだが、戒律の厳しい武張った神聖騎士団というのは珍しかったのだろう。ここで聖騎士団と呼ばれたのは、神聖騎士団と言う名は去年からで、世の中には聖騎士団としての歴史が長いから。よく似た名前なので、世間からしたらどうでもいい事なのだ。

そして、両手いっぱいの大きなかごにパンのバゲットと燻製肉を詰め込んだものを手渡してくれる。みんな大柄な連中なので、レストランの料理では足らないかもしれないと気を使ったのに違いない。お布施を受けるのは聖職者の特権・・・いや、責務であり、ありがたく受け取る。

こうして2台の荷馬車に分乗して、教皇庁に向けて出発だ。

整備された街道を行くのだから歩いてもいいのだが、荷物が多いので荷馬車を頼んだのだ。

狭い荷台に取り付けられたベンチに腰掛けて、ゴトゴトと揺られてゆく。馬の歩みはのんびりで歩く速さと変わらない。グレアさんは後ろから歩いて着いて来ている。荷台の窮屈なベンチが却ってつらいのだとか。手には先程もらった長いバゲットをもって、ムシャムシャと食べながら歩いているのだ。食べ歩きとはいささか行儀の悪い姿であるではあるが、

「行軍している時は、こうして喰い歩きもするのさ」

そう言って、いたって平気だ。戒律に触(さわ)らなければ、何も気にしないというのがグレアさんなのである。


この日の晩は、その地の伯爵邸のゲストハウスという所に宿泊した。

この晩は晩餐の接待を受けた。前のテーブルには伯爵と修道院長、そしてなぜか私の席もそこに並んでいる。他のメンバーは別の2卓に別れて伯爵家の家人たちと並んで席に着いて、ガヤガヤと話が飛び交っている。

コーニエル修道院長と伯爵の間で話がはずんでいる。


「ほう~、そんな事があったのですか。神命を受けたとは・・・。

で、いかなる神命なのでありましょうか。」


「特に秘密と言う訳ではないのですが、3人を超えるところで話し合ってはいけない、その時に大神様より戒めを受けておりまして、ここではお話しできないのです。」


「なんと・・・なぜそのような戒めを」


「神の御心は測りかねますが、おおよそ、人の世界を神命の名でもって引っ掻き回してはいけない、との思し召しではないかと。」


「なるほど・・・神命とは政治に利用するようなものではないと・・・」


「仰る通り。実際、その内容もどこそこの国や誰かを糾弾するようなものではありません。」


「それはそれは。このサムエル公国も長老たちが居た時代から大きく腐敗堕落してしまった。そんな思いもあって、世直しの神命かと緊張しておったのですが・・・それはホッとしました、いや、残念。ハッハッハ。」


「いや全く、私もこの神命を聞いた時は世直しではなくて、ちょっと残念でしたよ。ハッハッハ。」


「えっ・・・。」


「いや失言いたしました、若かりし頃の熱き血潮をまだ忘れられぬ年寄りの繰り言と、どうぞお忘れください。」


「「ハッハッハ。」」


そんな話を横耳に聞きながら、私は気の利いた料理に舌鼓を打っている。


「それはそうと、使徒エリーセ殿、」


あっ、こっちに話振ってきやがった。タダ飯は食わせんってか。

「はい、なんでございましょう。伯爵様。」


「御辺の前に大神様が幾度か顕現されたとか。いかなるお方なのであろう。」


「はい、てっぺんハ・・・(ゲの爺神!あぶない、あぶない、正直に答えるところだった。)

・・・それが不思議でなのございます。その仰ったことははっきりと心の中に刻み込まれておりますが、そのお声・そのお姿が・・・全く思い出せないのです。」


「なっ・・・なんと。神とはそのようなものでおられるのか。

姿形なき・・・いや、そうかもしれぬ・・・。」


嘘も方便というやつである。修道院長は少し苦い顔をしている。


「・・・う~ん、それはそれは深淵でありますな。では、使徒殿のお力とは如何なるものでありましょうや。」


「はい、魔法の力でございます。タルクスという小さな港街がはやり病に侵されておりました。たまたまその街に居りましたので、治癒師殿のお手伝いをしましたが、ヒール・浄化・キュアーの3つの魔法をおよそ1000人にかけてございます。」


