第66話 ヴォルカニック皇国

「チッまたか。」

エルフの見張りから話を聞いていたリリース族の戦士長は呟く。


「ヴォルカニックとの境で、山賊たちと騎士が戦闘状態にあるようです。」

そう報告を受けたからである。


森の一番端の山の中に隠れて山賊のアジトがあることは前々から知っていた。そろそろ追い出さないといけないと部族の寄り合いでも話されていた連中である。そこへ、先にヴォルカニック帝国の騎士が掃討の攻撃を仕掛けたのである。

ヴォルカニックの盗賊であるからヴォルカニックの騎士が始末するので当然である。しかし縄張りの問題がある。あの森は山の民と森の民の領分であり、それは主張しなければならない。だから、知らんふりもできないのだ。


"そうだ、あの巫女も連れて行こう。"

けが人が出たら助けてもらえるし、巫女にしてもヴォルカニックに行きたがっていたんだ。この際にヴォルカニックの騎士に引き渡すのもいいかもしれない。


こうしてエリーセは戦士長に呼ばれ、彼らリリース族の戦士たちの一隊と共に森の中をやってきた。


戦いの主役はヴォルカニックの騎士だ。こちらから好き好んでしゃしゃり出る必要はない。盗賊のアジトを遠くから取り巻き、この戦(いくさ)の成り行きを見守っている。そして戦闘終結後に、しゃあしゃあと姿を現し、"ここは俺たちの領分だ"と主張しておかなくてはならない。


山賊たちは、地の利を生かして、待ち伏せるつもりらしい。アジトから出て、その周囲の木陰に隠れて、じっと息をひそめている。小人数が狭い道から騎士団の前に姿をあらわし、そのまま大声をあげてアジトの方に逃げていく。騎士達は奇襲できたと騙されてしまい、その後ろを追っていく。


"チッ、騙されてやがる。"

知らせてやろうにも、戦局の動きが早くその余裕がない。


やがて騎士達が山賊のアジトの小屋の前ににたどり着いた時、その後から背後を狙う多数の矢の飛んでくる。その矢に当たって何人かが伏せたが、賊の姿が見つからず、動きが取れない。固まって、周囲に盾をかざしてただ耐えているだけだ。矢の飛んでくる方向は徐々に広がり、やがて全周から飛んでくるようになった。


"まったく、取り囲まれてやがる。"


この様子を見て、エルフの隊長は

「見ておれん、加勢するぞ。」


そう言って、山賊たちの背後に忍び寄っていく。騎士団を取り巻き、薄く広がった山賊たちを背後から各個撃破していくわけである。


「そらっ、あの木の上だ。」


まさか背後に敵がいると想像もしていない山賊に向けて、矢を放つ。背中に矢が突き刺さり、山賊は振り向く。驚愕の表情の山賊に向けて次々に矢が打ち込まれる。

声も出せずに、ドサリと木から落ちるのを確認したら、次のヤツを攻撃する。


このようにして、エルフの一団は周りの山賊を次々と急襲していった。そして、山賊たちは自分たちが逆にエルフから狩られていることに気が付き、たちまちに混乱に陥ってしまう。所詮、戦闘では素人に過ぎない連中なのだ。あちらこちらで悲鳴をあげだした。

ヴォルカニックの騎士達は、この雰囲気をいち早く察して危機が過ぎたことを知り、今度は悲鳴の上がった方に突っ込んでいく。

たちまちにして形勢は逆転し、山賊たちは討ち取られた者、捕らえられた者があふれかえった。少しは逃げた者もいる様であるが。



騎士団の隊長は、誰も姿の見えない森の奥に向かって大声で、

「自分は、皇国西部騎士団第7分隊の隊長、アーガスである。此度の加勢、感謝する。姿を現されよ。」


手練れの騎士である。この戦況から加勢を受けたことが十分にわかっているのだ。エルフ達は木の後ろや草叢の中から姿を現し、


「我らはリリース族、森の戦士組。我は隊長のレムラン。山賊の討伐、帝国の騎士団に敬服するものである。されど、この地は我ら森の民の地。我らとて手をこまねいてみているだけにはいかぬ。当然の加勢である。」


