第82話 ゴムラ

その次の日の朝、ランディ達はゴムラに向けて出発した。リリアは森の狩人を自称するだけあって、その健脚ぶりはかなりのもので、逆に他のメンバーが彼女についていけなくて音(ね)をあげてしまうほどだった。迷宮の冒険者にとっては山の坂道は、少しばかりきつかったようだ。

しかし、なんとか昼過ぎにはゴムラに到着できた。

小高い山に挟まれて、やや小ぶりな城門が見えてきた。街の門にはボルツ辺境伯騎士団の旗が立っており、既に街の占領は終わっているようだ。門を守る衛兵に後見人の司祭からもらった書状を見せると、伯爵の元へと案内してくれる。

街は山に挟まれて細長く広がっていて、東半分はなだらかな山の斜面を這いあがるように家が立ち並び、西半分は岩の転がる渓流の両岸に沿って家が立ち並んでいる。この街をそのまま西側に抜けると王都に通じる街道に出る。

それなりの人口と店もあるので村と言うよりやはり街と言うべきだ、そう言ったところであり、小規模とは言え下水となる排水溝もあり街としての最小限のインフラさえもみられる。


「ほら、あの排水溝の中で汚物にまみれた汚い奴がいるでしょう。アレが奴隷です。」


顔も腕も体も泥と垢にまみれて真っ黒となった姿で、排水溝の汚水に膝までつかりシャベルで底に積もった汚泥を掬っている。こちらをみあげるとニタ~と笑みかけてくる、あの虚無の笑みは廃人の表情だ・・・。


「だれをみてもああして気持ち悪い微笑みを向けてきます、話かけてもまったく通じないのに・・・。"お香"をつかった奴隷の調教に失敗するとああなるらしいですな。知能が落ちて人格も壊れてしまい言葉もしゃべれない、ただ従順なだけの奴になってしまう。こうなってしまうと役にも立たなくなって売れないので、ああして街の穢れ仕事をさせている、と言う事らしい。まったく・・・反吐の出そうな街だ。」


調教に失敗して完全な廃人となってしまった奴隷の廃品利用と言う事なのか・・・まったく・・・反吐が出そうな街である。


細長い街のほぼ中央に役場がある、ボルツ伯爵はそこに陣取っていた。


「さあ、大掃除だ。悪党の処置でてんてこ舞いの大忙しですな。

で、ランディさんとやら、何をしにこちらへ?」


ここでエリーセからの紹介状を出す。それに目を通した伯爵は、


「つまり、あなた方は特別な能力を備えた転生者で、モルツ侯爵閣下の配下である、そう理解して良いと。」


「いえ、侯爵閣下には直接目通りがかなった訳ではないので、そうとも言えないのですが。ただ、手ぶらで会いに行くというのも情けないので、手土産になるような功績の一つも欲しい、と言うのが正直な処です。」


その返事を聞いて、伯爵はプッと小さく噴き出し、


「なるほど・・・協力いたしましょう、いまは猫の手も借りたいぐらいだ。で、話は戻りますが、何をしに来たのです?」


ランディは、前日に作った地図を取り出して、ここでも一席ブチ上げ出した。


ヴォルカニック軍はウェルシ城から街道を南下してくると、このままバル荒原、つまりボルツ辺境伯領の北側に出ることになるが、途中でゴムラを通り抜けると王都方面にも出ることができる。もしゴムラが敵に落ちると、テルミス王国は王都とボルツ領の2方面を守らないといけなくなる。逆にゴムラを確保できていたなら、バル荒原に陣取るヴォルカニック軍の側面に拠点を置くこととなり、戦略上きわめて有利となる。

では要衝であるゴムラを守り貫くのにはどうすればよいのか。

一つは東側を山城に作り替えて、ヴォルカニックの大軍に備える。

もう一つ重要なことがある。この街は東西に細長く山地に挟まれた山の中の街であるが、この事は守備上の利点でもあり、弱点でもあるのだと。もしこの山の中に敵戦力が隠されていたら攪乱工作によって、たちまちにしてこの街は混乱に陥ってしまうだろう。そのためには、山の中にも戦力を配置してゲリラ的な攻撃を防がないといけないのだ、と。


「ほうっ、なかなかの軍師ですな。で、そのためにどうすると?」


「一つはそこに展開する兵について。正直申しまして、重武装の騎士は適切とは言えない。むしろ狩人のような連中が役に立つ。ありていに言えば、もとの住民たち、森の民・山の民が最適です。少数でも十分に役に立つ、いや、そもそも大勢の兵を山中に展開するのは望むべくもない。私は、バルディに居た冒険者達とその伝手を辿ってエルフ・ドワーフを集めるつもりです。」


