第60話 春の大祭

「アーイーヤ、

エルドレッセンレイムの湖のほとりの、

フェニキアアルメラの森の奥、

ブルミナルケムゲルンの山の狭間から月の光が差し込んで、

シェンミュールメルの花のつぼみが膨らみ、

その花びらを広げたその時に~

アーイーヤ、」


神社の境内の広場に、大きな素焼きの壺に植え込まれた精霊樹の苗木が10個ばかりもまとめて置いてある。その周囲を着飾った巫女達が取り巻き、"大地の祝福の舞"を舞っている。

エルフとドワーフの巫女達が輪になって舞うと、色鮮やかな衣装がひらめき、春風の中を咲き乱れている花園のような光景が広がっている。

その周りを大勢の参拝者が取り巻いて観ているが、彼らも晴れの衣装に身を包んでいて、周囲の雰囲気は春の陽気の中そのものだ。

この祝福の舞いが終わったら、精霊樹の苗木は各地に運ばれてゆく。周囲で舞いを見とれている参拝者の内、半数以上はその関係者であり、各地の部族からやってきた代表でもある。

この後、それぞれの部族の元にこの苗木を持ち帰るのだが、その時にはハレの衣装を着飾って苗木の壺を背負い、様々な飾りを掲げた行列を作って街道を練り歩くのだが、神社の門前町はその行列を見物する人々で、また、ごった返すのだと。

この苗木を植えて、首尾よく育つと精霊樹の実がなり、”製薬”して様々な魔法薬を調合できる。だからとても貴重なものであるが、残念ながら根付くことは珍しい。アシュタロテがアッシュールについているように、地中からマナの噴出の濃い場所しか精霊樹が根付くことはないから。現状でうまくいっている樹は221本だけと数までわかっているとの事。ここ2千年間この祭りをしているので、毎年十本の苗木が植えられるとして、根付く確率は1%ほどとごく僅かなのだ。

それでもこれを繰り返すのは、地中のマナの濃い場所、すなわちアッシュールの子が埋もれている場所、そこにアシュタロテの分身を送り届けてやる事、これがこの祭りの目的であるからだとのこと。


アッシュールとアシュタロテの2精霊との交信のあと、精霊巫女の受命の儀式やらジビエ料理の宴会(町に降りての大騒ぎの宴会であった)と、結構忙しい一週間が過ぎた。その間に、またたく間に春がやってきた。エイドラ山の中とはいえ4月のこの大祭の時期にまでなると、流石に雪や霜はもうどこかに消えてしまって、もう隙間なく春の匂いが満ち溢れているのだ。

いや、日巫女・大巫女との会談から神事の間にも春は進んでいたのかもしれない。でもその時は、こちらにそんな事に気が付く余裕もなかったし・・・。


そして今、この春の大祭の真っただ中にいる。


神社の境内は驚くほど広く、また、出店などもないので、それほど込み合ってはいない。しかし、門前町の方は、市も開かれて大変な賑わいだそうだ。わたしは『新しく精霊巫女となったハイエルフなんだから、町に降りるともみくちゃにされてしまいますよ』と脅されていて、神社の中に籠っているのだけれど、神社内でのお祭りの雰囲気も華やかでそれなりに楽しんでいる。ただ、町ではお土産物の出店もたくさん出ているというのに少し残念だ。


とはいうものの、お土産物の買い物よりも、もっと大事な事がある。お祭りの裏では、族長会議が開かれているのだ。

そこでは2つの用を果たさなければない。精霊巫女としてのお披露目の挨拶と、もう一つはモルツ侯爵の御用・・・、族長会議での様子を探る、可能なら王国に誘い込む、という・・・。



イヤリル神社の直会殿(なおらいでん)では、族長会議が開かれている。この大広間の中では、日巫女・大巫女・神官を前にして、その周りの半周を4~50人ほどのドワーフ・エルフ達が取り巻いて、朝から喧喧囂囂の詮議が続いていた。いずれも族長をつとめる者たちであり、その表情も貫禄にあふれていて、気軽には声を掛けることもできない。大広間の中は緊張と険悪な雰囲気に支配されている。


「エイドラ東部の状況は、ますます悪化しておる。」


「ここ20年同じ事言っているんだな。要するに変わってないという事か。」


「いや、我らの山と森が、ウェルシの連中にどんどんと奪われ、女子供が攫われ奴隷として売り飛ばされ続けているという事じゃ。」


「なら、戦する覚悟が付いたと?」


「いや、最近ウェルシの背後にヴォルカニック皇国の動きがみられる。」


「なに!ヴォルカニック皇国まで、我らの山と森を奪うつもりなのか!」


「いや、ウェルシの後ろで動くばかりで、ヴォルカニック皇国自身が我らの山と森に侵入する気配はない。」


「じゃあ、連中は何を考えておるんじゃ!」


「いや、解からん。」


「・・・、解からんじゃ打つ手がないじゃないか!。」


と、まあこんな風に小田原会議が続いている。

おなじ話が繰り返して煮詰まってきたところで、神官が声を掛ける。

「族長の方々、茶・菓子などの用意があるまする。そろそろ御休憩なさっては如何でありましょう。」


そして日巫女が、

「ご休憩前にご紹介したいことがございます。一部の方は既にご存知かと思いますが、此度大神様の御計らいにより、ハイエルフの使徒が現れ出でました。

めでたきことに神社の2精霊との交信も果たし、精霊巫女を受命いたしましたことをご報告いたします。

エリーセ殿、族長の方々にご挨拶を。」


ここで、隣の部屋から席に招き入れられ、挨拶をする。

「ご紹介いただきましたエリーセでございます。エイドラ東部にて、先程のお話の様にゴモラで奴隷として囚われておりました。が、テルミス王国に保護されてネンジャ教会の修道院での修養ののち、今、巡礼の旅に巡っているしだいです。

