第98話 使徒 エリーセ

さて、ランディの話はここで一旦お休みとして、我らのエリーセの側はどうなっているのか、そちらに話を向けたい。


ランディと別れて数日後、エリーセは毎晩文句を垂れながらひたすら夜なべ仕事に勤(いそ)しんでいる・・・のであった。


「千個も水晶玉を作れって!なんでそんなにこき使われなくちゃいけないわけ!」

と、一人でブツブツと不満を口ごもりながら、水晶玉を仮想空間でひたすら作っている。


“真球度が3.7%程狂っている。ダメだなぁ~、もっと真剣にやらなくっちゃ。

ほらほら、何事も修行だヨ。”


杖のシュールタルテが、そこに追い打ちをかけている・・・。

イヤリル神社から離れるにつれ、シュールタルテは静かになった。しかし、バルディに帰ると急に目覚め出して、またうるさく小言を言うようになってしまった・・・。


“ボクは君の師匠だからね、当然さ!”


弟子入りした覚えはない、断じて!。


“何言ってんだい、君一人では何もできないくせに。

そんなつまらない意地を張っていると、気が散って・・・ホラまた狂った、玉が球になってないじゃないか。”


結晶に込められたマナは、玉の表面から蒸発するように抜けてゆく。だから表面積ができるだけ小さくなくてはならない。そこで球形が最も効率の良い形となる。しかし・・・真球でないといけないという理由はないはずだ!


“あ~あ、やらないんじゃない。できないのだろう・・・

それなのに、やらないやらないと、屁みたいな理由をぐだぐだと・・・そんな言い訳している暇があったら、もっと真剣にやりなよ。

あっ、今度は結晶に歪が出来ちゃった。”


結晶に歪ができるとその格子欠陥からもマナが漏れ出す、だからきれいな単結晶でなくてはならない・・・でも、これは・・・アンタが気を散らすからだ!


“オヤ、マア!・・・戦闘の途中で、敵さんが君の魔法をかけ終わるまで静かに待ってくれるとでも言うのかい?

そんな甘ったれた事を言っていて・・・

だからダメなんだよ、キミは!。

わかる?・・・ダ~メ~なんだよ!”


ダメだ・・・言い合いではコイツに勝てない・・・もう無視しよう・・・。

心の中の耳を閉ざして、ひたすら水晶玉を作り続けよう。

・・・シコシコ・・・ポンッ、

・・・シコシコ・・・ポンッ、

・・・シコシコ・・・ポンッ、


“うん、ようやくヤル気になってきたようだね。でも、同じ事ばっかりやってたのでは進歩がないだろう。

じゃあ、次、行ってみよう!”


・・・えっ、なに言ってんだろ。


“次は、並行作業だ。いいかい、魔法と言うのは一つずつ順番にやっていくなんて、かったるい事をするのは、初心者までなんだよ。”


初心者でいいんだよ。


“何しろ、大迷宮の底まで行こうってんだから、やっぱりそれなりのネ・・・

いっぺんに2つぐらいの魔法を発現できないと、偉そうなことは言えないよ。”


なんで・・・一つずつでいいじゃん。みんなそうやってるよ。


“ああ~嘆かわしい。光の翅は、いったいいくつあるんだい?”


・・・16本


“だろう・・・翅一つが一個の魔法を発現するとして、16本あるのだから・・・分るだろう・・・16個の魔法を並行して発現するようになっている。

そういう仕様になってんだよ。

それだけではない、略奪の手や蜘蛛の糸や霧を操作して・・・そして竜眼からブレスも吐くわけだ。そうしたらいっぺんに20個を使うことになる。ああ~それと怠惰の刺青で防御用の魔法を使う事も考えないとネ。”


そんなもん出来るはずないだろう・・・


“なんとまあ・・・なんという無気力。

考えてもごらん、キミはもう空を飛んだろう、あの時すでに光の翅16本を使っているんだ。そして、その時に怠惰の刺青も使って、体を温めたり、姿を隠したりしたはずだ。既に無意識にやっているんだ。わかるかい?

後は意識的に、そしてもっと自由に使って見せるだけなんだよ。

やれば、できるんだよ。

やる気になったら、できるんだよ。

ヤル気の問題なんだ!”


