第29話 メルラン神社 武闘大会

1週間たったある日の朝、

「今日、秋の祭りの用意しに森からエルフの若い衆が20人ほど来るさかい、顔合わせしたらええわ。

普段は私ら夫婦2人でおるだけで十分なんやけどな、祭りには武闘大会もあるさかい、えらい賑わいで大変なんや。せやからこの時だけ森から助けにきてもろうとるんや。

20人も若い衆が来るよってな、賄いの手伝いしてもうたら有難いんやけどな。」

「ハイ、よろこんでお手伝いいたします。でも、慣れていないんで、教えてくださいね。」

朝方は棒術の型の練習をしていたが、早々に村に出て食料の買い出しだ。

近所の農家から大量の小麦粉・チーズ・バターなんかを買いそろえ、大八車に乗せて神社に持ち帰る。別の農家からは朝に絞めた鳥の5~6羽、卵、また、豚や羊の塩漬けの干し肉なんかも。

とにかく大量で、手に持ち切れる量ではない、大八車に乗せて帰ってきた。

もちろん棒も持っているので、邪魔になって大八車に括り付たりするんだけども、これはとにかく長さの感覚をよく身につけるためなんだそうだ。


午後になって、エルフの若い衆がぞろぞろとやって来る。

リーダーが”お久しぶり”、と挨拶して社務所に顔を出す。

「へへ、今年はきれいなネエちゃんがいるんか。フフフ。」

「言うとくけど、このエリーセはん、大神様の遣わしたハイエルフやからな、何しろ盟神探湯(くかたち)で大神さまが直々に顕現して、そうお告げしはったんやから、間違いない。いらん事したらどうなるか、分かっとるやろな。」

「フハッ、なんと!皆によう言うときます。」

「皆やない!、お前が一番心配なんや。」

「ヒェー、そんな手あたり次第に手ぇ出してまへん。」

「まあ、よう~気ぃつけや~。」

・・・この連中、ナンパ師でもあるらしい。

まあ、エルフの美形の若い衆が20人も来るのである。村の娘はこの日をいつも楽しみにしているのに違いない。いや、すでに境内には、娘たち及びおばさんたちが何人かウロウロとしていて、時々、中を覗き込んでる。退屈な村の生活の中では、彼女達にとって一大イベントなのだ。

「あかんで!

地元の普人族の娘はんらに手ぇ出したら、今度は村の男衆と剣呑になるやないか。

神事の前は禁欲や!。

溜まったら、右手の世話になることや。

神事の後はどうか?

それは知らん、どうせすぐに森の村に帰るのやさかい、お好きにどうぞやな。」

ということらしい。


彼らの主食はパンである。パン種と卵・牛乳をよく練り込んで少し膨らんだ生地を、熱く熱した石窯の壁に叩きつけて引っ付けて焼き上げる。そして焼きあがった熱々のやつにチーズやバターをのせて、そのまま齧るのである。全くのナンである。

この仕事は自分達でやっている、主食のパンを焼くことは男の仕事の範疇に入るのだそうだ。

私と巫女の姐さんは大釜にスープを作る。

まず買ってきた鳥6羽をさばく。次に鳥ガラ・野菜・香草・キノコをぶつ切りにして炊き込む、適当なところで塩加減、最後に鳥の肉を放り込んで煮あがったら出来上がり。

大きな木椀に注ぎ、長い食卓に配っていく。

他にもいろんなおかずが届けられている。先程境内でウロウロしてた娘さん・おばさんが持ってきてくれたものだ。

大皿に盛りつけ、皆で適当にとって喰らっている。出された食事を平らげると、葡萄酒も少し入り、リュートのような弦楽器をつま弾いて即興の詩を歌っていたりする。

この辺の優雅さはさすがにエルフなのである。ナンパ野郎だけど。


翌日から彼らの仕事が始まる。境内の掃除から始まって、様々な櫓や屋台を組み、色鮮やかな幡や垂れ幕で飾り付けていく。特に武闘場はひときわ華やかに飾り付けてゆく。

また、境内の広場には大きなテントがいくつも張られている。

中を覗くと簀の子を置いてその上に敷物も敷かれて、床が作りつけられていて、仮設の宿泊所だ。

別のテント内には長机がいくつも置かれていて、こちらは仮設の大食堂となっている。

近郷の農家にも宿泊客がやって来て泊まるが、普人族の騎士達だけでなく森の民や山の民であるエルフやドワーフもやって来るので、村の民家だけでは人数のキャパシティが超えてしまう。このために、臨時の宿泊所が必須なのだ。

