第99話 バルディ神聖騎士団
バルマンと分かれて、そのまま銭湯にいった。
夜になると修道院に行かないといけないから。あの話しぶりだと晩御飯を修道院で御馳走になり、そのまま夜の礼拝に付き合う事になるのだろう。修道院の会合と言うのは礼拝で集まった時にする事になっているから。
銭湯から宿に戻ってもまだ夕方にもなっていない。しばらく部屋で時間を潰すことになる。
・・・で、
“時間があったら修行だ、修行!”
と、杖先生がうるさい。
え~そんな・・・多分、修道院での会合があるし・・・エネルギーを残しておかないと。
“自分に甘いヤツだな!
そんな事では先が思いやられるよ。”
・・・そこまで言われるか・・・
人間の世界はいろいろとネ、まわりに気を使わないといけないわけ。アンタの様に一人で生きてる(?)わけじゃないんだから・・・“お付き合い”って言葉を知ってる?
“チッ!。
すぐにそうやって、屁理屈付けてサボろうとする。
もういいよ。ヤル気が無いんなら無理にさせはしないよ。
でもね、機会があったら魔法の事を考えておかないといけないよ。これは君の力となるんだから。最後は自分の力だけが頼りなんだからね。”
分かったわよ。
でも、今は修行お休み。
“わかったよ・・・じゃあ反省会しようか。”
えっ・・・
“ほら、さっき硬糸を飛ばしてみたろう、どうだった?
切れ味抜群じゃないか。”
・・・、・・・。
糸で首チョンパなんて・・・何、あの魔法!
グロテスクよ、邪悪よ!
“そうかな・・・なかなか使えるとおもうけどなぁ~”
使えても、いやよ。あんな魔法。
“いや・・・首チョンパは、さておいてだ・・・硬糸って言うのかい、アレは使えるだろう、いろいろと。”
何に・・・
“たとえば・・・地面近くに硬糸を漂わせて置いてだね、そこへドドドッと攻めてきたら、糸が足にからまるだろぅ・・・そこで足首チョンパ!”
ヒッ・・・いやよ。
だっ、だいいち、その糸に味方の人の足が絡んだらどうすんのよ。
“注文がうるさいな・・・じゃあ、自分で考えなよ。”
・・・、・・・。
糸だから使いにくい・・・じゃあ、紐にしたら・・・紐を編んでみよう。
そう考えて、16本の光翅をくねらせて互いに絡ませ、そしてその状態で固い糸を放出する。そして前後をギュッと引っ張ると
・・・こんがらがった糸の玉ができた・・・。
“・・・残念でした・・・キミの能力では紐を編むのは難しいようだね。”
と、杖野郎からバカにされる・・・。
今度は、光翅を螺旋に撚り合わせる。そして糸を放出してみるが・・・またしても縺(もつ)れて糸の玉となってしまう・・・。
“16本をいっぺんにしようとするからだよ。そもそも紐を編むのなら引っ張らないとダメじゃないか。
まず何かに糸の端を結び付けるんだよ。それから、引っ張りながら編み込んでいく・・・分るかい?
そうだな・・・向うのテーブルの脚に糸を括りつけようか。まずそこからだな。”
確かにその通りだ、子供の頃に網紐を作って遊んでいた記憶がある。あの時は、まず糸の片方を固定して・・・次にそんな糸を四本並べて・・・交互に編んでいった。
光翅から糸を放出しながら机の脚をグルっと一周させて、次に手前で片方に引っ掛けて・・・アレ~難しいぞ。糸を括るというのは、どうしていたっけ・・・手で糸を結んでみて・・・その通りにするには・・・、
・・・、
・・・。
ちょっと待て~、いつの間にか魔法の修行になっているぞ!
“人生、すべてが修行だネ。”
・・・、
私は疲れてんの。魔法の修行はしないの。
ベットにゴロンと倒れて天井を見ていたが、今度は退屈してきた。時間が中途半端なのだ。仕方ないので手で糸を編んでみることにする。この糸は硬糸と言うだけあって、結構太くて固い。布を織る糸と言うよりも、釣り糸だ。それもかなり太いヤツ、鮫でも釣れそうな。
そんな糸と昔の記憶をたどりながら、編んでゆく。
きれいにはいかない、糸が固すぎるのだ。
“いや、キミが不器用なんだよ。”
・・・。
でも、気を取り直して・・・また丁寧に編んでゆく。
“そう、そう言う事なんだよ。
手先を上手に動かして練習するように、光翅を器用に操作して練習する。手で引っ張る力を微調整するように、魔力を微調整する。
それが、魔法の修行なんだよ。”
・・・。わかってるわ、そんな事。
でも、こんな紐を魔法で作って何に使う訳?