"なるほど"、とそう答えて、伯爵はリリアの方を見る。


「確か、あなたは・・・」


「リリアと申します。お館の方でお世話になっていましたが、ランディさんの話を聞いて、いても立っても居られなくなって、ついてきました。」


「そうですか・・・よくお似合いですよ、その皮鎧。」


「奥様のご厚意で・・・これを着てゆきなさいと。」


「ほうっ・・・あのバァさんがそう言いましたか・・・なるほどねっ・・・。

本当によくお似合いだ。頑張りなさいよ。」


伯爵は夫人の算段に気付いたらしい。それだけ言って、またランディの方へ向き直し、


「元の住民を組織して、味方にしようとしているのですね。上手くいけば、こちらとしては濡れ手に粟だ。ありがたいことですな。協力を惜しむつもりはない。

で、それから?」


「今一つは、地勢の調査です。正確で詳細な地図の作成であります。山の中の戦闘は地の利によって左右することが大きい、だから地理の情報が極めて重要なのです。今日ここへ来たのは、今からその調査をするためであります。以上です。」


「了解しました。あなた方の活動を認め、協力いたしましょう。

それはそうとランディさん、この街の城塞化について何か助言をいただけますかな?」


これは試されている、ランディにはそう思えた。中世の戦争では城を築くというのは軍の基礎であるから。


「東の門を挟んでいる2つの小高い山。アレを山城(やまじろ)にしてしまう事でしょう。」


「ほうっ・・・どのように?」


ランディが熟知しているのは、近代戦であって弓矢や槍刀の戦(いくさ)ではない。仕方ないので、戦国時代のなけなしの歴史知識を披露する。


「山肌を削って、急坂の土塀としてしまいます。弓矢の射程を考えて山の中腹に平地(ひらち)にならした曲輪を作る。頂上には物見台を作っておけばいい。そして土塀の坂は縦に掘り込んで畝を作り、そこを登ったり、梯子を掛けたりしにくくする。」


そもそも、山城と言うのは"築く"、つまり土を掘り返して地面を固めて造るものであって、地面の上に建物を建てるのはおまけである。そこに建っていたのは掘っ立て小屋に毛が生えた程度であったろう。鉄砲が量産される前の戦国時代前半はこのような城を中心に数多の戦(あまたのいくさ)が展開されたのである。

当時の武将が具体的にどう戦ったか、ランディは正直言って知らなかったが、知っている範囲でこう言うより他ない。

でも、伯爵はそれで勘弁してくれた。いや、彼も戦争の経験などなかったのだ。この200年の間、ヘルザは平和な世界であったのだから。いやいや、国家間の大規模な戦争と言うものは、ヘルザではいまだかつて無かった。戦術上の知識・経験の足りないところを想像力と洞察力だけで全てを埋め尽くすのは流石にできない、辺境伯とて手探りでやっているというのが実情なのだ。


「それはそれは、いい事を聞きました。早速、取り掛かりましょう。問題は労力ですな。1500の騎士団だけで足りましょうか・・・いや、この際です、ゴムラの連中もこき使いましょう。」


と言うことになってしまった。

ゴムラ市民には申し訳ない事である、ランディは心の中であやまってはいるが、戦争となると少々の暴政も致し方がない、背に腹は代えられぬ・・・軍人とはそう言う考え方をするものである・・・それほど気にしているわけではない。


この会見のあと、ランディ達に一軒の家を割り当ててくれた。元は悪党の"やさ"であったが、連中はもう逃げていない。だから接収したのだ、ココを使えと。


その後は役場のホールに案内される。中にはボロを纏っただけの身なりの酷い連中が大勢集められていて、ホールの中は異様な悪臭が満ちている。

違法奴隷達が保護されていたのだ。

炊き出しを受けていたが、だれもかれも疲れ切って、無気力でぐったりとしている。エルフ・ドワーフの女性達、なかには少年少女もいた。そして、戦闘奴隷の調教を受けていた普人族の男。そんなのが100人近くもいる。

リリアは彼らを見るとその中に駆けて行って、自分の知り合いが居ないか探している。

彼らは当分の間ボルツ伯に保護されることになるのだが、今は開放されたばかりなので、この有様なんだと。

そして、役場の外には檻のついた馬車が並んでいる。奴隷たちを運んできた檻馬車である。その中には何人もの身なりの良い"市民"が閉じ込められていた。


「これは、奴隷商の連中ですな。違法性の詮索はこれからですが、留置場がたりないのでとりあえずここに収監しているわけです。奴隷を閉じ込めた檻に今度は自分が入る事となり、ザマァ~という所ですかな。」


案内の騎士が教えてくれたが、それを聞きとがめた奴隷商が檻の中から吼える。


「今に見ておけ、こっちには○○侯爵様がついているんだ。オマエなんぞ首にしてやるからな!」


それを聞いた騎士は答える。


「○○侯爵?いい事を聞いた。どういう関係があるのか、詳しく聞こうか。何なら拷問にかけて聞きだしてもいいのだぞ。嘘とばれたら、これだがな。」


そう言って親指を立てて、首を横に引く。確かに有力貴族を相手に偽証となったら、奴隷商の馘なんぞは飛ぶであろう。そして、たとえ事実であっても十中八九は偽証とされてしまうであろう。怪しげなつながりというものはそう言うものなのだ。

これを聞いた奴隷商の顔は真っ青となっている。


「奴隷商の方はこれでいいとして、問題は奴隷を運び込んできた連中だ。裏家業の悪党だが、この連中はほとんどが山の中に逃げてしまった。あんた、山の中を調査すると言っていたが、その連中を見つけたらさっさと殺すことだな。悪党だからな、下手に情(なさけ)をかけていたら反対に殺られちまうぞ。」


