第80話 エリーセの巡礼旅行記 あるいは オーガ亭の秘密

こうして風呂屋に行ったあと部屋に戻って、特にすることも無いので路地に差し込んできた夕日を窓からぼんやりと眺めていると、誰かがドアを"ドンドン"と乱暴にノックする。五月蠅いので、「ダレッ?」と問うと、「俺だよ、俺!」と、オレオレ詐欺のような返事が返ってくる。

聞き覚えのある声だ・・・ああ、ランディだわ、ようやく大迷宮から上がってきたらしい。ドアを開けてみると他のメンバーもそこにそろっていた。


「みんなで廊下にたむろしていたら、邪魔よ。とりあえず入って。」


と、とりあえず部屋の中に迎える。この連中には話しておかないといけないことがいくつかある、他には聞かれたくない話が。ランディ達もその辺はよくわかっているので、なにも言わずにぞろぞろと部屋にはいってきた。


「色々あったのよ、とりあえず話しておくわ。」


そう言って、ヴォルカニック皇国とウェルシの事を話し、これから戦争になるだろうと。そして、テルミス王国では既にその対応を始めているという事を。


「風雲急を告げるって事かい!のし上がるための時機到来ってことか!」


ランディは少し上ずった声で答える。


「そう。でもこれはまだ機密事項だから、気を付けてね。

それから、あなた達の事はモルツ侯爵にちゃんと話しておいたわ。」


「ありがてぇ。で、どうなってんだ。」


「むこうは、あなた達の事を既に知っていたわ。」


「へっ、なんで?」


「神人の親方が報告しているからよ。」


「なっなるほど。で、俺達の評価は?」


「そんなものあるわけないじゃない。だからあちらさんとしては、あてにしているわけではない。」


「だわな~」


「でも、ちゃんと推薦してあげたから・・・"戦功は大きく評価する"、って約束してくれたわ。」


「なるほど・・・それで何をすればいい?」


「・・・それは何も言わなかった。あなた達とは戦争の仕方も違うだろうから、いちいち指令を受けて動くよりも、自由に遊撃して戦果をあげたらいいって。それから、騎士団では動きにくいだろうから侯爵直属として動けばいいって。何をするかは自分で考えろって事かしら。」


「つまりお手並み拝見と言う事かい・・・そうかい・・・いいよ、見せてやるよ。

それで、戦果って・・・どれだけの敵をやっつけた、ということなのか?」


「いえ、こうも言っていた。後方かく乱工作などと言う事は考えたこともない。騎士団とて同じだろう、と。そして、われわれとは戦闘の仕方が違うのであろから指示はしない、その結果だけを評価する、と。」


「・・・こちらの世界も平和が続いていたからな・・・いや、国家同士の本格的な大戦争と言うのは、この世界では歴史上初めての事じゃないのか・・・そらわからんだろう。

なら、俺の価値はグッと上がる。前世ではプロだったからな・・・。」


「でも、あなたの"価値"なんてどうやって見せるわけ?。あちらはあちらなりに騎士団が戦争のやり方を研究しているのだから。」


「そうなんだよな・・・、いきなり俺が出て行って全て任せろって言っても・・・ダメだわな。

じゃあ、やっぱり実際にやって見せるしかない、と言う事かね・・・。

で、エリーセよぅ・・・なんかネタない?」


「・・・。」


「いや、神の使徒エリーセさま、なにか御告げ・予言・神託などございませんでしょうか。

ホレ、この通り!」


と頭の上に手を合わせて頼んでくるが、そんなに都合よくネタが出るわけないじゃない。

・・・・・・いや、あった。


「クルスの谷って知っている?ボルツ辺境伯領、ヴォルカニックが攻めてくる処よ、そこの近くの山中と言う事らしいけれども。そこでウェルシとヴォルカニックの連中が大規模な普請をしているって、言っていたわ。」