“さあ・・・キミは何に使うつもりだったんだい?
まあ、紐を編むこと自体がいい修行になるから・・・それでいいじゃない。”
・・・バカらしくなってきた。
まあ、亜空間でお茶を淹れたり魚を焼くのはできるようになったから、次は紐を編んでもいいかもしれない。
そんな事をしているうちに、窓の外の陽が陰り、夕方になった事に気が付いた。
さて、今夜は修道院で過ごすことになる。
久しぶりに灰色の修道服に着替えて・・・まだ身分は修道院の学生なので、これでいいのだ・・・その上からイヤリルの巫女の外套を羽織って、宿を出る。
表の通りは黄昏時で、街頭に並ぶ店々にはもう灯りが燈っていた。この明るい並びを通り過ぎると、少し暗がりの中に修道院が建っている。その門は両扉のうち片方だけがいつも開けてあるので、そこを通り抜けて中のホールに入り、顔なじみの修道士たちに挨拶を交わし、中の椅子に腰かけて晩餐の時間を待つことにする。
やがて屋内の鐘が鳴り、夕食の時間になった事が知らされる。皆さんと一緒にぞろぞろと食堂に入って行き、ゲストの席に着席。程なく修道院長がやってきて着席すると、当番の修道士が食事を配ってくれる。料理は、野菜と肉料理を一皿にまとめたものと一椀のスープとパン、この3品と決まっている。
こうして用意が整うと、修道院長が先導してみんなはそれについてお祈りを始める。これが終わって、ようやく静かな晩餐が始まる。
神聖騎士、つまり修道士たちは食事が美味いとか不味いとかは、決して口にしない。与えられた今日の糧に感謝して、黙々と食べる。では食べ物に関心がないのかというと・・・もしそうなら修道院の食事は不味いものに違いない、でも事実はその逆であるから、大いに関心をもっていると言っていい・・・他に楽しみもないし。
まあ、要するにおいしい晩御飯を御馳走になったわけである。
メインとなるのが魔物肉料理なのは、バルディに立ち並ぶ飯屋と変わりない。盛り付けの華やかさはないが、行き届いた味付けや付け合わせの野菜など、冒険者相手の薄利多売の飯屋では期待すべくもない。
ただ食事そのものは粛々と摂取しているだけで楽しい雰囲気などは皆無であり、食べ終わると一斉にお祈りをして席を立ち、そして自分でかたずける。
その後そのまま礼拝所に移動して、夜の礼拝が始まる。まず誓書の一節を唱和してから、修道院長のお話が始まり、その時の講話に議論・質問する。そう言う形式でバルディ神聖騎士団の会合が為されるのだ。
講話の話題は当然ながら信仰についてから始まるので、普段は半時間ほどもその退屈な話が続くが、今晩のように他の話がある時は、すぐに切り上げとなって時局の話に移ってゆく。
「ヘルザでは大神様の御神意により、平和な時代が続いてまいりました。しかしながら、世界は動いております。皆さんはまだご存知無いと思いますが、今、その平和の裏側で戦争のきな臭い匂いが漂ってきておるのです。王国の方から我々バルディ神聖騎士団にも協力の要請が内々ながら来ております。」
「王国からの要請ですか・・・いやに具体的な話ですが。
具体的な脅威と言うものがあるのでしょうか。」
年長の修道士が尋ねる。
「これからお話しする件は、秘密を守っていただきたいと思います。
実は、ひと月ほど前にモルツ侯爵閣下から使徒エリーセを通じてこの話がもたらされました。それから、私から閣下に手紙で確かめましたのですが・・・ヴォルカニック皇国が来年にも攻めてくる恐れが強い・・・との事です。」
「・・・、・・・。」
礼拝所の中をどよめきがながれた。
そして一人の修道士が、
「しかし、我々は使徒エリーセの神命達成のための結団したのであり、国家間の紛争とは一線を引くべきでは・・・」
「仰る通りです。
しかし、現実としてこの世界に戦争が始まろうとしています。その悲惨な出来事に目を瞑って知らん顔をしていられるわけでもありません。
テルミス王国に協力するのか否か、この選択を迫られるわけです。
いえ、その選択は無いのかもしれません。修道士とは言え、私も皆さんも王国の民の内なのですから。