「なっ・・・なんと。そんなにも・・・」


「悲しい事に、その後でお葬式にて浄化・聖天を何十ものお年寄り・幼児の遺体に掛けねばなりませんでした。」


「・・・そうでありますか・・・我が領にもはやり病があったらお願いせねばなりませんな。」


「はい、何をさておいても致しましょう。私に与えられた力はそのためのものでありましょうから。」


「お・・・おお、ありがたきお言葉。」


うん、うまく話を逸らせたようだ。爺神が私の体に埋め込んだ力は人殺しにも大いに役に立つ・・・これは、そう言う力でもあるから。

と、こんな様子で夜遅くまで接待が続き、次の日の朝“遅く”、昼前に出発となる。

夜更かしの次の日に無理して早起きして、道中で病に倒れてはいけない。戒律とは何でもキツければイイといったものではないのだ。

そしてその日の午後にサムエル公国の首都に隣接した小さな国:教皇国に建てられた招聘修道院という所に入った。ここは、教皇庁にやって来た聖職者たちのための宿泊所で、シャバの宿とは違って、旅先であっても日頃の修道院生活を送れるように建てられた施設である。厳密に言うと私は教会の聖職者ではないが修道者の学生(がくしょう)扱いとなっていて、ここに投宿することが許された。久しぶりに修道院生活を送ることになる。


さて、その次の日は早朝から起きてお祈りを済まし、おいしい朝食を頂いて・・・後は、フリータイム。修道院長は日程の打ち合わせに教皇庁に呼ばれていったが、残りのメンバーは思い思いにその日を過ごすことになる。この日は観光のお時間なのだ。


さっそく街に出てうろつこうとすると、いつものメンツのバルマン・エミリー・ロドリゲス・グレアさん達がついてきた。

「俺はあんたの護衛を引き受けているからな」とはバルマンさん

「あんたは、見張ってないと騎士団の名に泥を塗りかねないから」とはエミリーさん・・・

「わたくしは以前ここに居りましたので、師の案内をさせて頂きましょう」とはロドリゲスさん

「・・・、・・・。」無言でなんとなく着いてきたのはグレアさん。

私を含めて、この5人で観光する事となる。


門前町の道は綺麗な石畳で、旅側には瀟洒な店が並んでいる。そこを進んでゆくと、教皇庁の大門前の広場があった。石造の並ぶ立派な噴水が設置してあり、大勢の観光客・・・いや巡礼客たちが、そのまわりでくつろいでいる。そしてその中を、キャソックの長い裾を翻しながら颯爽と歩いてゆく教皇庁の聖職者達。彼らはただの聖職者ではなく、外交官でもあり、行政官でもある。教会のエリートなのだ。周囲の巡礼客たちも眩しそうにその姿を見つめている。一方、我らは田舎からきたお登り修道士、その事にいやでも気づかされる姿だ。


「いえ、あれもなかなか大変でして・・・当時の私は自分を見失っていた。自分がやりたかったのはあのような事ではなかった、もっと自分に正直に生きてゆきたい、それに気が付いて治癒師のウォルツァー師の元に師事することにしたのです。」

とは、ロドリゲスさんの言。

「そして、ホーリーヒールを識るという奇跡に出会い、私は自分の人生で正しい道を歩んでいるとの確信を得られました。」


・・・その後、ウォルツァー師はガックリきて弟子の面倒を見れるような状態ではなくなった。それで、一人でバルディ修道院にいたそうな。

それ以前の事になるが、ロドリゲスさんは3年前まで、俊英の若手聖職者としてこの教皇庁に派遣されて居たのだそうだ。

ただ、エリートコースはこの人の肌に合わなかった・・・という事らしい。


しばらくため息をついていたら、いい匂いがしてきた。傍に巡礼客相手に商売をしている屋台がある。朝ごはんを食べてウロウロしていたら、もうお昼前になってお腹が空いてきた・・・。