・・・そう・・・


“ああ、そうだ。

そのための修行だ!

修行だ、

修行だ、

楽しい修行だ!”


・・・。

・・・。

なんか強引に説得されてしまって、とりあえずやってみる。


・・・シコシコ・・・ポン、ポン、

・・・シコシコ・・・ポン、ポン、


“ダメだ!ダメだ!ダメだ!

水晶玉が歪(ひず)んで曲がってゆがんでいる。

まったく、使い物にならないよ。

もっと丁寧に仕事をしたらどうなんだ!”


そんな事を言われても・・・こっちもいきなり言われてやってんだから・・・

仕方ないので、ゆっくりとやることにする。


・・・シコ・・・シコ

・・・ポン・・・ポン

・・・シコ・・・シコ

・・・ポン・・・ポン


“ほら、みろ。できるじゃないか。

後はもっと早く、もっと丁寧に。

それだけだ~!”


あ~~、かえって時間がかかるし、労力も3倍ぐらいシンドイ。

もぅ~~いやだ~。


・・・と、このように一人で“黙々”と水晶玉を作っていたのであった。

午前中は、神聖騎士団の迷宮探索・・・いや、迷宮での戦闘訓練に付き合い、午後からはシュールタルテに玉造りでしごかれる、こんな日々が続いている。


そして、次の日の朝


”さあ、朝だ、朝だ!、きょうも修行の楽しい一日だ。”


「・・・」


"魔法の下手っ糞!

君は下手糞の糞ったれ!

不器用な君は糞ったれ!

できない君は糞ったれ!

さあ、修行だ、修行だ、

野糞は道に埋めて、さあ修行だ!"

不愉快で調子っぱずれの歌が、頭の中に響き渡る。

バルディは特別な場所なのか、それとも千個の水晶玉と言う修行ネタを見つけたせいなのか、今朝もシュールタルテは、元気マンマンの調子に乗ってるマンなのだ。


そんなけたたましい目覚まし時計に叩き起こされて、今日も一日が始まった。

顔を洗って、身支度を整え、街道にでて、いつものパン屋でパンを買ってそのまま店の中でムシャムシャと食べてしまう。そして、修行中の面々と合流するためにバルディ神社に向かう。

境内に着くと、いつもの様に車座になって修行中の面々の邪魔をしない様に、傍でジッと待つ。

やがて、一人が・・・やっぱりバルマンだ、ランディと似た奴だ・・・特別修練を施してやろうか・・・いや、アレをやると人間関係がこじれるかもしれない・・・やっぱりやめておこう・・・その一人が参ってしまうと、それでみんなは修行を一斉に終わる。


「いえ、私としては皆さんの終わる合図をしているのですよ。」

などとバルマンは言っているが、それは絶対に嘘だ。


そして、

「使徒にしてわが師、エリーセ・・・」


そんな気持ちの悪い呼びかけをするのはロドリゲスさんだ。なぜこの私が、このキモいオッサンの“師”になってしまったかというと・・・これもランディのせいなのだ。

あいつが『探知系の魔法を教えてやれよ』なんて無責任な事を言うからこうなった。

そもそも、探知系の魔法なんて、そんなものは無い!

無い物を教えてもらったから・・・

つまり、なにか特別な魔法を教えてもらった・・・と、大変な勘違いをしている。


《生命力探知》。これは治癒魔法すなわち肉体魔法に堪能なロドリゲスさんなら既に習得している。ただ、“探知”として認識していないだけだ。《マナ探知》。これも、魔法に堪能な人ならばごく当たり前の事だ。それに《精神探知》。これも聖職者ならほとんどの人が分かっている。なぜならどれも、肉体魔法(治癒魔法)・マナの魔法・精神魔法の一番基礎なのだから。

そして、《空間認識》。これは根源魔法である空間魔法になる。こう言うと大層な事の様に聞こえるが、そもそも距離と方角さえわかれば良いというのであれば、根源魔法も味噌も糞もない、誰でも普通にわかっている。だから、《空間認識》という魔法は、一旦コツさえつかんだら簡単にできる。あとは、これら4つ《生命力探知》《マナ探知》《精神探知》《空間認識》を引っ付ければいいのである。