ですから、どれだけ、どのように協力するのか・・・この選択をしなくてはならない、という事になります。」
ここで、それぞれが自分の考えを述べ始める。ある騎士は先頭切って戦うべきだと言い、ある魔術師は魔法の使用は王国軍とよく話し合うべきだ、ある治癒師は後方での戦傷者治癒に専念すべきだ、そしてロドリゲスさんは我々が勝手に戦争に参加すると決めるのは、テルミス教会や教皇庁とよく話し合う必要があるのでは、などと様々な意見が百出した。
「皆さんにはそれぞれに出身があり、それに基づくお考えがあるでしょう。しかし、何よりも神に仕える立場にあります。そこからのお考えを述べて頂きたい。」
修道院長は様々な意見を絞って、まとめてゆかなくてはいけない。
その時、それまで黙っていたバルマンが声をあげた。
「使徒エリーセはどのようにお考えなのですか。修道院長のお話では、あなたは戦争の事を初めからご存知であった様に思われますが・・・。」
と、こちらに話を振ってきた。
ちょっと慌てたが、昼にバルマンが突っ込んで話をしたのはこの時の用意なのかもしれない。いずれにせよ、私の立場“神の使徒”としては、態度を曖昧にはできないだろう。
「わたくしはテルミス王国の軍に参陣するつもりでおります。」
修道院長はじめここに居る全員の視線が刺さる。
「わたくしはヴォルカニック皇国の勢力が広がることは、このヘルザの世界にとって好ましくないと、そう考えるからです。」
すかさず一人の修道士が声をあげる、
「それが大神様の神意なのですか!」
「大神様は何度か私に語り掛けられました。その中で、テルミス王国、ヴォルカニック皇国、サムエル大公国に関する話は一言もありませんでした。
つまり、それは人自身が解決すべきである、と考えておられる様に思います。」
「では、何ゆえに?」
「人の世界には必ず腐敗・理不尽があります、王国でも皇国でも。でも、この2つの国には決定的に違うところがある。
ヴォルカニック皇国は“王国楽土”と称して、そこからはみ出してしまった棄民達・・・“はぐれ者”と呼ばれていますが・・・そんな人たちが大勢います。そして皇国は、彼らの運命を無残に磨り潰し続けていて、その事を“必要悪”であると省みません。
対して、テルミス王国でも同様に奴隷なるものがありますが、その腐敗・理不尽を何とかしようとする努力を重ねている、という現実があります。
私は、皇国のような国が広がると人々に不幸をもたらす、そう考えるが故に皇国に味方しません。」
「つまり、皇国は邪悪であると。」
「国の正邪について、私は存じません。それは教皇様がお決めになるでしょう。
ただ、ウェルシの問題にしても、大元は皇国から出ている。ウェルシは皇国から逃げて来た棄民達が造った国ですから。
あの国の勢力が広がると、もっと大きな問題をヘルザにもたらすであろうと、そう考えます。」
「・・・、・・・。」
暫く、礼拝所の中にどよめきが流れた。
そしてバルマンがまた発言を求めた。
「まあ、我々が国家の正邪を決めることではありませんから・・・仰る通りでありましょう。この件について、これ以上議論しても埒が明かないと思いますが。
しかし修道院長殿、今のこのタイミングで戦争のお話があったのは、何か理由があるのでしょうか。いえ、戦争の話はいずれ聞くことにはなるでしょうが。」
「・・・。
使徒エリーセの考えはよくわかりました。しかし、それをバルディ神聖騎士団が受け入れるべきかどうかは、今ここで決める必要は無いと考えますので、バルマン兄弟の仰る通り、この件はここまでにしておきましょうか。
それで、今晩皆さんにこの戦争の話をいたしましたのは、理由があります。
教皇庁の方から問い合わせがありまして・・・表向きの話は、大神様の顕現という奇跡とそれによってバルディ神聖騎士団が結成されたことについて、でありますが・・・なんといいましょうか、これについては去年の話を今更されても、という事ですし、バルディ神聖騎士団結成という事にしても、実際は聖騎士団が名前を変えただけですから・・・これは、あくまでも表向きの話と考えた方がいいでしょう。