これは怖い話だ。


とにかく、先程の保護されたエルフやドワーフ達からの聞き取り調査をしなくては。可能なら原住民部隊結成の際の伝手としても使わせてもらう、ランディはそう考えている。伯爵はその辺も考えたうえで彼らを見せてくれたのに違いない、まったく有能な貴族だとも。

この日は、聞き取り調査に費やしていたが、夕方になるとボルツ伯から呼ばれた。夕飯を一緒にしよう、陣中なので大した食事ではないが、と。


「熱心になさっていたようですな。どんな具合です?」


「ご配慮、痛み入ります。おかげでそれなり情報が集まりました。ただ、エルフ・ドワーフは女子供ばかりなんで・・・実際に戦ってきた男どもからの情報が欲しいのですが。」


「それは致し方ありませんな。ウェルシの事です、金にもならず手間ばかりかかる男どもを捕えたならさっさと殺したでしょうからな。またエルフやドワーフは誇り高い、おめおめと生きたまま捕まるようなこともあまりないでしょうから、なっ。」


「ですか・・・とにかく、あすは山に入るつもりです。」


「十分に気を付けて、ご武運をお祈りしますよ。それから皆さんに提供した家屋ですが、アレは今後もそのままにしておきますので、今後の活動拠点としてお使いになるといい。」


「ありがとうございます。」



次の日の夜明け前、まだ森の中が昏い頃、ランディたちはエイドラ山中に入っていった。

一番前にハーフリングのピッポ。スキル"探知"を持っていて、周囲の気配を敏感に察知できるし、体が小さいので自分の気配も消しやすい。迷宮でもいつもPTを先導していた。そのすぐ後ろは豹人のタカシ。彼は"空間認識"と言う20mぐらいの範囲での完全な探知ができる。ピッポの見逃した気配を確実に把握できるし、"予知"という一秒ほどだが先読みができるので、不意打ちや罠にめっぽう強い。斥候を補完する役割である。そして何よりも剣の達人であった。

その2人から少し離れて残りのメンバーがついて行く。当然ながらランディの部隊指揮による念話で連絡を取り合っている。

進む速さはゆっくりとであり、普段歩く速さの半分ばかりだ。迷宮の中で初めての場所を探索する時と同じだ。

初めの目標地点はゴモラから北に入った場所であるが、ほぼ1時間ほども歩いて辺りが朝日で少し明るくなってきた頃、


"止まって!

先に何者かの気配がする。"


ピッポがそう言って一人で先に進んでゆく。しばらくすると、


"キャンプだ。不寝番が一人いる。

普人族だな。"


"と言う事は・・・森に逃げ込んだ悪党か。

・・・殺ッちまうぞ。"


"えっ、いきなり!"


アカネが抗議するが、


"こちらに余裕はない。敵は殺る!

これは、戦争なんだ。"


"わかった、その不寝番は俺が殺る。"


豹人のタカシが引き受けると、


"ちょっと待って。霧を張るから。"


アカネがそう言うと、辺りが急に濃霧に包まれてきた。


"大したもんだ。これは聖水の霧なのか?“


“何言ってんのよ、そんな事ができるのはエリーセぐらいのものよ。

そもそも相手はアンデッドじゃないのだから意味ないじゃないの。

この霧は音と姿を消すためのものよ。

タカシなら空間認識が使えるから、視界が無くなっても問題ないでしょう?“


"ああ、問題ない。じゃあ、いくぞ。"


タカシは濃霧の中に消えてゆき、ほどなくして生命反応が一つ、音も無く消えた。


"終わった、近くにテントが3つばかりある。中に7~8人寝ているぞ。"


"よし、俺達も行く。隠れて見張っててくれ。"


ランディ・ピッポ・マサキも霧の中に潜っていく。


"どうする?"


"一斉に半殺しだ。その後で、役に立ちそうなのを2人ばかり選んで、残りは・・・楽にしてやる。"


4人はそれぞれテントの外から中に寝ているヤツめがけて剣と槍を構え、合図と共に一斉に刃を突き入れた。


「「「ぎゃ~」」」


無事であった残りのヤツも目を覚ますが、すかさずそいつらにも刃を突き込んだ。

一人は運悪く、剣が腹を抉ってしまった。コイツはもう駄目だ、今度は首に突き入れ止めを刺す。もう2人が、傷を負いながらも起き上がり抵抗しようとする。タカシとランディは、これを見つけると瞬時に間を詰めて首を落としてしまう。残りの5人は地面に倒れたまま、傷を庇ってしゃがみ込んでいる。が、その内の一人からは地面に赤い血だまりが広がってゆく、動脈を断ってしまったのだろう。コイツもダメだ、楽にしてやる。

残り4人を縄で括り猿ぐつわを咬ませ、とりあえずヒールをかけて傷の手当をしておく。


"捕虜が4人になっちまった。仕方ない、一旦戻るか。"


"手温いわ!みんな殺せばいい。こいつらはそうしてきたんだから。"


エルフのリリアは抗議するが、


"今は復讐よりも情報だ。"


ランディがそう答えると、唇を咬んで黙った。

そうこうしているうちに、捕虜たちは体を延ばしだした。ヒールが効いてきたらしい。

ランディは、


「死にたくなければ聞きやがれ。」


そう言って、今度は念話で、


"これは念話と言う、今からこれで話すからよく聞くことだ。わかったな。"


"おっ、お前ら何者だ。"


捕虜の一人がそう言うと、リリアが顔を見せ


"あんた達に酷い目にあわされた人間だよ!覚悟をする事だね。"


"おいリリア!あんまり刺激するな。やりにくくなる。

俺達は普人族とエルフ・ドワーフの混成だ。お前らに選ばしてやるよ、どちらに捕まりたい?フィンメール・ギルメッツの連中か?それともボルツ伯爵か?"


