第63話 シュールタロテの特訓 歩く走る跳ぶ そして翔ぶ

"さて、お茶を入れたり料理したりすることは、もうできるようだから・・・、次、いこう~"


「ええ~、もっと慣れなきゃ、まだ早いよ~。」


"いいかい、君は魔法の修行をしているんだ!

お茶やパンを作る練習しているわけじゃあないんだ。

どんどんと新しい魔法を試さないと。それが一番の近道だよ!

うん、そうだな、旅程を少し進める必要もあるしな~。"


どうやら今度は移動に関する事らしい。


”ビュ~ンと空でも飛んでみるかい?"


いや、それは前に試して見た。


”ほほう、一体どうしたんだい?"


随分と前の話になってしまうがスズメ飛行の時の話をしてやる。


"そら~、空を飛ぶのはムリだね。"


・・・冷える・・・


"君は大事な能力を使っていないよ。"


大事な能力?


”怠惰の刺青だよ。

傲慢の光翅は、魔法を外側に向けて使うのには具合がいいよ、でも君の体の内側に向けて使うのにはどうだろう。"


体の内側に向ける?


"そうだよ、力場の魔法を使う際に、力の支点を体の内側に置いていただろう。そう言う使い方をするときは、怠惰の刺青を使うんだよ。君の体中にびっしりと刺青が刻まれている。表面の皮膚だけでなく骨も筋肉も内臓も神経も、すべてにだよ。だから、怠惰の刺青を使って力場の魔法を発現すればいいんだよ。そら、やってごらん。"


そうか、怠惰の刺青は全身洩れなく刻み込まれている、だからこれを支点にすると、全身洩れなく力がかかるので、内臓を痛めることもない。つまり魔法の骨格/支持組織と言う事なのか。


"それだけではない、君の体に強い外力がかかってきたときでも、これに対抗して力場の魔法を使えば、衝撃の吸収もできる、と言う訳さ。内臓や神経なんかにも、魔法の強弱を調整してかけることができるから、とっても具合がいい。

さあ、試してごらん。"


怠惰の刺青で、地面に対して排斥力を掛ける力場の魔法をかけてみる。

スッと地面から浮き上がり、体のどこにもその重さがかかってこない。まるで無重力の世界にいるようだ。

これはいいものだ!

しかしである、風を起して進もうとするが、それはできない。空中で足をバタバタしているだけなのだ。

それに高さは足元が1mちょっとで、それ以上、浮き上がる事もない。前に光翅でやった時は20mぐらいは登った。


"当たり前だろう。怠惰の刺青の力が及ぶ範囲は、君の体の内側と、その周囲のせいぜい1~2mぐらいだよ。もっと使いこめば、少しは広がるが、まあ知れてるね。そんな小さな範囲で風を起しても大した力にはならない、わかるかい!

外側に向けて力を使うのは、傲慢の光翅!"


それでは、使えないではないか。


"もうっ~、少しは自分で考えてみろよ。

だぁか~ら~さぁ~、連結して使うんだよ!

光翅と刺青とつなげるんだ。

光翅で風を羽ばたき、刺青でその力を受けるんだ!

わぁ~かったぁ~!"


ガーン・・・

そんな器用な事ができるのか・・・

では、言われた通りに光翅と刺青を繋げる・・・、と言うより力の支点を刺青に置く。

そして、光翅を一杯に広げて・・・、

チョット待った、まだ問題があった。

力の程度を調整できないのだ。光翅は、もう100mほどもある、それが16本だ。よほど微妙なそよ風にしないと、ぶっ飛んでしまうよ。


"まったくもって、自分で考えようとしないんだなぁ~~~。

16本全部を使う必要などないんだよ。左右に一本づつにしておけばいいじゃないか。それも全長を使う必要もない。10mずつで十分だよ。"


・・・、

なぜいちいち嫌みったらしく言う必要があるのだろうか・・・


"それは君が自分で考えようとしないからだよ!

この嫌みは愛の鞭だよ!"


・・・、

もう考えるのはやめた、とにかくやってみよう。


"ちょっと、待ったぁ~!"


えっ・・・、


"いきなり空を飛んだら危ないじゃないか。十分に練習をしてからだ!"


じゃあ、どうしろと・・・。


”まず、地面を歩くんだ。

怠惰の刺青で少しだけ体を軽くして、傲慢の光翅で少しだけ背中を押して、そうして、歩くんだ。

その次は、走る、跳ぶ、わかるかい。

そこまで上手にできてから、空に翔ぶんだ。

わかった?

まずは、歩く!"


ヘイヘイ、ヘイヘイ


"ヘイは一度でよろしい!"


こうして、トボトボと歩いている。歩きながら、力場の強弱で体の重さを軽くして、風魔法の強弱で歩む速さを調整している。

歩くことも結構難しい。魔法の力の加減と歩き方が合わないと、つんのめってしまう。そんな事も度々なのだ。


"そういう事、自分の肉体と魔法の調整がちゃんと合わせられるようになる事、それがまず最初の一歩だ~~。"


頭の中では、杖のシュールタロテがうるさく指示をしてくる。

安定して歩き続けるには、魔法の力場が安定してなくてはならない。力場が揺れると、たちまちにして歩行が不安定になる。

おおよそ一時間ほども歩いただろう、それだけで疲れてしまった。いや足腰が疲れたのではない、気が疲れたのだ。


"疲れたら、休む!

