第62話 シュールタロテの特訓 亜空間料理

あけて翌日、朝6時頃。


”さあ、朝だ、朝だ!、きょうも修行の楽しい一日だ。”


「・・・」


"魔法の下手っ糞!

君は下手糞の糞ったれ!

不器用な君は糞ったれ!

できない君は糞ったれ!

さあ、修行だ、修行だ、

野糞は道に埋めて、さあ修行だ!"

甲高い声の、調子っぱずれの歌が頭の中に響き渡る。

これまでの、静かでさわやかな朝は、もう私には来ないらしい・・・。


返事するのも鬱陶しいので、黙って寝床をかたずけ始める。


”待った!。君はどうしてそんな無駄な事をするんだい?。この壺ハウスもろともアイテムボックスに入れちゃえば良いじゃないか。”


前は、入らなかった。7人PT用の壺ハウスだったから、大き過ぎて入らなかった。一人用のこの壺ハウスなら十分入るかもしれない、いや、入るだろう・・・。

実際やってみると、やっぱり簡単に入った。でも、なんだかとっても悔しく、うれしい気持ちにはなれない・・・。


こうして旅を再開する。谷川沿いの新緑の山道を黙々と歩いていて・・・、とても爽やかなはずの森の道を歩いているのだが、頭の中ではシュールタロテの念話がうるさく鳴り響いている。


”いいかい、火魔法を熟練しようなんて考えちゃあダメだよ。着火は変移魔法(酸化するという事)だ、放火(熱を放出するという事)は熱魔法だ、全然別ものだからね。火魔法なんて言ってるのはごまかしだからね。だから、全ての魔法を摂理の魔法として理解して発現させるんだ。”


こんな、レクチャーをしてくれる。これは、世の中の魔術師の知らない知識で、3魔術師、特にデブが聞いたら、涙を流して喜ぶだろう。でも、今の私にとってはで五月蠅い事この上ないだけだ。


”そろそろ、河原の方に降りてきたな。じゃあ、ここいらで始めようか。”


確かに山道が下に降りてきて河原が近い。大きな岩がゴロゴロと転がっていて、その隙間を川のせせらぎが流れている。所々では流れが緩くなって淀んでおり、その水溜まりには魚が泳いでいるのが見える。そしてその魚をついばむつもりだろうか、水鳥も浮いている。


”アレ、鴨かな?昨日の石弾を撃ってみなよ。昼ご飯にちょうどいいだろう?”


指図されるのは腹が立つが、確かにそうだ。石弾の練習にいいだろう。でもちょっと遠いと思う。杖には照星なんてついていないのだ、狙いをつけるなんてできやしない。


”何言ってんだい。こういう時のために心眼があるのだろう!距離・風向き・目標の動き、全部わかるはずだ。そして未来参照だってできるんだろう。杖を向けたら、その向きで当たるかどうかわかるだろうに。肉眼で狙うんじゃない!心眼で撃つんだ!”


また指図されて・・・、杖を小脇に抱えて両手しっかりと固定して、先っちょをカモに向け、後は心眼と未来参照で狙いを定める。未来参照を使うと石弾の弾道があらかじめわかる。鴨の頭にこの弾道を重ねればいいわけだ。確かにこの魔法を使うと狙いは簡単である。


「バシュッ」


見事に頭を吹き飛ばした。首なしのカモは、下流側のこちらに流されてくる。どうして回収しよう・・・。ああ、いいのがあった。蜘蛛の糸の"粘糸"が使えるんだ。迷宮の中で殺した蜘蛛の卵巣を解析して手に入れた魔法。ようやく使える。

指の先から粘糸を飛ばし、鴨を絡めて引き寄せる。


"なんだい、その魔法"


「バルディの迷宮の蜘蛛から手に入れた魔法よ。」


"なかなか便利だな。でも、そんな事ができるんなら、最初からそれで生け捕りしたらいいんじゃないかい。"


まったくもって、一言多いヤツである。


鴨を拾い上げると、すぐに木の枝に足をくくってぶら下げ、腹を裂いて暖かいはらわたをえぐり出す。適当に血が抜けたら川の水に浸けて冷やそう。


”おいおい、君は魔術師なんだぜ。血抜きも冷却も魔法でやらなきゃ。”


と、横やりが入る。


”ホラ、熱魔法で冷却と言うのができるはずだ。やってごらん。”


新魔法か。指図されているのは不愉快だけども・・・。

念力魔法と水生成で水球を作り、そっと冷やしてみる。

”ピシッ”

 と凍ってしまった。


”そっか、火魔法が下手糞だから、冷水もそうなっちまうか。でも練習しないとね。”


”湯は作れるんだけどね。お風呂はいつもそうやって入ってきたんだけど。”


”フーム、お風呂ね・・・。出来上がった湯の気持ちよさのイメージが温度を決定しているのかな・・・。よし分かった!これから熱魔法を使う時は、自分の体感した温度をまずイメージすればいいんだ。鴨を冷やすのは、食べ物だから・・・、そう君の記憶でいうと冷えたジュースと言うことになるかな。”