艱難辛苦もありましたが、全て大神様の御差配なれば、と思い世界を観て回っておる所でございます。」


「それはそれは、なんとご苦労であったことじゃ。しかし、大神様の御差配と言うのであれば、神命がありましょうな。お話を伺うと、先程のエイドラ東部のウェルシの問題と縁が深いように思われるが・・・。よもや、神命とは・・・。」


「いえ、神命について語る事は大神様より固く禁じられておりますれば・・・。なんとも答えようがありません。ただウェルシの問題についてであれば、いささかの存念もございます、発言が認められるならば申します。」


神官が苦笑いをしながら、私の発言の諾否を族長たちに問いかける。


「いや、存念ありと言われて、黙られていても困る。なんでもいいから聞きたいわい。」


ということで、

「ウェルシの問題はテルミス王国でも既に知られております。ここにおられる方の内、テルミス王国の辺境爵をなさっている方も少なからずおられるはず。もともとテルミス王国と山の民・森の民との縁(えにし)は深いのです。ウェルシの問題について王国とご相談なさるべきでは。辺境爵連名で族長会議からの手紙、あるいは代表が来たとなれば、王国がないがしろにすることはないはず。」


「確かにのう。ヴォルカニックに対抗してテルミスか。」


「しかし、借りを作るわけには・・・。」


「いや、そもそもこの問題に貸し借りもあるまい。ウェルシは普人族のあぶれ者・悪党じゃ。我らが単独で対処せにゃあならんと言うのもおかしい。」


「いや・・・、しかし・・・、問題を変にややこしくはせんかのう。」


と、また、小田原会議が続くのであった。

休憩を提案した神官は、苦笑いしたままそこに居るほかなく、用意されていた茶・菓子は会議が続くさなかに配られていった。


朝から夕方まで、ああでもなければ、こうでもないと、ただ延々と会議が続いたあげく、

"まあ一度、テルミス王国に親書でも出してみるか・・・。"

と言うことだけが決まった。

意外なのは私の添え状も欲しいと・・・。

神の使徒だから当然だ、テルミス王国と縁があるのだからと・・・。

もっとも、モルツ侯爵への報告も兼ねて手紙を送るという事は、当方にとっても都合のいい話であるが。


さっそく手紙をしたためる。日本の戦国時代では、外交文書を出す際に相手の大名に当てに直接出すのではなく、その家臣に向けて出したものがたくさんある。その方が、険が立たなくて都合よかったのだと思う。こちらの世界でも同様だ。私はモルツ侯爵にこちらの様子を報告するという形式で送るのがいいだろう。


『謹啓、モルツ侯爵閣下におかれても、御盛況なること大慶至極にてございます。この度、イヤリル大社大祭の際に催された族長会議にて、詮議されたる段、お知らせいたしたく一筆奏上いたしたる次第であります。

東エイドラ山地地帯にて賊ウェルシにより、山の民・森の民が難儀を負いたる事、かねてより族長会議にて喧々諤々激論を重ねられてきました。が、なにしろエイドラ山地は広大にて部族も多く、意見の一致を見る事がありませんでした。

しかるに近年、ヴォルカニック皇国が賊ウェルシの後ろ盾となっているとの風聞が流れ、いよいよ危機が深まりたるとの事、族長会議にても見解がまとまり、テルミス王国との盟を確かめるべしとの声が高まり、此度の国書を送らんとなった次第であります。

国王陛下以下、いやさかならんを祈るとともに、リンセ・メルーセ・レイチェルなど我が朋友の健康も祈りつつ・・・。

         とんがり耳 』


族長会議では、重大な情報が一つ手に入った。ウェルシの背後にヴォルカニック皇国の動きがあると・・・。これはいち早く知らせておかなければならない。そして、族長たちがその事を深く懸念している、これも重要な情報だ。

最後のリンセ・メルーセ・レイチェルというのは奴隷メイドのかつての同僚である。また”とんがり耳”と言うのは、かつて奴隷メイドをしていたころイエナー陛下が私に付けた愛称。この名前を出せば手紙の差し出し人がだれかわかるはず。実名を出さないのは、これからヴォルカニック皇国にも行こうと思っているから。万が一、この添え状が漏れて、これを出した本人であることが知れると、ヴォルカニック皇国に隠密とばれるだろうから。


皇国は何をしようとしているのか?、そもそもこのヴォルカニック皇国とはいったいどんな国なのか?、そちらの関心が湧いてくる。もともとはこのまま帰るつもりであったのだが、皇国にも寄る必要があるのでは、そんな気持ちになってきたのだ。






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