第12話 魔術師その後

時系列からいうともっと後(のち)の事となり話が先走ってしまうのだが、この3魔術師の後日談をここでしておきたい。

なぜなら、筆者としてはこの連中に奇妙な共感を抱いてしまうから。


年末の木枯らしの吹きすさぶ繁華街、そうイブの夜・・・、

・・・「リア充、爆発しろ!」・・・

痛々しいほどの冷たい空気の中、俯いてこの様に呟いた覚えはないであろうか・・・。

もし覚えがあるならば、あなたもこの3魔術師達の同類である。

そして、あなたの未来はかれらのそれと重なってくるのである。

そう、他人ごとではないのだ!

多分、読者諸氏は彼らの行く末の幸多からんことを祈念しているに違いない・・・、

筆者としてはそのように考えるがゆえに、最優先してこの話をしておかなければならない、そう考えているのだ。


3魔術師がエリーセに5つの魔器を植え付けるという、つまり魔術的なアレと性的なアレをごちゃ混ぜにしたスキャンダラスな”事件”を起こしてしまったのだが、イエナー国王陛下は彼らに同情的である。


途中で被害者の苦痛に煩悶し病院へ保護したという事実。

そして自首して強い反省の念が見られ、当の被害者からも減刑の嘆願が出ている事。

何よりも、王国へのこれまでの貢献と将来の希望が大きかった。

ので罪一等減で事件ではなく、不祥事として扱う事にした。

謹慎のために修道士として2年の修行ということで、修行の厳しいバルディ修道院に預かりの身となったのであった。


ただ彼らはその謹慎中においても、その才能を眠らせることはなかった。

 

聖職者達は魔術師たちとは違う系統の魔法のエキスパートでもある。ヒール・キュアーなど治癒魔法、浄化・聖天などの聖性魔法、他には精神魔法も少しある。

しかし、これらの魔法は人を対象とするがゆえに、いずれも高度な魔法であり、その解析・分析はこの世界の人々には手に余るもので、研究や開発は困難であった。ただただグリモワールからの修得に任されるままであったのである。

つまり、これらの魔法は、神から遣わされ古代から伝わる奇跡の術とされ、研究の対象ではなく、むしろ信仰に属するものと考えられていたのだ。


魔術師から見ると、この態度は研究すべきものを信仰という神頼みで終わらせている、ということになる。聖職者に対して、少しさげすんだ目を魔術師たちが持っているのはそれゆえにである。

件の3人組も同じ感情を持っている。ただ、彼らはそこに留まらなかった、自らがその困難な研究に立ち向かうことにしたのである。

真に才能の有るもの達だったといえる。


そして、彼らはそこでそれなりの成果を上げることにも成功した。

ヒール・キュアー・解毒・解呪これらは、一番基本的な魔法であるが、古代文書・グリモワールの解析の結果、その魔法陣を不完全ながら見つけ出した・・・いや、創り出したのである。

もっとも、その効果は弱い、術者が直接かけるよりもはるかに弱い効果しかなかった。効果が弱いが、同時に魔力の消費も圧倒的に小さい。成功というよりも成功途上というべきだったが、とにかく役立つ形にしてみようというのも、彼らのモットーである。

彼らは、毛布ほどの大きさの布にこの魔法陣を縫い込んだ。そして中央には小さな水晶片をぬいこみ、あるいは魔石をはめる金具を付け、マナの供給源とした。

この布はヒール布・キュアー布・解毒/解呪布となずけ、その用途を探してみたが、当然すぐに見つけることができた。ケガ人・病人にヒール・キュアーをかけても、それは魔法をかけた時の一時的な効果をもたらすのみであり、持続的に働くわけではない。効果が弱くても、ヒール・キュアーが持続的に働くと傷や病の回復が段違いによくなったのである。

解毒・解呪も同様である、感染症に対して持続的に解毒・解呪をかけ続ける意味は大きかった。

またこの解毒/解呪布は他にも用途があった。食品にかぶせると腐敗を防げたし、水を入れた容器にかぶせると時間はかかったが、解毒ができたのである。

転んでもただでは起きない彼らだったのであった。


一方、王室としても彼らをそのまま地に埋めてしまう気はさらさらない。有能なヤツ大好きの陛下が放っておくはずがなかった。彼らの今回の不祥事に対するイエナー国王陛下の評価は次のようなものである。

「あれは童貞を拗らしてしまったのである。まことにかわいそうなので、余は同情を禁じ得ない。」

なんと甘い事か!