OK?

さあ、亜空間調理でお茶を入れて、暫く休憩だぁ。”


この日の午後は、たたすらに歩くだけだった。


翌日になっても朝からひたすら歩いているが、昨日よりも大分とスムーズに進んでいる気がする。


”そういうもんだよ、訓練と言うのは。

よし、今度は少しだけ走ってみようか。"


歩くと走るの違いは、両足が地から離れるか否かの違い。走ると空中に跳んでいる一瞬ができる。この一瞬の間は魔法による力の影響がとても強い。失敗するとつんのめって、顔からこけてしまう。よほど気を付けないと。

恐々と走り始める。いや、走るというよりも大股で歩いているような・・・。

そして、走ると当然息切れがする。体力を余分に使うのだから。

疲れるので・・・、その分魔法を使って楽(らく)しようとするのは人情だ。

地面を蹴る時に、光翅で押す力を強くして、地面に足をつける時は、弱くする。そして、それに合わせて、刺青の力場の強さを合わせる・・・。そして、その調整に失敗するとおおいにひっくり返るわけである。


"さあ~さあ~、やるぞ~やるぞ~、こけても気にしないぞ~、涙なんか流さないぞ~"


ほっとけ、そんな事で泣くか!

とは言うけれども、なぜか悔し涙が流れてくる。

いやいや・・・、魔法の強弱を器用に変えるのは難しい。むしろ魔法の強度を一定にして、光翅を羽ばたかせる・・・、地面を蹴る時には光翅を後ろに羽ばたく、地面に足をつける時は光翅を前に持ってくる。こうして足の動きと光翅の羽ばたきを合わせて走る・・・。こっちの方が楽にできる。でも、体をこの走法に合わせるのは結構難しい。


暫く不器用に走っていると、一人のエルフの旅人とすれ違った。顔を背けてこちらを見ようともせずに足早に去って行った。

ひとりごとをブツブツと言いながら、涙を流して変な走り方をしている私を見て、

"関わってはいけない”と思ったのに違いない。エルフは自己中で薄情なのだ。


こうして昼ご飯を食べた後、午後からも延々と走り続けている。こんなに体力が持つのは、魔法の力によるアシストで体のほうは意外と疲れていないからだ。

夕方にもなると、もう魔法を使い続けている事も意識しなくなってしまう。


”ウン、さすがは7つの力を持ったハイエルフだ。もう、普通に使えるね。早い成長だよ。"


上から目線で褒めてきた。いつかはこの棒で肥溜めをかき混ぜてやるつもりである。

こうしてこの日は終わってしまった。


そして次の日。

朝から、昨日の魔道ランニングを少し走ってから、シュールタロテの訓示が始まる。


"さぁ~て、君は修行をよく頑張りました。

それで~は、今日も一歩前進してみたいと思いま~す。

は~い、今日は跳んでみましょう!"


飛ぶのではなく跳ぶのだそうだ。

なんの事はない、走るのに歩幅を広げる、それだけの事だ。ただ、着地する場所を意識する、それだけの事だ。

走るに比べて、飛び上がっている時間が延びる。つまり、光翅と刺青に頼る割合が増えるという事である。最初は歩幅が2mぐらいで、

このぐらいならば、走ると変わらない。

その次は3m、羽ばたく大きさが大きくなる。いままでは光翅の10m分を使っていたが、もう少し伸ばして、15m程になる。

そして5m。こうなると、肉体の脚の働く割合はかなり落ちてしまい、ほとんどは光翅と刺青での魔法の力で進むことになる。肉体の脚は調子を付けて重心を整えるために動かしているようなものだ。

午前中一杯で、そこまで来た。

そして、午後になると、


"じゃあ、あの岩の上まで跳びましょう。"


5m程向こうに地面から背丈ほどの高さで顔を出している大岩があり、その上に跳び乗るよう指示してくる。

光翅を大きく広げて羽ばたき、

「えい!

・・・・・・

よっと!」

岩の上に足を置き、そのまま転げ落ちない様に、光翅の力でバランスを取りながら姿勢を直して立ち上がる。


"じゃあ、次はあっちの岩の上。"


今度は地面にわずかに出ているだけの岩に飛び降りろと。


「よいっ」

体に衝撃が来ない様に、刺青の力場の魔法で勢いを和らげる。


"じゃあ、また元の岩の上に戻って。"


「えい!

