第97話 バルディ~ゴムラ

迷宮から出ると、既に昼飯の時間となっている。で、そのままみんな一緒に昼食ということだ。迷宮に入ってしまうとちゃんと昼食の時間に合わせて帰ってこれるかどうかわからない。だから、時間厳守のうるさい修道院ではなく、外で昼食を済ます事に決めているのだと。

採ってきた魔石や素材を売り払って、その金でもって大迷宮会館の中の飯屋で食事をする。逆に言えば、昼飯代以上の獲物は狙わない。もちろん、金額がキッチリと合うわけでもないので、残りの金が結構出るが、それはそのまま修道院の財産になる・・・とのこと。


さて、10人ほどの人数、冒険者のPTとしてはかなりの大人数がテーブルを3つばかし占領して、そこで静かに料理がくるのを待っている。騒がしい大迷宮会館の飯屋の中では、いささか珍景ではある。その静かな一団に料理、まあお昼の定食だが、それが配られると一同はお祈りを始めた。ランディは少し居心地が悪かったが文句も言えない、ジッと見ている。


「%%&’%ムニャムニャ、&”#+@モニャモニャ、」

小さな声で、何か祈りの言葉を唱えているが、お祈りなんぞどうでもいいランディにはこう聞こえている。ただ、先に食い始めるも決まりが悪いので、ただジッと待っていた。

「・・・そして、神の恵みによる糧がここに与えられたことを感謝いたします。」


こうしてみんなは食事を始める。

黙々と食う。大男のグレアの皿は大盛りで、それをガバガバと大きな口に放り込んでゆく。怖い女騎士は、背中をぴんと伸ばして伏し目がちに皿の上の料理をサッサと口の中に放り込んでいく。飲み物は“水”だけだ。周りの様に、ビールで乾杯する事も無い。ニヤけた灰色服のバルマンとやらも、その乾杯をチラチラと横目で見ながらも、何も言わずに黙々と食っている。

大迷宮会館の飯屋は、それほど旨い処ではない。しかし、それでももう少し楽しそうに食えばいいのに・・・やっぱり食の快楽を楽しむことは戒律に触れるのであろうか・・・ランディはそんな事を考えながら味気の無い会食に付き合った。


食後のお祈りで昼食が締められると、これでPTは解散となった。

修道士あるいは神聖騎士たちは、テーブルの席を立ち修道院へと戻って行った。後には、ランディとエリーセ、そしてニヤついた灰色服のバルマンが残っている。


「えっと、バルマンさん・・・あんた、戻らなくてもいいのか?」


「ええ、私は使徒エリーセの“付き人”ですから・・・修道院での作務は免除してもらっているのです。」


ああ、エリーセが言っていた付き人とはこの男なのか。他の神聖騎士達とは少し毛色が違うが・・・

「しかし、何と言うか・・・あの集団の中ではあんただけが少し浮いているように見えたんだが。」


「よくわかりましたね。私はここへ来たばかりなのですよ。ようやく慣れてきたところです。」


いや、まあ・・・服の色からして違うのだから、すぐにわかるが・・・

「よく我慢ができるね、俺には無理だよ。で、何で修道院に入ったんだ?」


「まっ、キャリアに箔が付きますから。神聖騎士団に居たとなるとね。」


ランディは、思わずプッと噴き出してしまい、

「それはまた・・・俗っぽい話だな」


「そうですか・・・では、17歳の時から16年間騎士団に居つづけて官僚機構の歯車となり、それでいいのかと自分の人生を見つめ直そうと思ったから・・・そう言うことにしておいてください。」


「なんというか・・・嘘くさいが・・・」


「ハハハ、

『その程度の小さな嘘は見逃してあげます、ですが、己を見つめるという真実の道を歩むことはお忘れなき様に』と、ここに来た時に、修道院長・・・いや、バルディ神聖騎士団長からそう言われましたよ。」


「そうなのかい・・・でも、窮屈じゃないかい?あの連中と一緒に混じっていて。」


「”そんな事はない“とは言えないですな。しかし、自分に対して正直で居られること・・・まあ、そうある様に求められているのですが・・・これは悪いものではない。王国の騎士団に居た時には無かったものです・・・。

まっ、私なんぞの話はここまでしましょう。

それよりもランディさん・・・いろいろと情報をお持ちの様ですが。

場所を変えませんか?」

そう言って、こちらにニヤリと微笑んで見せる。


さて、どうしたものか。エリーセの付き人をしているという。さっきの迷宮でも狩りでも先頭に立っていて、自分では新米と言っているがリーダー格の様にも見える・・・。他の神聖騎士とは肌合いが違うが、俺のような外の人間にとっては一番話がしやすそうだ・・・と、いうことは俺にとって神聖騎士団との関係でキイパーソンにということになる。ならば、無碍にするのも具合が悪そうだ・・・。


黙って肯くと、一緒に来いと席を立つ。

そのまま、大迷宮会館の外について出て、そして、何処に行くのかと思うと、バルディの街を取り巻く城壁にのぼっていく。城壁の上には見張りの兵が居るには居るが、元々魔物の見張りであり普段から厳重にやっているわけではない。その数はまばらで、狭い街の中では人目のない珍しい場所となっている。

