第33話 城郭都市バルディ Ⅰ

桟橋を降りて、坂道を登りきったところが城郭都市バルディである。ここには巨大な迷宮があり、多くの冒険者たちが群がっていて、街中に野心をまき散らしいる。

とはいうものの、今回の目的は迷宮ではない、いずれ挑戦することになるのだが、巡礼に来たのだから、この街の片隅にあるバルディ修道院が目的地なのだ。


さて、桟橋をおりて坂道を上る。

横の崖には、貨物専用のケーブルカーが設置してあり、桟橋から船の積み荷を引き上げていた。人が乗るには危険な代物らしく、船の乗客達は自分の荷物を背に担いでエッチラオッチラと石の階段を登っている。

ようやく、この坂を登りきると、すぐ目の前に城郭都市バルディの城門が開いていた。


ヌカイ河の南岸であり、もうここは魔物の世界;魔の森の領域の中だ。

バルディは、そのためにものものしい城郭都市なので、街の中はせせこましく道も細く、そして喧騒に溢れかえっている。建物はみな石造りで、3階4階建ては当たり前、5階建ての建物もそこかしこに見られる。狭い城郭都市の中、小さな敷地で少しでも建物の収容力を稼ぐために。

修道院は西側の城壁沿いにある4階建ての建物であった。外見は他と全く変わりはないが、中に入ってしまうと静かな雰囲気に包まれるのは、流石に教会の施設といえる。

とにかく、まずは修道院長のところに行って挨拶である。


「到着が、遅くなりまして。対岸のタルクスではやり病があり、お手伝いに足止めされまして。予想以上に滞在してしまいました。」

「ハイ、聞いています。タルクスでは大変だったようですね。」

「ええ、はやり病が収まった後も、お葬式が大変でした。教会の司祭様も目を回しておられました。」

「なんと、そんなに死者が出たのですか。」

「2週間ほどで、30人ほどの死者が出たようです。」

「あの小さな街でそんなに亡くなったのですか。あなたもご苦労様でした、今日、明日はゆっくりとお休みなさい。」

「はい、ありがとうございます。そうさせていただきます。」


次に、典座のところへ行く。修道院の運営で実際の切り盛りをしている役職である。この人に部屋を割り当ててもらい、滞在中は食事も出してもらうことになるので、必ず話を通さなければならない。そして御布施もその時にする。早い話が宿泊費である。

金貨と銀貨を混ぜて何枚か手渡すと、

「ほう、えらく気前のいいことで。巡礼中で大丈夫なのかい?」

と、至極現実的な返事が返ってきた。

「対岸のタルクスで、ちょっと働きまして、餞別をたくさんもらったんです。」

「タルクスか、はやり病で大変だったんだろ。ああ、治癒魔法か。魔力に恵まれているヤツはいいね、稼ぎが良くて。じゃあ、遠慮なくもらっておくよ。」

「お葬式も大変だったんですよ。」

「おや、そうかい。それは失敬。」

典座は役目がらざっくばらんに話す人が多い。


割り当てられたのは、6畳ぐらいの広さで石壁に小さな窓が一つあるだけの飾り気のない部屋である。食堂は一階、修道院には風呂もある。男女の隔ては、普段女性がいないので考えられていない。

まあ、個室であるし、それほど問題にはならないだろうと思っていると、隣室には女騎士がいた。ちょっときついめ・勝気で潔癖症の人だ。

やがて鐘が鳴り、夕食の時間となった事を知らせてくれる。灰色の修道服を纏い、食堂に降りていく。

灰色の修道服を着ている者は、聖職者ではなく修行中の俗人である。紺色の修道服は聖職者であり、厳しい戒律に縛られているが、灰色はまあ程々なのだ。

みんな席に着き、修道院長を待つ。やってきた修道院長に合わせてお祈りを捧げ、一斉に食事を始める。

食事の内容は豊かだ、場所が場所だけに金回りが良いのだろう。

向こうの席に、見たことのある顔が・・・。

あの魔術師、デブ・チビ・ノッポの3人組がいる。処罰で修道院入りになっていると聞いていたが、ここだとは知らなかった。確かに、バルディには迷宮も遺跡も豊富で、彼らの研究にはうってつけの場所だ。