「う~ん、戦場近くでの普請・・・常識的に考えたら補給拠点だろうがな・・・だいたいそのクルスの谷とやらの正確な位置は?」


「知らない、フィンメール族のエルフの女性がそう言っていたという事だけ。」


「なっ、なるほど・・・でも、お膳立てまではしてくれないと言う訳か。」


「当然でしょ!」


「・・・となるとだな、そのあたりの地理に詳しい奴ら・・・やっぱりフィンメール族・ギルメッツ族と言う事になるが・・・アイツらいないのよ。

ガルマンとエルフィン。」


「当たり前でしょう!。今、あの人たちの山や森で大変なことになっていることを知らないの?」


「えっ・・・知らん。」


「エイドラ山中では、ウェルシが大暴れしてして、もう大変なことになっているのよ。で、その避難民が大勢やってきて、彼らはその対応のために大忙しよ。」


「・・・一言(ひとこと)言ってくれたらいいのに・・・水臭い奴らだ。」


「あなたに言ったら、どうにかなったの?」


「いや・・・何も変わらん。」


「じゃあ、言ってもしようがないじゃない。とにかく彼らはフェンミル国境爵の所で、走り回っているわ。」


「フェンミル国境爵?」


「彼らの部族の隣の部族長なのよ。フィンメール・ギルメッツ族の族長はとっくに殺されてしまったわ。」


「じゃあ、俺達もフェンミル国境爵のところへ行けばいいのか。」


「そんな事は知らないわ。」


「・・・、」


「それよりももう一つ耳寄りな情報を教えてあげる。極秘だから・・・秘密守れる?」


「ああ、まもるさ。当然!」


「ボルツ辺境伯、あそこの騎士団がゴムラの街を攻略しようとしているわ。今、王室にお伺いを立てているところよ。」


「ゴムラ・・・国境の街のか、あのヤバい街だな。」


「そう、対ヴォルカニック応戦の用意と言っていた。」


「なら時間がないじゃないか・・・。すぐにでも始まるぞ。」


「そうねぇ、急ぐことね。」


「急ぐことねぇって、他人行儀じゃないか。お前は来ないのか?」


「私はいかない。バルディで騎士団と居る。」


「また、水臭い事を。」


「・・・いい?よく聞いて。

今の私は、街一つを灰にしてしまう事もできる。それから、ちぎれた腕や足、潰れた目や耳を復活させることもできるわ。」


「そいつはすげぇ~な。それで空を飛べたら魔王になれるぞ。まっ、女神様は無理だがな。」


「空も飛べるわ。私は魔王や女神なんかにはなりたくないの。でもそれを決めるのは私ではない、他の人達よ。他の人たちが私をどう見るかよ。あなたなら、この私の面倒をちゃんと見てくれる?この世界の人々が、私の事を魔王や女神の様に怖れたりしない様に取り計らってくれる?」


「それはムリな話だな。」


「教会、ここのバルディ修道院はそれを約束してくれたわ。だからここに居る。」


「神命かい?」


「神命、それが無ければ隠れて生きて行けたかもしれない。でも神さんがバラしてしまったのよ、修道院長に。だからもう隠れてはいられないの、こうするより他ないのよ。でも、そのおかげで、教会勢力と強いつながりも持てるわ。

王室からの誘いだってあるけど、そちらに繋がるとさんざんこき使われた挙句に権力争に巻き込まれて消されてしまうんじゃないかしら、そんな先しか思いつかない。」


「ああ、わかった。じゃあ、俺達とはどうする?」


「王様のイエナー殿下が言っていたわ。"いい関係でいたいな"ッて。それが一番だと思う。それにあなたたちは約束したでしょう。5層にある伝説の武器を取るのを手伝えって、そしたら私の手助けをするって。つまり、契約はちゃんと守っていただなくてはねっ。」


「契約って・・・おまえ悪魔かよ。」


「ええそうよ、途中で放りだしたりしたら、何処までも空を飛んで追いかけていって焼き尽くしてやるつもりよ。」


「おお、怖わ~。

じゃあ、悪魔エリーセよ、ボルツ辺境伯のところへ行ってどうすれ良いのか、教えてくれ~。」


「そんなこと言われても私は知らないわ。だから、その伯爵にお伺いを立ててみたら。どうせ、クルスの谷だってその近くだろうし。」


「伯爵にお伺いって、おまえどうして会うんだ。向こうが、あってくれないだろうが・・・こっちはただの冒険者なんだから・・・。」


「う~ん、わかった。紹介状を書いてあげる。そこに、モルツ侯爵があなたを味方として使うと言っているとネ。・・・でも、ただの冒険者ではインパクトがもう一つね・・・転生者である事をバラしてもいい?」


