第61話 シュールタロテの特訓 うるさい杖

こうしてイヤリル神社の神門を背に、東に向けて道を進んでゆく。

神社を出てしばらくは、街道も広く人通りがあったが、半時間も進むと道沿いに立ち並ぶ家ももうなくなり、一時間ほども進むと前にも後ろにも人気は見られず、もう細い山道の木陰を独りぼっちで歩いている。

エイドラ山地の街道は王国ほどの人通りはないのだ。


族長会議は延々と3日間もやっていた。それほど多くの議題が処理されたわけではない。東エイドラのウェルシの件は堂々巡りの小田原問答を続けていただけだ。しかし、部族間の個別の諸問題は、会議の裏・表で大分と解決がついている様である。当事者に仲介者、一同が顔を合わせて集まるという事は、それだけで意味があるのだ。


この会議の後、日巫女に呼び出された。精霊巫女と言う"立場”について説明してくれたのだ。

「精霊巫女と言うお立場ですが、この"お役目”は普段から置かれているものではありません。大神様の神命が出て精霊の御指示に従う、ための令外(りょうげ)の職位です。あなたの立場は大神様・2精霊と直接つながったものである、という事を人々に知らしめるもので、その事を知った森の民・山の民は恐れ慄いてあなたに従うでありましょう。しかし、この強い立場は両刃の刃であることも重々に承知しておかねばなりません。あなたに対する期待は大きくなり、そして裏切られたと思ったときの怒りはそれにも増して大きい。ですから精霊巫女と名乗るのはできるだけ避けた方がいい、普段はただイヤリルの巫女とだけ名乗っておきなさい。

それから、贈り物があります。この外套です。」

そう言って、わずかに深緑をおびた暗い染色の外套を手渡してくれる。外見は何の変哲もないごわついたフード付きの外套であるが、内側にはびっしりと刺繍が施されている、魔法陣の刺繍だ。

そして、傍らにある黒光りする大きな石を触れるように促す。手をその石にかかげると、様々な情報や呪文が頭に流れ込んできた。グリモワールだ。

「このグリモワールはいうなれば、この外套の使い方の手引書なのです。既にあなたには理解できていますね?」

黙ってうなずく。

「この外套は、高位の巫女にのみ与えられるものです。まあ、このグリモワールを読めないと持っていても意味のない代物なのですが。大神様の使徒のハイエルフであるあなたにとって、果たしてどれ程の役に立つかはわかりませんが、・・・これを着用している限りは、黙っていても森の民・山の民はイヤリルの高位の巫女として、あなたを尊重するはずです。」


こうして助言と贈り物を受け、別れを告げた。


外套の魔法器としての機能は3つある。

防御;外からの外力に対する防護、どれほどの防御力かは、使用する魔力に準ずる。

遮断;温度やオド:つまり魔法からの防護、これも同じで使用する魔力に応じて、防護する力も決まる。

収納;亜空間収納であるが、大きなリュックにして3つほどの容量。個人の旅行には十分であるが、今の私に意味があるのかと言うと・・・、いや、あった。人前で、アイテムボックスを使うことができるのだ。巫女の外套の力だと言う事で。

使い方は外套を着た状態であのグリモワールで教えられた魔法を念じればいいだけだ。収納は物を外套の内側に持ち込んで、魔法を発動すればよい。もっともこの外套の"収納"の機能を使うことは多分ない。その振りをするだけだろうし、それで十分に役に立つ。

3魔術師のチビが聞くと飛び上がって驚きそうな魔法器である。でもそれ以上に、社会的な意味が大きい。イヤリルの高位の巫女であることを示す品なのだから。


こうして神社を出て、街道を東に向かって進んでいる。巫女の外套に身を包み、精霊の棒・・・いや杖を手にして。


山道を進んでいくと、やがて谷にでた。谷は深く、しかし橋は貧弱で、吊り橋を立派にした程度だ。少し風に揺れながら恐々と吊橋の中ほどまで来た時、向こうから馬を引いたドワーフがやって来る。馬の背中には俵を積んでいて、多分マメか芋か麦か、いずれにせよ農作物を神社に運んで来たに違いない。


「おーう、退き(のき)なよ、退きなよ、」


そう言ってこちらにやって来る。吊り橋の上ですれ違おうなんて、気の効かないヤツだと思ったが、それがドワーフと言うものである。

う~ん、この外套を着ていたら、イヤリルの巫女として尊重してくれるはずなんだけど・・・、


「退きなって!、お馬が通る。」


狭い吊り橋の真ん中を馬がやって来る。

ダメだ、ドワーフには巫女の権威は通じないのか!

