第19話 旅立ち
「そう、あなたはもう十分にこの世の中で生きていけると思いますよ。治癒魔法や聖天魔法も覚えましたし、誓書をはじめいろいろな知識も手に入れた。この修道院に籠っていないで、どうです、世の中に少し出てみたら。」
ある日の朝、いつものように聖堂図書館に行くと、フェルミ女史がいきなり切り出す。
「えっ、修道院を出るのですか?」
「いえ、出て行けと言ってるんじゃないんです。
そろそろ、世界に出てみたら、そう巡礼に行ってきたらどう?巡礼と称して王国各地のグリモアールを探してくるのはどうです?
一通り巡って、帰ってきたら一回り成長してますよ~。いや、おなか周りの話じゃないですよ、あなたの心がです。
そうですね~、まずミュルツ寺院、そしてバルディも行っておきたいですね。」
教会で過ごして既に1年が過ぎて、ここでの年齢が20才となった。
確かに、この世界で生きていくための十分な知識は手に入れたように思う。様々な魔法の知識もそうであるが、この世界の常識・信仰、人々の心の内や社会のシステム、こういったものが聖職者達の側にいるといやでも目に触れて、生きた知識として頭の中にしみ込んでくる。この王国の聖職者は世俗社会と接触がそれだけ濃厚なのだ。
言われてみると確かに外の世界を知ってみたい、外に出て自分を試してみたい。でも、この世界で自活するなんてできるだろうか。
「しかし、世間に出て生計を立てていく術があるでしょうか。」
「フフッ、実はその辺も抜かりなく考えているのでありました。ホラ、コレッ!」
渡されたのは、治癒師・祓魔師の世俗免状。
別に教会がこの魔術の利用を法的に独占しているわけでなく、この免状が無いと治癒魔法や聖魔法を使ってはいけないという法律はない。ただ、この魔術の技量を保証しているだけである。教会が治癒師・祓魔師として正式に認めてくれている、まあ、ブランドのようなものだ。料金を貰って行うサービス業だからブランドはありがたい。
「それから、王室も少し援助してくれると言ってます。
ほら、例の怖い王妃様、あの人との話が上の方であったそうですよ。だから心配せずに行ってらっしゃい。」
いや、逆にそれは心配な要素だ。第2王妃ヘレンの好意なら素直に受けれる、でもモルツ侯爵が絡んでいるに違いないから・・・。いや、このことはフェルミ女史には言えないな。
「そうですね、あの3魔術師からの賠償金やら王室のメイドの退職金やら、それなりの資金はもっていますので、当面の生活費・旅費は心配ありませんし。治癒師・祓魔師をやりながらのんびりと巡礼に行くのも、いいかもしれないです。いろんな魔法を試してみたくもありますし。」
「でしょう、じゃあ行ってらっしゃい。また、帰ってくるのを楽しみにしてますよ。
そうそう、バルディは絶対行かなくちゃだめですよ。あそこで遺跡探索もしていますから、参加してみたらいいです。きっと面白いから。ちゃんと紹介状送っといてあげます。新発見なんかしたら、フフッ、楽しみでしょう?