おや、向こうも気が付いたようだ。でも夕食中は自由に動けない、かなり規則のうるさい修道院だから。

食事の後には会堂でのお祈りの時間がある。私は参加自由であるが、あの3人組は紺色の修道服であり、戒律に縛れているので当然参加しなければいけない。謹慎修行中だから当然である。

その後、ようやく自由時間となって、3人組との再会が叶う。

「ふ~~大変だわ、ここ厳しいし。飯はうまいんだけどね。」

「戒律の厳しいところでありますが、研究材料がこれ程豊富な環境は捨てがたいものがあります。」

「まあ、そうだね。研究にはいろいろ配慮もしてくれるしね。」

「で、どんな具合です。お体のほうは?」

「もう健康体です。完全に。髪の毛も伸びて普通にショートヘアーですし。」

そういって深緋色の髪を振ってみせる。

「それはよかった、安心いたしました。」

声を潜めてもう一度聞いてくる、

「で、どんな具合です?」

こちらも声を潜めて答える。

「ここではちょっと・・・。」

例の魔器の事である。下手には喋れない。

「了解しました。あす1日、バルディを案内するという事でご一緒しましょう。」

その後は互いの近況に話が盛り上がる。

彼らは、浄化・治癒・回復の魔法を研究をしており、魔法陣ができないか、工夫をしているのだと。

私は、王都の修道院の話や魔術師の亡霊の聖天の話などなど。

修道院内であり、早々に部屋に戻って床に就く。

ベッドの中で考える、能力の話はどこまでしようかと。憤怒の邪眼の話はしてもいいかもしれない、無詠唱で魔法が使えると。魔力が大幅に上昇したのは実感している。それも話そう。

後は・・・黙っていよう・・・。

翌朝、朝のお勤めと朝食の後、典座に、”外出するので昼食は外で摂ります”、と4人で伝える。魔術師3人組は、もともと外での調査活動や研究活動で忙しかったので、修道院内部の作業は免除されていたし、私はまあお客さんである。何も問題ない。


バルディの町中は猥雑で活気があり、そしてせせこましい。

街の主役は冒険者たちなので、巷間の雰囲気はすこし荒っぽい。目をギラつかした冒険者たちが、そこのけとばかりに押し通っていく。普人族だけでなく、ドワーフ・エルフも大勢見る。エイドラ山地から出稼ぎに来ているのである。


町中のこの喧騒には私も3人の魔術師たちも苦手で、静かなところへ行こうと。

何処へ行くのかと思っていると、街をとり囲んでいる城壁の上であった。


城壁の中でも一段と高い場所まで登って周囲の風景を見渡すと、北にはヌカイ河が悠々と流れており、南側には深い森が延々と地平線の向こうまで広がっている。所々、紅葉あるいは黄葉が点々とみられ、ちょっとした絶景だ。

「そら、ごらん。バルディの街は川に挟まれているだろう。バルディ川と呼んでいるけどね、この川がヌカイ大河に合流する河口部で2つに分かれ、その間の洲がバルディとなるわけさ。

バルディ川に挟まれているおかげで、ここに入ってくる魔物は少ない。バルディ川が邪魔になるからね。

でも普通の砂洲とは違う。急に盛り上がって台地になっているだろう。自然ではこの地形はおかしいと思うんだよね。この地形は人工的なものだと思うよ。」

確かに、川に囲まれた台地の中央に巨大迷宮、その奥底には一体何があるんだろう。

「それだけじゃあないのさ。ここにはたくさんの遺跡もある。これまでにグリモアールがたくさん見つかっているし、まだまだ未調査の遺跡があるから、もっと見つかるさ。古代にここで何があったのか、考えるときりがない。」

「古代に思いをはせる、これは素敵なことでありますが、小生は今のお話をいたしましょう。あそこの城門の外をごらんなさい。小さな森があるでしょう。今、あの森の中を調査中です。近くまで行ってみましょう。なに、魔物は大丈夫であります。この洲の中の魔物はほぼ退治されてますから。」


城外に出るため城壁から降り、せせこましい人混みの路を抜けて城門に向かう途中に、巨大迷宮があった。

大迷宮の入口は、外に穴がぽっかりと開いているわけではない。大きな建物が立ち、その中に入口があるのだ。

この建物は”大迷宮会館”というのだそうで、なんだか田舎の観光地で聞くようなずいぶんな名前だが、建物はとても立派であり、中身も本物である。


会館の中に入ってみると、広いホールになっていて、飯屋・道具屋・魔石買取場・治療所など一通りそろっている。治安のための騎士駐在所まである。荒くれの冒険者がゴロゴロしてて、ここの駐在は大変だろうな、とか考えていると、その時、