この陛下は美人と有能な才人が大好きで、少々の欠点は気にならない、そういう人だったのである。


そこで、彼ら3人組の復帰後のプランもこの方針で立てられる。

まず、例の魔道研究所であるが、あの荒れた屋敷は取り壊しである。改めて研究所としてより機能的な建物を建て直し、王立魔道研究所とし、彼らをその主任研究官に任命することとした。

そして、その守衛は騎士団から派遣(守衛というより監視である)、事務官も王室から派遣(魔道研究所の管理監督責任者)、用務員は前から使用人としていた者(当然モルツ侯爵の手先で隠密である)をそのまま採用することにしたのである。


それだけではなかった。このことに関しては第2王妃ヘレンの専権事項となったのだが・・・。


ある日、王妃は王室執務室付きの女騎士デイジー・ノエル・ティナの3名を呼び出し、目の前に並べて訓示していた。

年齢はいずれも20台後半で、執務室付きの護衛を兼ねた女騎士メイドとしてはベテランであり、この王国では結婚適齢期の最終期という年齢にもかかっている。もっとも、彼女らはそのことを一向に気に留めることもなく、日々その勤務に精励しているが。

剛直の彼女たちは、周囲からはお局(おつぼね)3強と恐れられていたのであるが、第2王妃ヘレンの薫陶の前には絶対の服従を誓っている。


王妃ヘレンは問う。

「あなた方の愛はいずこにありますや。」

直立不動のお局3強は唱和する。

「我らの愛は王国の繁栄のために!」

「あなた方の力はいずこにむいていますや。」

「我らの力は王国の安寧のために!」

「あなた方の望みはいかなるものや。」

「我らの望みは使命!使命!新たなる使命!」

世の男性にとっては背筋も凍るような情景と言えよう。

王妃はいう。

「あなた方をここに呼んだのは、他でもない、王国の繁栄と安寧のために重大な使命を果たしてもらうためであります。」

お局3強は唱和する。

「喜んで!必ずや、それを果たさん。」

王妃は説明する。

「修道院にて謹慎中の件(くだん)の魔術師3名、そろそろ謹慎も解け、戻ってまいります。」

お局3強は、すかさずスカートを捲り上げ、ふともものベルトから短剣を取り出し、眼前に掲げる。

そして、

「子細承知、後はお任せください。後顧の憂いは一切ありません、全ては秘密のうちに!」

彼女らの美しくも気迫にあふれた顔貌の横にはギラりと光る白刃がその決意を顕す・・・。

「・・・違います!

誰が暗殺しろと言いました!

彼らの王国への貢献は、騎士団に所属するあなた方なら百も承知のはず。

光明器をはじめ、様々な道具を開発・発明しています。近々では通信器を発明、これは王国の安全・防衛にどれほど寄与している事か。

あの3名は騎士団一個師団にも匹敵する価値があることをあなた達も知っておりましょう!。

彼らをいかに復帰させるか、これは王国の岐路を決めるともいえる重大な問題なのです。

そもそもは、性奴隷エリーセを彼らのもとに遣わしたことから始まりました。

これは、秘密屋敷の中に閉じこもる童貞の彼らが暴走しないかと危惧しての事でした。エリーセは見事に彼の3人組の童貞臭を払拭することに成功しましたが、所詮は性奴隷、正義を刻み込んだ魂はなく、力ある鍛えた肉体もない、使命を負う決意もなかったのです。そのために、彼らの暴走した愛欲の餌食となってしまい、不祥事を防げませんでした。」


女性というものは男性に対して自身と同じく貞節を要求するものである。しかし童貞臭は嫌う。特に年季の入った童貞に対しては汚物を見るがごとしである。世の童貞諸氏に老婆心より忠告しておきたい。