チョチョイのチョイ・・・と引っ付けて、スキル《グリモワール》でロドリゲスさんの頭の中に《蜘蛛の糸》を伝って流し込んだ。

もっともその時に、格好をつけるために掌をロドリゲスさんの額にあてて、「むにゃらむにゃら」と嘘呪文を唱えたけど。


・・・で、うまくいってしまった。

当人からすると奇跡の様に思えてしまったらしい。

と、こういう経緯でこのキモいオッサンの“師”になってしまったのだ。

ロドリゲルさんがうまく使える様なら、他のみんなにも教えるつもりだ。ここで修行している人達ならほとんどが使える様になると思う。バルマンは無理だろうけど。


こうして、みんなで日課の大迷宮探索である。

毎日、行く場所を少しづつ変えてはいるが、午前で終わりとショートタイムなので奥までは行けず、入口近くをウロウロとしているだけだ。

ゴブリン・コボルト・オークとお馴染みになった相手ばかりなのでいささかマンネリと言えるが、戦術・戦技の修練と考えればそれも悪いとは言えない。


「え~、80m程前方に何かいます・・・」

ロドリゲスさん、頑張って探知している。


「それは、もう見えている。何が居るんだ?」


「え~、それは・・・分りません。」


「・・・、・・・。」


《探知魔法》、始めたばかりだし・・・何事も鍛錬、鍛錬。


「あっ、向こうもこちらに気が付いた様です。緊張しはじめました。」


「なにっ!」


精神探知もしているので、相手の心理状況の変化がわかるのだ。細かくわかるわけではないが、緊張したり、興奮したり、感情の波がうねるとその事はわかる。

他にも、脇道などの隠れた場所の様子もわかるので、不意打ちをくらう事がなくなるはずだ。初心者でもそれなりに役に立つハズ。精進していただきたいところだ。


で、私はどうなのかというと・・・


“さあ、修行だ、修行だ!”

と、杖先生が頭の中でガンガンうるさい。一種の片頭痛のようなものである。


“300m先の左壁に、鉱石ができかかっているよ。あと3日もすれば表に出てきそうなくらいだ。さあ、抽出しよう!”


“300m!ちょっと遠すぎるよ。”


“何、言ってんだい。光翅を使えよ。翅を伸ばして・・・そうそう・・・先っちょを当てて、抽出だ。”


言われる通りにしている。しかし・・・


“今度は、100m先の天井だ!”


“いっぺんに2つもできないよ・・・”


“やれば、できるんだよ!さあ、やった、やった!”


“鉄ばっか集めてもしょうがないじゃん、大してお金にもならないし。”


“グダグダ~グダグダと・・・君が撃つ弾は全部鉄なんだから、いくらあっても足りなくなるだろ。・・・文句を言わずに、さっさとやりな!”


と、尻を叩かれて、仕方ないのでやってみる。水晶玉造りの並列作業の修練の成果なのか、できなくはない。


こんな感じで鉄の抽出の方に気が取られて、パーティーの方までは気が回っていないないので、当然そちらの方はおろそかになっている。

目で見ると気が散るので、心眼で周囲を確かめているだけだ。そのために目は瞑っているが、その顔を見られない様にフードを深く被り、少し俯いて歩いているのだ。

そこをトントンと、右肩をつつかれる。

振り向くと女騎士のエミリーがこちらを睨んでいた。そして、顎で壁の方を指す、“壁に寄れ”と。急いで壁際により、周りの様子を見ていると、どうやら前の脇道にオークが何頭か隠れているようだ、ロドリゲスさんの探知に引っかかたんだろう。みんな壁際に寄って構えている。

そして合図とともに、脇道に突っ込んでゆきオークを逆にかたずける。この辺は、手慣れたもので危なげがない。ロドリゲスさんもお役にたった様で、余裕の表情でいる。鉄の抽出に注意を向いて気が付かなかった私だけが気まずい思いをしている。杖先生に文句の一つも言っておかなくては。

幸いにもオークの後処理は20分ぐらいかかるので、時間はある。


“今はね、迷宮探索中なわけ。一人だけ勝手な事をしてるわけにいかないの!

