第18話 教会篇;学問の師Ⅱ

フィオレンツィ師の活動について廻ると、社会のつらい所ばかりを見ることになる。というのも師はそんなことばかりしているから。

でも教会の活動は、もっと明るく景気の良い所にも及んでいる。当然である。


信女(しんにょ)という言葉をご存じであろうか。日本では戒名であるが、こちらの世界;ヘルザでも同様。若干違うのは、生きているうちにこの称号が与えられるということである。

テルミスでは経済的に余裕のある老女、特に未亡人は、教会にまとまった寄付をする人がおおい。最低で金貨50枚(500000グラン;500万円相当) 、平均で金貨100枚と言う結構な金額である。そうすると教会から”信女”という称号がもらえる。この称号を持っていると教区の教会が何かと気を使ってくれるのだ。

しばらく教会に顔を出さないと、心配して家を訪問してくれる。週末のミサの後には教会で信女の集まる”信女サークル”も開かれ、町の噂話に花を咲かせる。

そして、いよいよ一人で生活できなくなると、世話をするように子・孫との仲立ちをしてくれたり、それもダメとなると教会の施設に収容して、介護して最後まで見取ってくれる。

そして、最後の葬式までちゃんと執り行ってくれる・・・。

つまり”信女”というのは、教会が老後の保障をしてくれるという、ありがたい称号なのである。ただの戒名ではないのだ。

ちなみにこの称号、私も持っている。これは私の修道院に受け入れる際に王室から教会に支払われた費用が金貨50枚~100枚を超えていたという事を意味する。

おかげ様で、老後は教会から保証されているので、前途洋々たる我が人生なのだ。


ところで、その”信女サークル”であるが、大体は街の教区ごとに置かれて教会の中で開かれる。そこで私のお仕事なのだが、その信女サークルに出張して行ってお世話係として重宝されているのだ。王室のメイドをしていたというだけでも十分に役にたちそうなのだが、実はそれ以上の理由があるのである。


信女たち老女にとってアイドルとなる人物がいる。

若い女の子ならばジャーニーズ事務所のタレントやイケメン騎士であるが、古びてくるとそういうのには関心が減ってくるというのは当然であろう。代わりにどのような人物が良いのであろうか。

高潔・清貧を貫く学識にあふれたインテリであり、出世や富に惑うこともなく、ただひたすらに恵まれない人に無償の慈愛をささげる。

自分の葬式の時には、そういう高徳の人物にやさしく聖天を導いてほしい。

それが信女達の願いなのだ。


・・・まさしくそんな人物が、わが師フィオレンツィである・・・。


と、いうわけでわが師は、信女たちの熱狂的なファンに包まれている。

もちろんわが師は媚びたりはしない。そんなことをすると逆にがっかりと失望されるだけなので。

その代わりに、その愛弟子の私;エリーセがご機嫌をうかがって回るというわけなのだ。


ところでその”信女サークル”であるが、階級社会であるこの世界では、やはり階級ごとに分かれている。実情は教区のある居住区ごとにまとまっているのであるが。

商業地区ではいかにも古強者の商売人というような婆さん;”商人”信女が集まっているし、官僚の居住区には几帳面でしまりのうるさい婆さん;”役人”信女がいる。

そして、上級貴族の居住区では・・・、まさしく”上級”信女が集まっている・・・。


ヘルザの世界は中世・封建時代の終わりの時代にある。こんな時代であるから女性の社会的地位は、はっきり言って低い。しかしそれに反比例して、家庭内の地位は極めて高い。息子・孫の結婚・就職、ありとあらゆることに口を出す、お母さんの威厳である。その頂点が彼女ら信女達なのだ。

特に上級信女はすごい。上級貴族というものは、権謀術策にまみれて生きている。その中で鍛えられて生き抜き、貴族家の中で強い発言力を持つ彼女らの影響力は極めて強力なのだ。

そんな彼女らが赤子のような純真さでもって、フィオレンツィ師を慕っている。師の行っている社会事業は彼女らによって支えられているといってもよい。


信女サークルでの私の仕事は、部屋の用意をして、皆さんが集まってきたらお茶を出して、話を合わせながら一緒によもやま話にふけり、あとはかたずけである。

それだけのことであるが、集まってくるのが婆さんたちなので、腰が痛いだとか膝が痛いだとかが必ずある。それにヒールを掛けてまわるのも当然のことながら大事なお仕事のうちになる。