「えっ、それをばらすのか・・・どうだろう・・・みんなどうだい?」


「いずれ知られることだよ、世に出たらね。モルフィッチさんには知られているだろう、と言う事は既に侯爵サイドにはもう知られているってことだよ。だったら、転生者としての能力を売り込んだ方が得かもしれない。」


ピッポ先輩が答え、他の者も頷いている。


「ボルツ伯は信用できる人だと思うわ。有能な貴族だし、あてになる人よ。」


「わかった、じゃあ転生者のグループとして紹介してくれ。」


こうしてランディ達に紹介状を書いて渡す。

でも、ボルツ辺境領に行くならば彼らに託(ことづ)ける事がある。5人のエルフ達と一人の赤ん坊。


「わたしね、名付け親になったのよ。」


「へぇ~、あんたがね~」


「エパティカちゃんていう赤ちゃんよ。」


5人のエルフ救出の話をして、生まれた子にエパティカと名付けたことを話す。

そして、


「急いで出発しないといけなかったから、贈り物も何もできなかったの。だから届けてほしいわけ。」


転生者のギフトとして、アイテムボックスを持っている彼らなら少々の荷物は苦にならないはずだ。王都で購入したたくさんの古着をわたし、そしてバルディの街でおむつを買って持っていくように頼む。

でも、それだけではちょっとたりない・・・何か記念になるものを・・・そうだ、王都の修道院に居た時、上級信女からもらった古いブローチがあった。大きなルビーのついたアダマンタイトのブローチ、治癒魔法の魔法具だ。これを贈ろう。


一通りの話を終えたので下の食堂に降りて、あとは久しぶりにランディらと晩餐を楽しもう。どうせ彼らはボルツ辺境伯領に向けて、すぐに出発するのであり、またしばらくお別れになるのだから。

下のレストランに降りて、ランディ達と食卓を囲んだ。気の置けない仲間と食事を楽しむのは本当に久しぶりだ、飲み食いと話が進むのも当然だ。


・・・。


「それでね、戦闘奴隷と言うのが居て、よってたかってエルフの女性をなぶりものにしていたのよ。だから、シュパッシュパッって石弾でぶち殺してやった、と言う訳なのよ。」


「何だか、恐ろしい話だな。人殺しをしゅぱしゅぱってやっちまったて・・・。」


「いぃ~や、以前からあの辺りはウェルシの連中が酷い事をしておると言うのは、エイドラ山地では周知の事じゃ。とくに戦闘奴隷の連中は残虐で、オークよりも忌み嫌われておる。シュパシュパッと殺しても、わしらは何とも思わん。」


ドワーフのタクマが宣う。

そして、次にアカネが言う。


「バルディにホーリーヒールっていう魔法のグリモワールがあるらしいけど・・・。」


「ええ、城外の森の中に修道院の別館を建てているの。ちょっとしたお城よ。その中に収めてあるわ。」


「わたし、それを覚えたいのよね~。」


「う~ん、グリモワールに挑戦するのはできるわよ。でも、先に肉生成の魔法を身に着けていないとだめなのよ。」


「肉生成?」


聞いてくるので、ぐじゅぐじゅの到底肉とは似ても似つかないものを出して見せる。


「うゎっ、なにっそれっ、キモ~~。」


「タンパク質を生成する魔法なのよ。これを原料に肉体の一部を作って、傷を治すの。メルラン神社にこのグリモワールが置いてあるわ。」


「う~ん、今回は無理か・・・」


肉生成を覚えるにはメルラン神社に行く必要があるのだ。


久しぶりに会ったので、彼らに話す事はいくらでもある。話が弾み、たちまち時間が過ぎて夜の9時ごろになったとき、酒場には似つかわしくない10人ほどの一団が入ってきた。大きなフードに頭を隠し、紺色のあるいは灰色のゆったりとしたローブで身を包み、腰のあたりを紐で締めている。

らしからぬ一団の闖入に店の中は一瞬シンと静まり返ってしまい、彼らを見つめている。


「こっちです、こっち。」


店の奥から手を振って招くと、彼らはフードを下ろしその顔を出す。バルディ神聖騎士団の一行がやって来たのだ。彼らは他の冒険者たちと比べると概して拳一つ程も背が高い。平民生まれの冒険者と比べて、栄養良く育っているし幼い時から武技の鍛錬もしているから。その彼らが、音も無くひそやかに店の奥に入ってくる。それまで騒いでいた他の客たちが静まってしまうのも致し方がないのかもしれない。