ヴォルカニックとの戦争に我々が参加するかもしれない、という事をどこからか聞いた、あるいは予想したからではないでしょうか。
ヴォルカニック皇国とテルミス王国が戦争、そして使徒エリーセとなりますと、教会としてどういう立場を取るべきか・・・やはり微妙な問題でありますから。」
「やはり、戦争に参加するのですか。」
ロドリゲスさんが心配そうに尋ねる。
「当然だ、ここに居るのは王国の騎士・魔術師をしていた者ばかりだ。知らぬ存ぜぬでは通らない。」
脳筋エミリーさんがただちに返答する。
修道院長がロドリゲスさんに答える。
「参加すると言っても、戦闘そのものには参加するわけではありません。我々は王に仕えているわけではありませんから。戦傷者の治療、戦死者の弔い、戦闘員への教戒、という事になります。ただ、戦場には旗を掲げて立つことにはなるでしょうから、王国軍の後ろに隠れているだけにもいかないでしょう。」
「わっ・・・わかりました。」
ロドリゲスさんは悲壮な表情で答える。
「それで教皇庁の話に戻りますが・・・実は言いますと、テルミス教会を通じて我々に教皇庁へ来るように召致がかかりました。」
礼拝所の中は一瞬緊迫する。まさか・・・異端の審問では、と。
「と言いましても、審問・問責と言う訳でもない様です。テルミス教会からの話では、教皇様から騎士団の旗を親授して頂けるとの事ですから。」
礼拝所の中は、ホッと空気が和らぐ。
「ですから、私とそれから戦争に参加するかもしれない方々から主な者、バルマン兄弟・エミリーシスター・ロドリゲス兄弟、それから・・・の総勢10人ほどで教皇庁に参ろうかと考えているわけでして。
それから使徒エリーセ、あなたも是非参加していただきたいのですが。何しろ、表向きは去年の奇蹟についてということですから、あなたが居なくては話になりません。」
たしかに・・・これは断れないだろう。黙って肯くと、
「使徒エリーセ、ありがとう。
申し訳ない事ですが、ここで一つ注意しておかねばなりません。
“神命・使徒”というのは、大神様の顕現を目の当たりにしましたから、これについては私は一点の曇りもなく信じております。他の皆さんも神聖騎士団の一員ですから、この点に疑問を抱く者は無いでしょう。
しかし、教皇庁はこの事を認めているわけではありません。神命を帯びた使徒が現れたという事を教皇庁が公に認めますと、世の中が大変な事になりますから。ですから、この神命・使徒というのは、今の処、あくまでもバルディの中に限られた話であります。
ですから向こうでは、使徒エリーセは、テルミス中央修道院の学生・フィオレンツィ兄弟とフェルミシスターの弟子・バルディ修道院に深く関わる信女、という扱いになると思います。皆さんもその旨をよく承知しておいてください。」
こうして会合は締めくくられた。
このあと修道院長び部屋に呼ばれる、話があると。
「今日、来ていただいたわけは先程お話ししたとおりの事です。
ただ、若干懸念がありまして・・・エリーセさん、先程あなたはヴォルカニック皇国の問題点を指摘なさいました。そして、それゆえに彼の国の拡大を望まないと。
以前、あなたは神命の本質は『選択』にある、そうおっしゃいましたね。
今一度、お尋ねします。この戦争においてテルミス王国を選択する事は『神命』ではないのですね。」
「仰る通りです。
この戦争と、神命の関係はございません。あくまでも大迷宮の奥底に向かう事が、神命である・・・と、重ねて申し上げます。」
そう答えると、一通の手紙を見せてくれた。マルロー大司教からで、この手紙で教皇庁召致の事が知らされたのだと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バルディ修道院の方々にの日々の精勤探求の事、まことに感謝する次第です。
さて、今回手紙を差し上げたのは、少しばかり頭の痛い事態・・・いやいや、大変誇らしいでき事が起きたからであります。
教皇聖下からお召しがあった、ということをお伝えいたします。
バルディにおいて大神様の顕現があり、信女エリーセに神命を下したことを顕かにされたこと、既に承知して教皇聖下にもお知らせしてあります。
