第11話 オタクな魔術師3人組 Ⅴ

例の衣装のせいだろうか、最近3人の魔術師の私を見る目が少し変だ。よそよそしいのだ。

そしてある日、「ちょっとこっちに来てくれ」、デブにそう言われて、地下の合同研究室に連れていく。残りの2人はやや戸惑いながらもついてくる。

奥の地下室に入ると、”ガチャン”と扉が閉ざされた。


・・・いやな雰囲気だ・・・。


地下の薄暗い実験室はそれなりの広さがあり、中には何やら道具がたくさんあるだけでなく、小さなテーブルやベットも置いてある。

と、3人はいきなり私を椅子に括り付け、両手両足を束縛する。

「ヒャッなにすんの!」

と叫んでも無視して、今度は頭の髪をそり始める。

さすがに驚いて無我夢中にわめくと口に何か噛ませ込まれた。

着ている服はびりびりに切り破って素裸にして、今度は大きめの棺桶のような箱に押し込む。両手両足は、箱の四隅に括り付けてしまい、箱の中でつるつる頭で大の字に拘束され寝かされた状態である。

そして鼻の穴に管を通し、瞼には蓋をするように丸い小さな革切れを貼り付けられる。

もう眼も見えないし、話すこともできない。


この状態でデブが語り掛けてくる。


「いきなりの事で、驚いたことと思います。しかし、私たち3人はあなたを害する考えでこのようなことをしているわけではないのです。その真意は逆であります。あなたにはふさわしい姿・形になっていただきたい、そのために、秘蔵の法具を使うことにしたのであります。これは、遺跡より発見した秘宝であります。私はこの古文書を解読し、これが古代の神器であることを確信しております。あなたほどの魔力をそなえたものにふさわしい秘宝であります!」


古文章の内容を説明し始める。


「ハイエロフ(エルフではない)降臨の神器!

まず、愉悦の紋様、これを全身に転写することにより、揺らめき輝く刺青が全身に入る、

次に魅惑の芽、これを眉間に埋め込むことにより、香気あふれる表情を持つ、

次に、芳醇の針、これを背に埋め込むことにより、豊かな肢体をえる、

その次は、白き瘢痕、この白い蜘蛛の瘢痕を入れることにより、つるつるの美しい肌を手に入れる、

最後に愉悦のはらわた、このスライムを肛門から腸に入れ寄生させることにより・・・、その効果はあえて申しません。(なにかスカトロ臭のすることに違いない。)ですから安心して身を任せてください。」


なんだって!、

そんな説明されたら余計に安心できるか!”やめてくれ~”と叫ぼうとしても口の中には太い管がぶちこまれており、”フぇ~フぇ~”となくばかりである。


やがて全身にゲル状のものが塗り付けられる、そして、箱にはやはりゲル状の粘液が流れ込んでくる。エルフ入りのゼリーでも作るつもりか?