捕虜たちは目に恐怖を浮かべ、


"山や森の連中には渡さんでくれ、たのむ・・・。"


"そうかい、じゃあせいぜい伯爵閣下のお役に立つことだ。"


"仲間を裏切れと言うのか。"


"フン!悪党のくせに。

裏切りは悪党の得意なスキルなんだろうが。

いいか、一つ教えてやる。

裏切りで重要なのは自分を一番高く買ってくれる相手を見極めることだ。ウェルシに義理立てして山の民・森の民に復讐されるのか、テルミスに降参するのか、どっちがいいかよく考えることだな。

さっ、行くぞ。さっさと立ちやがれ。

逃げようとしたらエルフとドワーフに任すからな。"


ドワーフのタクマが剣を向け、エルフのアカネが杖を向けて見せる、と捕虜たちは恐怖にのけぞる。他愛のない威嚇だが、ウェルシの野盗にはそれに怯えるだけの理由が十分にあったから。

この捕虜たちを縄に繋いで、また森の中を戻る。帰りは急ぎ足で。



ゴムラに戻り4人の捕虜を辺境伯騎士団に引き渡すと、そのままボルツ伯に呼ばれた。


「なんともはや、お早いお戻りですな。」


「ゴムラから北に2Kmほどのところに居ました。まさか、こんな近くにいるとは思わなかったので、とにかく引っ捕まえて引き上げてきたわけです。

閣下がゴムラを占領して既に一週間が過ぎていると聞いております。にもかかわらず、逃げずに近くでキャンプしていたという事は・・・」


「ゴムラを奪還する機会をねらっている・・・と?」


「いやそれは当然でしょう。それだけではなく、彼らを統率して指揮する者が居るという事ではないでしょうか。」


「つまり、ゴムラの内外に手勢を隠して奪還を狙っている者が居ると・・・。

どう思います、エルゼン?」


「正直、それはあるていど覚悟しておった事でありますが・・・あの連中がそんなに統制が取れているとは思ってもみなかった・・・いささか甘かったと言わざる得ません。」


「あっ、紹介が遅れました。我がボルツ領の騎士団長エルゼンです。」


"佳しなに"、と互いに挨拶を交わし、


「とにかく情報がない。ウェルシの実態は悪党どもの水面下にある。それを把握しないと・・・。」


「とりあえず、とっ捕まえてきた連中からゴムラ内で手引きしている人物を割り出して、情報を少しでも引き出す事ですな。

あっ、それから・・・奴隷達のうち戦闘奴隷の調教を受けていた者、連中はウェルシに味方することはないでしょう?我々に協力してくれるのでは?」


「ええ、それなら既に尋問は済ましてあります。戦闘奴隷にされるのは、ウェルシの中で内ゲバで負けた側の連中だと言っていい。派閥争いは相当過酷だったようで、負けた側の幹部連中は殺されてしまうが、下っ端は売り飛ばされて戦闘奴隷となる。」


「反吐の出る様な話ですな。」


「悪党の集団なんてのはそう言うもんです。」


「つまり勝ち残った奴がこの山の中に潜んでいると・・・」


「いや、それはわからない。意外とこのゴムラに潜んでいるかもしれない。

だってそうでしょう、ウェルシ城がヴォルカニックに占領されて、彼らは拠点を失ってしまった。ここはテルミス王国の影響下にあるからヴォルカニックも手を出せませんし、この先戦争がはじまると、いい取引ができるはずです。」