そう答えて、騎士団の方に進んでいく。

一通りの掛け合いが終わると、後は普通に話し合いだ。


「しかし、ひどくやられてしまったな。」


「ああ、ヘマをした。とりあえず傷の手当だ。」


けが人の手当てなら私の出番にちがいない。そう思って、前に出ていくと。


「ウン?あんたは。」


「イヤリル神社の巫女でありテルミス中央修道院の学生(がくしょう)でもあるエリーセと言います。治癒師なので、お役に立ちましょう。けが人を集めてください。それから、刺さっている矢は抜いて。」


急いで負傷者が集められる。重傷者が7人もいる。よほど苦しいようで、うつ伏せに突っ伏している者もいる。

急がないと・・・。えーい、まとめてホーリーヒールである。


"いまや、つぼみは膨らみ、花びらを広げる、

いまや、蛹は割れて、蝶が羽を広げる、

春は命の返るとき、凍えた命の蘇るとき。

その記憶のもとに、命よ蘇れ!"


周囲に光が広がり、傷の中に吸収されていく。

これで傷は治るはずだ。

いや!まだ一人、うつ伏せになって苦しんでいる。


「腹をやられてしまった。腸(はらわた)が切れて腹膜炎になったんだろう、残念ながら・・・。楽にしてやるしかないな。」

そう言って、隊長のアーガスは、剣を振り上げようとするので、


「ちょっと待って!何とかしてみるから。」


抽出魔法を使って、腹腔の中に漏れ溢れた便や腸液をできるだけかき出し、次に浄化を目いっぱいにかけて消毒してやる。最後にキュアーをかけてやると、ようやく落ち着いたようだ。

7人の治療を終えて、アーガス隊長の方を見ると、ホッとした表情で


「大したもんじゃないか。助かった、恩に着るよ。

・・・じゃあ、俺はもうひと働きだな。」


そう言って今度は、少し離れた所に捕らえて括り付けてある盗賊の所に行く。10人ほどもいたが、いずれも痩せて垢にまみれており、髪の毛も埃をかぶってボサボサだ。


「じゃあ、順番に行くか!」


この連中からひとりを引き出す。呆然としているこの男に向けて大剣がブンッとうなりを上げる。

途端に首が飛び、血潮がまき散る。

他の者は、”ヒッ”と声をあげるも、縛られているので身動きが取れない。そして、次々に引きずり出し、処刑が進んでいく。

ある者は、泣きわめきながら首をすくめて地面を転がる。ならば、大剣は上から地面に向かって振り下ろされ、その頭を叩き割る。

全て、大剣の一閃で命を刈り取っていき、10人いた盗賊の処刑が終わるまでに、ものの5分とかからなかった。死体はそのまままとめて捨て置かれるとのこと、正義の執行の証(あかし)にである。