冷たいゲル状のものの中に体が浸かっていく・・・。

口と鼻には管が通してあるので息はできる。

やがて、全身がドップリと浸かってしまう。

そのまま長い時間放っておかれて、粘液が固まってきた。まさしくエルフ入りのゼリーが出来上がったようだ。


それから、1~2時間ほどもそのままでいたが、今度はそのゼリーを引きはがしていく。

鼻・口の管を取り除き、瞼の蓋も取り除く。そしてようやく解放されたのだが、その時の自分の変わり果てた姿をみて驚いてしまう。


全身の皮膚がどす黒く染まり、その上に緋色の紋様が表面をうねっていたのである。

デブが言う。

「黒い部分はすぐに消えるはずです。体毛はすべて抜けました。産毛・陰毛・腋毛もありません、今後もはえてきません。髪の毛はじきにはえてくるはずです。」


部屋の横にはトイレがある。その中に籠ってもう一度自分の皮膚を確かめると、その通り浅黒く変わり果てたつるつるの肌・つるつるの頭になっていた。

肌の色は黒かったが、真っ黒というよりも、とてもこまかな文様が皮膚に刷り込まれているようであった。

その上を緋色の唐草紋様がうねっていく。

恐ろしい姿だ・・・。


トイレから出ると、テーブルには粥の食事が用意してある。

「食欲があるならばこれをお食べなさいと。そして今晩はもうお休みなさい」と。

眼を覚ますと、デブがまだ座っていた。看護のつもりらしい。

「苦しくないですか?大丈夫ならば風呂の用意しますから、まず湯浴びをしなさい。」

と。

寝る前と比べて、肌が少しだけ白く戻ってきたようだが緋色の紋様は相変わらずである。湯あみの後、しばらくベットの上でぐったりとしていると、デブが話しかけてきた。

「寝ている間、ずっとうなされてました。心配で治癒魔法のキュアをかけ続けていたのですが・・・。苦しくはありませんか?何とか乗り越えてください、後悔させることはありませんから。」

デブの独白が続く。

「あなたはハイエルフとして生まれてきました。ハイエルフとは何者か、正直知っているわけではありません。

私は古代魔法文明を研究してまいりましたが、遺跡にあった古代文書の中でハイエルフという言葉が残っていて、その出現が預言されているのです。そして今、あなたを目のあたりにして、その強大な魔力を目の当たりにして、ハイエルフとはいかなる存在か、思い知らされたわけなのであります。

私の研究ではこの魔法具はハイエルフのための物に違いない、あなたのために用意されたものに違いないのです。

こうして、私は自分の使命を悟りました。あなたを覚醒させるために私はこれまで生きてきたのであると。

文書に書かれた説明はふざけたものですが、古代遺跡では真の意味は隠されているというのはよくあることなのであります。

あなたが現れ、その正体を顕すにつれ私は迷い焦りました、どうしたらいいのか。

結果、全ては秘密裡に実行すべきであると結論付けました。

もし世間に知られたら大騒ぎになるでしょう、そしてあなたがどうなるか、異端者として火あぶりになるということも考えねばなりません。

ですから、このことは秘密でないといけないのです。私たちは死ぬまでこの秘密を守ります、ですから、あなたも秘密を守ってください。

そして、私は信じております。これは現在のあなたに足らないものを授ける事になるのだと。」

オタクの勝手な論理だ、厨二病ではないか。なぜ私がこんな目に合わないといけないのか。涙が出てくる。

「許して・・・。」

と懇願すると、抱き着きついてきて、

「耐えてください!頑張ってください!」

というばかりである。

しばらくして、また粥を持ってきてくれた。


2日だろうか3日たったのかもしれない、ようやく体調が戻ってきた。

ある日、地下室の中で監禁されたまま休んでいたが、また3人が入ってきた。

「次にすすめます!、」

デブがそう宣言すると、今度は椅子に括り付けられる。

後ろから頭を固定すると鋭いナイフを眼前に持ってきて、眉間にメスを入れようとする。

これはたまらない!

恐ろしさのあまり暴れても2人がかりで頭を押さえつけられ、「ぎゃ~」と叫ぶ中、眉間を縦にメスを入れ、その傷の中に『魅惑の芽』なるものを埋めこむ。

以前デブの部屋で見た、”紅マンドラゴラの球根”ではないか。

それは、少し根が出ていて、傷口から皮膚の奥に入るとすぐに額の奥に、その根を張りはじめ、そして、このまま皮下に溶け込む。

傷口からは出血もしない。

念のためとノッポがヒールをかけて終わりである。


その次は背中に針を植え込んでいく。

チビの部屋にあった、アダマンタイトの針だ!