チームワークに集中しなきゃいけないのよ、わかった?”


“・・・自分がぼんやりしてたんだろう・・・修行のせいにするなよ・・・

大体だよ、キミはもともと何もしていないじゃないか。ただ引っ付いて歩いてるだけ。

もうちょっと、なにか工夫でもしろよ。”


“何をやれってんのよ。”


“例えば、新しい技の工夫とか・・・その光翅、もう3~400mも届くんだぜ。もう、弾なんて打つ必要ないだろう。”


“どうすんの・・・”


“そこまでボクに考えさせるかい・・・たとえばだな・・・随分と前だが、君は蜘蛛の糸を出していたろう?”


“蜘蛛の糸は好色の魔器よ、光翅は傲慢の魔器よ、べつものよ。”


“いや、そっちの蜘蛛の糸じゃあなくて、魔物の蜘蛛からコピーしたと言ってたじゃないか。”


“ああ、硬糸・粘糸ね。”


“それを光翅に沿って出現させて・・・それなら糸を放出して空中を自由に漂わされるだろぅ・・・そして、それをキュッと結ぶ・・・”


“何に結ぶわけ?”


“ゴブリンの首”


“へっ・・・首絞めるの・・・気持ち悪いわ。”


“じゃあ、その硬糸に光刃を纏ろわせれば?よく切れるよ。”


“うん、やってみる。”


暫くしてオークの後処理が終わり、また先に進む。

魔物が居た、300m程むこうに5匹・・・これはゴブリンだ。魔眼で観察すると、どいつも緊張感がない。まだ、こちらに気が付いていないのだ。

その一匹に向けて光翅を伸ばし、これに沿って硬糸を出してゆく。そしてゴブリンの首に巻きつけると、光刃を光らせて・・・その首を絞める。

細い糸が首の中にめり込んだかと思うと・・・ポロリと首が落ちて、切り口から動脈血が噴き上げ、首なしの胴体が崩れ落ちた。

まるで糸切り餅のように切れた・・・。

周りのゴブリンたちはたちまちにしてパニック状態に陥った。今度はその隣でワタワタしている奴の首をチョンパする。次の奴は両手で頭を包んでいるので、腹の周りに硬糸を巻き付けて・・・こんどはおなかをチョンパする。残り2体もチョンパチョンパしてしまう。

う~ん、これは残酷だ・・・。


“うん、そうだね。残酷だね、悪逆非道だね、

・・・キミにぴったりじゃないか。

でも、そんなに苦しまずに死んだと思うよ。剣でブッタ斬られるよりは、楽だったとおもうよ・・・。”


そうだよね・・・。


暫くして、神聖騎士団の面々がこのゴブリンのチョンパした死体を見つけると、


「なっなんと、恐ろしい。こんな・・・真っ二つに切り捨ててゆくとは。こいつは人間業じゃない、魔物の仕業だろう・・・迷宮の中に、恐ろしい魔物が棲みついている・・・」


と、いうことになってしまったので・・・『ハイ、私がやりました』とは言えなかった・・・。


こうして、この日の迷宮戦闘訓練は終わった。後は、いつものように大迷宮会館で昼食をすまして解散となる。


「今日もご苦労様。」

いつものようにバルマン一人が残って、ねぎらいの声を掛けてくれる。


「いえ、私よりもあなたの方が大変でしたでしょうに。」


「ハハハ、大したことはありませんよ。

あの小隊も大分と形になってきた。

ああ、ロドリゲスの探知魔法、アレは良いですな。」


「ええ、魔法をどう活用できるかで、迷宮の戦闘はだいぶんと違ってくると思いますよ。」


「それなんですけどね、一体どんな攻撃魔法があるのか・・・。王国の騎士団におった時に、魔術師の放つファイアーボールを視たことはあるのですがね、それくらいしか知らんのですよ。」