「う~ん、軽く考えすぎていたかもしれませんな。徹底的に掃除しないといけないということになる。一度、王都の指示を仰ぐべきか・・・。

捕虜たちの尋問を終えたら、その情報を含めてモルツ侯爵に報告いたしましょう。

で、ランディさんたちはどうなさります?」


「われわれは捜査というのは得意じゃない・・・いや、まて・・・タカシ、おまえ前世で警官をしていたと言ってなかったか?」


「悪いが公安筋ではなかったのでな。真っ当なお巡りさんだ。

しかし、この街に潜んでいるとしたら、隠れている事によほど自信があるという事だろう。よっぽど意外な人物だろうな。誰もそうと気が付かないような・・・。

それ以上はわからん。」


「ということです。この後も我々は山の中を探ります。ゴムラの中でできることは何もないでしょうから。」


「くれぐれも気を付けて。連中も警戒しているでしょうからな。」


次の日は別のルートから山の中に入っていった。しかし、一時間も進むとやはり悪党のキャンプがあった。そこで捕虜を3人程つかまえ、また引き渡す。

そして次の日も別の場所で悪党のキャンプが見つかる。

同じ様に襲い掛かり、捕虜を捕らえたが、


「こ奴ら、学習せんのか。

ほかのキャンプが全滅しても、なぜ警戒せんのか・・・。」


ドワーフのタクマがボヤいて、


「そりゃぁ、私達の手口がそれだけ鮮やかだからじゃないの、だって、逃がした奴なんていないじゃないの。」


アカネがいつものように軽口をたたく、


「確かにこの3日間、連中を狩り続けてきたにも関わらず、何も変わりないというのはおかしい。集まるなり、もっと警戒していていいはずだ。それぞれのキャンプ地がそんなに離れて居るわけでもないのに・・・つまり横の連絡がなくて、それぞれが孤立している・・・と言うことになるが。」


マサキがつぶやき、ランディが答える。


「横の連絡と言うよりも、指揮しているボスとの連絡がついていないじゃないか。そして連絡がとれずにバラバラのままに森の中で待機している。となると、山の中には指揮者はいないということになる。ボスはゴムラの街の中に潜んでいるのだが、街の中は厳戒態勢にあるから連絡が取れない、そう言う事じゃないか。」


「悪党の集団ってのは縦割りが厳しいものだ。横のつながりが強いと、ボスの立場が脅かされるからな。それに縦割りにしておくと、下っ端が捕まってもシッポ切りがしやすい。」


タカシがランディの言うとおりだと断定する。


街に戻って、捕虜を引き渡すとエルゼンがやってきて、捕虜の尋問から引き出した情報と捜索の状況を教えてくれた。


「連中の大ボスはガストと言うらしいのだが・・・実際にガストを会ったことのあるヤツは捕虜の中にはいませんでした。末端との間を継いでいる中ボスが居て、それを介して指示しておったようですな。」


タカシは"やはり縦割りなんだ"と納得している。


「で、その中ボスですが2人の名前が挙がりました。一人は檻に確保してある奴隷商です。そいつを尋問しようとしたのですが・・・ばれたとわかったその夜、首を吊られてしまいました。まさか、自殺するとは・・・予想してなかった。」


「自殺しないといけなくなるような、そんなに悪党だったんですか?」


「いえ、むしろ奴隷商の中ではマシなヤツです。まだ、奴隷を人として扱っていた、物ではなくね。だからちゃんと裁判を受ければ、そんな悪い事にはならないハズなんですがね。今回のガストの捜索に協力すればもっと有利に事が運ぶ、それぐらいはよくわかっておったでしょうに。

だから、ガストを庇って自殺した・・・としか思えん。」


「う~ん・・・」


その時、タカシが横から口を出す。


「根っからの悪党なんて信用なんかできるもんじゃない。信用できる忠臣となると、そのくらいの奴でないと務まらんと言う事でしょう。そしてその忠誠を受けているという事は、そのガスト自体も一端(いっぱし)の人物と言うことになる・・・ちょっとウットオシイことになってきたな。」


「もう一人は泳がせてあります。まだ一日しか見張っていないが、ガストらしき人物との接触はないですな。」


まだ3日間しかたっていない、だから何とも判断するのは早いだろうと。

森の中の様子は変わっていないか、もっと別の捕虜を捕まえたら新しい情報が得られるかもしれない、と言う事でランディは引き続き森の探索を続けることにした。

そして4日間が経ち、この間に2回ばかり探索に出かけてキャンプを見つけ捕虜を捕らえもした。

しかし、ガストの捜査は一向に捗っていなかった。


「泳がせてある中ボスなんですがね。奴は雑貨屋のオヤジなので、店に出入りする奴も大方当たってみましたが、それらしいのはいません。

これ以上泳がせても何も手に入りそうにないので、ヤッパリひっ捕らえて尋問しようかという事になって来てます。」


エルゼンから説明を聞いていた時、タカシが口を入れる。


「一回だけ我々に機会を貰えます?」


「何をするんです?」


「ひっかけてみようとおもう・・・。」


「どうぞ。こちらではそんな予定はないですから。

逮捕もして頂けると手間が省ける。」


そしてタカシはランディに念話で話しかける。


"ランディ、あんた相手の心を読めないのか?"


"どういうこったい?"


"あんた、部隊指揮のスキルで念話を通じさせることができるだろう。なら、相手の意識の中も読めるんじゃないか?"


"お互いに意識の表層を読み合う、それが念話だ。だから読めなくもないが、心の中のごく表層、ほんの浅い処だけだぞ。"


"ああ、それでいい。黙秘はできても、心の中に思い浮かべる事を止めるのは難しいはずだ。相手に意識を読まれている事なんて、なかなか想像もしていないだろうから。

俺がひっかけるから、あんたはジッと相手の心の内を眺め続けてくれたらいい。"


"そう言う事かい。わかった。しかし、これをしている間は念話は話せないからな。念話で話すとそれが相手にも聞かれて、ばれちまう。"


"ああ気を付けるよ。みんなも念話は使わないよう頼むぞ。"


こうしてPTの6人とそれに加えて騎士団からも3人ほどもついてきて、件の雑貨屋にぞろぞろと向かう。向こうの方にその雑貨屋が見えてきたとき、前の道や家の裏へと取り囲むように人を配置して、ランディとタクマだけがそのまま店の中に入ってゆく。