皮膚には最初の刺青で印が入っているらしい。何本かの針を皮下に差し込んで植え込むと、またヒールをかけて終わる。

額と背中が痛い。ただ、腫れ上がることはなかった。


またひと眠りすると、もう痛みも異物感も消えてなくなっていた。ただただ、倦怠感が酷い。

テーブルの上におかれた食べ物を食べ、またベットの中でジッとしている。


あまりにもひどい虐待ではないか、だまされたと涙がボロボロと出てくる。


今度はノッポが看護している。背中を向けて無視していると、始めは沈黙のままに座っていたが、やがてぽつぽつと話し始める。

遺跡発掘でこの魔法具を見つけた時の話。

それから、3人が一心不乱で古文書を解読したこと。

その結果、この魔法具はハイエルフなる伝説の種族のためのものであるとわかったこと。

それで、王宮に報告はせずにここに隠していたこと。

しばらくして、ハイエルフが実際に王宮に現れ、3人でこの魔法具はハイエルフの覚醒のためのものでないかと興奮したこと。

そして、当の私がここに来て、ハイエルフの資質を示した事。


「僕たちはためらったんだ、果たしてこんなことをしてもいいのかと。でも、君はとんでもない魔力と魔法の才能を持っている事を示し、もう迷っている余地がなくなってしまったんだ!。この魔法具は君のために用意されたものなんだ!」


もう完全にマッドサイエンティストの論理である。


交代に看病してくれて、また数日が過ぎたようである。

3人がまたそろってやってきた。

「今日は白き瘢痕です。」

そう言って、魔法陣を見せる。ノッポの部屋にあった蜘蛛の魔法陣だ。

背中を向けさせて、それを張りつけている。

やがて、背中に焼けるような痛みが走る。羊皮紙に酸でもしみこましているのだろうか。

身もだえするが、両手両足は固定され、はぎとることはできない。


1時間ぐらいもがいていたら、ようやくはがして、またヒールをかけ、上に軟膏をべったりと塗り付ける。

包帯でぐるぐる巻きにし、この日はこれで終わりである。


ひと眠りすると、痛みはましになったが、熱がある様だ。うんうんうなっていると、看病しているチビが盛んにキュアーをかけている。

「大丈夫かい?大丈夫かい?もう少しなんだ、頑張っておくれ。君にもしものことがあったら、俺は一生、嫁ももらわないし、女も買わない。約束するよ。だから頑張っておくれ。この前に話したろ!人体と一体化した魔法具の可能性を!これはきっとそれなんだ。それに違いないんだ!」


3人が一生独身なのは遠の昔に決まっていたことではないか!今更の事ではあるまい。


また、数日たったのであろう、熱も収まり少し楽になってきた。また3人がそろってやってきた。

次は愉悦のはらわたなのだそうだ。

これは嫌だ、スライムを肛門から入れるなんてまっぴらだ、そのまま死んでしまうに違いない。

しゃがんで臀部を突き出した姿勢で固定される。尾籠なところに軟膏を塗り付け細い棒のようなものをぐりぐりと中に押し込む。

最初は抵抗していたが、じきに力尽きて、しびれてしまう。

いやこれは軟膏のせいだ。この軟膏が括約筋も感覚も痺れさせているんだ。次に太い棒を同じ様にぐりぐりとねじ込まれ、もう肛門は無感覚となってしまった。次にもっと太い棒をねじ込む、ただひたすらに圧迫感だけがつらい。


そうすると今度は背中にべちゃっと何かが落ちる。そのままズルズルを下に這っていき、冷たくドロッとしたものが肛門から腸の中に入ってくる。


「ぎゃ~スライムが入ってく~。」


叫んでも3人はジッと見ているばかりである。腹の中を冷たいスライムが奥に入っていくのがわかる。

普通なら腸が痙攣して酷いしぶり腹となるはずだ。浣腸と同じなんだから。

しかしそうにはならなかった。スライムは腸を麻痺させているのであろう、そのまま奥に奥にと入っていく。そして、その感覚も無くなってしまった頃、戒めを解かれふらふらになってベットに倒れこみ、そのまま意識が遠のいてゆく・・・。



・・・夢を見ていた・・・、


夢の中にあのてっぺんハゲ白髪の爺神が現れる。

そして語り掛けてくる。

「どうじゃな、久しぶりじゃな。」

恨み言を言いたいが、夢の中なので思い通りに喋れない。

「まあそう恨むな、理由があっての事なんじゃから。えらいものを体に植え付けられたと思っていよう。でも、お前自身すでに気が付いてると思うが、お前に与えたチートの能力じゃよそれは。

