第22話 道中 木賃宿
ここから、王都の南側を西に進み、次の巡礼地に向かうことになる。
王都の東に行った後、今度は西に向いて歩いているのであり、まだ王都の近郊をウロウロしているだけなのであって、当然この辺りの街道は行きかう人の往来はまだまだ賑やかである。
今晩は宿場町の木賃宿で過ごすことにしよう。
宿と言っても大したものではない。長屋のような建物が2棟ばかり並んで建っているだけだ。
中に入ると狭いカウンターがあり、そこで宿泊の手続きを済ます。今夜の寝床になるのは、なんと大部屋なのだ。部屋にはベッドが10台ほども並んでいて、そのうちの一つが今夜の私の寝床となる。廊下を挟んだ隣の部屋は食堂で、夕食はそこでどうぞというわけだ。ベッドの枕元には鍵付きのロッカーが付いており、そこに荷物を入れる。荷物と言っても大きなリュックサック一つであるが。
さて、宿の用意もした、隣が食堂なので夕ご飯の心配もない。
あとは、ひと稼ぎしてみるだけ。
木賃宿の玄関のカウンターにいるオヤジの所に行き、世俗治癒師免状を見せる。
「ほぅ~、あんた若いのに免状持ちの治癒師なのかい。」
「ええ、修道院で修行中の身なのですが、今、巡礼に回っているところなんです。ヒール・ハイヒール・キュア・浄化、一通りできますよ。まあ、治癒師の経験が深いわけではないんですが。それから、祓魔師の免状もあります。」
祓魔師の仕事は死者に対するだけではない、精神的なケアも仕事の内だし、心痛から体の病気になるという考えがこの世界では常識でもある。
「若いのにねぇ、大したもんだ。
まあ、祓魔師は年功がないと信用されないからねぇ、
でも治癒魔法がそれだけできるなんて、大したもんじゃないか!
じゃあ、旗を挙げさしてもらうよ。」
宿の玄関口に治癒師免状の旗が掲げられる。このような旗はどこの宿にも置いてあって、旅の治癒師がやって来るとこの旗が掲げることになっている。そして、病人がこの旗をみて患者としてやって来るわけである。
「おお、これは運がいい、治癒師が来ているなんて。」
そう言って、おいおい患者が集まってくる。
旅先の木賃宿だから、うんうん唸っているような急性の病人はめったに来ない、旅先で怪我をした、前から腰を痛めている、以前から胃がもたれる、など慢性の病人ばかりだ。
さっそくやってきた。
一人では歩けないらしく、付き添いの男の肩にしがみつきながら、冷や汗を流しつつ訴える。
「私、行商で村々を回っているのですがね、途中、ぎっくり腰になってしまって、もう歩けなくて、行くも戻るもできなくて。何とかなりませんか。」
ぎっくり腰なら、ヒールで十分だろう。いや、惜しむことはないハイヒールでいこう。
もっともらしい顔をして、それらしいセリフを言ってみる。
「それはそれは、お困りでしょう、とにかく横におなりなさい。」
腰に向けてハイヒールをかけてやる。痛み・痺れはなくなったようだ。
今度は腰を下に引っ張り体を伸ばしてやる。少し顔をしかめている。
左側の脚が痛いというので、反対の右側に腰を捻じり・・・、
”ゴキッ”と音がしたところで緩める。
そして、また背中・腰にヒールをかける。
今度は両脚を持ち上げ、体を左右にねじる。左にねじると痛んでしびれるとのこと。また腰椎に向けてハイヒールをかける。
ここまですると、劇的に楽になった様で、とても喜んでいる。
「うほっ、歩ける。こりゃありがたい。」
「この一回で、治りきるものでもないでしょうから、明日の朝もう一度かけておきましょう。それまで、安静にしておいてください。」
治癒料金はいか程か?と聞かれるが、だいたい銀貨一枚が相場だろう。
「でもあんた、ヒール3回かけてくれたじゃないか。」
つまりヒール1回で銀貨一枚(100グラン;千円相当)が相場なのか。でも、正直こんな値段については知らない。
「修行中ですからいいです。」
というものの、
「いや、免状を持っているのだから、そういうわけにもいかん。」
と言われて、銀貨3枚を渡された。他にも幾人か治療を頼まれ、銀貨で7枚の収入になった。この免状の威力はなかなかのものである。