・・・・・・・

よっと」


"はい、繰り返して~"


こうして、岩の上を跳び続ける。単調なので、ちょっと場所を変えたりもしている。

跳ぶ距離や高さは少しづつ伸びてきていて、太い樹の枝に飛び移ってみたりもしてみた。

こうして、"もういいよ"と言われたときは夕方になっている。妙に面白くもあったので、時間を忘れていたのだ。

だって、"忍者ナ〇ト"だよ、これ。

この晩は、渓流の傍らで泊まる。

寝るときに能力を鑑定してみるとマナの魔法:マナ調整がLv6にまで伸びている。


明けて翌朝、


"今日はとりあえず火焔砲を一発撃ってみて。君のマナの調整力がどの程度までなったか確認したいんだ。"


向うの岩に向けて一発打ち込むと


"うん、OKだ。前よりも大分と良くなっているよ。

では、今日は沢登りだネ。"


えっ


"きのう岩跳びを散々しただろう、その要領で渓流の岩を跳び移って行ったらいいんじゃない。"


なるほど、それも楽しいかもしれない。

そして上流に向けて岩を跳び跳び、渓流を登ってゆく。

やがて流れは急になり、6m程の高さのある滝に突き当たる。


"行けるさ、こんな滝"


そう言われて、傍の岩を跳び移り、上まで跳び登る。

やがて、渓流は細くなり、とうとう源流にまで来てしまった。もうこの上は低木の這う山肌がそびえるばかり。

足で登るには急すぎる坂である、でも光翅を羽ばたいて体を押してゆけば、足をすべらせることもない。いや、足場なんてもう要らない。地面に体がこすらない様に、岩にぶつからない様に、足をつけているだけ。もちろん刺青の力場の魔法も使っているので体はとても軽い。

そしてとうとう山の頂上にたどり着く。

もう高い木は生えていない。風に吹き晒され、大きな岩の上に立って周囲を眺めると、もう下方に広々とした光景が広がるばかり。


"ようやくここまで来たね、

よし、翔んでみな。"


えっ、ちょっと待った。


"なんだい、怖くなったのかい。さんざん修行したあげくに翔べないなんて、君はヘタレウーマンなんだね。今日から君をヘタリーセと呼ぶことにするよ。"


ちっ違うわ!魔法をちゃんと使わないと!


"えっなんだい、まだ魔法があるのかい?"


闇魔法の重力無効化の魔法!ネックスの碑石のグリモワールで覚えた魔法。こいつを使わないと。空を飛ぶときはこいつを使う事と決めていたんだ!


"闇魔法!また、随分と変わったのを出して来たな。ネンジャ・プが編み出したとは聞いていたけども・・・、現物を見るなんて初めてだよ。"


怠惰の刺青で重力無効化の魔法を発現させる。闇魔法は細かい調整なんてのはない。ONかOFFかの2つだけなのだ。こいつをONにすると重力による引力が消える、それだけだ。

こうして、光翅を大きく広げて風魔法で空に羽ばたく。今や20mの光翅を4本使っている。重力無効化のおかげで落ちることはないが、上にあがるには位置エネルギーの分だけ羽ばたく必要があるのだ。

足が宙に浮き、視野が下に広がってゆく。そして手足を広げて横になり、そのまま空高くに翔んでゆく。

やがて山が地面の盛り上がりとして、谷が地面の抉れとして、見えるまでにのぼると、こんどは東に向けて飛んで行く。

「ちょっと気になることがあるの。」


"なんだい?"


「飛んでいる姿を見られたら・・・、うるさくない?」


”そうだな~、君は光魔法の屈折が使えたじゃないか。それを使えよ。"


なるほど。刺青でもって屈折を発現させる。こうしてやれば、空の光に隠れて私の姿は見えないだろう。

「まだあるのよ。」


"なに?"


「ちょっと寒くなってきた。」


"外套持ってんだろう。それ使えよ。"


あっ、巫女の外套来てるんだった。ベルトをしっかりと締めて、それから襟を詰め、熱の遮断の魔法をかける。外気の冷たさからは守られるが、その冷たい外気が外套の内側に吹き込んでくるので、やっぱり寒い。


”じゃあ、刺青を使って上下八方周囲に排斥力の力場を張ればいい。"


力場の魔法で風を押し返すのか。やってみると、吹き込む風が大分とマシになる。


「でも、まだ困ったことがあるの。」


"なんなんだよ。"


「もうじき夕方じゃない。でもね・・・道・・・、何処に行っちゃったんだろうね。」

沢登りをしてきたから、元の路を外れているのだ。


"道なんて、未知だね。"


ここで一気に寒くなる。


"知らないよ、道なんて。"


えっ、何だって!。それでは迷子ではないか。山の中で遭難してしまうじゃないか。


"なに言ってんだよ、君はもう翼を手に入れて翔ぶ事ができるんだ。地面の道なんて関係ないだろう!"


確かにその通りだ・・・。

しばらく飛ぶと、山の尾根伝いに細い道が伸びている。そしてその端に小さな小屋が立っていた。タンボだ。

ホッとして道におり立ち、タンボに入る。

中には誰もいない。でも、ありがたいことに、他所のタンボと同じく薪やジャガイモや、用意はしてあった。

囲炉裏に火を焚いて、食事の用意・・・、当然ながら亜空間調理で。そして食事を終えると、もうそのまま睡魔に身を任す。今日は疲れてしまった。


「お休みなさい、今日は楽しかったよ・・・。」

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