憤怒の邪眼・嫉妬の魔眼・傲慢の光翅・怠惰の刺青・色欲の蜘蛛・貪食のはらわた・強欲の子宮、7つの内、残り5つがようやく手に入ったというわけじゃ。何故に回りくどいことになったか、いまから話して聞かせるゆえに、よく聞くことじゃ。

この魔器は、いやこの能力は、かつての魔法文明の頂点なのじゃ。

千年以上も前に、この世界を築き上げて君臨した者がいた。

ネンジャ教会の連中が”暴虐の王”と呼んでいるヤツじゃ。

そいつの謹製じゃよ。

強い力を持つのはとやかく言わぬ、ただ、いかな強大な力をもってしても、己は己のままじゃ。力は手段でしかない、それが知らず知らずのうちに『この力こそ我なり、我存在はこの力ほどに偉大じゃ、諸人よ我にひれ伏せ』と己を見失い、他者は塵芥ほどにしか思えぬようになる。

そう、強大な力を手に入れた魔法文明はまさしくそうであった。

そうなるともはやその存在は世界の厄災でしかない、滅びるほかないのじゃ。高度な文明が自らの重みで自壊する事になったのじゃ。

その結果、世界に生きている普通人族の9割までが死に絶え、その古代魔法文明社会が完全に滅びるというとんでもないことがあったのじゃ。

今のこの世界はその廃墟からの再興というわけじゃよ。今度こそ失敗してはならぬ。

わしは、この魔器を消滅させようと努力した。こんな物騒なものは人には過ぎたものじゃ、ろくなことはないからの。

しかしできなんだ。

もはや形ある機器を超えた存在となっておったからじゃ。そこで仕方なく、秘跡に封印することにしたのじゃ。

ところが、あの魔術師バカトリオが、どこからかぎつけたのか遺跡の発掘じゃとか言うて、いらぬ苦労の末に掘り出しよったのじゃ。5つまでもな。

わしは驚いたよ、まさしく世界の危機じゃ、悪夢の再燃じゃ。

もはや隠しても隠しおおせるものでない、そこで、地球の神にたのんで派遣してもらったのじゃ、お前をナ。

いかに秘密の場所に隠してもいつか見つけ出される、それならいっそ信用できるやつに押し付けて、そいつの中に封印してしまえというわけじゃ。

じゃからハイエルフなんぞと言う強い魔力を持たした新種をでっちあげて、その肉体におまえを転生させ、残っていた強欲の子宮と嫉妬の魔眼をとりあえずくっつけてしまい、魔法バカトリオの手元にある5つについては魔法の淫具じゃとだましおおして、お前の体内に取り込ませて回収したというわけじゃ。

お前なら、成功しても浮かれていると碌でもないことになるのは身をもって知っておろう、いや刻み込まれておろう。

なに、難しい事をしろというのではない。その魔器をもってブラブラしておればよいのじゃ、少なくとも千年程な。もちろん、その能力を使って人生を楽しめば良い。

ただし、”アイツ:暴虐の王”の轍を踏むなよ。

お前はお前じゃ、その力は所詮借り物でしかない、お前自身ではない。それを忘れたら、”アイツ”と同じく必ず封印する。わしの目は常に見はっているからな。

まあ心配するな、これからもちょくちょくこうしてやってきて助言してやる。素直に話を聞いていれば、それほど間違うこともないさ。

それに、地球ではシャカなる者から不動心とかを餞別にもらったそうじゃないか、わしは全然心配しとらんよ、全くもって心配なぞしとらん、まったくな。」

なんだか、初めに言っていたことと少し違う。何処まで信用できるのやら・・・。

「ついでじゃが、その能力について説明しておいてやろう。

まず”憤怒の邪眼”じゃ。奴らが”魅惑の芽”と言っておったものじゃ。これは目ではなく魔法のための脳なのじゃ。おまえは前世の知識で脳には小脳があることを知っておろう。体を動かすのに筋肉の一つ一つを意識して動かしておるわけでない、それ専用の小脳で無意識のうちに多くの筋肉を調節して動かしておるのじゃ。魔法の発現の際に、それと同じことをする専用の脳というわけじゃ。