もう一つある。気の強いできる女というものは、何かと同性の責任にしたがる。これは誰に対するものかわからないが一応忠告しておく。

話を戻す。


「そこであなた達です、彼らがまっとうな人生を歩むよう、監視・矯正する使命を与えます。」

お局3強は、人違いと思えるような使命に戸惑い、

「しかし、いかなる方法で?」

と尋ねると、王妃は決然とした口調で命令する。

「その身をもって、彼らの子を孕(はらん)で産み、安定した家庭を築きなさい!そして、その家庭の中で、王国の未来の礎となれる子を育みなさい!」

「そっ、それは!」

さすがのお局3強でも顔面は蒼白となり、思わず後ずさりしていた。

しかし精強のお局3強である、2歩まで下がったが、3歩下がることはなくそこで踏みとどまったのである。いかなる場面でも彼女らが潰走することはあり得ない。

王妃ヘレンは彼女らが立ち直ったことを確認すると、説明を続ける。

「彼らもすでに過去の彼らとは違います。家庭をもち、父となり、人生の中で責務を負うことの意味を知れば、必ずや王国の柱石となる人材です。

近いうちに機会を設けます、そこで一気に決めるのです。電撃戦においては拙速は遅巧に勝ります、スピードが勝負です。いいですね、覚悟を決めて用意しておきなさい!」


・・・・・・・・・


魔道3人組は、謹慎もやっと解け、”さてこれからどうしようか”、などと相談しながら、バルディ修道院から自分たちの屋敷に戻ったのであるが、当の屋敷を目の当たりにした時、呆然としてしまったのは言うまでもない。

新しく建て直された建物の門には前と同じく魔道研究所との看板が立っていた。しかし、”王立”が付いており、すでに自分たちの物ではないことは明らかである。財産の没収はなかったはずであるが、これはどうしたことか・・・。

ただ唖然としてしまう。

外門より中を覗き込むと、門のすぐ内側に小さな小屋があり、いかにも騎士然とした門衛が座っている。顔をこちらに向けて目があうと、第一騎士団に居た顔見知りのヤツである。

「やあ、お帰りなさい!」

えらく気軽な挨拶をする。そして手招きをして入ってこいと。

「一体これはどうしたんだ!」

「驚きました?まあ、詳しくは奥に入ってから。」

自分たちの屋敷のはずなのに、建て替わってしまって間取りもわからず、騎士に案内される。あまりにもの奇妙さにめまいを覚えそうになりながらもついて行くと、応接間らしい部屋に入る。そこはもう、以前の屋敷のように風情のある造りではなく、機能一点張りの部屋である。しかし、もともと荒れ放題であったのである、趣味がどうこう言う連中でもない。


少し待つと、初老の男が入ってきた。丁寧なあいさつと自己紹介。

”長年、王室執務室付きの秘書をしていたが、今回王立魔道研究所を立ち上げるにあたり、最後のご奉公をすることになった、”と。そして、”研究所の運営が軌道に乗ったら、自分は引退して若いのが来るはずだ、”と。


「さて、国王陛下におかれましては、御3方の才能に大なる期待を持たれていまして、皆さんが活動していた魔道研究所を王国の正式な施設として立ち上げたいとお考えになり、かくなる次第となったわけでございます。

職員、と言いましても第1騎士団から派遣の騎士1名、そして事務官としてわたくし、あと用務員2名、これは以前のお屋敷で奉公していた夫婦そのままでありますが、この4名であります。

これら4名で皆さんの研究を支援し、以前にもまして研究成果を上げていただくよう、頑張りたいと思うわけであります。

陛下におかれましては、この研究所が王国における魔道学の一大拠点に発展することを望んでおられますが、まずは、ここからという事で。

なお、御3方の住居ですが、それぞれに、別の屋敷が用意されてまして、ここにあった屋敷は王室がかわりに買い取ったことになっています。

それから、研究所の運営費用でありますが、私と騎士の給料は王室と騎士団から、用務員の給与や研究経費は、皆さんの研究の成果によって得られる収入から捻出するということになっております。

何かご質問は?・・・・・・。

特にない!。それでは研究室等ご案内いたしましょう。」

・・・

流石に研究所として建て直しただけあり、各々の研究室は以前よりかなり広く、より機能的なつくりとなっている。

それぞれの、蔵書や資料・研究道具は、できるだけ元に合ったように置かれており、すぐにでも、前の研究を再開できそうだ。研究室の奥には小さな仮眠室があり、ベットとロッカー・洗面所も備え付けてある。