いや、この外套、地味過ぎて普通のヤツと見分けが付かないんじゃないだろうか・・・、使えんな・・・。


吊り橋を揺らすこともなく、上手に歩いてくるのは流石に山の民の飼う馬だ。ただし、腹がでっぷりと横に張り出し、背中の荷物も横に張り出していて、吊り橋の狭い踏板には横に避けるだけの余地もない。かといって後ろに戻るのもシャクであるし、踏み板から綱の上に足を置いて端によることになるが、足元のはるか下には谷川がザァ~ザァ~と音を立てて流れている。思わず足元がゾクゾクしてすくみ、綱にしがみついてしまうのは仕方がない。

でも、その時、手に持っていた棒が・・・手元を滑って、はるか下のほうに音もなく落ちていく。


「ぎゃっ!、お宝の棒が!」


すくむ足を叱咤して吊り橋を急いで渡り切り、道から谷に降りようとしたが、そこは崖となっていて、そのままでは到底降りることができない。

あわててアイテムボックスからロープを取り出そうと亜空間のアイテムボックスを探ったが・・・、

なんとそこには落ちたはずの棒があった!


取り出してみたが、間違いなくアッシュールとアシュタロテからもらった棒である。ホッと一息ついたがその不思議な事実は不可解なままだ。とっさの事でもあり、何かしたという記憶もないし・・・。


落ちていく棒の回収のためになんか魔法でも打ったかな~

自問自答してみるがそんな記憶は当然ない。

その時、


”なんて、うっかりさんなんだ!君は!”


そんな声がする・・・、いや、これは声ではない。念話だ。


”油断してたら川に流されてしまうところだったじゃないか。

慌てて、君の外套のアイテムボックスに飛び込んだんだ。びっくりしたじゃないか。”


誰が語り掛けてきたのか、周囲を見回してみても誰もいない。


”なにをキョロキョロしてるんだ、僕だよ、僕!”


いや、誰もいない。


”杖だ!杖!”


えっ、杖が喋っている?


”当たり前だ!杖が喋らないで誰が喋るんだ。”


ここで悟った、私が持っているのは棒ではなく杖である事に強い誇りを持っているという事を。そして、どうやらこの世界では杖は喋るものらしい。


”ボケているんじゃないよ!杖が喋べるはずないだろ!”


「でも、あんた喋っているじゃん。」


”当たり前だろ、僕は精霊の分身なんだから。聞かなかったのかい?アッシュールとアシュタロテの分身だと!”


そう言えば、そんなこと言っていたような気がする。そして、あのクレームを飛ばしてきた時の事を思い出す。


”気がしようとするまいと、そうなんだよ!”


えらく、おこっている。

「まあまあ、大事にはならなかったんだから、後から気にしても仕方がない仕方がない。」


そう言ってなだめても、怒りはおさまらないようで、ああだこうだと文句を言い続ける。

・・・

・・・

”・・・ちぇっ、ホントに気を付けてもらわないと困るよ・・・、”


小一時間ほど小言を言い続けたら、そこで怒りの炎はようやく燃え尽きたらしく、


”それはそうと、まだ名前も付けてもらってないね、”


今度は名前をねだっている・・・


「・・・そうだね~、何がいいだろうね・・・。」


”なんだって、まだ考えていなかったのかい!”


「じゃあ、6尺さん!」

長さが6尺棒なんだから・・・。


”なんだい、それ。もっとまじめに考えてくれよ。”


「じゃあ、うまい棒!」


”うまくない。”


「叩き棒」


”棒じゃないって、言ってるだろ。僕は脳筋の棒なんかじゃないんだ。杖なんだ!つえ!”


どうやら彼の業界では、棒は脳筋野郎で、杖が知性派インテリとなっているらしい。


「じゃあ、金属と根っこからできているから、金根(きんこん)の杖。」


”なにそれ、金婚式じゃあるまいし、じじばばの古びた夫婦みたいじゃないか。”


「え~、急に言われても、いい名前なんて出てこないよ。じゃあ、アッシュールとアシュタロテからもらったから・・・、シュールタロテの杖。」

うん、これなら文句は出ないだろう、何しろ本体である2精霊

の名前を繋いだのだから。


”なんだいそれ、マンマじゃないか。もういいよ、それで。”


と言う事でシュールタロテの杖と言う名前に決まったのだが、ユニークアイテムというものがこんなにうっとおしいものだとは知らなかった。


既に午後を過ぎて、もうすぐ夕方、時間で言うと午後4時37分過ぎ(時の魔法により時間は正確にわかるのだ)になっていたので、今日は久しぶりの野宿だ。道の横に壺ハウスを建てて、中の竈に火をおこし、干し肉と雑炊を焚いて晩御飯。これが終わって、抜けた天井を見上げると、もう夜空になっている。暖炉の輻射熱で暖かくなった壺ハウスの土壁に背中を押し付けて丸まり、前に焚いている焚火の揺れる焔を見つめている。


”おいおい、もう寝ちまうのかい?まだそんな時間じゃないだろう、ちゃんと魔法の修練をしたのかい?”


シュールタロテの杖がうるさくかまいに来る。

「魔法の修練?そんなの今はしなくていいよ。」


”何言ってんだい、そら練習練習。そんなにたるんでいては生き残れないぞ!”


「いや、急に魔法の修練と言われても、何をしろと言うの。魔力は十二分にあるし。」


”そもそも、君は魔物と闘う時どうしてるんだい?”