「まあ、なんだろうね~、いっぺんに湿っぽくなってしまったよ。葬式じゃあるまいし、うちは景気よく飲み食いする場所だよ!」


お尻の大きなおかみさんは声をあげる。

一番前にはバルマンが居て、すかさず弁解する。


「それは申し訳ない事をした。この格好だし、みんな気が引けてるんだよ。」


「なんだい!そりゃあ~、坊さんだってたまには騒ぎたいわな!」


冒険者の客の一人がそう叫ぶと店の中はドッと騒めき、元通りの喧騒に包まれる。面々はテーブルについて、さっそく上等の酒とつまみが配られた。

バルマン、グレア、それにロドリゲスさんも来ていた。ムスッとしているのが女騎士のエミリーだ。おや、中高年が一人いる。あれは典座だ。


「お目付けについてくると言ってたんだが、あの人がその他大勢を引っ張ってきたんだ。」


なっなるほど、典座が外出・飲酒許可のお墨付きをくれたのか・・・。取り合えず典座には一番上等の酒瓶をわたし、そしてグラスに注いで差し上げる。


「ああ、修道院長から監視するように仰せつかったものだから。みんな、飲みすぎたりしない様にねっ。」


そう言うとグラスの中で琥珀色に波打っていた液体を一気に飲み干した。


「ああ~うまい。ひさしぶりだ。みんな!飲み過ぎはいかんぞ、聖なる道を歩む者は自制心を持たなくてはな。もっとも、俺はもっと飲むがね。」


そう言って手酌でやり始めた。これを聞いてみんなは噴き出したが、これが皮切りとなって各々やり始める。エミリーだけが憮然として座っている。それをみたバルマンはおかみさんに耳打ちすると、奥から別の酒瓶を出してきた、シェリー酒だ。バルマンはそれをエミリーの前にどんと置いて、グラスに注いでやる。そうするとエミリーもようやくグラスに口を付ける。修道院内では自分の部屋で寝酒と言う事でシェリー酒をチビリチビリとやっているとのことである。

さて、これで飲み会が無事に始まった。次はショーを見せねばならない。私の番である。


「皆さん、よく来てくれました。じゃあ、私の巡礼旅行の話をどうしようと思っていたのですが、修道院の中では堅苦しくて・・・ここまで足を運んで頂いた次第です。面白い話も面白くない話もありますけれど、暫くお時間を。」


こう声を掛けると、他の客も少し静かになる。彼らも参加するつもりだ。



「私の、このヘルザの地での一番最初の記憶、それはゴムラの街の傍の森の中よ。それより前の記憶は綺麗サッパリと忘れてしまった、何も残っていない。気がついたら捕えられ、ゴムラの奴隷商に売り飛ばされて、そこで酷い目にあったわ。"お香"でもって人の心を壊して、人間を家畜に作り替える。そんな事をしているのよ、あそこでは。」


店の客たちは、みんなシンとして聞いている。


「でも幸いに、テルミスの王様に助けられたの。ええ、とっても有能だけけれども、とっても女好きの王様。しばらく王室で働いていたわ、メイドとしてね。それからいろいろあって、修道院に入ったの。そこではフィオレンツィ師やフェルミ女史がいて、とても良くしてくれた。そして巡礼に出たのよ。」


3魔術師の話はしない。あれは、かれらにとって暗黒史となるだろう。せめてもの情(なさけ)である。


「最初に訪れたのはミュルツ寺院。森の傍にたつ古びた教会なんだけれど、その森の中に少し入ったところで、お爺さんが居たわ。大きな巌に腰かけていた。」


その時、「それは俺の爺さんさ、ボケてミュルツの森の中をよく徘徊しているぞ。」と、誰かがヤジをいれ、あたりに笑いが漏れる。


「そのお爺さんはこう言ったの、『この巌は古い社の巌なのだよ。かつて暴虐の王がここに大きな神社を建てて、ヘルザの人々に文物を施した。堕落を誘うためにね。そこで、聖ネンジャ・プが怒りを込めて、その神社を破却したのさ。そしてお前の足元にある岩、それがグリモワールなのだよ。聖ネンジャ・プの闇魔法のね。』