この問いは危険だ・・・私という存在の危険性を表に顕してしまうことになる。

「もちろん攻撃に使える様な魔法もありますが、ですが・・・あまりそちらの方に手を出したくないのです。」


「むむむ、そうですか・・・いや・・・しかしですな、いずれ地下深くに行って強力な魔物とやり合わなくてはいけない。

その時の参考に・・・是非とも知っておきたいのですよ。」


「魔法を使って人殺しはしたくないのです、できることなら・・・。」

神の使徒らしい返事をしておく。でも、すでに戦闘奴隷達を殺っている・・・だから『できることなら』と言わざるを得ない。


「もちろんです。ですが・・・魔物相手にですね、そんな手緩い(てぬるい)考えは通じんでしょう。」

バルマンは食い下がってきた。仕方ない、魔法で戦う所を一度見せておいた方がいいかもしてない。でも、使っていい魔法、つまり知らせてもいい魔法をあらかじめに考えておかなくては・・・。

火焔砲、土消失による穴掘り、精神魔法、念話・・・他には・・・それ以上は見せたくない。


「わかりました、ではこれから迷宮に潜って、お見せしましょう。」


こうして2人で迷宮にまた戻った。


「気を付けてください、午前の様にみんなで守ることはできませんから。」

バルマンはこう注意を促してくる。

ならば、その心配はないと教えてやらなければならない。蜘蛛の糸で心を繋ぎ、


“聞こえますか?これは念話という魔法です。互いの意識を繋ぐものです。”


バルマンはギクッとした表情になり、

「意識が繋がるってことは、私の考えている事が全部筒抜けなんですか?」

と恐る恐る聞いてくる。


“いえ、意識のごく表層で具体的な情報しかわかりません。ですから心のなかで言葉にしたものしか観えませんからご心配なく。でも感情の起伏なんかはわかってしまいます。あなたも口に出さないで、意識の中で喋ってみてください。”


“おお、了解。これは、便利ですな。”


“ええ、口で喋るよりも早く意思伝達ができます。それからこんなこともできます。”

心眼で観えている周囲の状況を図面にして伝える。


“こっこれは・・・”


“使い慣れると図面も伝えることができます。それから、視野・・・今、目で見ているもの・・・そんなものも伝えることができます。その図面は周囲の迷宮の地図と魔物の分布をあらわしてみました。

私は常時、《探知魔法》でこれを見てます。現在、私達の周囲200m以内には魔物はおりません。

では、奥に進みましょう。念話を繋いでおきますので、それで喋ってください。”


“魔法でこんなことができるなんて。”


“念話ができるのは私だけではありませんよ。イヤリルの巫女や神官たちにもできる人が居ます。精神魔法の一つとお考え下さい。”


暫く進むと、7匹のゴブリンがいた。

“100m先にゴブリンが7匹います。まだこちらには気が付いていないようです。

では進みましょう。”


“えっ、このまま進んでいいのか。7匹も居ると俺一人では守り切れんぞ。”


“大丈夫!いいから進みましょう。”


こう言ってゴブリンたちに混乱魔法をかける。魔法の修行の時に駆けているヤツだ、ただし、遥かに強力だけど。

たちまちにしてゴブリンは混乱して意識は混濁に陥る。

近づいて行っても、当然ながらこちらには気が付かない。ただ呆然としてオタオタしているだけだ。


“こっ、これは・・・”


“混乱魔法をかけただけです。あなたも魔法の修行で経験しているでしょう。

サッサと退治してしまいましょう。”

そう言って、ゴブリンのいる地面に大きな穴を作り、そこにまとめて落とし込んでしまう。後は上から石弾(鉄だけど)でヘッドショットを撃って終わらせる。


“見事に、全部の頭を潰していますな。”


“射撃が上手なわけではありません。狙いを魔法でしているだけです。”


開けた大穴をゴブリンの死体ごと岩生成で埋めてしまい、先にすすむ。

今度は横の路に入って広間の前に立つ。

何が居るのだろう・・・心眼で観ると一匹の大きな魔物が居る。魔眼に切り替えて見ると、大きな亀だった。小型トラック程の大きさの亀で、動きは鈍いが硬くてなかなか倒せない。苦労の割には、たいして採れるものもないので冒険者達からは嫌われている。

バルマンに広間の中に魔眼で見える様子をそのまま画像で伝える。


“デカい亀だな・・・いや、まて。この光景はなんだ。一体どこから見ているんだ。”


しまった・・・魔眼の事は言いたくない・・・嘘をついてごまかそう。


“《探知魔法》をより高度化したものです。極めるとこのように少し離れた場所の視野も見えます。”


“それは・・・凄いな。俺・・・わたしにもできるようになるでしょうか。

あ、いや・・・しかし言っておきますが、この魔物は私一人では対処できませんよ。

あの甲羅です、ファイアーボールでもダメでしょう。あなたの杖の弾でもあの甲羅を貫くのは難しいのでは?”