慌てて、この死体の山に聖天魔法をかけていると、


「おい、盗人に慈悲深い事だな。」


「でも、こうしておかないと幽霊になって出て来るでしょう。」


この世界では、死者がアンデッドになることがあるのだ。


「フンッ、確かに。そいつはありがたい事だ!」


「まあ、これで一件落着だな。」


この有様を最後まで見届けたエルフ達は、もう森の奥に帰ろうとしている。


「じゃあ戻るか。エリーセ、あんたはどうするんだ?」


エルフの隊長レムランはこちらを向いて聞いてくる。


「うん?どういうことだ?」


騎士団の隊長アーガスもこちらを向いて聞いてくる。


「このエリーセは、巡礼の途中と言う事だ。皇国も回りたいというので、護衛を兼ねてここまで一緒に連れて来たが、ここから先は俺たちの領分じゃない。」


「そう言う事かい。こっちとしても世話になったからな。エリーセさん、あんたの面倒は俺たちでみようか。

巡礼中と言うが、とりあえず今晩の宿のあては?」


「いえ、まったく。」


「まあ、巡礼者なら教会にでも送るか。世話になったんだ、後は任せな。」


どうやら皇国の騎士団が教会へ連れていってくれるらしい。


山の中から平地にでると、もうそこはヴォルカニック皇国なのだ。

見渡す限り一杯に麦畑が広がり、夏の日差しの中で青々と波打っている。その間にまっすぐに伸びる道を一仕事を終えた騎士団の騎馬が一列に並んで、のんびりと帰っていく。

私は、その隊長の馬の鞍の後ろにしがみついて、馬の上からの風景をキョロキョロと見回している。王宮に居た時の”自由恋愛”の時に強欲の子宮でもって、スキル馬術:レベル2を手に入れているが、実際に馬に乗った経験などは無い。へっぴり腰でしがみついているだけだ。

馬の上からの眺めは、目線が高くて遠くまで見渡せた。麦畑が延々と地平線いっぱいに広がる風景が続いていて、たまに人がみられても、肥やしを播いているのか、農作業に励んでいる農夫が居るだけだ。


「広い麦畑ですね。」


「そうかい、こんなもんじゃないのかい。」


「テルミスではこんな広い麦畑はありませんでした。山や川や森があちらこちらにあって、こんなに広い畑はなかなか見られない光景です。」


「ふーん、そんな土地もあるのかい。」


「でも、ちょっと気になるんですが、先程、道端にしゃれこうべが1つ2つ転がっていましたけど、やっぱり盗賊の成れの果てですか?」


「おいおい、こんな畑の方まで盗人を来させると思ってんのかい、俺たちが。

そいつあ、はぐれ者が野垂れ死にしたんだ。」


「えっ、野垂れ死にする人がそんなにいるのですか?」

散々とテルミスの街道を歩いたが、野垂れ死にの遺体は見かけなかった。少し多すぎはしないか。


「村に居所(いどころ)を失って、追ン出されたヤツは、こうして野垂れ死にするか、山賊となって俺らにぶち殺されるか、だな。以前はウェルシに流れて行くのも流行っていたが、それも、ろくでもないことになるらしい。」


「・・・。」


やがて、夕陽が陰るころ、向こうの方に村の家々が立ち並んで、その隅に教会が見えてきた。先のとんがった屋根の鐘楼がそびえ立っている、絵にかいたような田舎の教会だ。


「急なお越しなので、大したもてなしはできませんが、まずは歓迎いたします。信心深い巡礼者よ。」

司祭はそう言って暖かく迎えてくれた。


晩餐の料理は量がちょっと少ない。急にやってきたので、都合がつかず司祭の分を分けてくれたらしい・・・。代りに分厚いハムを焼き上げたものが出てきた。さっきの騎士団からのおすそ分けとの事。

ただ、パンがおいしかった。真っ白でフワフワのパン。この世界に来て、これほどおいしいパンを食べたことはない。そしてそのことを言うと、


「皇国に産まれて、白いパンを毎日食べられない者はいません!」

そう言って自慢されてしまう。


「それはそうと、巡礼者とは珍しい。史跡はテルミス王国にあっても、皇国にはないでしょうに。」

そう、ネンジャ・プの活動はヌカイ河北岸の一帯であり、それよりはるかの北に広がるヴォルカニック平原には及んでいない。このあたりの歴史は、けっこう浅いのだ。


「ええ、史跡を巡るのが目的ならそうです。が、わたしの場合は違いまして。各地に師を求めてきなさいとテルミス中央修道院の導師フィオレンツィ師に言われまして、こうして巡っているんです。」


「ほほう、学問を目的として各地を巡っているのですか。しかし・・・、旅費は大丈夫なのですか?」


「大丈夫!。こう見えても私は世俗治癒師・祓魔師の免状を貰っていますから。治癒魔法は一通り使えますし、浄化・聖天も使えるんですよ。」


「ええ、騎士達がえらく感謝してましたよ。しかし、その年齢で浄化・聖天も使えるのですか。大変な秀才ですね。」


「ウフフ、おかげで行くところ行くところで、餞別をいただいたり宿に泊めてもらったりで、結構巡礼を楽しんでいます。でも、このあたりは山賊が出るのですか、ちょっと怖いですね。」