免状は、布にしっかりと織り込んだものであり、旗にして掲げれるようになっている。これからは、道行く人にわかる様、リュックにかぶして歩くことにしよう。
翌朝、3人ほど治療をしてから、宿を出発。結局のところ、治療で稼いだ分で、宿代・食事代・買い物代を賄ってお釣りができる程だった。
街道から分かれて山の中に入ってくると、人通りも減り、いよいよ寂しくなってきた。
人目も無くなってきたので、道すがら爺神の教えてくれた”心眼”と”略奪の手”を試してみようと思う。
眼を瞑っても周囲の状況が把握できる。といってもその範囲は5mほどで、それを超えるとぼやけてしまうが、ゆっくりと歩くぶんには支障はない。
そのまま”略奪の手”でいろんなものを片っ端から採集してゆく。
心眼で把握したものを採取するのであるから、5mの範囲とごく近くのものに限られる。そのため歩みはだいぶんと遅くなってしまったが、これも”精進”のためなので致し方あるまい。
小さな花が咲いていた、これを採取する。勝手に分析されその花の成分の情報も手に入る。煎じて飲むと下剤になるようだ。
今度はキノコが生えている。これも採取だ。これは毒?、いや、ごく少量なら痛み止めとして使える。
道の横に流れている小川に、何かが泳いでいる。これを採取してみる。やっ、少し大きいので魚と思ったが・・・、こいつはタガメだ。なんと、こいつは栄養分が豊富で、いい食材になる!?。
おえっ!
総じて、心眼で観ると正確な情報が把握できるが、美しいだとか可愛いだとか、逆に気持ち悪いだとか、情緒的な情報が欠落してしまう。人間は肉眼というか身に着いている感覚器によって、情報だけでなく世界のすばらしさも感じているのかもしれない。
つまり目で見て肌で感じてこそ、日差しの加減や風の爽やかさから、夏の終わり秋の始まりを感じ取ることができるのである。心眼では、64度の角度の日射、摂氏26度・湿度67%・風速1.5mの風とわかるだけなのだ。
ボチボチと歩きながら、心眼を凝らし、略奪の手で採取を繰り返してゆく。心眼の範囲が少し広がってきたようだ。略奪の手も届く範囲が広がり、獲れるものも大きくなってきたような気がする。
夕方になっても、まだ森の中である。既に薄暗くなり始めている。
”今日はここに野宿か。”
まあ、それほど辺鄙なところに来たわけでないし、野盗はいないと思う。
でも、野犬はいるだろう。
よし、土魔法で小屋を建ててみよう。
焚火と私の寝る一坪ほどの場所を囲むように、土壁を周囲に丸く築き上げていく。
壁の材質は多孔性で素焼きか軽石か、そんな感じで、厚さはそう10~15㎝と厚めにして、頑丈にしておかなければ。
このまま2mほど上の頭上ですぼめて、天井は直径1mほどの穴が開いたまま。焚火の煙を逃がすためだ。ちょうど壺の上半分を切り取ったような形だ。
出入口は、天井の穴である。焚火の火の傍には通気のために小さな穴をたくさん開け、かまども作りつける。
途中、試行錯誤もあって、30~40分ほどもかかったが、なんとか出来上がった。
『壺ハウス』と名付けよう。
小さな鍋に麦がゆを炊いて、塩辛い干し肉を串にさして焼く、野宿なんだからこんなものであろう。焚火の放射熱で土の壁は程々に温まり、多分夜中もいい具合で寝れるだろう。
翌朝、壺ハウスの天井穴から這出ようとしたが、失敗。見事にずり落ちてしまった。
身体能力の低さには我ながら驚かざる得ない。
焚火にしていたかまどの石を積み上げて足台にしてようやく這い出すことに成功。
しかし、今度は荷物を中に置き忘れてきた事を思い出して・・・、
・・・どうしよう・・・。
だんだん、自分のどんくささに腹が立ってきた。
壺ハウスに石弾を連射して粉みじんに崩してしまい、瓦礫の中から荷物を掘り出す。
他人がこの姿をみていたら、魔法の無駄遣いと思うに違いないだろうな。
しかし、それでいいのだ!、
全てが鍛錬であり、決して無駄にはなっていないのだ。
そうことにしておこう。
気を取り直して出発である。
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