巡礼篇

第20話 まえがき ヘルザの地理

大陸を東北東から西南西方向に悠々と流れる大河ヌカイ河。

この大河に沿って北側に豊かで広大な沖積平野が広がる。”ヘルザの地”とよばれていて、物語はここを舞台としている。


そして、ヌカイ河の南側には”魔の森”が延々と広がっている。その中を幾筋もの支流がこの大河に合流していて、大河ヌカイ河の水源は7割までがこの広大な魔の森から来ているのだ。

魔の森:この濃密な森には多くの魔物が生息して、人の侵入を拒んでいる。魔の森の探険調査はこれまでも試みてこられた。

しかし、そのことごとくが魔物という障壁に潰えてしまった。ために、森のかなたについての確かな記録はなく、古誓書の中の記載に頼らざる得ない。

森を延々と進むと、山岳地帯に至るはずである。その先には天にも届くという峩々たる高峰、コンロー山がそびえ立っているという。その広大な麓には古代魔法文明の歴史の舞台となった国々があったはずで、それらは神の怒りにふれ、大異変・戦争の中に滅び去ったのだと。

ヌカイ河の南岸は、この魔の森が河岸の際まで迫っており、今ではもう人の世界ではなく、魔物の巣窟となり果ててしまった。

これまでも、開拓の果敢な試みは幾多もあった、しかしそのことごとくが、魔物に蹂躙され悲惨な結果と終わってしまった。

現在は、川岸に人の砦たる城郭都市バルディが建てられ、そのごく周辺のみが人の領域である。


ではなぜ、城郭都市バルディがあるのか。

この危険な魔の森は富の発掘地でもあるから。

己の命を引き換えにする覚悟さえあれば、魔物の体は資源の塊でありこれ程の獲物はない。

また、森の中には古代魔法文明の遺跡が数多く見つかる。そこでの命がけの探索で得られた古文書・遺物からどれほど多くの古代魔法の知識が得られたことか。まさしく知の宝庫でもある。

冒険者・魔術師・聖職者、これまでの挑戦はことごとく魔物に食い破られてきた、それでも人間の心の中に息づく野心はまだ擦り切れてはいない。

城郭都市バルディはその証拠であり、新世界ヘルザ中から野心溢れる人々を集めている。


では大河の北岸はどうか。

北方には、エイドラ山地が連なっている。山地と言っても伝説のコンロー山脈とは違い、人の侵入を拒むような高峰はなく、低くなだらかな山・穏やかな森が延々と続いているのだ。

ここにはもう危険な魔物はほとんど棲息しておらず、エルフやドワーフといった森の民・山の民たちが古くから生活を営み独自の文化を育んできた。

これらの山々から沸き流れてきた大小幾多の川は、やはりヌカイ河に注ぎ込み、この大河のもう一つの水源となっている。

そして、このエイドラ山地とヌカイ河の間に平野を沖積して、そこは豊穣の土地が広がり、ヘルザの地となっていて、今ではテルミス王国が建てられている。


テルミス王国が建国される前の時代には、聖者ネンジャ・プが暴虐の王国:古代魔法王国が大勢の人々を連れて避難してきた地であり、”新誓書”の舞台となった地である。そこに点在する新誓書の史跡を巡るために、大陸の各地から大勢の巡礼者たちがやって来る。

また古代魔法文明の遺産もいくつかみられるが、これらの古代遺跡は既に熱心に調査・探索され尽されている。現存するグリモワールの多くはこれらの発掘により見つかったものだ。

また由緒ある神社もあちらこちらにあり、このあたりも聖ネンジャ・プ以前の時代から人の世界であったことは違いない。


神社は平地にとどまらずエイドラ山地にも点在しており、森の民・山の民にとって古くからの信仰のよりどころとなっている。中でもイヤリル大神社はその中心であり、毎年春には大きな祭りが開かれるらしい。

彼らの信仰は聖ネンジャ・プの教えではなく、古代から続いてきた精霊信仰にちかいものをそのままに信奉しているらしい。独自で古風な文化を頑なに守る彼ら、そして彼らの地であるエイドラ山地には、もはや王国や教会の権力・権威はおよばない。かといって、自分たちの統一した王国を作っているわけでもない。多くの部族代表がイヤリル大神社に集合して評議会を開いて部族連合を形成しているといわれている。


このエイドラ山地の北西は北の海に終わる。沿岸には小さな港町・漁村が点々と見られるだけである。


北東方向にさらに進むと冷涼な平原が広がっている。

ヴォルカニック皇国の国土である。ヘルザの地ではテノミス王国と並び立つ大国で、皇帝と選帝侯達と多くの騎士達の国である。このあたりにまでくると、もはや神社はなく、その信仰は教会が独占している。


このヴォルカニック皇国とテノミス王国の間、エイドラ山地の東部には小さな盆地が並び、これら盆地を結んだ道が両大国を繋ぐ街道となっている。ここにはウェルシ公国という小国が建っている。が、その支配は小さな盆地とそれを繋ぐ街道に限られていて、領域のほとんどを占める山地は、森の民エルフと山の民ドワーフの物である。


ここよりさらに東に進み、エイドラ山地が終わるとサムエル公国といくつかの小国が並んでいる。この地域は、かつてヘルザ(新生の地・希望の地)の先進地帯であった。これらの中には教会の中枢となっている教皇国もあり、そこには教皇がおられ、ヘルザ大陸の民すべてに祝福を送っている。

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