そう言われてもう一度、冷えたジュースをイメージしながら水球を冷やしてみると、摂氏5度、丁度よさそうな温度となる。


”うん!よくできました。でも、もう冷水は要らないようだね。”


カモは川の水で冷えているから。しかし、それならわざわざさせる事ないじゃないか。とっても腹立たしい。


”今度は羽根むしりだね。60度ぐらいのお湯をだね、今度は亜空間に作るんだ。”


大鍋程の容積の亜空間を作り、時間を流し、その中を水で満たしてやる。そして温めるのだけれども・・・。


”60度なんて温度のお風呂に入ったことないよ。”


”そうか、60度と言うのは体感するには熱すぎるか・・・。まあ、とにかく作ってみなよ。”


亜空間に作った水を熱していく・・・。あっ、やっちまった。摂氏400度・・・。


”ちょっと、待てよ。そんなんじゃ危ないだろう。あっちに棄てるんだ!”


50m程離れた川面の上に、亜空間から熱水を廃棄する。

と、ドカンと爆発音がして、水蒸気があたりを覆う。水蒸気爆発だ。


”君の湯沸かしは危険だね・・・。でもこんなことができるなんて、他にもっとヤバい使い道があるじゃないか・・・。例えば、人殺しとか・・・。”


「・・・、褒めてくれてありがとう・・・。

でもね、何も亜空間の熱水を捨てる必要はなかったと思うの。冷水を作ってぬるめたらよかったと思うわけなの・・・」


”そう言う考え方もあったかもしれないね・・・。

少しは考えているじゃないか・・・。

わかっているのならそうすればいいだけなんだけどもね。”


と言われて、亜空間でお湯を作ると今度は摂氏300度。え~と、3リットルあるから、ここに0度の水を12リットル入れて・・・、

亜空間を広げながら水を足してゆく。

そしたら、60度のお湯が出来上がり。

初級の物理、熱力学というやつである。


”ハイよくできました。じゃあそこにカモを突っ込んで。3分経ったら、羽根をむしる。”


湯で熱々になった首なしのカモを取り出し、その羽根をむしっていく。


”うん、これは熱魔法のいい鍛錬になるよ。”


「なんか、初級物理の問題を解いている様なんだけど。」


”摂理の魔法と言うのはそういうもんだよ。決まった量の質量・熱量を、きちんと分配していく、これが摂理の魔法のコツだね。”


焚火を作り、串刺しにしたカモを遠火で焼く。

カモだけでは寂しい、パンならぬチャパティを焼くことにする。これで挟んで食べたら具合がいい。


”じゃあ、それも魔法で焼くんだ。まず亜空間で小麦粉を練っておく、”


アイテムボックスに入れている小麦粉を別の亜空間に入れて、そこに水とバターと塩を加えて、念力魔法でよくこね回す。


”次に大きめの岩の一面を平らに磨いて・・・、”

”そして、まず45度に熱する。・・・。できたかい。気温の12度から30度上げて42度にしたのだから、この熱量を5回、この岩に与えると、195度になるはずだ。・・・。さあやってみよう。”


「うへっ、めんどくさ・・・」


こうして熱した岩の平らな表面にバターを落とし、こねてあった小麦粉の生地を広げる。岩の温度はすぐに冷えて来るので、そのたびに先程の熱量を入れて30度程熱を上げてやる。

このようにして、大きめのチャパティが5枚出来上がり。


”うん、これでいいんだ。いいかい、これからは魔法を使って調理するんだ!分ったかい。”


遠火で加減よく焼きあがったカモを岩の上に置いて適当に切り取り、チャパティに挟んで食べる。

おなか一杯に食べてもカモ一羽とチャパティ5枚は食べきれない。残りは後日の朝ごはんと言うことにして。

次は、


”さあ、いよいよファイアーボールの練習をしよう。”


「いや、ファイヤーボールじゃなくて、その上級バージョンの魔法があるのよ。」


”なんだい”


「”火焔砲”と言ってカンミ神社にグリモワールがあったの。」


”フムフム”


「竜巻状の力場を先に延ばして、その中を熱魔法のオドを飛ばすんだ。そうしたら、オドが圧縮されて威力も上がるし、より速くより遠くまで飛ばすこともできる。」


”なるほどなるほど、じゃあ一発撃ってみなよ。”


対岸の岩に向けて、一発。

岩が吹き飛び、周囲に溶岩が散っている。


”だめだね、よほど遠くに打つときはいいよ。迷宮の中なんて狭い空間なのに、こんな魔法を撃つと、味方もやられちまうよ。”


”加減ができないのでこの手の魔法はまだまだ危険なのよ。”


”いいかい、この火焔砲は竜巻状の力場を作る力の魔法と、熱魔法の合成魔法なんだ。別々にオド調整する必要がある。力の魔法は問題なさそうだけど、問題は熱魔法の方だね。そっちの調整をしないとね。”

”爆破”のオドと”竜巻”のオドを別々に流し込むんだ。”