城壁に昇り、その上から臨むと魔の森の風景が遠くまで広がっていて広々としていたが、もう晩秋なので風がいささか冷たい。

塔の岩壁を風よけにして、3人でぼそぼそと話し合う。


「ランディさん、お忙しいようですな。使徒エリーセからうわさはお聞きしてますよ。」


エリーセから聞いているって・・・どこまで聞いているのだろうか、俺の事を・・・。

いや、これはカマを掛けている・・・何処まで話していいものか。


「元々はバルディで冒険者稼業をしていたんだが、仕事仲間のガルマンとエルフィン、ドワーフとエルフなんだが、が大変な事になったというので、今はその手助けをしているのさ。」


「大変な事になった・・・のですか。」


「あんた知らんのか。ウェルシが大攻勢をかけてきて、ギルメッツ族・フィンメール族の連中が故郷を追われて、難民として逃げてきたのを。」


「存じておりますよ。

・・・で、その事件はヴォルカニックと関係していると?」


えっ、ヴォルカニック!・・・なんで知っている!。それは迂闊に返事できない。黙っているとエリーセが、


「ヴォルカニック皇国が攻めてくるので、バルディ神聖騎士団にも出陣要請がきているのよ。」


「ああ~そう言うことかい。なら、さっさとそう言やぁいいのに。」


「これは、まだ秘密です。口外されない様に。」


「ああ、分かってる。」


「で、ランディさん、あなたはモルツ侯爵の下で、原住民であるドワーフ・エルフ達に工作活動をしている・・・と、言う訳ですか。」


「・・・あんた、なに者だい。」

一瞬ギクッとしたが、よく考えてみたらランディの喋ったことをそのまま言葉だけを変えて言い返してきただけに過ぎない・・・しかし、ここはひっかかったふりをしておこう。


「図星ですか・・・分かりますよ、その程度のことは。ついこの間まで、私も王宮のただ中に居ましたからね。あなたの様に・・・なんといいますか氏素性の知れん輩、すみません、適当な言葉が思いつきませんので・・・そう言う方は、だいたい侯爵筋でしたからね。

私の仕事は、使徒エリーセを中心とした神聖騎士団を実戦的なものに組織して、今回の戦役に参加する事です。まあ、これは修道院長から承った話よりも一歩進んだ内容になりますが、しかし、必然的にそうなるでしょうな。ヴォルカニック相手だと戦争が長引くでしょうから。

これも口外しないでくださいよ。」


「で、何が知りたい?俺にも言える事、言えない事があるが・・・。」


「情勢です。

ここに居ると、情報が回ってこない。この戦役がどう転んでいくのか、その判断が全くつかない。修道院の方々は、そんな事に無頓着ですがね。」


「・・・そうかい。悪いが俺もすべての情報を持っているわけではない。

まあ、言えることだけ言うと・・・。まず、フィンメール・ギルメッツ族の義勇軍が旗揚げして、テルミス王国軍の庇護の下にゴムラに陣取っている。これは、あんたの言う通りモルツ侯爵の下で俺が関わっている事だ。そしてゴムラ周辺を偵察して回っているが、その状況から、多分来年の雪解けからそれ程経たずしてヴォルカニック軍がやって来る、と見当はつけている。その判断の根拠は、言えない。機密事項だから。」


「来年の春から夏にかけて戦争になる可能性が高い。元々、使徒エリーセからそう聞いていましたが、その裏づけとなる材料が出てきた・・・そう言う事ですね。」


「ああ、その通りだ。それからもう一つ教えておいてやる。何か裏がある。ヴォルカニックは何か企んでいる。・・・これは俺の推測だ、気を付けることだ。」


城壁での会談はこれで終わった。ランディは、エリーセから5~60個の水晶玉・・・まとめてみるとジャラジャラとしてビー玉以外の何ものでもない・・・を受け取る。そして、サイズや形はこれでいいのか、それをちゃんと確かめておけと。それから、残りはマイルスさんの店から王都のアルメット商会に送ってくれるように手はずを付ける。

こうしてエリーセと別れた。


後は、また郵便船にとび乗って王都に戻り、翌朝、その足でアルメット商会に赴いて水晶玉を渡す。そして、“油生成”の魔法陣をこれに合わせるように指示し、また同じような水晶玉が沢山送られてくるはずだからと頼んでおく。

これを済ますとその足で、王都の駅にむかい、切符を出して馬を借り出し、ゴムラに向けて出発。翌朝には、到着した。


「これで、首尾は上々・・・のはずだがな・・・あと、忘れたことは無かったっけ。」


アレは・・・これは・・・と、記憶をほじくり返しているうちに頭の中が一杯になってきた。もうこれ以上は知らねえよと、ため息をついて空を見上げると、曇った空から小さな片(ひら)が、無数に降ってきた。


「ああ、雪が降ってきたのか・・・」


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