此度、教皇聖下より、直々に旗を授与するとありました。バルディ神聖騎士団の誉れと言うべきであり、まことにお喜び申し上げる次第であります。
大変喜ばしい事でありますが・・・昨今いささか、きな臭い事となっている・・・このことはすでにご存じである由、モルツ侯爵閣下よりすでに聞き及んでおります。
騎士団の旗とこの“きな臭い時局”、この2つを結び付けずにはおられないのは当然と言えましょう。
で、昨今の情勢を鑑みて、当方で気になることごとを少しまとめてみましたので、ご覧いただけたら幸いであります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
教皇庁においては以上の事に気を付けるべきでありましょう。とは申しましても、皆さん方がそれができるかどうか・・・。まあ、あまり発言なさらないことが吉といえましょう。上手く話をまとめようとしても・・・あそこに居られる方々からしたら、皆さん方、神聖騎士の方々を手玉に取るぐらいは容易い事でしょうから。
ですから少々のことは、こちらから後で尻拭き致しますので、下手に取り繕うなどとはなさらぬように。“沈黙は金”である、そのようにご理解していただきたいと思います。
そして、エリーセ嬢にも自重するようにご注意しておいてください。“使徒”という立場はそれほどに危ういものでありますから。
賢明な方であることは、師匠であるフィオレンツィ兄弟の保証付きでありますが、万が一にも“使徒”が独走してしまうと、もはや我々の手の届かない所に行ってしまいかねません。ですから、くれぐれもそうならない様に、“我々、テルミス教会の手の内”に納まる範囲での発言に止める様に・・・返す返す申しますが、自重なさる様に、その旨をお伝えください。
マルロー
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要するに、『お前ら脳筋はできるだけ黙ってろ、後で尻拭きがしにくくなるから。』それから私には、『こっちからはなれて勝手に話を広げるな。』と、まあ・・・そう言っているのである。
些か人を喰った文面だが、その老婆心はよくわかる。手紙を書いている小太り大司教のテカテカ油顔が浮かんできた。
「マルロー大司教は、こんなものの言い方をされますが、親切な方です。言葉通りに信用いたしましょう。」
それは同意する・・・
「果たして今回の召致が、あなたの事なのか、それともヴォルカニック皇国との戦争の事なのか・・・私は両方の懸念を持っています。
現教皇のステファヌス聖下は、ヴォルカニック皇国に対して批判的な立場をとっておられます。ですから神聖騎士団がこの戦争に参陣する事には、それほどとやかくは言わんでしょう。ですが・・・あなた・・・神の使徒と称される者が片側の陣営に出現すること、その事に対しては、教皇庁が神経質になるのも致し方ありません。
ですからこの手紙にもある様に、発言には気を付けてください・・・あなたの存在が脅威と映らない様に。」
「はい、わかりました。その点は重々承知しております。今晩は、バルディ修道院の中であったから本心をお話した、そのように理解してください。」
「そうですか。
教皇様はヴォルカニック皇国に対して批判的であると言いましたが、それは、教会の階位の人事に皇国の介入が酷すぎて、ヴォルカニック教会が皇帝に乗っ取らてしまっている。その事に対する反感からです。
決して、あなたの仰る棄民;はぐれ者の問題のことではありません。
ですから、教皇様はテルミス教会に味方してくれるでしょうが、それはあくまでも敵の敵だから味方・・・それ以上のものではありません。
その周りには足を掬おうとする方々が大勢いる、ですから何よりも隙を見せない様にすることが大事だということです。
もし、神命について尋ねられたら、『大迷宮の底に行って、古(いにしえ)の宿業を拭い去る事』と、それ以上を答えるべきではありません。また、この戦争でテルミス王国側に参加する理由を尋ねられたら、『戦場で傷つく敵味方大勢の人の癒しのために』とでも答えておいてください。決して、『神命・選択』、それを覗わせるような言葉は使わない様に気を付けてください。