こうして私は初めて闇魔法を覚えたのよ。」


いろいろ、隠さないといけない事がある。話していい事だけを慎重に選んでいる。


「そこから西へと少し言ったところの小さな村に廃屋になった館があった。そこには邪悪な魔術師の幽霊が憑りついていたわ。ちょうどフィオレンツィ師がその幽霊を祓っていたから、お手伝いをしたのよ。

そこには魔術師の幽霊だけでなく、殺された子供たちの幽霊も居たの。魔術師は子供の奴隷を買ってきて殺しては魔法の実験をしていたのよ。幽霊はこう言っていた、"古代の魔法の叡智を探るのだ、子供はその犠牲なのだ"、とね。古代の魔法!、一体どんな魔法なのよ!子供を残酷に殺すなんて。

私は虐げられた者がどれほど怖れ苦しんでいるのか、よく知っている。怒りに駆られて邪悪な幽霊を浄化したわ。業火のような力でもってね。

でもフィオレンツィ師からは"怒ってはいけない、怒って自分を失ってはいけない。"そう窘(たしな)められた。」


「そして、また西にいったわ。そうしたら森の中に廃村があったの。朽ちた神社があって、そこには幽霊が立って私の方を見ていた。

私は話しかけたの、"どうして聖天しないのですか?"って。そうしたら幽霊は自分の昔話をしてくれた。

幽霊の名前はモルスというの。暴虐の王国の民だったと言っていた。神様の怒りが落ちて古代の王国は滅んだ、それでそこから逃げてきた。でも、彼は心配だったの。ヘルザに居た人達は聖ネンジャ・プ様が引き連れて来た人々だったでしょ。かれらは暴虐の王国では家畜人と呼ばれて虐げられていた人々よ。だから、モルスの子供達が復讐されて逆に迫害されていないかって、とっても心配だったのよ。でも、テルミス王国ではそんな事はない、そんな差別はもうないからと、そう言ったら喜んでね、グリモワールをいくつかくれたわ。そのグリモワールはメルラン神社に納めてきたわ。」


「メルラン神社。ご存知の方は多いでしょうけど、あそこの宮司さんと巫女さん、エルフの夫婦がやっているわ。どちらも武術の達人よ。

その2人から聞いた話よ。元々あの辺りはエルフの森と普人族の土地とでなわばり争いになっていたというの。それを聖ネンジャ・プ様が調停して、今の様になっている。でね、普人族は土地代としてエルフの部族に毎年塩を送っている。あそこの武闘大会で塩を奉納するのは、その由縁なのよ。

あの神社の宝物庫にはグリモワールが沢山あったわ。幽霊から託ったグリモワールもそこにおいてきた、魔法に自信があるなら一度試して見るべきよ。」


「それからベルッカに行った。ベルッカと言えば、ヌカイ河岸にある聖ネンジャ・プ聖天の広場。私もあそこでお祈りをしたわ、ヌカイ河の川面がキラキラと輝いてとても綺麗だった。

そして、その対岸にあたるのはちょうどここバルディなのよ。

皆さんご存知のように誓書にはこうあるでしょう。

《今や、私はこの身を神への贄となし、あなた方の罪を焼滅し、彼の大罪を地深くに封じようと思う。

そう語ると聖ネンジャ・プは自身の身を聖天の光で焼き尽くし、その霊魂は新月の闇の中のヌカイ河を渡って、彼の地の奥深くに大罪を封じたのである。》

聖ネンジャ・プ様の霊魂はどこへ行ったの?

河を渡った"彼の地"ってどこ?。向い岸はここバルディなのよ。

このバルディの奥深くに大罪を封じた・・・一体どこに・・・大迷宮に封じた?大迷宮には大罪が封じられている?一体何が・・・?」


おっと、これ以上は話していけない、大勢の前で神命を語ることになる。それだけではない、爺神のアイツについても喋ってはいけない。ベルッカの話はこれで切り上げ。


「そしてバルディにやってきた。

バルディ修道院に滞在していた。森の民・山の民に初めて出会った。私もエルフなのにちょっと変?でも、昔の記憶を失ってしまったから、昔の事はなにも覚えていないのよ。ガルマンとエルフィン知っている人もいると思う。世話になったわ。でも、今エイドラ山地の彼らの故郷では大変なことになっているの。ウェルシが大暴れしていてギルメッツ族・フィンメール族の人たちが酷い目にあっている。話が飛ぶけれども、巡礼旅行の帰り道で、ウェルシの戦闘奴隷たちがエルフの女性を強奪して売り飛ばそうとしていた。何とか取り返したけれども、そんな事が山のいたるところでされている。皆さんも機会があったら助けてあげて。」