”うわっ、なんて大きなオドなんだ。もっと量の加減に気を付けて!さっき岩を熱してパンを焼いたろう、あの時の量を思い出して。”


オドの量が適当でないからと言って、不発にしてしまう。

まったく、シュールタロテが勝手にオドを調節してくれるんじゃないのか。


”するよ、調節するよ、でも限度と言うものがあるだろう。せめてその範囲になる様に頑張ろうよ。”


こうして1時間ほども、繰り返す。ようやく一発成功する。


”ようやく打てたね。さあ繰り返そう。”


こうして繰り返し繰り返し、練習する。ようやく10発撃って全部が飛ぶようになったころには、向う岸の巨岩が真っ黒のボロボロになってしまった。

そして、谷間では陽が陰る程の時間になっている。正確に言うと、午後3時50分である。


”まっ、今日はここで泊まる事だね。”


旅は、昨日からほとんど進んでいないのだけれども・・・。

昼はカモを食べたので、晩御飯はマスかな。久しぶりに略奪の手を川の中に走らせてマスを獲る。30㎝弱の大きいのが2匹獲って、はらわたを取り除いたあと塩をまぶして串を刺して・・・、焚火にあぶろうとすると。


”ちょっとまった~。魚を焼くのも魔法だろ!。”


そう言って叱られる。


”いいかい、まず亜空間に塩をまぶしたマスを放り込んで、20分間の時間を流すんだ。”

”そう、次に岩で円筒を作ってこれを亜空間に放り込む。次に250度に温める。

さっきを思い出して、40度のお風呂の温度に温めて、そこから30度づつ区切って、7回温めていくんだ。できたかい?。

じゃあその中に、塩をまぶしたマスを入れる。そして20分の時間を流す。魚に熱を取られるからね、途中に一回30度分の熱量を入れて・・・。”


う~ん、魚を焼くにも”亜空間オーブン”だと・・・、徹底してるな。

そして、次に麦がゆを炊こうとしたら、これも魔法で行えと・・・。

亜空間に水と麦を混ぜて、40度にして、30度ずつ温度を上げていく。100度になるとそのまま炊き続ける。流す時間は30分。亜空間は自由に時間が流せるので、外の時間の流れから言うと一瞬にして出来上がる。電子レンジならぬ亜空間レンジでチンなのだ。でも、自分で全部調節しているので、苦労は大きい。

こうした晩御飯の調理も魔法の修行ということなのだ・・・。


”おいしいかい?これはいい方法だよ。魔法でもって亜空間調理が簡単にできるようになった時には、火魔法いや熱魔法が自由に使えるようになっていると思うよ。”


食事が終わって、自分を鑑定してみる。

マナの魔法と言うのが一つ上がっており、マナ調整がLv4となっている。


”そう、それを上げると魔法が上手になる。君は魔力が大きいからそれだけ調節が難しいんだ。Lv5にはなっておきたいな。

マナというのはね、大神様の意志なんだ。”命よここにあれ、星の力よその命に助力せよ”というネ。

だから、マナの魔法と言うのは大神様の望みの大元なんだよ。つまり、すべての魔法の根源なのさ。この魔法を磨くと、よりたくさんの魔法をより上手により高度に使えるようになる。

人はこの魔法のことを知らないけどね、使っていると知らないうちに会得しているのさ。

そしてこの魔法を磨くと、それに引きずられるように魂の魔法:生霊魔法と死霊魔法つまり聖魔法というやつを覚える。そしてそれに引きずられて、生命魔法:治癒魔法の事だよ・・・精神魔法も自然と覚えていく。そうなっているのさ。限界はあるけれどもね。”


シュールタロテが念話で語る講義を聞きながら、その晩は寝てしまった。


そして次の日。昨日と同じく、下品でけたたましい朝の歌で始まる。

でも、今日は先に進まないと、何時までもここにいるわけにもいかないから。


”うん、そうだね。でも歩きながらでも魔法の修練はしないとね。”


と、二宮金次郎を強制してきた。

知ってるかい?二宮金次郎。薪を背中に担いで運びながらも、本を読んで勉強している。労働と学習!。そんな銅像が昔の学校では建っていたんだ。今じゃ、歩きスマホなんてしちゃダメとか言われているけれども。


”いいかい、歩きながら亜空間の中でお茶を入れるんだ。300mlの水を温めて、・・・湯温は80度ぐらいだな。”


道を歩いているとそんな事を言い出す。仕方ないので、言われる通りに湯を沸かし、


”次は、お茶っ葉を放り込んで2分だな。”


こうして、急須替わりに亜空間で入れたお茶をカップに注いで、一休み。


”うん、昨日よりお湯を沸かすのが上手になったじゃないか。もう少しだね。”


確かにその通りだ。なんだか繰り返しているうちに、30度ずつ小刻みに温度をあげなくても、じっくりと温度を見ながら好きな温度の湯を沸かす事ができるようになっている。

その後は道端の岩に座って、亜空間でスープを作ってパンを焼く。慣れたら、もっと手軽に調理できるようになるだろう。

そして、お昼ご飯。

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