複雑な魔法も意識するまでもなくこの邪眼という脳でマナの流れを制御してオドを構築してくれるので、邪眼が働きだしたら、もう呪文などと言うものは必要ない、無詠唱で発現することができるというわけじゃ。


嫉妬の魔眼は知ってのとおりじゃ。魔力で得られる視野と鑑定、形象の書写というわけじゃが、これまでと違うのは、怠惰の刺青との相互作用じゃ。怠惰の刺青で蓄えた知識とリンクして鑑定ができるようになる。鑑定のありがたみが大いに増すはずじゃ。

書写は使った様子がないようじゃのう。少しヒントをやろう、魔法陣とグリモワールじゃ。これ以上は自分で考えることじゃな。


傲慢の光翅、芳醇の針と言っていたヤツじゃ。魔力を広範囲に放射する能力が上がるわけじゃ。まあつまりじゃな・・・こいつを使って光明の魔法を使うとじゃな、何十倍何百倍もの範囲を光り照らすことができる。つまり、光源がグッと大きくなるわけじゃな・・・。

また、魔法を使う際の”掌”ともなる。掌を差し向けて、そこからオドを放射して、魔法を発現させているじゃろう。それが翅の先からできるというわけじゃ。

つまらん?まあ、そうじゃな。その内わかるじゃろ。


怠惰の刺青は、愉悦の紋様と言っておったヤツじゃが、一言で言うと知識の蓄積じゃ。お前の前世でいうところの外部記憶装置じゃな。ありとあらゆる書籍・碑石・文書など、なんでもお前が読み取ったものは、すべてここに記憶する。お前自身が読めない物であれば、その形象をそのまま記憶する。やがて、読めるようになる時までな。グリモワール・魔法陣・図版なんでもじゃ。ようするに、お前のおつむがいかに小さくとも、無限の記憶力を発揮できるということじゃ。

オリジナルのグリモワールも最初から収められているぞ、古代文明の高度な知識が大量に入っておる。残念ながら今のお前の能力では無理じゃが、魔法の能力・資質が向上してくるにつれ、これを読み取って高位魔法を自動的に覚えることもあろう。


貪食のはらわたというのは、腹の中に入っていったスライムの事じゃが、一言でいうと魔力による内臓じゃ。食物からの栄養を完全に吸収するだけでなく、消毒も同時にするから、食中毒なんかもうないぞ。血液・体液中の毒も解毒してくれる。だけでなく、十分以上の栄養を蓄えてもくれる。一週間分ぐらいの食いだめも平気じゃ。

それから、様々な物質の合成もしよる。もうこれからはビタミン不足なんぞは心配せんでよろしい。

もっとも、合成した物質を取り出して使うとなると少し問題があるな。尻から直接ひり出すと使いにくいからの。将来は可能としても当面は使えんかの。まあ召喚魔法を使えるようになると、使いやすいかもな。


強欲の子宮は十分知っているじゃろう。スキルの転写ということじゃが、他にもサンプルを手に入れたら、自動的に分析・解析する。召喚魔法で手に入れた物質はほとんどすべてこれにより分析されておる。今後は怠惰に蓄積された知識も合わせて使うようになるから、ありがたみがグッと増すじゃろう。

それにしても短期間でようここまで育てたのう。ずいぶん使い込んだもんじゃ・・・。


好色の蜘蛛、これはなかなかに微妙な能力じゃ。他人との心のつながりを持ち、心に作用する魔法を行使する能力じゃ。要するにコミュ力アップと言う事じゃが、精神魔法の効きが大幅に上がると思えばよろしい。

ホレ、悪党から複写したスキルで”脅迫”とかあるじゃろ。あれは自分の表現力を使って他人の心に恐怖を植え付ける技能じゃが、この魔法を使うと、これを心に直接関与してできるようになる。互いを心の糸でつなぐと精神魔法を強力に使えるようになるのじゃ。