「はい、皇国は豊かな国なのですよ。でも、一旦村をはみ出てしまった"はぐれ者"を受け入れるところは、もう無いので、山賊に身を落とす者が結構いるのです。」


「えっ、他の村に行かないのですか?」


「ダメですよ、村民と言えば家族も同然なんだから、そんなよそ者を受け入れる村はありません。」


「じゃあ、新開拓村なんかは無いのです?」


「新たに開拓して領地を増やそうなんて、聞いたこともない。そんな欲のつっぱった貴族なんていません。」


「でも、町に行けばどうにかなるでしょうに。」


「町?自由都市の事ですか?狭い城の中に籠っている、あんな料簡の狭い連中が流民なんて受け入れることはありませんよ。

ですから、はぐれ者は群れて山賊になるか、乞食になり果ててさまよった挙句に行き倒れになるかしかない・・・。困ったことですが。と、言うことで山賊が多いというのは確かなんですよ。でも、腕っぷしのいい騎士達が大勢いますからね。大きな問題にはなってはいません。

それはそうと、領主さまや騎士・村民の皆さんで、治癒魔法を受けたい方がいると思うので、暫く滞在していただいたら・・・、と思うのですが。」


「はい、喜んで。

それで、できたら皇国の学問を修めている施設、大きな修道院でしょうか、紹介していただいたらありがたいのですが。」


「ええ、もちろんいたしますとも。学問を志す人の手助けは当然です。」


「ありがとうございます。で、つかぬことを伺いますが、祓魔師の方(ほう)のご入り用(ごいりよう)は無いのでしょうか。と言うのはですね・・・、」

盗賊の処刑の後、聖天魔法もかけずに放って行こうとしたことを司祭に伝える。


「ふーん、そうですね、聖天魔法の使い手が極めて少ないということと、実際に皇国でアンデッドが発生するのはごく稀ですからね~。普通はしないのですよ。」


「そうなんですか・・・。」


バルディ大迷宮の中で死んだ冒険者は、聖天魔法をかけないで放っておくと、ほぼ確実にアンデッド化する。テルミス王国ではその頻度は小さいが、やはり現実的な問題になる確率でアンデッド化する。そして、はるかに北に離れたヴォルカニックでは、ほとんど起こらないという。マナの濃さが違うためだろうか・・・。