「誰か!、助けてくれ!ヒールだヒール。相棒が死にそうなんだ!」

血に染まった男を担ぎ出しながら、そう叫ぶドワーフ。

治療所を見ると戸がしまっている。よりによって、休業らしい。

修道服を着ている私たちを目ざとく見つけるとパーティーの一員が走ってきて

「あんた達、坊さんなんだろう、頼むよ。」

そう言って引っ張ていく。

酷い出血だ、青ざめた顔色は貧血にあることを示しているし、傷は腰から下腹部をえぐる様に開いている。幸いに内臓がはみ出している様子はない。

急いで、ハイヒール・キュアー・浄化の3点セットを最大出力でかける。すぐに出血が収まり、傷には肉芽が盛り上がってきた。ドワーフは太い針で容赦なく傷を縫い始める。腸は大丈夫なんだろうか、魔眼でもって透視してみると、さいわいにしてちぎれていはいない。便が腹腔に漏れている様子はない。腹膜炎は大丈夫だろう。でも、浄化を念入りに重ね掛けして、腸内を殺菌し、ハイヒールをもう一度かけておけば、これで何とかなるだろう。

負傷者の意識が戻ったようだ。

今度は、針で縫われた痛みにギャアギャア叫ぶ。

あまりにもうるさいのでその元気さに安堵して、ようやく雰囲気が緩んできた。

傷を縫い終わるとドワーフは私の手を取り、金貨を一枚握らせ、

「すまねえ、ヘマこいちまった。助かったぜ!

俺は、ガルマンっていうんだ。エイドラ山地のギルメッツ族ムルス村から出稼ぎに来てるんだが、油断した・・・。

恩に着るよ。それで、あんたはどこの村出身だい?」

そういわれてみれば、私はエルフだったんだ。どう返事していいのか戸惑っていると、

「彼女はエリーセというんだよ。エイドラ山地東部の側で、記憶喪失で倒れている処を保護されたんだ。だから、昔の事は覚えていないんだ。」

ノッポがフォローしてくれた。

すると、ガルマンはさけぶ。

「何だって!ちょっと話を聞こうじゃないか。」

けが人を治療所前に置いてある寝台に寝かすと、今度は飯屋に引っ張ていく。

おせっかいで強引なドワーフであるが、エイドラ山地はいずれ行くことになるので話が聞きたくもある。ちょっと早めの昼飯になるが、まあいいや。

魔術師3人組も諦めた表情である。

奴隷商の話まで全部してしまうと、ややこしくなりそうなので、森で保護されて修道院に入ったことにする。あの最初にいた森の話をとくに詳しく話す。ドワーフは腕を組みながら、聞いていたがため息をつき、

「すまねえ、役に立つことを知らねえ。手がかりが全くつかめねえ。まだ、バルディにいるのかい?」

「巡礼の途中ですが、多分、しばらくはいます。」

「じゃあ、他にも山の民・森の民(注:ドワーフとエルフの事)が大勢来ているから、話を聞いといてやるよ。できれば、直接面通しした方がいいぜ、顔の知っているヤツがいるかもしれねえ。結構いるからな、エイドラ山地東部から出稼ぎに来ているヤツが。」