この7つの能力は当初はさほどありがたみを感じんじゃろう。しかし、鍛錬して育てていくにつれ、超人的な力を発揮するようになる。それに”覚醒”したら、それぞれ特別なスキルを使えるようになり、一気に強力となる。


7つの能力は、まったくもって恐るべき力じゃ。ただし、十分に育てたらの話じゃ。もし、かように恐ろしいものをお前が持っていると他人が知ったら、どうなるか。将来を恐れてお前を殺そうとするか、自分の手に入れるためにお前を殺そうとするか、いずれにせよ碌なことはない。


じゃから、とにかく隠せ。知られるな。

自分で自分を守れるようになるまでは、他人がお前を害することなど到底できないと思うようになるまではナッ。

いや、いかに力を手に入れても、必要以上に知られないほうが身のためじゃ。強大な力は周囲の人間を巻き込む。恐れる・頼る・取り入る、人により様々じゃが、いずれにせよ、お前にとって厄介なことになるのは間違いない。

お前が対処できる範囲でかかわらなくてはならない、そのことを忘れるなよ。じゃ、また会おう・・・。」


目が覚めるとそこは明るく陽のさす部屋であり、もうあの地下室ではなかった。窓からは春のあたたかなそよ風が吹き込んでいる。

病院の病室らしい。寝ていると、担当の看護師がやってきて教えてくれた、3日間寝ていたのだそうだ。あの3人組が気を失っている私を抱えて連れてきたと。

当初は、そばにいて看護しながら一生懸命ヒールとキュアをかけていたが、容体が落ち着くと、宮廷魔術師の長官に報告あるいは自首をしに行ってしまったそうだ。

しばらくして医師が診察にきて、

「全く何を考えているんだ、あの連中は。変態プレイにもほどがある。これは虐待だよ、虐待。2~3日して体調に問題なければ、多分警察署の方から聞き取り調査に来るから、」と。

二日間が過ぎると、もう食事も普通のものになり、廊下を歩き回るまでに回復した。現状は、皮膚の紋様はほぼ消失、額の傷もきれいに治っていた。背中の白い瘢痕は醜いケロイドにはなっていないが、まだかすかに残っている。頭髪は伸び始めているが、色が赤から少し紺に近い色で、深緋(こきあけ)色という鮮やか過ぎてちょっと不自然な色になってしまっている。この世界では髪を染めることはできるんだろうか、このままでは厨二病を引きずって生きていくことになってしまう。ちょっと心配だ。


次の日、聞き取り調査のために捜査官がやってきた。

遺跡の遺物を埋め込まれたとは言えない、ただ、ゼリーに塗り込めて皮膚を黒く染められ、額に傷を入れられ、背中に針を刺され、背中に酸のようなものを塗られ、最後に腸の中に粘液状の異物を注入され、とうとう気絶した、とだけ話した。

「なぜ、そんなことをしたのでしょうかね?」

捜査官は尋ねる。

「私には解りません。なんだか、魔術的な美容術とか、叫んでいたように思います。」

「なんてこった、変態の極みですな。才能も身分も恵まれた方々は時々こんな不祥事を起こすのですよ。周囲は大変です。」

ということで帰っていった。

貴族達の間で時に見られる不祥事という事で進んでいるらしい。

3人組は、自首の後、王宮内に拘束されて取り調べを受けているとのことである。


数日して、意外な貴人の訪問があった。第2王妃とモルツ侯爵である。

王妃は派手な服装を好まない、儀礼上の問題がない時は、街の裕福な商人の夫人と同じような格好をしており、侯爵も同様だ。誰も、王族と宮廷の中枢にいる高級貴族が来ているとは思わないであろう。

第2王妃がわざわざここまで足を運んできたのは、あの夫婦喧嘩:本人は諫言と言っておられるが、その時から陛下の私に対する態度が変わったことを気遣ってくれていたらしい。