「ごめんよ。」


話しかける役はタクマで、ランディは密かに店屋のオヤジに部隊指揮つまり念話を繋ぐ。


「へい、何がご入用で?」


「ロープ・テント・保存食・水入れの革袋・・・。山にしばらく入るんだ。その用意だな。」


「こんな時に・・・危のうございますよ。」


「ああ、承知の上だ。俺達は冒険者でな。伯爵の依頼で、山の中に潜んでいる悪党を掃討しに行くんだ。」


「へっ、それはご苦労様で。しかし、大勢の悪党が山の中に逃げ込みましたからねぇ。大丈夫ですかい?」


「こう見えても俺達は腕利きなんだぜ。もう悪党のキャンプを5つばかりも潰してきた。それに、俺達だけでないさ。他にも冒険者が集まってきているし。山や森の民の連中もじきにやって来る。相手の戦力が大きければ騎士団の手を借りることもできる。大勢で山狩りさね。」


「・・・ですか・・・ご苦労様で。

・・・。」


「んっ、どうかしたのかい?」


「あ、いやっ・・・それなら商売の方がね・・・在庫が足りるかなって。」


「ははっ、稼ぎ時じゃないか。かき集めておくんだなっ。

じゃあな。俺達はこれでいい。」


そう言って、オヤジが出してきた荷物を受け取り、代金を支払う。

そして店から出ると、ランディが小声で、


「ガストという名前がヤツの意識の中に出てきた。やつがガストの事を知っているのは確かだ。」


「で、そいつはどこに居るんだ?」


「そこまではわからなかった。俺の念話でわかるのはほんの表層だけだ。警戒心が強くて、はっきりと言葉になって顕われてこなかったな。ただ、お前の話に恐ろしく動揺していたぞ。」


「ああ、そのつもりでああ言ったんだ。これで、少々の無理をしてもボスのガストに連絡を付けようとするはずだ。」


二人は店から離れて角を曲がると陰に待機していたピッポに


「見張りは継続だ。脅してきたから、奴が動くのを待つんだ。」


ピッポは"あいよ"と返事して他のみんなに知らせに走る。

15分ほどもすると、雑貨屋のオヤジは店から出て向こうの方に歩いてゆく。ピッポがそれを尾行して、ランディとタカシはだいぶんと後ろからついて行く。

ランディは雑貨屋のオヤジとの部隊指揮を切り、PTメンバーとの念話に切り替え、


"しばらく念話モードに戻すから。また、念話禁止に切り替えると思うので、その時は気を付けて。"


そう注意を流したが、それが言い終わらぬうちにピッポから、


"ランディ、アイツは排水溝の橋の上に立って何か投げてるぞ。あっ、排水溝の中に乞食がいた・・・いや・・・あいつは、奴隷の掃除夫だ。ニタ~と笑いながら、それを拾っている。なんだ、奴隷に小銭を包んで恵んでやってるんだ。このオヤジなかなかいい奴じゃん。"


それを聞くと、タカシはいきなり走り出し、


"奴隷!

そいつだ、そいつがガストだ!

そいつを逃がすな。"


念話でそう叫ぶ。

ランディは後を追いかけながら、


"ピッポ、お前は雑貨屋のオヤジだ。その奴隷は俺達が確保する。"


騎士達3人はピッポについて雑貨屋のオヤジを追いかけていった。残りのPTのメンバーは上の道から奴隷を取り囲み、奴隷は排水溝の下から呆然と見上げている。


"よし、また念話はいったん切るぞ。禁止だ。”


ランディはそう言って奴隷の方に"部隊指揮の念話"を繋ぎ、それから、コインを紙に包んで奴隷の方に投げてやる、雑貨屋のオヤジがそうしたように。ヤツは目の前に落ちたお包みを前にしてしばらく呆然としていたが、ゆっくりとしゃがんでそれを拾い、顔を挙げていつものようにニタ~と笑みかけてきた。


「ガスト、お前に用があるんだよ。」


ランディが呼びかける。が、奴隷はニタ~と笑んだまま凍りついている。

しかし、


"なんだって?どこでばれた!"


そう意識の中に漏れた。そしてそれを聞いた瞬間、


「こいつがガストだ!確保しろ。」


ランディはそう叫んで排水溝の中に飛び込み、タカシ・タクマ・マサキがそれに続く。

ガストは身を翻して逃げようとしたが、その時、頭上から網がフワリと広がって落ちてきた。それを避けようとするが、網は風に吹かれてガストの行き先をふさいで、そのまま纏わり(まとわり)つき、ガストは網に絡まってころげてしまう。そこへマサキがロープを取り出してぐるぐる巻きにして捕縛する。

捕り物劇は一瞬にて終わった。

でも、みんなは臭い汚泥にまみれてしまう、アカネを除いて・・・。


「フン、私から逃げれると思ったら大間違いよ!」


アカネは鼻を膨らまして、道の上からそう宣っている。どうやら、網はアカネが風魔法で操ったらしい。


「何言ってんだぃ、下に降りて泥だらけになるのが嫌だっただけのくせに。」


ランディはそう言い返すが、アカネはそっくり返ったまま返事もしない・・・。



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ガストを捕らえたと聞いて、騎士団長のエルゼンだけでなく、ボルツ伯までもやってきた。そして黙ってランディの方を見ている。ランディに尋問させるつもりだ。