という事で、これから昼ご飯はここの飯屋ですることになった。その間、かわるがわる顔を見に来てくれるらしい。

パーティーのメンバーがガルマンを呼びに来た。ケガ人の具合が悪くなったんだろうか。一緒についていくと、もう座っていた。

「ヒュッ、あんたのヒールはすげー効き目だな。」

「いえ、ハイヒールですよ。」

「えっ、そんなのを使えるのか、あんた。一緒に組まねえか?」

巡礼中だからそんなわけにはいかないのだ、

「今は巡礼中ですし、エイドラ山地にもいかなくてならない。ですから、今は無理ですよ。」

もう一度、ハイヒール・キュアー・浄化の3点セットをかけてやり、そこで別れた。

また猥雑な街を抜けて城門の前までいったが、魔物の心配はないのだろう、城門は開き放しにされている。


城門の外に出て人混みが切れ、ようやく魔術師3人組とゆっくりと話ができるようになった。

「ふ~、親切というか、おせっかいというか、田舎者でありますね。」

「いや、ドワーフだからかもしれない。」

「それにしても、凄いね。ハイヒール・キュア・浄化を無詠唱でいっぺんにかけてただろう。しかも3回も。こんなにかけたら、普通なら魔力切れで失神するよ。」

「でありますね、マナ保有量はもともと凄いものでありましたが、治癒魔法の無詠唱は想像もつきませんでした。他の魔法も同様でありますか?」

「はい、一度使った魔法はすべて無詠唱で使えるようになりました。多分、あの魔器の働きだと思います。」

「良かった、やっぱりあれでよかったんだ。やった甲斐があったんだ。」

ノッポは目を潤ましている・・・。


次に遺跡の話になる。この森を入ったところに小さな遺跡がある。半分ぐらい調査を終えたらしい。

「奥にはゴーレムが居て、頑張っているんだ。これを排除しているところだけど、一緒にどうかい?」

というお誘いである。

「役に立てるのかしら。」

「さっきの治療魔法だけでも十分、騎士も3人そして魔術師は俺たち3人がいる。後ろからの援護で十分、」

という事なので、ついていこう。


修道院に戻るとまだ昼過ぎ。

装備をどうしようか、持ってないし、かといって買いそろえるのももったいない気がする。

いやいや、一揃い、修道院に置いてあるらしい。隣部屋の女騎士、エミリーに自己紹介されたが、彼女が見繕ってくれるとのことである。

一階の倉庫で一緒に見繕ってくれる。

「まあ、後衛ということだし、急所を隠せたらいいんじゃない?あんまり重装備にすると、素人さんでは動きづらいし。腹巻は金属製でいいとして、腰回りはこのごついズボンの上に、革の佩楯・草摺にしておきなさい。上半身も頭巾のついた革のジャケットでいいと思うよ。手甲はあった方がいいよ、とっさの際に腕で受けてしまうから。盾は持ってても訓練をしてないあなたでは使えないわ、無駄よ。足元はむつかしいわね。とにかくサイズの合うのを選びなさい。足を防御することよりも、動きまわるのに邪魔にならないことを第一に。なんでもいいから。もう、今はいてる靴のままでいいんじゃない。足首にゲートルでも巻いとけば?頭はどうする?やっぱりヘルメットは必要よ、頭つぶされたらそこで一貫の終わりだから。でも顔を隠すのはダメよ。視野が狭くなるしね、素人さんには無理。この小さなヘルメットに上から頭巾をかぶっておきなさい。得物はそうねえ、後衛だから槍と言いたいけども、使える?槍は結構技量がいるのよ、間合いを見ないといけないから。かといって、金棒振り回すような力もなさそうだし、後衛で剣は意味ないでしょう?飛び道具を使うくらいなら、状況をよく見て、魔法を撃って頂戴。その方が役に立つ。」

「棒術を少し習いましたので、6尺棒を持っていきます。」

「それなら、それがいいわ。とにかくあなたの場合、得物は敵を切りつけるためじゃないのよ、自分を守るためのものよ。魔法職なんだから、得物は後衛まで踏み込まれたときに身を守る手段よ、忘れないでね。」

今日は夕食前まで、一通りの装備を身に着けてエイヤ!エイヤ!と棒の訓練にいそしむことにしよう。


朝早く、と言っても修道院の朝はとても早い。

日が昇るころには、もうパーティーのメンバーは玄関のロビーに集まっている。3魔術師と女騎士・大きな騎士・修道士そして雇われのハーフリングの盗賊;迷宮探索の結構な経験者らしいがガイド役として。そして私、治療職である。

バルディは少し南の方にあるとはいえ季節は秋であり、流石に夜明けの時刻では肌寒い。


ハーフリングが言う

「昨日の事聞いてるよ、あんた凄い治癒師なんだってね。ガルマンが騒いでいたよ。おいら、ムンクっていうんだ、よろしく頼むよ。まあ、このメンツなら怖いことは何もないさ、ちゃっちゃとやっちまおう。」

デブが

「ムンクさん、簡単にできそうなら、わざわざあなたを呼びやしません。今日の相手はゴーレムなのです。まともに対戦すべき相手ではありません。かなり知恵を絞って、慎重に対処する必要があります。」