また、合同研究室もある。実験道具が並べてあり、以前よりも使いやすい。奥には、共用のシャワールームもある。

そして、小さいながら食堂まであった。コックもいないのにと不思議に思っていると、オヤジが顔を出す。銀熊亭のオヤジである。

「お懐かしゅうございます。皆さまには以前のようにごひいきを賜りたく参上いたしました次第です。昼食時はここの食堂に出前させていただくよう仰せつかっております。」

全くもって、いいようにされてしまっているが、不思議と腹が立たない。”ホゥ~ホゥ~”と他人事のように案内されていると、

「一週間ほどしたら、研究所のお披露目のパーティーをいたそうかと思いますが。銀熊亭貸し切りという事でよろしゅうございますかな?」

と、老事務官。

もうすべて任せるより他なかろう。ただ、ウンウンと頓首するばかり。


そしてそのお披露目パーティーの当日、やって来たのは宮廷魔導士や魔道ギルドとかの魔術師・錬金術師たちに、お得意先の騎士団や魔法道具屋の面々に加えて、3魔術師らの両親も顔を出す。どこの関係か知らないが、着飾った美女までも混ざっている。


研究所の案内の後、銀熊亭貸し切りのパーティーは沸き大いに盛り上がっていた。


と、その時、会場が一斉に緊張に包まれ、皆は総立ちとなった。意外な人物が顔を出したからである。

「やあ、みんな、気楽に!気楽に!今日はお忍びだから。」

ご機嫌で、そう言っているのは国王イエナー陛下その人であった。第2王妃も付き従っている。


3人は横に整列して、迎える。

国王はその前に立つとご機嫌で見つめている。


と、その時、3人の各々の横に、それぞれ美女が一人ずつ強引に割り込んで来た。


王妃もご機嫌で眺めている。


国王は魔術師たちの両親たちに向かって話しかける。

「此度は、この魔術師たちの活動が再開したこと、それと同時に、彼らの縁談が決まり新たな人生の始まりを迎えたことは誠に重畳である。

余も、このような才能ある魔術師たちの仲人となり、その人生のめでたき機縁にかかわれたのは誠に喜ばしい事である、」

と・・・。


そして、3人の魔術師のそれぞれにおめでとうと手を握り肩を叩いていく。横を見ると、先程からいた美女が丁寧な礼をしている。

横に立つ美女をジッと見つめると、どこかで見たことがある。王宮の執務室付きの例のお局3強ではないか!


いずれも聡明な3魔術師である。自分の身に何が起きたのか、既に理解し、もう観念していた・・・。


やがて、パーティーも終わると馬車に乗せられ、それぞれの屋敷という所に各々帰ってゆく。彼らの両親とそれぞれにあてがわれた美女の両親も連れだってである。

その屋敷には既に奉公人も居て各魔術師を待っていた。そして両親から話を聞く、次の日には教会で簡単な式を上げ、正式に夫婦となるのだと・・・。


数日後、研究所で再会した3人は、合同研究室で語り合う。

「まさかこんなことになってるとは想像もしてなかったよ。」

「小生もです。まあ、不祥事の罰は、謹慎だけではなく終身刑が待っていたということでありましょうか。」

「俺なんて、徹底的に搾り取られたんだぜ、子だね。こう腰の上にまたがって、徹底的に絞り取りやがったんだ。」

「まあ、これからもせいぜい絞り取られな!」

「全て、おぜん立てされ、用意が済んで、待ち構えていたわけであります。」


しかし、彼ら自身で始末しないといけないことが一つ残っていた。エリーセの残していったものの処理である。

彼らの贈った衣装の数々、今となっては、これらの品々は彼らにとっては暗黒史に違いない。かといって放っておくわけにもいかない。

”全部燃やしてしまい、忘れてしまおう・・・。”

そう決めかけたが、一つだけ残しておくことにした。


エリーセのために、金に糸目をつけずに作った例の魔道師服である。

最高級の絹の分厚い生地に、金糸銀糸で輝く魔法陣を織り込んだ貫頭衣は、豪華なペナントのようにも見えなくもない。研究所の玄関に飾っておくのがふさわしく思われ、そうすることに決めた。


王立魔道研究所に赴くと、玄関でまず目に入るのがその衣装である。銀色に輝く豪華な錦織の織物には、精妙な魔法陣が織り込まれ、その魔法陣には古代魔道語で光の魔法の呪文が美しくちりばめられている。


”マナよ、魔道の光を灯し、世界を輝かせよ!”と・・・。

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