「それからスミルクスを経て、ベルゲン国境爵の所に行ったの。国境爵は大酒飲みのドワーフで、ベルゲン族の郷(さと)で歓迎のための大宴会をしてくれたわ。ドワーフの家族って知ってる?子供・お父さん・お爺さん・曾爺さん・曾曾爺さん・曾曾曾爺さん・曾曾曾曾爺さん・・・etc.こんな風に一列にずらっと並ぶのよ。似たようなのが・・・びっくりするわ。そんな人たちに囲まれて、まる2日間も飲み続けたのよ。そして、昔話を沢山聞いてきた。聖ネンジャ・プ様とメルランの会盟を結んで共に戦った話、建国王イヤースと共に邪神と戦った話、みんな大昔のことなのにドアーフ達はまるで昨日の出来事のように話していた。大方自慢話だったけどね。」


「それからネッツ神社にも行った。そこには、またお爺さんが居たわ。ミュルツ寺院にいたのと同じお爺さんが。

そしてこう言ったの。

『イヤースは”強く・優しく・誠実な漢”であったのじゃ。テルミス国王を隠居した後、誰も知らぬ処にてヘルザの未来のために自身の運命をささげる道を選んだのじゃ。そしてアッシュの遺跡の底で死を迎え、そこが墓となっておる。イヤースには勇者の称号こそふさわしい。』とね。

それから、ランディ達とアッシュの遺跡の最奥に潜ったの。そこにはヤシャという魔物が居た。とても強かった。パーティは一瞬にして叩きのめされ、ヤシャの大きな手が私の額を掴んだ時、もう死ぬんだと覚悟した・・・ところが、話しかけてきたのよ、念話で。

わたしを待っていた。イヤースが死んでからずっと・・・そして、マナのみつる所でなら私を助けてくれる。そう約束してくれた。その瞬間、マサキの槍がヤシャの首を貫いたわ、でもヤシャそんなことに構わず、私に語りかけていたの。

マナのみつる所、迷宮の事かしら。それなら、大迷宮でまた出てくるのかしら。楽しみだし、怖くもあるわ。」


この機会にネンジャ・フンの紹介もしておこう。


「それから、イヤリル大神社に行った。そこには山の民・森の民の守護精霊のアッシュールとアシュタロテがいる。

山ほどにも大きな精霊樹が精霊アシュタロテ、その地下に埋もれる巨大な巌が精霊アッシュール。

この2精霊が、この世界の昔の事を話してくれた。普人族の守護精霊アドモが魔法

の根本であるグリモワールを編み出し、古代魔法王国を建てた。でも、その王国は腐敗してゆき、暴虐の王国に為り果て・・・その後は皆さんがご存知の通り。

この杖はその精霊達がくれたものよ。

そして、精霊と交信できたので、私はイヤリルの巫女として認められたわ。

この外套は巫女の外套。いろいろと便利な魔法の機能がついているのよ。」


「最後にヴォルカニック皇国にも行ってきた。勇敢な騎士達が大勢いる国よ。でも"はぐれ者"と呼ばれる棄民も大勢いた。彼らは乞食をして飢え死にするか、野盗となって騎士達に狩られるか、どちらしかない惨めな人たちだった。かの皇国の賢者はこう言っていた。『王国楽土の安寧の代償として受け入れざる得ないと最小限の必要悪だ。』と、残念な言葉だわ。

そしてこの"はぐれ者"がエイドラ山地に逃げ込んでできたのがウェルシ公国なのよ。そこでは本当に酷い事がいつも起こっている。」


後半は、神命や戦争に関わってきて話せない事が多いのでサラッと流している。


・・・


こうして巡礼記の話が全て終わって店内がまた騒めいてきたとき、店のオヤジさん、つまりオーナーシェフと言うことになるが、そんなに上品なものでもない、そのオヤジさんが顔を出して、挨拶をし始めた。