「ガスト、おまえなんであんなところに居たんだよ。オマエも山の中に逃げ込めば、もっと手こずったろうに。」


「あんたは手柄を挙げてそれで満足だろうが。あそこにいたのは俺なりに考えがあっての事だ。聞きたいか?」


「ああ、聞かしてもらおう。」


すると、ガストは自分の身の上話を始める。

彼はヴォルカニック皇国の小さな村の中で生まれた。両親と彼の3人だけの小さな家族が、村の片隅でひそやかに生活を営んでいたのだ。しかし8歳の時、彼の一家は村から追放されてしまい、そこから"はぐれ者"として放浪することになる。そして追放された次の年の冬、母親は衰弱して死んでしまう。


「冬になって食い物が無くなってきた。そしたらおっかさんは何も食べなくなったよ、俺に食わせるためにね。ただ水だけを飲んで横になり、俺の方をじっと見ていたな。落ちくぼんだ眼(まなこ)でね。そして、凍り付くように寒い朝、目を覚ましたら冷たい骸になっていた。

飢えて死ぬってどんなことか知ってるかい?恐ろしくも無ければ、痛くもない。ただ生きることを諦めて心の底まで凍り付いてしまい、そのままあの世に行っちまうんだ。生き残った奴は、後々その時の事を思い出して心の底から悶々と悶え続ける、そう言うことだよ。」


こうしてガストとその父親はエイドラ山中に逃げ込み、ウェルシの村に辿り着く。ようやく彼ら2人は生き延びることが出来た。が、決して希望にあふれてるとは言い難い。家畜の様に飼われて生き延びていただけだ。


「生きていけたらそれでよかった。牛の糞にまみれて、自分が人だという事も忘れていた。ただ臭い飯を食って、こき使われ、そして疲れ切って眠る。それ以上を望んだこともない。」


子供はそうであったが、父親はそうでなかった。

不満を訴えて喧嘩をして、そして殴り殺された。しかし幼いガストにとっては、その事に怒りすら持てなかった。ただただ畏れ服従していた。

やがて少年から青年に育つ。そして、村の様々な事を知るようになる。嘘や弱みも知る、収穫した麦を隠している場所も知る。

ある日、ウェルシの役人、役人とはいってもゴロツキとそれほど変りのない奴だったが、村人たちは至極畏れていた。その役人が年貢を集めに来たのだ。そしてガストをひとり連れ出してきて、


「おまえさん、村の連中が麦を隠している場所を知っているだろう。教えろよ。そしたら俺たちの下っ端として連れて行ってやるぜ。今よりはもっといい思いができる。」


ガストは村を売るのに何の躊躇もなかった。それによって村人に難儀が降りかかろうとどうでもよい事だ。なんの恩義も義理も感じていない。


「ウェルシに居るヤツなんて、みんな似たり寄ったりさ。」


こうして彼はウェルシの役人の使い走りとして重宝される。彼は抜け目なかったし、何よりも裏切りの匂いをよく嗅ぎ分けることができた。裏切者、それは彼自身の事だ。自分と同じ匂いをするヤツを嗅ぎ分けるなんぞは、いともたやすい事だったのだ。


10年経った。彼も一端(いっぱし)の悪党になっている。そして、ゴムラの街を裏から牛耳る大親分の舎弟として幅を利かしている。

ゴムラはいい街だ。

ウェルシ城はウェルシの中心だがあまりにも権力争いが激しい。その中で生き残るのは並大抵ではない。それに反してゴムラはテルミス王国に半分繋がっているので、ウェルシの勢力争いはほとんど影響してこない。ガストは初めて安堵できる場所を得た。そして、初めてそこに生きる人々を愛した。

しかし、彼の大親分はいささか欲の強すぎる男であった。利口で度胸もあったが、欲が強い。当然、手下達の間には不満がたまっている、自分たちにもっと分け前を回せという。

そこでガストはより一層親分に尽くして、その信頼を掴むことに精出す。

裏切ってやろうと腹を括っていたから。

信用の大きさが裏切りの成功を約束してくれるものだから。

こうして、この親分を追い落として、その後釜の座を手に入れた。

彼は散々に裏切ってきたので、裏切りの根底には不信・侮蔑がある事をよく知っている。だから子分たちの面倒を良くみたし、同時に油断なく振る舞った。そして子分のためならば悪事も厭わないという風に振る舞い、少しでも恩義をかき集めることに執心した。

自分は子分たちのために精いっぱいの事をしていると、いまや彼自身がそう思いこんでいる。そのために自分の欲などは忘れてしまうほどに。それがまた子分の信頼を得たし、その事自体が彼自身の悦びでもあったのだ。信頼の中で生き、信頼に答える。悪党なりにそんな生き方を初めて経験できたのだから。