だからヴォルカニック皇国では、聖天魔法をかけるのはそれなりに貴人の葬式に限られるとのこと。山賊の死体に聖天魔法を掛けた時の騎士達の反応はそう言う訳があったのだ。

このほかは身の上話がもっぱらになってしまった。テルミス王国とウェルシ大公国国境地帯で攫われ、ゴムラで奴隷として売り飛ばされたことを話すと、流石に顔をしかめ、


「何という事、ウェルシの連中は。皇国でもウェルシが関わると碌な話がない!」


どうやらウェルシ公国と言うのは、かなり嫌われている。


次の日、騎士達から話が伝わっているらしく、教会に病人たちがやって来た。

まあ、多くは腰が痛いとか、胃痛だとかで、慢性の症状を訴える人たちばかりである。

それなりに対処してしまう。もう、慣れたものだ。

夕方になると、領主から晩餐の招待が来た。


「どうしましょう、晩さん会に行くような衣装は無いのです。」

と司祭に相談すると、


「何を言ってるんです。巡礼者は巡礼の姿のままで招待されるのが礼と言うものです。皇国では華美な習慣などというものは忌まれるだけ。

そのまま、いきましょう。」


と言われて、とりあえず手と顔を洗って清潔にだけして、司祭に同行する。

領主の館も、騎士達がいるのでそれなりに大きなものであるが、華美さは無い。すべてにおいて質実剛健が第一なのが、よくわかる。


「先日は騎士達が世話になった。そして今日は領民のために働いてもらったと。ということで、今晩は腹一杯食って、飲んでくれ。大いにもてなすからな!」


騎士達も何人か同席している。

子羊の丸焼きが食卓の中央に据えてあり、昨日のアーガス隊長が皿に取り分けてくれ、そして話しかけてくる。


「司祭様からあんたの希望は聞いてるよ、皇宮修道院に紹介することも決まった。

明日もう一日、治療に勤めてくれよ、子爵様や俺たちの家族であんたの治療を受けたい病人がいるからな。そしたら明後日には俺が送ってやるから。」


との事であった。

その晩は、そのまま領主の館の客間に泊まり、次の日はまた朝から治癒魔法をかけている。午前中は領主の家族・親戚、午後からは騎士団の面々。

治癒師と言うものが珍しいのであろう、必要でない人も理由をつけて、治癒魔法を受けたがる。とりあえずヒールを掛けてやると、喜んで帰っていく。本当の病人は3人居ただけだ。cureと浄化、それで充分。そしてその晩は、やはり領主の館で過ごすこととなった。

明けて朝、早々に荷物をまとめ、アーガス隊長の待つ馬小屋にいく。私のために、わざわざ一頭の馬を用意してくれたのだ。


「私、馬に乗ったことがないんです。」


「そんなことは、この前のへっぴり腰でわかっているさ。それでも自分で歩いていくよりは楽だから、まあ乗ってみな。俺が手綱を取ってやるから。」


そう言って荷物を馬の腰にぶら下げ、私の足を取って馬に乗せ、鐙(あぶみ)を合わせてくれる。


「ゆっくりと歩かせるだけだから、怖くないって。慣れるこった。」


自分は別の馬に乗り、手綱を取って先行し、私の乗馬を引いてくれる。

ポクリ、ポクリと馬は歩んでゆく。

馬の背中の揺れを一生懸命に受け流しながら、鞍にしがみついていたが、スキル馬術Lv2が効いているのに違いない、とりあえず歩いている分には慣れてきた。ちなみに前を進むアーガス隊長を鑑定してみると馬術Lv8である・・・。

こうして村のはずれまで、やって来ると、この騎士は"ピーッ"と指笛を鳴らした。

そうすると、向こうの方から、ボロを羽織った2人がよろよろと駆け寄ってくる。

アーガス隊長は馬の腰に乗せていた麦の入った袋を二人の方に放り出すと、ぼろの2人は手を合わせ拝み、これを取る。この2人を背にして、そのまま先に進む。


「あれが、はぐれ者さ。何処からか流れてきてあそこに住み着いてやがる。餓死して死体を晒されてもかなわんので、こうして時々麦を恵んでやるが、1~2年も持てばいい方だな。まあ、あれでもマシな方だ。ほとんどは路上で行き倒れだからな。」