「石弾・ファイアーボールかな。直接撃つと魔力の制御が難しいから、杖から撃っていた。」


”杖から石弾!弾道がぶれるし、効率もわるいし、決していい方法じゃないな。”


「でも直接撃つよりはましよ。」


”うーん・・・、これからは僕が引き受けることになるからね。具体的にどうするんだい。”


「杖の先を目標に向けて、先っちょから小さな鉄の球を飛ばすのよ。」


”それで威力があるの?”


「ゴブリンならいけるわ。オークは少しきつくて、弾が分厚い筋肉で止まってしまう。でもそれ以上、威力を強くすると撃った時の反動で杖がぶれてしまう。」


”先っちょから撃つとそうなるな~。ちょっと待てよ・・・。”


暫くすると・・・、


”・・・よしこれでどうだい。”


杖は少し太くなっている、先を見ると穴が開いている。


”管になってみたよ!この管の中で玉を加速すれば、もっと勢いよく、もっと安定して撃てるぞ。”


なんと、自分で形を変えれるらしい!

早速試して見ろというので、壺ハウスの天井から飛びぬけて、暗闇の森の中で試し打ちである。

杖を木の幹に向けてかまえ、杖を握る左手の手の内で鉄球を召喚すればちょうど杖の管の中になる。そこから、一発。

バシッ

確かに、前よりも勢いの強い球が、安定して発射される。これならば、もう一工夫できそう。


「管の内側でね、螺旋になれない?」


”螺旋?なぜ?”


「紡錘状の細長い弾をね、回転させて撃ちたいわけ。弾を杖の中で前に向けて加速するだけでなく、回転する力もかけたいのよ。そうしたら、もっと貫通力のある弾を撃てるでしょ。だから、斥力をかける内壁を螺旋にしたいわけ。」


”ふ~、転生者は色々思いつくね!”


種子島よりもライフル銃の方が威力がある、と言うわけである。

暫くして、できたというので、試しに紡錘形の弾を撃ちだしてみよう。

杖の石突を脇に抱え、両手でしっかりと杖を押さえて、


バシンッ

 かなり威力がありそう。


”じゃあ、次は何処まで強い弾を撃てるか試そうか。”


試して見ると、400m/秒の速さくらいがいいように思う。これより速いと、よほどしっかりと杖を握っていないとブレてしまう。


”じゃあその強さに設定するよ!”


「そんなこと、杖ができるわけ?」


”君の魔術は未熟で魔力が安定していない。だから僕が助けてやらないといけないわけだヨ、一定量をこちらでプールして、そうして魔力消費を安定させて撃つわけさ。わかるかい?。”


・・・魔力の調整を杖の方でやってくれるらしい。有能なヤツである。しかし、一言多く、鬱陶しいことこのうえない・・・。


”有能?当然じゃないか、僕はアッシュールとアシュタロテの分身だよ!”


ああ、五月蠅い。もう、いいだろう。


”次はファイアーボールだね、さあどうする?”


「森の中でそんなのを撃つと、火の用心が悪いでしょ!それをするのは、河原に降りた時ね。」

有能なんだけど一般常識には疎いヤツである。


”・・・。”


と言う事で、その晩はおしまい。

壺ハウスに戻って、また横になるが、


”ふん、君の能力を今鑑定してみたけど、4元素の魔法は大したことないな。こんなことじゃ有り余る魔力を使いこなせないのも当然だネ”


などと、ひとの能力を勝手に鑑定して、勝手な事を言っている。


”まあ、4元素の魔法といっても、アレは方便だから単に魔法の慣れを表しているしかないんだけどもね。”


黙って聞いている。


”魔法の本質は、なんといっても摂理の魔法さ。その点、君はまあまあだよ。せいぜいこちらを精進することだね。それが近道だと思うよ。”


放っといてくれ。


”放っとけないよ!いくら未熟な君でも大神様の神命を果たせるべく、しごいて鍛えるように2精霊からまかされたんだからね。”


私は任したつもりはない。


”おやおや、そんなことでは・・・。ちゃんとした指導者につかないと、魔法も上手にならないよ。そんなことじゃ、大迷宮の底なんて、100年経っても行き着けやしない。”


ち・・・ちくせうめ・・・、


”まあ、今日はここまでにしとこうか、疲れているんだろ、もう寝なヨ。”


その晩は、悔し涙に濡れながら、就寝した。

そして、夢を見た。あのてっぺん禿げ白髪の爺神の夢を。


「おう、調子はどうじゃね」


「鬱陶しい杖に取り付かれてしまいました。」


「ほう~、仲良くやっとる様じゃな。結構結構。

状況が思ったより早く進んでおる様でな、お前さんの魔法の習得を急いだんじゃよ。

で、2精霊にたのんでな、精霊の分身を遣わしてもらったわけじゃ。

なかなか、優秀な先生じゃろ。春期特訓ゼミをしてくれるから、せいぜい頑張るんじゃナッ。」


何時から受験生になったのであろうか。


「・・・。あの杖、鬱陶しいですけど。」


「まあ、あの分身は2精霊のアッシュールとアシュタロスから離れていくにつれ、エネルギー切れになるだろうから、それまでの辛抱じゃ。エイドラ山地から離れると随分と静かになる!心配せんでええ。」

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