ファイアーボールは爆発力があるので、人間を吹き飛ばすだろうけど、貫通力はない。硬い甲羅を割るのは難しいだろう。石弾(鉄であるが)でも、はじかれてしまうに違いない。


“ファイアーボールではありませんが、貫通力のある火魔法なら身に付けてます。”


そう言って、ファイアーボールの上級版である火焔砲を撃つ。渦巻く細長い火線が飛んで行き、亀の甲羅を穿ち、その中で爆発させる。

亀は一瞬膨れ上がって、中から破裂してその肉が飛び散った。


“ウッ・・・なんという火力だ。”


“この暴力は、すべて魔物のみに向けられるべき力です・・・。

いかに敵であっても人に向けて使いたくないのです。”

それらしいことを言ってごまかす。


“つまり、ヴォルカニックとの戦争では使うつもりはないと。”


“・・・難しい事を言うのですね・・・

戦場ではどうなるか・・・正直言って、今の私にはわかりませんが・・・少なくともこの暴力を使って、戦争の英雄になるようなことはありえません。”


“・・・それが神の使徒というわけですか・・・

では私の役割は、戦場において、あなたのその恐ろしい破壊力をできるだけ使わせない様にする、ということですかな。

いささか、偽善・欺瞞かもしれないが・・・”


“そうして頂きたいと思います。人びとが互いに殺し合う戦場では、偽善・欺瞞かもしれませんが・・・。

戦争の勝敗をつけるのに、人死にを必要以上に増やすこともないはずです。

いえ、それよりも・・・もし、この力を最大限に使ってしまうと、もはや私は恐怖の対象になってしまう。そうはなりたくないのです。これが本当の処です。”


“・・・。

神の使徒に付き従う者としては、その意志に逆らう事はありません・・・と、お答えするより他ないですな。

しかし、改めてお聞きしたい。

ではなぜ、あなたは戦争に参加するのです。それも自分の意志で。”


“テルミス王国にいる人々、私のよく知る人々を少しでも死なせたくないから・・・。

・・・いえ、それだけではなく・・・ヴォルカニック皇国の勢力が広がることは、ヘルザの世界にとって好ましくないから。これは、言い過ぎかもしれないですが。”


“いや、是非お聞きしたい、その言い過ぎた部分とやらを・・・もっと。

なぜ、テルミスが良くて、ヴォルカニックがいけないのかという事を。

テルミスは腐敗が蔓延っているでしょうに。それに引き換え、ヴォルカニックは高潔な騎士道で知られていますよ。”


“それは違います、ヴォルカニックにも腐敗はあります。ただ、それを認めないだけです。

認めないから、それは『必要悪』として放ってあり、そのために多くの人が棄てられて悲惨な人生をおくる、という歪(いびつ)な国になってしまった。今回の戦争の原因も、元を手繰ればそこに行きつくのではないでしょうか。

テルミスのように腐敗を率直に表に出してしまうと、見た目は悪いですが、それを糺そうとする努力も出てきます。そう言う現実がある事を評価しなければなりません。”


“そういうものですか・・・。

まっ、世の中きれいごとでは済まない・・・と、おっしゃるわけですな。”


こうして迷宮から出て、バルマンと別れた。

別れ際に、

「今晩の夕食後の会合で大事な話があるので、あなたにも来ていただきたいと、修道院長から伝言です。

多分、ヴォルカニックとの戦争の事をみんなに話すのはないでしょうか。

そのつもりで今晩修道院にいらしてください、夕食は用意してくれるとの事ですから。

少し変ですな・・・晩餐に招くと言いたいのですが、はたしてそう言っていいのやら・・・この辺は修道院にまだ慣れていないということですかな。」

と。










































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