「農作業に雇ってやればいいのに。」


「なに言ってんだ、一旦雇えば村に居着いてしまうじゃないか。そうなれば、また厄介ごとが増える。だから、畑には入れない。落ち穂拾いぐらいはさせてやるがな。」


「村にいると、おいしいパンを食べて生きていけるのに、そこから外れてしまうともうああなってしまうのですね。」


「その通りだ。だからみんな、自分の居所を必死に守ろうとするのさ。だからこそ、平和も保たれる。と、言う訳さ。

まっ、こんなしけた話はもうおしまいだ。」


「はい。」


馬にまたがり、春風に吹かれながら、またポクリポクリと道を進んでいく。

自分の足で歩くよりははるかに速いが、慣れない姿勢でいるので内股が疲れてきた。そのことを訴えると。


「そうかい、じゃあ休むかい。」


と、馬から降りて木の下につなぐと、馬はまわりの草をむしゃむしゃと喰い始めた。


「我々も飯にするか」

と馬の背のカバンから、長細いパンとソーセージを出して、パンに切れ目を入れてソーセージを挟んで渡してくれる。


「ちょっとまって。」

そう言って小さなフライパンを取り出し、魔法で点けた火でパンとソーセージを焼いてやる。次に琺瑯のマグカップに魔法の亜空間調理で、熱いお茶を入れる。


「へー、こいつは豪勢な昼飯になった。魔法ってもんは便利だねぇ。テルミスでは、みんな魔法が使えるのかい。」


焼いて温めたパンを頬張りながら答える。

「そーですね。この程度の魔法なら、使える人は普通にいますよ。魔法の才能が無くても、魔法陣を買って使えばいいだけですし。」


「うらやましいことだねぇ。

俺たちは固くて冷たいパンに耐えれるように、ただ顎を鍛えるだけさ。」


一通り食べてしまうと、

「さあ、行こうか。」


両太ももにヒールを掛け、また馬に乗って、先に進んでいく。

それにしても、進んでも進んでも麦畑が延々と続くばかりだ。見渡すばかりの麦畑で、たまに小さな林があると、そこには家の屋根が見つかり、村があるのだとわかる。それを過ぎるとまた麦畑である。


「それにしても、麦畑がまだ続いてますね。広い麦畑だ。」


「そうかい、この風景が俺たちの自慢さ。

さてと、そろそろ今晩の宿に到着だ。向こうの方に屋根が見えるだろ。あの村に泊めてもらう。

そうだ、最後に少し駆けてみるかい。」

そう言って、”ハイッハイッ”と掛け声をかけ馬をだく足で走らす。すると、私の乗っている馬も同じ様にだく足で駆けて着いて行く。


「腰を少し浮かして、背筋(せすじ)を伸ばして」


言われるように姿勢をなおし、頑張る他ない。そのまま馬は目的の村まで駆けていった。

小さな村の領主は準男爵で、引退した騎士が養子縁組で相続したものとのこと。アーガス隊長の昔の上司である。宿は領主のささやかな館で、一家を挙げて歓待してくれた。


「優秀な方と聞いておりますぞ。」


アーガス隊長が口を利いてくれたらしい。


「せっかく治癒師の方が見えたのだ、一日でも診療願えますかな?」


「はい、微力ながら勤めさせていただきます。」


「まあ、慣れない馬に疲れたろう。明日一日ぐらい、診療と休憩を兼ねたらいいさ。」


急ぐ旅ではないのだから、それでいいと思う。

中一日を置いて、出発。

また乗馬である。今度は朝から速足・常足を適当に繰り返している。適当に休んでいるが、馬も大変と思うが、慣れないと乗っている方も結構な運動なのだ。


昼食時には、

「大分と体が慣れてきたじゃないか。どうだい、そろそろ自分で手綱を取ってみては。」


午後になると、ようやく麦畑の風景も切れて、今度は林と草原が広がる丘陵地になってきた。広い草原の中を、トットットと馬を駆けさせていく。


「上達が早いね。もう少しで一人前だ。

それはそうと、今日は野営だ。適当な場所を探して・・・と。」


大きな木の下で、草が切れて乾いた地面が出ている場所が見つかったので、そこが野営地になった。野営ならば壺ハウスだ。もう夏で気温は暖かく、天井は空いている方がよかろう。


「ほーう王国では、こんなにも簡単に魔法で土小屋を建てるのかい!」


と、驚いている。


「イイエ、これをしているのは私だけです。」


「そうかい、安心したよ。俺は、とんでもなく遅れた国に生きているのかと、ちょっと絶望しかけたからね。」


隣に馬の寝る場所も作ったが

「馬屋も作ってくれたのかい、でも、こいつら中に入るかな?」


でも、馬は2頭とも中に入ってきて、足を曲げて気持ちよさそうに寝ている。日中に結構駆けたので疲れていたのだ。

次の日になると、もう自分で馬を操作して自由に動けるようになっている。これは上達が早いと、騎士アーガスは目を丸くしていたが、種を明かすと、蜘蛛の糸を使って馬との交信に成功したから。もちろんジャンプなんかしたら落馬してしまうに違いないが、だく足で好きなところに行けるぐらいはできる。乗馬スキルLv3である。