この武闘大会は、普人族・エルフ・ドワーフの3部族から大勢集まり、混然となって執り行う神事なのである。


2日経って祭りの前日となり、やってきた3種族の参集者で境内の中がガヤガヤと騒がしくなってきた。

狩りの獲物や近郷で購入してきた牛や羊を森の民・山の民・騎士達は大炊殿で各々捌き、神前に贄をささげ、残り(ほとんど全部である)は例の仮設食堂に料理として出される。そこの賄いはやってきた料理人たちが仕切っている。

参列者は武闘大会が目的で来るのであろうから男ばかりと思っていたが女性もいる。女性でも女騎士のような猛者がいて、彼女らは試合に参加するのだが、それだけでなく華やかに着飾り舞踏を見せる者もいるとのこと。武闘大会であり舞踏大会でもある。もちろん応援や見物に来ている者が一番多い。


神社の中は既に高ぶった雰囲気があふれ出ている。

晩餐を腹一杯に喰らってのち、あちらこちらの灯りの周囲に騎士団・部族ごとの集まりができて小さな酒宴をひろげている。

明日の武闘大会を目の前にして、荒ぶる気をなだめているのだ。

夜更けになりカーンカーンカーンと拍子木が鳴る。明日に備えて早く寝ろと言うわけである。

その音を聞いて、参集者達は三々五々宿泊所に入り、やがて明かりが消えてゆき、もう夜空に月と銀河の光が流れるのみ。


翌早朝の夜明け前に、神事が始る。

武闘大会参集者を集めて、その前で宮司は祝詞を読み始めた。

今日、競い合う者たちの強靭な体と闘志あふれる精神を与えてくれた神への感謝、そして武闘大会の安全の祈願。

それらを長々と詠み、次には、対戦の組み分け順に参加者の名前をゆっくりと呼んで手短に紹介していく。

名を呼ばれた者は、”オゥ”と気勢を上げ、その意気を示す。

すべての名を呼び終える頃には、陽が昇り空はすでに明るくなっていた。

朝日に顔を照らされて、宮司は宣言する。

「これより、つわものどもの闘魂をば大神に奉らん!」


こうして予選から、次々に試合が始まり、オゥそこよとか、イケェーとか、よっしゃー!とか、掛け声が飛びかう。

得物の種目はごちゃまぜだ。盾に片手剣を構える者に槍を提げた対戦者が構える。もちろん武器はすべて木製の模造品で神社提供の物であるが、防具は自前で、皮鎧から金属製の鎧まで様々だ。

打ち込みの有効や否やは審判者に任されているのだそうである。ずいぶんと大雑把なルールではあるが・・・。

ところで試合の後であるが、結構な数のけが人が出る。木槍・木剣と言えど、殴り・突けばケガをするのも当たり前だ。指の骨を折っている物もいる。裏方の治療師も忙しいのだ。私も当然ながら動員され、あちこちから呼び出されハイヒールをかけている。

「あんた、なんぼ使うても、全然魔力切れせえへんな、大したもんや。」

と、感心されて褒められつつ、こき使われるのである。


最初の一日で一次予選を終えて、時間は午後の盛りを過ぎて少し陽の落ちてきたころ、今度は舞踏の披露が始まった。各地の神社の神楽を見せてくれるのである。

神楽と言っても日本のそれとはだいぶ違う、動きも激しく衣装も鮮やかである。太腿も露わにし、宙に飛び、華やかに舞う。そして空が夕焼けに染まるころ、本命の舞踏が始まる。


かがり火で囲まれた武闘場の中央に、この神社の巫女姐さんが鉾を逆立ちにもって現れ、その周囲を今日の武闘大会参加者が取り巻いて座り輪を作っている、

「アチメー!

ウ~ツ~セ~ミ~ノ、ヒ~ト~ノ~サ~ダ~メ~の~

カ~ギ~リ~ア~レ~、

チ~ハ~ヤ~ブ~ル~、カ~ミ~の~メ~グ~ミ~の

カ~ギ~リ~ナ~シ~

アチメ~!