何やら伏魔殿に連れてゆくようなことを言ってますが・・・教皇庁と言う所は多くの勢力の権謀術数が渦巻く所であり、確かにそのような一面がありますから、くれぐれもお気をつけて。」
いささか頭の痛い事になってしまった・・・。
明けて、翌日の午前。またいつものように迷宮の中を探索・・・いや訓練をしている。何かがあったからと言って、日々のスケジュールは変わらない。いや、変わったことがある。戦争に参加するという事が決まったことだ。
しかし、パーティーの雰囲気で変わったことと言えば、バルマンさんがウキウキとしていることぐらいだ。戦争への参陣、今まで黙っていたことが大ぴらにできるので気が楽になったのかもしれない。
「じゃあ、今日はあそこの広間に入ってみましょうか。」
そう、積極的なのだ。
「中には牛ぐらいある生き物、イヤ魔物が5匹・・・」
ロドリゲスさんが探知を使う。
バルマンさんが広間の入口から中を探ろうと、スッと前に進んでゆく。
そして広間の中に一歩入り込んだ時、右横から大蜘蛛が襲い掛ってきた。壁に隠れていたのだ。
すぐさまバックステップをふんでさがったが、上から蜘蛛の前肢で肩を刺されて後ろにひっくり返ってしまう。みんなは、あわてて援護しに構えるがうずくまったバルマンが邪魔になって思うようにできない。
その時、「ひぇ~~え~~」と悲鳴とも喚声ともわからぬ声があがる
・・・ロドリゲスさんだ。
両手で大盾を抱えて吶喊して前に盾を立てると、そのまま大盾の下に潜り込むようにして倒れたバルマンさんに覆いかぶさった。
その上から、石弾を放つ。何発か当たるが、大蜘蛛の固い殻を貫くことはできない。火焔弾は、近すぎて危険すぎる・・・。
周りからは、他の騎士達が槍でけん制するが、蜘蛛の肢が長くてうまくいかない。やがて、蜘蛛は前の二人にかぶりつこうとの口の牙が左右に広がる。
・・・どうしたらいい・・・とっさに糸を飛ばすが、蜘蛛の頭を絞めても固い殻はチョンパできない・・・ええい!・・・と、開いた口の中に糸を侵入させる。
で・・・それで、どうする・・・どうしたらいい・・・
“中で【爆破】するんだ。”
できるのか?、いや、考えている間は無い。光翅の先を糸を伝って蜘蛛の口吻の中に潜り込ませ、そして【爆破】。
蜘蛛の口から、炎と中の脳や組織の断片が吐き出て一瞬ヒクつき、そして崩れるように床に沈む。
動かなくなった蜘蛛の様子を見て、大盾の下の二人を引き摺りだすと、・・・よかった・・・2人とも元気だ。
盾の下で、ロドリゲスさんは治癒魔法を一生懸命に唱えていたとのこと。
「ちょっと浮ついているぞ、バルマン。」
起き上がったバルマンさんに向けて、脳筋エミリーさんが苦言を呈する。バルマンさんはきまり悪そうに頭を掻きながら、
「ロドリゲス兄弟、おかげで命拾いしました。」
と礼を言い、ロドリゲスさんはにっこりと嬉しそうに微笑んでいる。
でも、あの行動はどうなんだろう。捨て身すぎやしないか・・・でも・・・嬉しそうにしているから・・・まあ、いいか。誰かが助言するだろう。
そんな事を考えていると、
“なぜ、蜘蛛の体内に光翅が届いたのか、わかるかい?”
と杖先生が・・・
“糸が通ったためさ。通った糸が鞘となって、その中を光翅が伸びた。それで蜘蛛の体内に光翅が届いたのだよ。”
光翅は生物の体内には届かない。生命力とかが邪魔しているのためだ。でも、いったん糸が体内に通じてしまうと、その糸の中を伝って光翅を伸ばすことができる。そう言う事なのだ。
糸は細いので、その中を通じる光翅も細くなってしまう。だからそこを流れるオドの量も小さいので、決して大きな魔法は使えない。しかし・・・『体の中』で【爆破】したら・・・小さくても十分に強力だ。
“フッフッフッ、
また一つ凶暴になったネ。”
邪悪な杖野郎が褒めてくれた。
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