もちろん治療代なんていうものは受けとらない。しかし対価は必ず与えてくれる。信女は与えることも楽しみにしているのだ。


”役人”信女達は几帳面である。サークルのみんなから少しづつ銅貨を集めて小遣いとしてくれる。

金額は銀貨1枚;100グラン(大体1000円相当)を超えることはない。それ以上の金額になると、教会へ上納することになるから。当然である、教会の活動の一環なのだから。

いささかけち臭くはあるが、あくまでもお小遣いのあるべき金額を超えないように気を使ってくれているのだ。そのおかげで、帰りの屋台で買い食いするのにありがたく使わせていただいている。

でも、もっと大きな対価がある。

師の社会事業のための手続きでどうしても役所とのお付き合いがあるのだが、そんな時、お役所がスムースに動いてくれるのだ。

時にはどこからか特別な配慮が入ったり、アドバイスをもらったり・・・。そして、「いつもうちの母がお世話になっていますから・・・」とのあいさつを受ける。


”商人”信女は、ざっくばらんに金貨;10000グラン/枚(大体10万円/金貨1枚相当)の大枚をくれる。でも金貨を貰っても、教会に上納することになってしまうことは上記のとおりだ。

実は商人信女もそのあたりは十分に承知の上なのだ。

彼女らは教会に対して定期的に献金するのが、商売で金を稼いでいる自分たちの務めだと考えている。そこで私を通して献金すると、そのお金がフィオレンツィ師の事業に向くはずだ、そう考えてこのようにしてくれているのだ。

彼女らの信奉している徳性とは”金は天下の周りもの”ということなのである。

本当に私にくれるものは古着であるとか結構地味なものばかりであるが、それは彼女らの私生活がやはり地味であるからだ。


そして、”上級”信女である。

侯爵家・伯爵家といった上級貴族のお婆さんたちなのだが、彼女らは対価というものをくれない。これはケチだからというわけではない。そのような対価を与えることは相手を使用人扱いするということであり失礼となる、とそういう考えがあるからだ。

しかし、ただよりも高いものはない。その事を思い知らせてくれるのも上級信女なのだ。折に触れてくれるものが中途半端ではないのである。

「これは私が若い時に愛用していたものです。つまらないものだけど、形見分けと思ってもらってくださいな。」

そう言って古びたブローチをくれる。そう、ぱっと見は銀メッキの少し剥げた古びたブローチだ。しかし地金はアダマンタイト;黄金の十倍の価値のある錬金術の最高の金属材料であったりする。しかも、裏に何カラットもあるルビーがついている。これは治癒魔法に使う魔法具なのだ・・・。

これを使って、少しでも世の中のために働いてくれというわけである。こうなると、教会も上納せよとは言えなくなる、「ご厚意に応えて、使わせていただきます。」と答えるよりほかないではないか。

そのうえで、一度お茶を飲みに来るように招かれる。断るわけもいかないので、訪問すると、ご当主の伯爵とその甥の子爵が出てこられて、こう紹介される。

「甥のエルマー子爵だよ。なかなかの男ぶりだろう、嫁さんが早世してしまってね。もう、長男はじめ子供はおるのだが、まだ30台早々というのに男やもめなんだよ。」

要するに、子供がいるけど再婚したい、これ以上子供ができたら跡継ぎの問題がややこしくなるから、異種族の嫁がちょうどいい、どうだい?と、いうわけである。

テルミス王国はエルフやドワーフ達と融和政策をとっている。だから、エルフやドワーフの貴族も少なからずいるので、その連中との交際も重要なのである。そういった際に一族にハイエルフの嫁も居るという事は大きなアドバンテージにもなる。

それは穿った見方だと言うかもしれないが、その程度は考えているのが”上級”信女である。

もちろんこれは困る。

私には別に為すべきことがあるのだ。冷や汗を流しながら、「信仰の道を進みたいと思っているのです。」とか、「一度は奴隷商に売り飛ばされた身で、そのような玉の腰はまぶしすぎる。」とか、さんざんに言い訳を言いながら逃げて帰ってきた。


また、このような事もあった。


内務省と言うお役所をご存知であろうか。警察や保健衛生やら民生全般一切に関わるお役所だ。かつての大日本帝国では、とんでもない権限・権力を持っていてGHQに解体されている。テルミス王国ではワンマンな王様が居るのでそれほどでもないが、それでもその権限は広い範囲にわたっている。