御身香しく~、春風に揺れる若葉のごとく香しく~、

御身輝きて~、若葉にいずる露の事く輝きて~、

御身暖かく~、若葉を照らす春の陽のごとく暖かく~、

その命~、春に山の鳥の飛びさえずるがごとく萌えいづらん~、

その命~、春の野に草々の伸びるがごとくに萌え上がらん~。

雪にて凍てつきたる小川の~、氷の解け出でて再び流れたる~、春の陽気にぬくもりて~。

霜にて固まるこの土の~、苔の柔らかに再び萌え広がらぬ~、春のにおいに誘われて~。

凍りたる血潮は再びめぐりぬ~、固まりたる肉は再び蘇りぬ~。

いまや~、つぼみは膨らみ~、花びらを広げる~、

いまや~、蛹は割れて~、蝶が羽を広げる~、

春は命の返るとき~、凍えた命の蘇るとき~。

その記憶のもとに、命よ蘇れ!!」


素足の太腿を大股にあげ、鉾を横なぎに振り回して踊りながら、鬼気迫る形相で、叫びとも聞こえる大声でもって、呪文を絶叫する。

やがて、呪文を読みおえると、鉾を立てて持ち上げ、石突を武闘場の石畳にたたきつける。

途端に、石畳が光り出し、武闘場が光に包まれ、中にいた一同から感嘆の声がわきあがる。

光が消えると、負傷者の傷はきれいさっぱりと直っていた。


「神降ろしやわ。」

宮司さんが教えてくれる。

「神がかりでもって大神さまの力を使って、”神降ろし”をいっぺんにかけたんやな。武闘大会中の一日の締めや。」


神降ろしというのは、この祭りの間だけの期間限定の魔法なのだそうだ。

ヒール・ハイヒールとは全く次元の違う治癒魔法で、この魔法で、大怪我もいっぺんに直してしまうのだとか。

部位欠損をきたした傷でも、近々(きんきん)のものなら、「はい、元通り!」と言うものらしい。古傷になるとそう言う訳にもいかないらしいが。


武闘大会参加者の後ろには大会とは関係のない傷病者達も並んでいる。一緒に混じってこの”神降ろし”をついでにあやかっているのだ。古傷や慢性の病気による障害は治るわけでないのに、それでも縋り付く思いで来ているのだ。もっとも、実際にこの場に混じれるかどうかは寄進次第であるが、その辺(あたり)は大人の事情と言うことになる。


2日目は2次予選・3次予選である。

勝ち抜きであり、試合数は減るが、合間の時間を例の神楽の披露があり、退屈はしない。

この日も巫女姐さんの神降ろしで一日を締める。


3日目は予選に残ったもので、片手剣+盾・両手剣・槍及び他の長柄武器・棒の4種目でそれぞれの一位を決める。それぞれの種目あたり、2人か3人であり、6試合しかない。かなりの時間を神楽が占めている。

4種目の一位の4人には、それぞれ賞状とメルラン神社の大紋の入った旗が授与された。

この日は大した怪我人はでていないが、巫女姐さんの神降ろしは同じく執り行う。後ろにいる一般の傷病者のためだ。


4日目はそれぞれの種目の1位の4人で総当たり戦である。

棒の使い手一位はドワーフであった。

ホレッホレッと少しいやらしい掛け声を上げて、自由奔放にも見える突きを入れていく、そして相手の姿勢が崩れた所を、大ぶりの一撃を撃つ、という試合運びで勝ち続けている。

盾・片手剣の一位との試合では、盾を構えて突っ込んでくる相手の盾の下端を突き入れ、盾に足を取られるのを見ると、すかさず棒を反転して右肩を撃つ、その打撃に姿勢を崩したところに体当たりして転がし、すかさず首に向けて突きを寸止めして、試合を決める。

大剣に対しては十分な間合いを生かし、寄せ付けない。相手の剣士は正中の構えで動けずにいたが、棒の先を下に叩き払うと一気に突っ込もうとする。が、その前にはたかれた棒の先が剣士の下腹を突き、剣士は姿勢を崩す。そこへ頭に一撃を喰らい、一瞬クラっと来たところに、またもや首への突きが寸止めとなる。

槍に関しては、ほとんど棒の敵になっていなかった。少し長めの間合いに握られた棒を相手に、押すことも引くこともままならず、押さえつけられたまま間合いを詰められ、終了であった。