日頃デブと呼んでるが、こういう時にはあてになりそうな人である。


城門から出て、落ち葉の散りはじめている森の中に入っていく。

森とはいっても、川に囲まれたバルディの狭い台地の中である、ごく小さな森であり、奥に行くというほどの広さもない。

入って、すぐに遺跡があった。

石造の建物の様であるが、ほとんどが土に埋もれてしまい、表面は木の根が纏いついている。

以前から遺跡があるのはわかっていたが、入口が見つからなかったので、放っておかれたままだったのだそうだ。

端っこの方に地面を掘り込んだところがあり、そこに入口が露出していた。絡みついた木の根の隙間に潜り込んで、やっとこさ遺跡の中に入ることができた。


中に入ると、真っ暗な石造りの廊下にでて、奥からは土臭い風が吹いてくる。心眼で周辺の構造はだいたいわかるし、魔物も居ないのもわかる。でも、魔眼の無い他のメンバーにとっては暗闇は不安になるので、点々とたいまつを立てかけ、視界を確保しながら先に進んでいく。

所々に古代神聖語の碑文が壁に刻まれてあり、その碑文の前に来ると、ノッポはいちいち説明してくれる。

碑文の内容からして、ここは魔道具の倉庫とか怪我人の療養所とかがあったらしい。バルディ一帯は古代には砦か防衛施設かの、とにかく拠点であったらしいのだ。その根拠を延々と説明してくれるのだが、だんだんうるさくなってきた。我慢して聞いていたのだが、短気な女騎士エミリーはしびれを切らしたようで

「大先生、研究はお任せしますから。私らは自分の仕事を進めたいのです。詳細な解説は不要です。」

と、先を急がすので、ノッポは解説を諦め、肩をすぼめている。


一同は奥に進んでいく。廊下を突き当たると今度は広い階段に出る。そこを降りて着いた先は広いホールの入口であった。中を覗き込んでも真っ暗である。

光魔法でホールの中を照らして明るくしてみると、向こうの壁までは7~80mもある。その壁に沿って高さ3mほどもある石像が並んでいる。

彫像としては、えらく不細工で美的要素に乏しく芸術的とは言いかねる。足は小さめで、腕は長くて太く、やや強暴。頭は小さく、ずんべらぼうであり。胸が広く、腰は小さく、逆三角形の胴である。

「ゴーレムさ。」

ノッポが教えてくれる。

広い胸の中央には20㎝程の穴が開いている。望遠鏡でよく観察すると、穴の奥が光っている。

「多分水晶玉だね。あそこにマナを充電し、動いてるんだと思うよ。」

天井・壁には様々な紋様、多分魔法陣で埋め尽くされている。

床を見ると、降り積もった砂埃におおきな足跡が多数みられた。このゴーレムがまだ生きて動き回っているという証拠だ。

籠の中に入れて持ってきたネズミをホールの中央に向けて放つ。ネズミは部屋の中央に向かって逃げていくが、入口から10mほど進んだ時、一体のゴーレムが動き出した。小さな足であり、ゴトゴトと体を左右に揺らしながら不細工に歩いてくる。速さは速足で歩いたほど。

ネズミはやってくるゴーレムに気が付いたようで、驚いてホールの横の隅の方に逃げていく。ある程度までホールの端に逃げ切るとゴーレムはくるっと向きを変えてむこうの壁際に戻り、元居た場所に並んでしまう。

ホールの中央部の一定部分に何者かが入ると、ゴーレムが稼働し始め、その領域から出ていくと、元の場所に戻るという仕掛けらしい。ずいぶん単純な仕掛けであるが、何のためにこんなものを作ったのだろう。

「小生思うに、ここはゴーレム開発の研究所ではなかったかと思うわけであります。ゴーレムを単に動かして満足していたのではなく、どのように制御すべきか、これを研究していたのだと思われるわけであります。敵を攻撃するために、あるいは衛兵として守りにつくためには、どのような行動パターンが必要か、それを研究していたのではないでしょうか。」

今度は人で確かめよう。

ムンクがそっと前に出る、10mほど進むと、やはりゴーレムが動き出す、慌てて戻ってくると、ゴーレムはまた元の位置に戻っていく。

今度は光明器(魔導のランタン)をもって、そこまで行くとゴーレムが動き出す位置を見定めておいてくる。これを繰り返し、光明器をいくつか床に並べると、横一線に並んだ。

そこより、こちら側は安全地帯ということになる。また、部屋の左右両端にいると、一体のゴーレムしか動かない。それぞれのゴーレムに守備範囲があるようである。

ここでムンクが提案する。

「一体つぶしてみるか。

床に魔法で穴を掘ってそこに落とし込む。あのちいさな脚だ、なかなか出てこれないだろうから、穴の中でじたばたしてるうちに水晶玉を壊す、というのでどうだい?うまくいかなくても、ゴーレムは足が遅いから、走って逃げれるぜ。」

「ちょっと待って、それなら床も調べてみないと。」

そう言って魔術師たちは部屋に入ってゆき、床を調べる。ゴーレムの動き出す境界部まで来ると、みんなを手招きして呼んでいる。

床は石畳で隙間はある、外せそうだ。

一枚はがしてみる。

5㎝ぐらい厚さの石の大きなタイルで、その下は地面。これなら魔法で穴を掘れそうだ。境界部の向うはどうだろう。少し入って、ゴーレムが来ると戻り、ゴーレムが戻るとまた入って、そんなことを繰り返しながら、何枚か石畳をはがしてみる。

おんなじだ。

「よし、では始めるぞ!」

騎士とムンクがゴーレムを吊り出すべく前にでると、体を左右に揺さぶりながらよたよたと一体のゴーレムがこっちに向かってやってくる。

石畳をはがしたところまで来ると、合図をかけて、土魔法で足元に一気に穴を掘り込む。

ドスン!

ゴーレムの下半身が落ち込み、短い脚だけでは登ってこれない。上半身をじたばたさせてもがいている。

が、長い腕をブンブンと振り回すので、危なくて近づけない。そのうち、長い腕で体を持ち上げ、穴から這いずり出ようとし始める。

「マズい。関節だ!肩関節を、」

長柄のハルバードで肩関節を殴りつけるが、それだけではどうにもならない。

どうしよう、

「抽出!」

肩関節から抽出を試みる。関節部は金属でできており、その成分には、鉄・ニッケル・銅・銀もある。いくつかの金属成分が見つかるが、中には少量ながら初めての金属成分もあった。

そして、この金属にマナの流れが感じられる。

”よし、これを選択的に抽出だ。”

抽出魔法で、ゴーレムの肩関節からその金属を抜き取ると、手元にこの金属が抽出されて、金属の球ができはじめ、ビー玉の大きさまで抽出で抜き取った時、ようやく腕は動かなくなった。

今度は反対側の肩から同様に。

両腕が動かなくなったのを見て、騎士はゴーレムに近づき、ハルバードの先を胸の穴に何度も打ち付けて水晶玉を割る。しばらくすると、ゴーレムはもうまったく動かなくなる。

「やったな!」

ムンクが近づき、ゴーレムを調べ始めるが、もうスンとも動かない。

「あと、4体だな、順にやっていくか。」

とムンクがいうと、

「ちょっと待ってください、小生思うに、それはマズイ。このゴーレムそのものがなによりも宝でしょう。とりあえず、この1体を持ち帰り、調査すべきであります。」

「へっ、なんてこった!」

ペッと、ムンクは不満げ床に唾を吐く。

このゴーレムを引き上げるとなると、人手がいる。一旦、バルディの街に戻って、手の空いた冒険者を10人ほども呼んでくる。

そして、ゴーレムを穴から引きずりだし、入口までころの上をよいしょよいしょと引っ張て行く。

そして、入り口に絡みついた木の根を切り広げ、そのまま、台車に乗せて修道院まで、よっこらよっこらと引っ張って帰ると、今度は、典座以下修道士たちが頭を抱えてしまった。

「修道院のどこにそんなものを持ち込む気なんだ、」

と。

結局のところ厩の一角に台車ごとおいて、そこで調査ということにあいなったわけである。

抽出で取り出した金属の球を見ると表面が灰白色の金属でできている。

魔術師に渡すと、チビがそれを見て、

「アダマントだよ、これ。」

マナの通りが極めてよく、魔道具に使う最高級の材料であり、金よりも高価なんだそうである。

「まあ、関節が駆動部になっていて、そこにアダマントを用いているというのは当たり前に考えられることです。問題はどんな魔法陣になっているかという事であります。」

「肩はつぶしてしまったから、もう仕方ない。」

「では膝は?」

「・・・・・・」

もごもごと3魔術師たちが、鳩首して談合を始めだした。こうなると他者はもう入り込めない、ここで、本日の遺跡探索パーティーは解散とあいなる。

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