「買い食いします?」


そう提案してみると、グレアさんのお腹がグ~と鳴る。でも、


「手持ちがないわけではないのだが、買い食いにはな~。」


何かの時の用意のために各自の財布の中には金貨何枚かを持っている。しかし、それは買い食いのための資金ではない、断じて無い!と・・・意外と堅いことを仰るグレアさんである。

喰い歩きはいいけど、買い食いは戒律的にダメらしい。


「じゃあ、私が奢りましょうか・・・。」

と、言っていると。


「修道士さん達、何処から来たのかい?」

と、屋台のおやじさん。


「バルディから」と、答えると。


「へ~、かの聖騎士団の方々かい。道理で武張ってるねぇ~。」


そう冷やかして、「ホイッ」と包みを手渡してくれる。中には人数分のタコスが入っていた。そして代金を払おうとすると、両手を前に出して振っている。お布施してくれるらしい。

よほど嬉しかったのだろう、グレアさんはニッコリと破顔して、大きな右手をボゥと光らせる。初歩の聖魔法【祝福】をかけたのだ。そのままその手を親爺さんの頭に乗せ、「おやっさんは今日も運が良いように!」と祝福(??)の言葉をかけていた。


次は教皇庁の大門の中に入ってゆく。門前には見張りの兵がいるが、ただ立っているだけで、巡礼客たちは開け放たれた大門を自由に出入りしている。それに混じって、私達も門をくぐった。

右に行くと大聖堂があり、明日の騎士団旗の受領式もここで執り行うことになっている。

暫く進むと巨大な天蓋のある建物が現れた。四方には天に向けて塔がそびえ立ち、天辺には鐘が吊るしてある。正面の広い階段を登ると柱に刻み込まれた聖人像の立ち並ぶ広いテラスがあり、そこに聖堂の入口が開いている。中を覗き込むと、大勢の参拝者相手に何か説教をしていた。普段は、ここで巡礼客を相手に説教会をしているのだそうだ。

なかなかサービス精神が旺盛なのだ、ネンジャ教会は。

邪魔をしてはいけないので入口からそっと覗くだけにして、次に廻ろう。


今度は大門の左側に行ってみる。そちらは事務局やらがあるのだが、信仰裁判所もここに立っている。異端裁判をするところである。そして、裁判所があるからには牢獄や処刑場・・・もある。


「もう何十年も使われていないはずです。」

ロドリゲスさんはそう言うが・・・。

「いえ、異端裁判自体は今でもやってますよ。しかし、それは教会が直接執り行うのではなく、王国の裁判の判決に干渉しているというのが実情です。ですから、わざわざ教皇庁の施設を使うことはもう無いのです。信仰裁判所では、罪人や被告の裁判というよりも、各国の施政・政策などが信仰を害していないか、そういう案件がもっぱら審議されている、という事です。」


では、牢獄や処刑場など取っ払えばいいのにと思うが、教皇庁側としてはあくまでも実力機関としての立場は放棄できないので、ということだ。

牢獄は観光できなかったが、処刑場はみることができた。なに、大した場所ではなかった。ちょっとした広場なだけだ。その一画に十字架を立てて、そこで公開処刑するようになっていると。


一通りうろついた後で招聘修道院に戻ってみると、そろそろ晩御飯にすると・・・。少し早いのではと思ったが、晩御飯の後で明日の授与式のリハーサルをするかららしい。昼の間は大聖堂は説教会に使われているので、夜間の空いている時間に使わせてもらうということだ。