「そう、陛下も気付いておられました。自分の好色のタガが外れてしまっていることを。でも、そのことを改めて言われて我慢がならなかった。自分の手のひらの上でかわいがっていた者から、自分の物だと思い込んでいる者から、『好色王』と、あのようにはっきりと言われるのに我慢がならなかったのでしょう。

それで、こんなひどい事になるのをわかっていて、あの連中にお下げ渡しになったのです。全く陰険な!、助べえも極まりない。

陛下はとても後悔されております。あなたの諫言は、陛下の心につき刺さっています、あれ以来新たな性奴隷は入っていませんし、参内者へのもてなしに使うこともしていません。

陛下は・・・まあ、欠点の多い方ですが、決して愚かな王ではないのです。あなたの事は決して忘れていません、内々から必ず保護してあげますから。」


陛下を追い詰めた直接の原因は第2王妃の追求だと思うが、そのことには一言も触れず、当然ながら謝罪もない。(王族が元奴隷に謝罪することはあり得ないのだ。)

ただ、言い訳をいい、保護の約束をしてくれた。


王妃は陛下の助ベエな性癖のせいにしているが、多分違う。

あの方は確かに好色であるが、それだけの人ではない。いつも冷ややかな算段を心の片隅に持っている。

否、その算段の冷ややかさを好色の陽気さで覆い隠そうとしている節がある。


世間から孤立して、魔道研究所なるものの秘密中に籠ってしまっている優秀な魔術師3人組、これを危惧して内部を探りたかった。

そのきっかけとなる手駒として私を使ったのだと思う。

陛下の見る目が変わったのは、”可愛いヤツ”から”使える手駒”に変わったからではないか?


王妃の隣では侯爵が微笑を浮かべながらこちらを見ている。侯爵を見ると、口元は微笑んでいるが、目は鋭く観察者のそれである。侯爵から王妃に目線を戻し、こう語る。

「私は最初はメイドとして入りましたが、魔法の素質があるとのことで、じきに彼らの助手として働くようになりました。」

侯爵がうなずく、途中で入った使用人からの報告や銀熊亭での聞き込み、それらの情報とすり合わせながら、話を聞いているに違いない。

「それで、あの魔術師たちの活動をまじかに見ることになりました。魔法・魔法陣の探求や魔法具の開発にとても熱心でしたが、他に何か企んでいる様子は窺われませんでした。

私自身の事は、女性に対する情熱と魔術に対する情熱が混同してしまい、暴走してしまったせいではないかと思っております。

彼らの大事にしているものは地下室の合同研究室にあるものがすべてで、他に隠匿している処が在る様には思えません。ただ、あそこにおいてあるものは、私の知識・能力では到底理解できるものではありませんが。」

侯爵は耳をこちらに傾け熱心に聞いているようであったが、ここまで喋ると、満足したように大きくうなずき、

「ご苦労様でした。次の仕事と言いますか、何か希望はありますか?・・・。」

と、言い終わらぬうちに、王妃がすかさず口を出す。

「何をおっしゃるのです、モルツ侯爵。

あなたは勘違いをしておられます。

今、彼女に必要なのは癒しの時間以外の何物でもありません。

そもそも、彼女はもうあなたの配下でも手駒でもないのですよ!」

侯爵は参ったというそぶりをしながら、”いや、おっしゃる通り、”と苦笑いしている。

つぎに、王妃はこちらを向き、

「とにかくあなたの身柄は教会にお願いしてあります。修道院がしばらく預かってくれます。そこで心身を癒し、これから先の事をじっくりとお考えなさい。

それから、あの3人組の処理ですが、不祥事ということで進んでいます。

あなたへの賠償金は出るでしょうが、処罰は謹慎・修道院での修行ぐらいで済むんじゃないでしょうか。

性格はアレですが、賢明な人たちです。

自首してきたくらいですからもうあなたに執着することもないと思います、いえ、そうしないと許しません。」

「皆さんはたいそう優秀な方たちです、これからも機会があれば王国へ貢献されることでしょう。また、私に対してもあの一件を除くと大変よくしてくれました、このことには感謝しております。」

そして、王妃の配慮に感謝を述べ、この面談は終った。



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