そんな時、とんでもない情報が飛び込んできた。ウェルシ大公がヴォルカニック皇国に逮捕されてしまったのだ。これからウェルシはとんでもない勢力争いの波に巻かれるだろう。彼なりに必死に考えた結論は、ウェルシとヴォルカニックの勢力争いにゴムラを巻き込ませてはいけない、そして機会を見つけてテルミスと取引に持ち込んで、ゴムラのこの先を継がないといけない。有利な取引を引きずり出すには、ゴムラの中に潜んで機会を見出さねばならない、と。

それ故に自らを廃人:調教に失敗した奴隷の成れの果て、として扱う様に奴隷商の子分に命じたのである。


「そいつは、あんまりですぜ。ボスにそんなことはさせられない。」


そう言ってきたが、


「俺は今まで泥をすすって生きてきたんだ。今更我慢できない事なんぞ何もない。お前らを守るためなら何でもする。」


こう言って説得した。この様にして排水溝の中に潜んでいたのだ、と。


「お前さんがどのように生きてきたかは知らない、しかし俺は精一杯の事をしてきた。そして、いまも町のみんなのために精一杯の事をしている。

もちろん悪事を重ねていることはわかっているよ。

人を売ったよ、殺したよ、大勢な。誰かが生きるには誰かが死ななければならない、これがこの世界の"しきたり"ってもんだろう。

生きるためにはそうするより他なかったんだから。」


ランディは返す言葉に詰まってしまった。彼が何を言っても、この男からは"甘っちょろい奴"とあざ笑らわれるだけであろうから。


「だから俺に綺麗ごとは言うなよ。取引ならばするぜ。」


もはやランディは何も答えられない、絶句してしまった。

しかし、そこへボルツ辺境伯が口を挟む。


「人はみんなが生きてゆかなくてはならない。そう、すべての人がね。お前の売った、殺した人々を含めてだよ。お前の言うように誰かが誰かを喰って生きていくなんて事は、人の世の中では許されないのだよ。

お前のようにして生きている連中を悪党と言う。お前の屁理屈は悪党の身勝手な詭弁でしかない。私達テルミス王国は、そんな悪党は許さない。この世界から排除する!」


「まっ、まてよ、俺達だってまともに生きてこれたならばそうした。仕方なくやってきたんだ。なあ、取引しよう。」


「バカな、悪党と取引なんぞはできませんな。」


「つまり俺たちに死ねってか。」


「そうは言っていない。悪党の屁理屈なんぞは一切認めないし、もちろん取引もない。ただ、お前達がそうして生きてくるより他なかった、それは認めてやろう。だからまともに生きる機会は与えてやろう。

降伏するんだ、そして罪を贖え。悪事を散々やってきたお前達に対する世の中の恨みつらみを無視する事は到底できないからな。」


「罪を贖うって、要するに俺達を死刑に処して吊るすつもりだろうが。」


「ばかな。生きる機会を与えると言っただろうが。牢に放り込む、懲役に役する、と言う事だ、何年かの間ね。その後はどこぞの開拓村にでも行くことになるだろうな。ウェルシの村とは違い、もっと真面(まとも)で豊かな村にね。」


それを聞くと、ガストは俯いたまましばらく考え込んでいたが、決心がついたらしくゴロンと後ろに倒れ込んで、


「手下は300人ほど、町の周囲の森の中に隠れている。連中に降参するように連絡を出す。」


「では、こう付け加えておきなさい。2週間後、我々は周囲の山狩りをする。その時に残っていた悪党は一人残らず成敗する、とね。」


辺境伯がそう言い放つと、ガストは項垂れたまま部屋の外に引き摺ってゆかれる。

・・・。

これを見送った辺境伯は、パンッと手を打ち、


「さてと、あとの事はエルゼンにお任せなさい。

皆さんはご苦労様でした。ランディさん助かりましたよ。」


ランディは労(ねぎら)われたのだが、ハ~とため息をついてしまう。

その歎息を聞きとがめた伯爵は、


「なるほど・・・私の言葉の中に"嘘"を見つけましたか?

・・・その通り!

私の言う善悪とは、所詮、世の中を都合よく回してゆくための手段でしかない。

為政者というものは嘘をつきます。自分がおこなっている"統治"は、人々が期待している"善政"には到底及ばないので。嘘でその溝を埋めないと仕方ありませんからな。でも、それは我欲や悪意のためではないのですよ、世の中をうまく回してゆくには嘘をつかざる得ないのですよ。」


「いえ、そうではありません・・・。」


「では、どうなさいました?

立派な功績を挙げたのです、侯爵閣下への手土産に十分なね。

叙爵に向けて一歩も二歩も進んだのです。だのに、ため息なんかついて。」


自分はガストに言い負けてしまった。で、辺境伯が出てきてガストを圧倒したのだ。

"器の違いか"、そう認めざる得なかったのである。


「ガストとのやり取りをお聞きしていまして・・・たとえ嘘があっても、誠実や慈悲がその言葉の中に匂ってこなければ、ああいう風に説得はできなかったでしょう。

果たして、自分にも閣下の様に語る事ができるのか・・・自分の器(うつわ)に自信が持てなくなってしまいました。」


「ハッハッハ、まだ若いのに・・・何をおっしゃるやら。あなたもなれますよ。失敗という経験を繰り返して、後悔という知恵を積み重ねたらね。」



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