晩御飯を早々に済ませて、夕暮れの道を教皇庁の方へといそぐ。まだ大門は開いていたが、そろそろ閉めるので帰りは門番の兵に言って脇の通用門から帰ってくれとの由。

大聖堂の前まで来ると、その門の灯りを燈して管理係の担当者が待っていた。リハーサルを終えた帰りには当直に伝えておいてくれとの由。

中に入ると、もう日が暮れていたが燭台が何本か立ててあるだけで薄暗く、足元を見渡すのが精一杯だ。広い聖堂の中のほとんどが暗闇の中にある。


「やっぱり全体が見えないと、練習もやりづらいですね。《光明》魔法を灯しますね。」


そう言って光る玉を宙にいくつか浮かべてやると、聖堂の中に光が満ち溢れ、壮大な景色が広がった。

天井は巨大な円蓋となっていて大きな空間を覆い、その正面には壁画とレリーフが一体となって飾られ、その荘厳な光景がここが聖ネンジャ・プ信仰の本拠地であることを示している。


景色に見呆けているばかりではいけない。予行演習もちゃんとしなくては。

もちろん、ちゃんとしているとも・・・そしてその結果・・・予定通りにはいかない事が判明した。よくある事だ。

入口から入場して通路の両側に参観者が座るベンチが並んでいる。その辺は地球の教会と同じ構造だが、その通路が思ったよりも狭くて5人が横に並ぶ事ができないのだ。そこで、急遽隊列を3人の3列として、私はその内の真ん中となる。この3×3の隊列の前には修道院長が先行してみんなを率いる形とし、隊列の後ろにはグレアさんが一人しんがりをつとめる。なぜグレアさんなのかというと、この人は背が高くてガタイも大きいので一番後ろに立たせると見た目が映えるから・・・。

それでも半時間ほども練習するとうまく足並みもそろうようになったのだから大したものだ。


次の日の本番。時刻は昼前、大聖堂の入口の前で隊列を組んで入場を待っている。この時が一番緊張した。

そして門が大きく開かれ、コーニエル修道院長を先頭に足並み揃えて進んでゆく。両側には観覧者が大勢座っていてこちらをジッと見つめていた。みんな身なりが良く、貴族や官僚達とその家族たち、そして裕福な市民たちだ。

その注目を浴びて進む先には、金色に輝く祭服と宝冠に身を包んだ教皇が立ち、こちらに両手を広げて招いている。その左右には色違いの枢機卿たちが立ち並んでいる。

そこに向けて足並みをそろえ、ゆっくりと進む。やがて、観覧者の席を後ろにして広まった場所に着くと、今度はコーニエル修道院長を真ん中にして横一列に並び、そして剣と杖を前に立てて跪く。

すぐに立つように促されて全員が直立すると、今度は修道院長が一人前に進み、教皇から祝福を受ける。次に横に立つ枢機卿が金糸で織り込まれた旗を広げて観覧者にお披露目し、そしてまた折りたたんで修道院長に手渡す。その時教皇が拍手を始め、それに続いて聖堂内から拍手が鳴り響く。その中を修道院長はその旗を両手で捧げ持って後ずさりしながら元の位置に戻る。


「我らは人々の信仰を守る戦いのために、これからも用意を怠りませぬ。」


あらかじめ定められた宣明をして、そして教皇から祝辞が述べられた。

それが終わると聖歌の演奏が始まり、参列者全員での合唱。天井の大円蓋にその音は鳴り響き、それで式典は締めくくられる。

そして、また隊列を組んで退場する。

入場から退場まで、ほんの30分ほどだった。しかし体感的には延々と時間が流れたようでもあり、終わると一瞬であったようにも感じる。


ここでホッと息を継ぎ、教皇庁の給食場で一休みである。

みんな緊張で疲れたようで、お茶とビスケットを頂きながらも沈黙のままだ。

さあ、これで用事が済んだ、後はバルディに帰るだけだ・・・と、思ったがそう言う訳にはいかないようだ。


「エリーセさんは残って下さい。他の方はここで一旦解散です。」

コーニエル修道院長はそう伝える。


「はい?」と尋ねると、


「教皇聖下からご下問がいくつかあるとか・・・面談していただくことになりました。私も一緒に参ります。」

それを聞いてロドリゲスさんが声をあげた。


「わたくしも行きたいのですが」


「そうですね、お願いした方がいいかもしれない」


・・・本番はこれからだった・・・




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