やがて、大きな村にたどり着く。伯爵家の村だ。これまで渡ってきた土地は全てこの伯爵家の支配下にあり、アーガスら騎士団の主に当たるのだと。ここでは、騎士団長の屋敷に泊めてもらう事になっている。


「少し聞いてもいいですか?」


「ふん、なんだい。」


「町は無いのです?こんなに広大な領土の主なら、町があってもよさそうなのに。」

テルミスでは子爵領の町なんかは当たり前にあった。


「町?村ではいかんのか?そもそも町と村の違いってあるのかい?」


「はい?町がないと店がないじゃないですか。不便でしょ。」


「店?そんなもの必要かい?銭なんて、誰もが持っているわけであるまい。それに銭で買う贅沢品なんて、お上(おかみ)以外は必要なかろう。」


「えっ・・・。」

話が通じない。要するにこの皇国では商業がほとんどないのではないか。


「でも、不便でしょう。なんでもかんでも、自分の土地で手に入るわけでないから。」


「ああ、それなら行商人が回って、領主が交易しているから。あとは、領主が公平に配っているし、何の不自由もないさ。」


確かに、ここに来るまでに宿屋だとか酒場だとか、全くなかった。全部、村の主の館に泊まってきたのだ。非常に原始的な社会ならばそれもあるだろうけど、皇国はそうではない。

考えられるのは、商業を恣意的に抑制している・・・。

あまりこの問題に突っ込んでも反感を買うだけだろう。もうこの件に関しては黙っていよう。


伯爵の館はそれなりに大きなものであった。伯爵自身の住居だけでなく、騎士達の家もたくさん並んでいたし、鍛冶・革細工・裁縫師などの職人も多数居る。これらを商人の仲立ちをなくして、伯爵家が直接差配している。剣や鎧、馬具も直接手当あるいは褒賞されるのだと・・・。


ここでもそれなりに歓待を受けた。そして3日間を診療兼お休みに費やし、そして出発。今度は数人の騎士が同行する。途中で丸一日山野を突っ切るが、そこでは賊の出ることがあるため、皇帝府へ連絡のため各地から集ってきた使いの騎士達は、ここで合流するとの事。

騎士5騎と私と計6人での騎行だ。ここまでに、馬術Lv3まで鍛えておいてよかったと思う。へっぴり腰では格好がつかないではないか。


「いや、俺たちから見たら、へっぴり腰なのはすぐにわかるよ。まあ、気にすんな。置いてきぼりにはしないから。」

・・・親切な事である・・・。


風景は麦畑から羊の牧場と変わって行き、終にはそれも途切れて、山野となる。下草が広々と生えているが、木は少ない。凹凸の少ない広大な草原を馬を進めていく。ヴォルカニックは乗馬に向いた土地だ・・・。


向うの方で何やら騒がしい。鐙の上に立ち上がって遠くを覗くと、3台の荷馬車を20人を超える群衆が取り巻いている。連中は、こん棒やさびた剣を手にしている。

身なりはボロを羽織るだけのえらくみすぼらしい連中だ。

はぐれ者の集団だ。

荷馬車の側には7~8人の男がやはり剣を構えていた。こちらはまともな姿であり、多分商人と護衛達だろう。

単にもめているだけではない様子だ。はぐれ者の一人が荷馬車の荷物に手をかけ、護衛の一人とせめぎ合いだした。


これを見たアーガスは、他の騎士達に、

「おい、行くぞ。」

と声をかけ、乗馬の腰に下げた大剣を鞘から抜き放って左手に取って肩に背負うと、一気に馬を駆けさせる。他の騎士も剣を抜いてただちに後を追う。


剣を抜いて突貫してくる騎士を見つけたのか何人かが逃げはじめ、はぐれ者の集団は崩れていく。しかし荷馬車の傍で商人たちにむかってわめき散らしているはぐれ者の男たちは、そちらに気を取られて騎士の襲撃にまったく気が付いていないようだ。