で、師の事業である奴隷に関することもこの内務省の所轄になるのであるが・・・、奴隷問題などというとっても面倒くさい問題には関わろうとしない。

そこで師が頑張ることになっている。

では、内務省はそれに感謝しているのかと言うと、そうではない。

”落伍者なんぞサッサと処理してしまえばよい、面倒をかけるナ”、

それがお役所の方針であり、師のやっていることはその面倒を増やしているばかりだ。

そして、エルメッツ伯爵が新内務卿に就任した時の事である。

「つまらん事にどれだけ面倒をふやしているのだ。サッサと合理化したまえ!」

と、いうことになったのだ。

教会は大いに騒ぎ、抗議に向かったのは当然である。

しかし、この伯爵はなかなか頑固な方で、意固地になって、

「無駄!無駄!無駄!、無駄を省いて業務を簡素化するのが、私の役目であ~る。

行政改革こそ我が使命なのだ~。」と。

いや、それはそもそも奴隷問題というものを把握していないからであって・・・、そんな議論をすると

「王国の統治にケチをつける気かね!」

とばかりに、特高警察を差し向けてくる始末・・・。

では、教皇庁に話を持ち込んで異端裁判に持ち込むのか・・・、と大ごとになりかけたのだが・・・。

ところが、

「マアマア、若い子が意固地になって、みっともないですわね。」

そう言って、秘策を講じたのが”上級”信女;アリア婆さん。

この方はエルメッツ伯爵家の未亡人である。つまり、当の内務卿エルメッツ伯爵の御母堂なのである。

ならば、直接説得してくれればいいのにと思うのは、下々の考えで、貴族家にもなると国政の事に女が口を出すことは禁忌なのだ。

そこで、奴隷のための慈善パーティを自宅で大々的に開くことにした。

自宅とは、つまりエルミッツ伯爵邸で。主催は当主のエルミッツ伯爵;内務卿となるのは言うまでもない。

もちろん伯爵自身にしたら、そんなパーティーを主催させられるなんて、とんでもない話だ。

ところが信女ネットワークでもって数多くの客が集まる。

侯爵・伯爵クラスの上級貴族、大勢の中堅官僚達、そして大商人達、なんと王太子のヨーゼキ殿下までやって来た。この辺の人脈は教会・信女ネットワークのすごみである。稀に見る大パーティーとなってしまった。

当日のパーティー会場にて、フィオレンツィ師はお礼のスピーチをかたる。

「恵まれない人々の幸福のために、常日頃から内務省からはご配慮を頂いておるばかりであります。それだけではなく、新内務卿エルミッツ伯爵様にいたっては、このようなパーティーまで開いていただくという、誠に深いご理解を頂き、感謝の念に堪えません。

どうか、これからも御先導をお願いいたしたく・・・。」

と、まあ大人のご挨拶である。

一方、新内務卿は顔から汗をながしながら、主催者としての挨拶を返す。

「王国の利益のために内務省の合理化を押し進めて行かねばならないのは、既に諸氏ご存知の通りであります・・・、

なぜにそうせねばならないのかと申しますと・・・、

・・・本当に必要な事業を全うするためであります。

では、本当に必要な事業とは・・・

・・・クククッ・・・、

フィオレンツィ師のなされているような社会事業であるのは当然の事でありまして・・・

私といたしましても、微力ながら力を尽くしてゆきたいと思うのであります・・・。

・・・トホホ・・・。」

と、言う具合に仲直りさせてくれたわけである。


フィオレンツィ師の社会事業で頭を抱えるような問題が起きた時、ウルトラCの大技をぶっ放して解決してくれるのがこの”上級”信女たちなのだ。


上級信女は油断できない婆さんたちである。

が、フィオレンツィ師に対しては赤子の様に純真となり、熱心に後援してくれる・・・。

権謀術策にドップリと浸かった人生を送ってきた彼女らにとって、師の清廉・無私・献身をひたむきに追いもとめるその姿はまさしくファンタジーであり、そこに憧れを抱いているに違いない。


こんな日々を過ごしながら、いろんな経験を積んだ。

教会からみると世の中の表裏が広く見えてくる。この世界がどういう所なのか、おおよそがつかめた。

簡単な薬を調製することさえもできるようにさえなった。

またグリモワールから、ヒール/ハイヒール以外に聖天・浄化・キュア・混乱・祝福・解呪・解毒等々、聖魔法・治癒魔法・精神魔法の数々も覚えることができた。

中央修道院での日々で得られたものは大きかった。


が、ただ一つ教えてもらってないものがあった。

神学である。

フィオレンツィ師はこう言って教えてくれなかったのだ。

「その学問は、あなたが必要と感じた時にこそ、学ぶべきなのです。」

と・・・。

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