ということで、この棒使いのドワーフが4種の中で総合チャンピオンとなったわけで、棒を習い始めた私としては興奮するのも致し方ない。

棒術が最強の武術であると示されたのだから。

と言うわけで、この棒使いのドワーフに突撃インタビューである。

「スッ・・・凄いです、お見事です。棒って最強じゃないですか。私、棒を始めて、ほんとよかったです。」

フリフリしながら、このドワーフに駆け寄ったのであるが

「フンっ、当たり前じゃ、」

流石にチャンピョンの言である。

「みな棒じゃ。」

「へっ?」

「剣と言っても刃はついておらん、槍と言っても穂先はない。」

「はぁ、模擬試合ですから。当然ですネ。」

「当然もくそもない、刃や穂先のない剣や槍など、要するに短すぎる棒・長すぎる棒じゃ。それを、それぞれの型に囚われて不自由に振り回しても本来の棒に適うわけがない。」

つまり模擬剣・模擬槍は、みんなただの棒だと身もふたもないことを言っている。

「わしとて、実戦で命をやり取りする時は棒は使わん。槍なり剣なりを使うわ。」

「じゃあ、なぜ棒で試合を?」

「棒でもって、へたくそな剣や槍の使い手を振るい落とすためじゃ。

そうせんと武闘大会が成り立たん。棒の参加者はそういう役割を持っておる。

考えてもみろ、剣の一位・槍の一位・盾の一位はそれぞれに箔が付こう。棒の一位なんぞ、誰が雇う?

棒は器用に扱えるが攻撃力は決定的に欠如しておる。じゃから実戦の武器とは言えん。しかし、全ての武器は棒でもある、じゃから棒でもって武術の基礎を始めるというのは、なかなかいい考えじゃ。それに、身を守るための武器を、というのであれば棒術が一番合うとる。せいぜい頑張ることじゃな。」

何やら武闘大会の裏話のようなことを言って、さっさと向こうに行ってしまった。ほんとうに身もふたもないドワーフであった。


「相変わらずやな、ギーズリはん。もうちょい愛想ようしはったらええのに。いや、あの人、ホンマに名人なんやで。盾も剣も槍も、全部もう一位になってしもうた方なんや。

で、棒で参加して他の参加者をしごいてる、というわけや。」

と、宮司さんは苦笑いしながら見つめている。


総合チャンピオンの表彰はない、模範試合みたいなものなのであろう。

この後、一番派手な舞踏が催されて、最後に例の神降ろしで締められる。


これで、お祭りはおしまい。境内の中もようやく静けさが戻って夜が更けてゆく・・・。

であるが、夜になっても、ナンパ師のエルフ20人組は神社に帰ってこない・・・。

神事が終わったので、各自、自由に励んでいるらしい・・・。


この宵闇の帳がおりた中、周囲の草叢の奥で妙に艶めかしい空気が流れている。

・・・むせる・・・。


次の日、祭りの参加者は三々五々帰途につき、境内は寂しくなっていく。エルフ20人組は、昨日の晩は余り寝ていないようで、目をこすりながらも、朝から後始末の作業にいそがしい。

集まった贄の残りの肉も大量に残っているので、塩漬けにしたり、近郷の農家に配ったりであるが、この辺は宮司と私の仕事になる。


巫女の姐さんは連日の神降ろしで、げっそりと痩せるほどのお疲れで、部屋からは出てこない。

それでも夕方になると、みんな集まり、大量の肉とナンを焼いて、打ち上げの酒盛りとなる。

「ギーズリはん相変わらず強かったわ、」

宮司の話題はもっぱら武闘大会の講評が続く。

一方、エルフ20人組の話題は神楽の踊り子たちや村の娘たち・・・。

皆それぞれなのであった。

ただ皆疲れていたことだけは共通していた。その日は、早々に床に就いておわり。


次の日、昼前にエルフ達は森の中の村に戻っていった。

大八車に塩の詰まった大樽をのせて、他にもいろんな土産物を背中に担ぎ、ガヤガヤと出ていった。

私は巫女の姐さんが少し心配だったので、まだ残っていようとおもったのだけれども、

「心配せんでもええでぇ、いつもの事やさかいに。ほら一日で、もうだいぶ戻っとるやろ。半月もしたら体重も元通りや。」

確かに、一晩明けるとだいぶん元気を取り戻している。

じゃあ、今日一日は家事を代わりにして、明日に出発しよう。


次の日、貰った棒を担いで、宮司・巫女夫婦に別れを告げ、メルラン神社を出発した。



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