そこに到るとアーガスは何の躊躇もなく、馬上から大剣を振り抜き、2人の男を一瞬にして切り裂く。次の瞬間には頭の上から振り下ろし、もう一人の頭を叩き割る。

他の男たちはいきなり現れた死神に驚愕の余り身動きが取れない。

そこへ後から追いついてきた騎士達がその頸に剣を叩きこんでいき、たちまちにして6体の死体がころがり、他のはぐれ者たちも恐怖に囚われ散り散りになって逃げていった。騎士達は、その背後から馬で追い、一人づつ始末してゆくが半分ほどは近くの林の中に逃げ込んでしまったようだ。


”ピ~”と指笛がなると、はぐれ者をバラバラに追いかけて行った騎士達が荷馬車の元に戻ってきた。

後には惨めに痩せこけた死体が点々と転がっている。


「助かりました、はぐれ者とはいえ、ああも大勢になると、山賊と変わりません。」


商人は騎士達に礼を言い、その名前を聞く。後で伯爵に感謝を込めて報告するためである。彼らは行商の一隊で、これから村々を回って物資を配り、代わりに農作物を集めていくところなのだ。近くの林にはぐれものの集団が住み着いていて、喰うに困って行商の一隊から食料を強請るか強奪しようとしていたのだろう。


「はぐれ者は1人2人だと乞食だが、大勢集まると賊になる。狩らないとな。」


余りにも無慈悲な事を言うので、思わず口に出してしまった。


「あなたは村で、はぐれ者を憐れんで施しを与えておきながら、別の所では、剣でもって首をはねてしまうのですね。」


アーガスは表情を暗くして、

「ああ、それがここの正義だ。

まあ、そう言うな。そうしないと世の中が持たん。」


確かにそうだ。

国家というものは何か問題が起きると、もちろん道理を通して解決しようとする。が、道理で解決できないとなるや暴力でもって解決する。

いや、そうしなくてはいけない。

なぜならこの"国家の暴力"と言う担保が"道理の礎"となっているのだから。我々の世界では軍隊や警察がそうである。

正義と言う名の下に、ひとたび国家の暴力が振るわれると、当然そこには理不尽な被害者が出てしまうのだ。

”正義の執行”と”理不尽な被害者”という、その矛盾を目の当たりにするのは、何よりも暴力の執行者である彼ら騎士自身なのだ。それ故に、かれらには強いモラルが要求され、同時に、この矛盾に耐える忍耐力も持たなければならない。そしてそれは、かれらの正義に対する自負心がそれをなさしめている。願わくば、この矛盾が小さなものであれと祈りながら。

それが騎士たちの"誇り"というものなのだ。

もう、これ以上言ってもごねているのと同じである。ヴォルカニック皇国とはそう言う国なのだ。


その後、1泊野営して、ようやく、皇帝の城に到達した。

遥か彼方から、その城の塔が見られた。堂々たる巨城だ。近づいていくと、流石に皇帝のお膝元であり、城下町はあるらしく、城壁の囲む範囲は広い。城門をくぐると、たくさんの屋敷が立ち並んでいて、大通りの両側には店も並んでいる。しかし、商店街というのに街頭に活気はなく人の往来も寂しいものである。


「あんまり流行ってないですね。」


「そんなことはないさ。あれらの店はね、行商人を派遣している自由都市の商人の出張所なんだよ。領主はね、あの店で欲しい物資と売却できる穀物なんかをあらかじめ取引しておくのさ。そうしたら、後で行商人が各々の領地にやってきて現物を交易するわけだ。まあ小売りの店もあるが、お偉いさん用の上等な品ばかりだな。俺たちには関わりのない所だ。」


やがて、壁に蔦を絡ませ、落ちついたたたずまいの建物が見えてくる。仰々しい装飾は一切なく、前庭の植木に隠れるように正門が開いていた。


「さあ着いたぞ。ここが、皇宮修道院だ。」







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