「今日は神聖騎士団の方々にお越し頂けて、大変ありがたく存じます。」


修道院の面々は、バルディの街では名士の内になるのであろうか・・・。まあ、冒険者と比べると少しばかり品と学のある人たちではあるが。


「つまみには当店秘蔵の一品を出させていただきました。いかがでしょうか。」


この時、後ろの冒険者の客からヤジが飛ぶ。"俺達にはないのかよ~"という。

少しコリコリとした歯触りで、咬むとじんわりと塩味とうまみと独特な芳香が口の中に広がる。タンの燻製に違い無いが、牛タンと言うわけでもなさそうだ。


「これは、他所では無い・・・オーガの舌の燻製であります!」


女騎士エミリーはこれを聞いて、おもわずプッと口から噴き出した。


「当店はオーガ亭の名に恥じる事なく、オーガーの味を日頃から皆さんに味わっていただいております。それは・・・秘伝隠し味、オーガの脳みそのスープであります。表においてあるオーガの首はその出しガラをキレイにして飾っておるのです。」


この時、"なっ何だって!"だとか、"おお~~"だとか、"ひえ~~"だとか・・・悲鳴のような声が店内のあちらこちらであがる。私も知らなかった、ココの料理の隠し味がオーガの脳ミソだとは!


「しかるに大きな問題に直面致しまして・・・。」


"当たり前だ~~"とヤジが飛ぶ。


「オーガの首が中々手に入らないので困っておるのです。もっともっとオーガの首が要る。そして舌を引っこ抜いて、大鍋でぐつぐつと煮込まないといけない!

つまり、首が居るのです首が!

どうか、オーガの首を刈ってきていただきたい!のであります。」


・・・。

シェフの衝撃的な要請に、店の中はしばし静寂が支配する。

・・・。

この静寂を破ったのはグレアさんだった。この人は場の空気を読まないと言うか、何事も気にしない人だ。


「ああ、いいよ。別館の工事現場にはオーガが時々出て来るから。今日も一体討伐したところだし。今度見つけたら、忘れないで首を取ってくるよ。」


サラッと言ってのけた。


「ありがたい、首一つに付き銀貨5枚(500グラン:5千円ほど)さし上げます。」


またヤジが飛ぶ。


「やっす~(安~)」


「皆さんに安く料理を食べて頂かねばならないのです。うちは高級料理店ではございませんので。」


一斉に笑い声があがる。


「いや、俺達は修道士だから・・・金(かね)をもらってもな~。」


グレアさんはそう言いながら、テーブルの上の酒瓶をつまみ上げてブラブラさせている。


「わ~かりました。では上等の酒とこのオーガのタン燻製を差し上げましょう。」


グレアさんはニンマリと満足そうな微笑みで答える。頭を伏せながらこのやり取りを聞いていた典座が、ガバッと顔をあげ、


「言っておくが、その酒、俺も飲むからな!聖なる道を歩む者は、独り占めをしてはいかん!」


"えっ!"、グレアさんは呆然としている。続いて、バルマンも、


「当然だ、みんなで討伐するんだから。みんなで飲まないと。」


エミリーがチョット意地悪な笑顔で


「たまにはシェリー酒にしていただきたいわね。」


などと言う。グレアさんはちょっとがっかりしながら、


「ああ、その通りにするよ。」


と答えた。すると後ろの冒険者達から


「厳しいね~、教会は。」


とヤジが飛び、またドッと笑い声があがった・・・。

そして、その笑い声が一通り収まると、今度は典座が、


「さっ、また明日がある。今日はここまでにして、そろそろ引き上げようか。」


と、締めてしまった。


こうして神聖騎士達は店を去り、残りの客も三々五々に帰ってゆく。ランディ達も店を出てゆくが、それを見送ってついて出ると、


「じゃあな。ちょっくら行ってくるわ。無事に生きて帰ってきたら、あんたとの約束を果たすよ。」


「生きて帰ってきたら?・・・えらく大袈裟ね。伯爵領に行くだけなのに。」


「そうじゃあない。その後に大仕事が待っているだろうが・・・のし上がるチャンスと言うやつが。それなりの覚悟も決めておかないとな。あんたも気を付けるんだぜ。」


「ええ、わかったわ。これからもいい関係でいましょう。それでまた、みんなでパーティーを組んで大迷宮の底まで行くのよ。」


「ああ、じゃあな。」




------------------------------------------------------

新しく戦役篇が始まり、物語の分岐も分かれてゆきます。それで、少しこれまでのまとめを書いておきました。退屈なエピソードではありましたが、ここからは話をグイグイと進めてゆきますので、乞うご期待!であります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る