あと、エイドラ山地。あそこは、エルフとドワーフの郷です。あなたの素性、自分でも知りたいでしょう。普人族は住んでいないので教会はないのですが、古くからの神社;神秘のベールに包まれたイヤリル大神社がありますよ~、私たち普人族には敷居の高い神社ですが、ハイエルフのあなたなら気楽に行けるでしょ。ぜひ行ってらっしゃい!」
というわけで、修道院を出て巡礼に行くことが決まった。
まあ巡礼中に、これからどう生きていくのか、どう生計を立てていくのか、考えてみようと思う。
爺神は”千年ほどブラブラしてろ”と言っていたが、ニートさせてくれるわけでもないし、乞食なんてしていたら、また奴隷にされてしまうかもしれない・・・。
数日か経って、懐かしくもちょっとヤッカイな面会者がやってきた。
王宮の奴隷メイドの元締めだ。
「やあ、久しぶりだね。
あんたが巡礼に出ると聞いて、餞別を届けてやれってさ、侯爵が。」
ホラと小さな革袋を差し出す。中を見ると、金貨が詰まっている。20~30枚ほど(20~30万グラン)も詰まっている。地球でなら2~300万円にもあたり、餞別にしてはえらい大金だ。
「それでね、帰ってきたら土産話を楽しみにしてるって。」
「土産話を期待の餞別にしては大金過ぎませんか~コレ。」
「そんなことないって、あんたの事はみんな心配してるんだから!遠慮なくとっときな。
でね、どんな土産話が聞きたいかと言うとだ。あんた、神社廻ってエイドラ山地を抜けていく予定だろ。」
「神社というより、神社のグリモワールが目的なんですが、なんで知ってるんです?そんなこと。」
「まあ、いいじゃないか。話を進めるよ。
そこでだ、エイドラ山地にあるイヤリル大神社をお参りするんだろ。
そこだよ、そこの話が聞きたいのさ。
あそこはさ、エルフやドワーフの聖地だし、連中の連合の中心らしいとまではわかってるんだけどね、たいした情報がないんだよ。
普人族のあたしたちじゃ、なかなか行けないじゃないか。そこはどういう所か、そこに集まって何してるのか、何にも知らないのさ。
あんたならハイエルフだし、結構、歓待・厚遇されるだろっ、色々見聞もあるはずだからぜひともその辺の話を聞かしてほしいってことさ。」
「侯爵の間諜になれってことならお断りしますよ。」
「そんなこと言ってやしない、知らないってことは怖いのさ、だから教えてくれってことだよ。じゃあな!」
全く返事にもなっていない返事を返すと、さっさと部屋を出ていった。
ただ金貨の詰まった小さな革袋が”裏切るなよ、期待しているぞ!”と重たくのしかかってくる。
困ったもんだ。
それにしても、話の大元がこれではっきりした。やっぱりモルツ侯爵だったんだ。
その晩、フィオレンツィ師に呼ばれた。
「何やら、複雑な関わりをお持ちのようですね。
あなたは、これからどう生きていくか、そろそろお決めにならないといけないのですが・・・。
私が思うのには、自分の道は自分で決めるより他ない。そうするには、自立の道を探すより他ない。
それに役立つのであれば、偉い人の言うことを素直に聞いて、使われてみるのも方法だと思うのですよ。
今回の巡礼の話の大元は、あなたのご想像のとおり、モルツ侯爵様から私の方にまず話がありました。でも、そろそろ自立を考える時期でもあるし、王室からの話もあなたにとって大きな助けとなるはずです。
将来この関係をどうするのかという問題は残りますが、今は長いものに巻かれておきなさい。そして、自身を強くすることに専念なさい。強くなるというのは、いろんな意味でね。
まあ、どう距離を置くのかということに気を付けなくてはいけませんが、あなたなら十分にやっていけるはずです。助言するならば、誠実かつ自律して、ということになります。あなたなら大丈夫。そう思いましたから、シスターフェルミに巡礼の件をお話ししました。
私としては、また我々の元に帰ってきてくれることを望んでいますが、これは強要することではありません。
まあ、結論としては、自立して自分を試してきてごらんなさい、という事です。」
と、言うわけで、巡礼旅行に旅立つこととなったのである。
修道院の知り合いとの別れの挨拶も済ませ、支度も全て終えた。
初夏の早暁に王都中央修道院の門を出る。
背中に背負った荷物は結構重たい。基本徒歩の旅行だ、杖はやはり必須だな。
フィオレンツィ師・フェルミ女史が見送ってくれる。
”お世話になりました”と礼を言い、背中を向けて旅立つ。
ずいぶんと歩いてから振り返ってみても、まだ門の前に立ってこちらを見つめている、もう一度軽く頭を下げてから、朝露に濡れた石畳の道を先に歩んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます