第10話 オタクな魔術師3人組 Ⅳ

「あとは水魔法だね。」

 ノッポが語り掛ける。

「水魔法はそれほど大したものはないのさ。ただ水を生成するのみ。ただ、水だけではさみしいだろ、ホラこんなこともできる。」

 手のひらを上に向け、そこから白い煙が上がっていく。

「これは、霧さ。」

 霧はどんどん広がり、周囲の空気が冷ややかになっていく。

「まあこれだけなんだけどね。今の君なら簡単にできるさ。」

 その言葉通り、手を重ねてマナの感覚を覚えると、ごく簡単だ。

「ではこれはどうだい、」

 掌を上に向け、その上に水?いやこれは固体、氷を生成してゆく。

 それほど、難しい魔法ではなから簡単にできるだろうと、これまでと同じように、手を取って教えてもらうと、すぐに使えるようになった。

 でも、水生成とちょっと感じが違う。

「これは水魔法なんですか?」

「わかるかい?確かにマナの巡り方が違っている。でも、氷のイメージで発現させている魔法に違いない。だから、水魔法として扱うことが多いんだけどね、人によっては氷魔法を別扱いにすることもある。

 まあ、魔法の実習より、理屈を教えてあげるよ。魔法陣ってあるだろう、僕の仕事だけどね。

 この魔法陣と言うのは古代魔道語で書くのだけど、水生成の魔法陣は我々の言葉に直すとこういってるんだ、”ネクトよヘクトに変異してオクトと交われ”。

 もちろん言葉だけではなく、配置やほかの模様が必要なんだけどね。書き込んである言葉はこの通りだ。

 ネクト・ヘクト・オクトが多分何かの元素だと思うんだ。そしてここに変異という言葉が使われているだろう。

 つまり、水魔法と言うのは、何かを変異させている魔法といえる。

 今のところ水しかできないけどね。錬金術でマナを練り込むという手法があるんだけれども、多分これは水魔法と関係しているんだと思うよ。

 きっと変異魔法と言うべきものがあるに違いない。僕はそう考えているんだ。

 でも氷魔法は違う、最初に氷の素になる水生成は確かにあるけどね、それに続く部分が明らかに別系統だ。何なのかは、まだわからないけどね。多分冷却に関連するものだと思うんだけど。

 でも、水以外の物を冷やせるかというと、それはできない。

 水だけだ。

 これは、魔法の発現に氷のイメージに依存している処が大きいせいだと思うよ。この辺は、この前ディーノが言っていた通りさ。

 ちなみに火生成の呪文は、”オドよ熱く燃えさかれ”、だ。どちらの魔法も一番基礎的なものだから、呪文は使わず、無詠唱で使ってる。でも呪文を使うとしたら、こうあるべきだろうね。」

 ここで少し考えてみる。ネクトというのは窒素で、ヘクトは水素、オクトは酸素、”ネクトよヘクトに変異してオクトと交われ”という呪文は”窒素よ水素に変移して、酸素と化合しろ”と言っていることになる。これなら科学の知識と合致する。

 しかし実際は、そうはうまくいかない。水素は原子量1で窒素は14であり、質量からいって収支があっていない。また、元素を変換するということは核変換であり、膨大なエネルギーが熱・電磁波の形で発生してしまう。前者は窒素一個から水素14個が出来上がり、余った水素はどこかに飛んで行っている、あるいは、窒素のごく一部のみが変換しているだけ、と考えればいいか。しかしそこで発生した反応熱はどうなっているのか、熱をまたマナに変換して収支を取っている?。そもそも、後者の核変換は解決が付かない。この魔法による変異は、地球の科学上の核変換とは違い、とてもスマートに変換し熱や電磁波が発生しないということになる。

 なにやら、このマナというのは素粒子レベルで考えないといけないのかもしれない。これは、もう私の持っている科学の知識を超えてるよ。

 また、氷魔法にしてもそうだ、変異魔法とは別系統の要素が働いている、一体何なのかこれも疑問としてのこってしまう。


 そもそも4元素の魔法とは何なのか。

 木で例えるならば、枝葉末梢だ。目に見えて具体的なイメージのもてる4元素の魔法と言う形で魔法を発現させている。でもあくまでも枝葉末梢だ。4元素魔法を論理的に解析して、そこから発展応用することができないのである。もっと幹(みき)の方の原理は別にあるのだ。

 でも、このあたりは抽象的で人には直接感応できないのでイメージがわかない。だからより高等な魔法、ということになる・・・。


 この日のトレーニングはこれで終わった、そしてその日の銀熊亭での晩餐時に

「もう僕たちが君にトレーニングできる魔法は、全て教えてしまった。あっという間だったね。こんなに早く身に着けるとは思わなかったよ。後は君自身の独修・研鑽だね。」

 そして、3人からあらためて話があった。

「エルちゃん、君の魔法の才能は尋常ではないよ。君はもう十分に一人前の魔術師と言えるさ。今日からは、僕たちの助手をして欲しい。いや魔道研究所4番目のメンバーとなるべきだ。」

 でもすぐに小声で、「夜の順番はそのままということでよろしく・・・。」

 どうやら、私はオタサーの隷(しもべ):エロメイドからオタサーの姫:エロに昇格したようだ。


 正直この間に得たものは大きかった、彼らはさすがに一流の宮廷魔樹師らしく、強欲の子宮で複写した魔法の経験値はかなりのもののはずだ。そして彼らのトレーニングによって、火魔法・水魔法・風魔法のいずれも上達している。

 火魔法 並み

 水魔法 並み

 土魔法 熟達

 風魔法 熟達


 錬金術Lv3 魔法陣Lv2


 マナの魔法 Lv3(+1) マナ認識Lv4 マナ吸収Lv3 マナ貯蔵Lv2 マナ消費Lv1 マナ固定化Lv1

 聖霊魔法 Lv2 魂認識Lv3 祝福Lv1 解呪Lv1

 悪霊魔法 Lv2 魂認識Lv3 呪詛Lv1 消福Lv1

 肉体魔法 Lv1 生命認識Lv2 疼痛緩和Lv1

 精神魔法 Lv1 精神認識Lv2 鎮静Lv1

 時の魔法 Lv1(+1) 時間認識Lv3 高速知覚Lv2 高速思考Lv1

 空間魔法 Lv1(+1) 空間認識Lv3 領域操作Lv2 亜空間形成Lv1

 質量魔法 Lv1 質量認識Lv3

 波の魔法 Lv1  波動認識Lv3

 熱魔法 Lv1 熱認識Lv2 発熱Lv2

 力の魔法 Lv2 力場認識Lv3 力場形成Lv3

 変移魔法 Lv1 変性認識Lv2 水素生成Lv2

 転移魔法 Lv2 個体認識Lv4 形象認識Lv3 質量召喚Lv2

 合成魔法 速度認識 抽出 充填


 力の魔法なるものの強化が見られている。これが念力と言っていたものだろうと思う。錬金術Lv3、魔法陣Lv2というスキルがついていたのはうれしい。

 そして、なによりも魔法というものの概念を教習してその基礎を実践・習得させてくれたことは感謝に堪えない。このまま彼らと生きていくのも悪くないな、と思う今日この頃であった・・・。


「で、まずはですね、小生の思うところですが・・・、」

 デブが勿体を付けて話し始める。

「我々の助手ということは、研究室に出入りすることになります。」

 これまでは、立ち入ることはなかった。特に地下の研究室は危険だということで立ち入り禁止であった。

「また、蔵書の購読や管理もしていただくことになるわけであります。」

 何か難しい条件でもあるのか?

「権限の拡張と責務がより重いものに変更されるにも関わらずですね・・・、」

 だからどうだというのだ勿体ぶるな。

「そう、立場が重くなるにも関わらずですね、メイド服のままでいいのか?という疑問があるわけであります。」

 チビとノッポも、深くうなずいている。

 ・・・・・・。

 何か重要な事を言い出すのかと思うと衣装の事なのか・・・。呆気にとられる私をそのままに話はすすみ、どのような衣装を着せるのか、と一生懸命に議論している。

 チビは、胸の谷間・おへそ・太腿・うなじ・脇できれば下乳が見えることを希望し、

 ノッポはフリフリが付いている事を希望、

 デブは当然ゴシック調ということであり、

 また3人は共通して、もうミニスカートはやめて、スカートに深いスリットを入れることにしようということであった。

 ちなみに私の希望を尋ねられることはなかった。当人の趣味などはどうでもいいらしい。だいたい、自分らの着ている服には全く無神経なくせに。

 新衣装は、露出が多く、フリフリが付いて、ゴシック調でスリットの入ったシンプルなドレス、矛盾するところはレースの多用で工夫するということに決定した!。

 注文を聞かされた服屋は頭を抱えていたが、非常識なほどの高額な代価をみて、

「よぅゴザイマス、一世一代の仕事をお見せしましょう!」

 と引き受けたのであった・・・。


 まあ、衣装はともかくとして、仕事が一変して、彼らの別の面、本来の彼らの姿を見られる立場になったのには違いない。

 デブは古代魔法の探求・分析と新魔法の開発、ノッポは魔法陣の専門家、チビは魔道具の開発をそれぞれの専門分野としている。


 デブの研究室に訪れると、とにかくよく喋る。

 ずっと魔法について喋っている・・・。

 自説を延々と喋り続ける・・・。

 多分、そうして頭の中を整理してるんだと思う。私はただひたすら、拝聴して肯き続ける。時に矛盾点を指摘するが、ひつこくしないのが重要である。

 フンフンとうなずいて拝聴する。

「この光の魔法、光というものが魔法における新たな要素であることははっきりしています。

 ”光明”、熱もなく光だけを効率よく生み出す魔法。

 ”光刃”、光に物理的力を載せてカミソリのような切断力をもたらす、今はもろく、全く役に立ちませんけどね。

 ”光浄化”、物体や液体を透過する光を当てて、毒素を中和消滅させる魔法。今のところ、こう言った魔法が実現しています。もっと、いろいろできそうで、小生の研究のトピックスとなっていますが。

 ただわからないのは闇魔法です。

 闇生成、これを使うと確かに局所的な闇が出来上がる、立体的な影です。どうしてこの影ができるのか、そもそもこの影は一体何なのか、全くもってわかりません。古文書に書いてあるとおりにしてみたら、できた、と言うほかないのです。

 そもそも、光と闇、これを対立して捉えていいのか?

 闇とは単に光が欠如しているだけではないか。何が何だかさっぱり理解できない。」

 私は、なんとなくわかる気がする。光とは電磁波、つまり波だ。そして、この波を位相反転すれば光を打ち消すことができると思う。闇魔法とは、波を位相反転する魔法じゃないか、と。

 これはよほど高度な技に違いない。

 ただ、この話をするのは止そう、地球の科学知識をそのまま彼にしてもややこしくなるだけだから。

「その、光魔法・闇魔法というものは私でも使えるでしょうか?」

「もちろん!あなたなら、使えるに違いありません。あなたの魔術の素質は小生などより遥かに優れたものでありますから。

 ただ、小生があなたに教えることができるか、伝授することができるか、という意味でなら、”難しい!”、といわねばなりません。

 でも、落胆することはないですよ、グリモワール!これの力を借りればよいのです。小生もこの方法で身に着けました。あなたもいずれグリモワールの読解力を習得せねばなりませんね。」

 いろいろと親切なことである。


 ・・・ふと棚を見ると小さな球根が水の入ったガラスの瓶の中に置いてある。このデブが花を育てる趣味があったのか・・・。

「それは、紅マンドラゴラという植物の球根であります。迷宮の奥で花を咲かしている植物なのですが、秘薬の材料になります。地上で繁殖できるとよいのですが、なかなかに難しい。多分、マナを養分としているのでは無いかと思うのですが・・・。時々、水にマナを流しているのですが、根も芽も出てきません。」

 そう言われると、ちょっと私も試して見たくなって、ガラス瓶を掌で包みこみ、マナを流してみたりする。


 ノッポの仕事は魔法陣の研究である。

 魔法陣とは、単なる言葉を並べた文章ではなく、幾何学模様でもない。独特のセンスで呪文を書き散らした美しくも妖しい文書(もんじょ)である。

 ゆえにノッポの研究室は、アトリエと言ってもいいような雰囲気を醸している。

 そこで、ノッポは遺跡や古文書から見つけた数多くの魔法陣を分析・複製しているのだ。4元素の魔法のごく一部ではあるが、自力で魔法陣を創案して書くこともできるのだそうである。

 ここでの私の仕事は、魔法陣の複写だ。ノッポが紙に書いた魔法陣を銅板に丁寧に写してゆくのだ。銅板の表面は細かくザラザラになっている、そこにカーボン紙を使って魔法陣を丁寧になぞって写してゆく。後は職人が銅板に書かれた魔法陣を凹版画の技法で紙に写していくのである。印刷は魔石をすりつぶして混ぜた魔法インクを使っているので、印刷された魔法陣には一定のマナが込められていて、あとはそのマナを利用して、この魔法陣を発動させるという仕掛けなのだ。簡単なもので点火、水生成、消毒がある。魔法インクを大目に使った爆破はちょっとした地雷だ。

 魔法陣について教えてくれるのだが、古代魔道語で書かれてあるので、やはり理解はむつかしい。それでも簡単なものは覚えることができた。


「まあ、量産用の魔法陣には大したものはないんだけどね。でも世間で需要の多いのはこういったものなのさ。騎士団も野営用に大量に購入しているよ。変わったところでは、アンチマジックなんてものもあるよ。これを身に着けて、戦闘中の魔法攻撃を防ごうってわけさ。使い捨ての魔法陣としてはこんなものかなあ。

 僕の研究課題としているのはね、もっと複雑なものだね。

 高位の魔法を使うのには複数のイメージを構築する必要があるだろう、でも人間の頭では限界がある。そこで魔法陣の中に立つことにより、これを補いながら、より高度な魔法を発現する、そう言った魔法陣がかつての魔法文明にあったことは確かなんだ。これだよ。」

 指さす先の羊皮紙には蜘蛛が足を広げたような形の魔法陣が描かれてある。触ってマナを流すと、ほんのりとむずかったような感覚が戻ってきて、共鳴していることは違いない。どんな高度な魔法を発現させるのであろうか。理想は高い所にあるのである。


 チビの研究室はまさしく工房となっている。魔法陣を使い魔道具を作成する。これがチビの仕事なのだ。魔道具は、使用者自身の自身の魔力を供給させて使うもの、あるいは魔石から魔力を供給して使うものの両方がある。

「一番使われているのは、光明器かな~。」

 魔石を使った電灯である。

「あと、冷蔵庫だね。ああ温熱鍋もあるね。それで、いま開発に取り組んでいるのは、通信器だね。

 前にね、第1騎士団長のオッサンと話したんだョね、遠距離通話のできる装置なんてどうだろうという話しになっちゃったんだ。そしたら、団長のオッサンえらく乗り気になってね、是非ともとうるさいんだ。

 どうすんのかって?

 ホラ、遺跡で見つけた古文書から、ノッポの奴が、召喚魔法の魔法陣を見つけたろう。あれだよ。片方の魔法陣で声を掛けたら、対になっているもう片方の魔法陣で同じ声が出てくるという。どうやら、片方の魔法陣で起きた振動をもう片方の魔法陣が写しているみたいなんだ。これを利用したら、遠距離会話ができるだろ。いろいろ試しているところさ。

 でもね、こんな事ばっかりしたくはないんだ。

 だって、職人の仕事じゃん、こんなこと。

 ほんとにしてみたいのはね、魔道装身具なんだ。これで、魔法の発動を補助してやる、そうしてより高度な魔法を実現する。いや、魔道装身具と人体の完全な合体だ。そうしたら、人間そのものが魔道進化したといえるんじゃないか、そうだろ。」

 なんか恐い事を言っている。やはりこのチビは邪悪なヤツなのだ。

 チビの机の隅には、針が何本か入った小瓶が置いてある。

「それはね、アダマンタイトと言う金属材料なんだ。マナ・オドの通りがとってもいいので魔法具の材料に最適なんだけど、バカみたいに高価なんだ。それだけで金貨10枚もするんだぜ。」

 金よりもはるかに高価な材料らしい。小瓶を手に取ってみると、中の針がぼんやりと光っている。そして、その光が何か紋様のようなものを描きだしていいる様にも見える。

「ふ~ん、流石にハイエルフだね。あんたの体から漏れ出ているマナに反応して光ってるよ。そう、これを利用して装身具を造るというわけだよ。」


 例の隠密使用人の爺さん・婆さんであるが、

「何もありませんなぁ~、魔術師の皆さんの研究室はどうなんでしょう?」

 この2人には、研究室に入る許可は出ていない。

「特におどろおどろしいものはないですね~」

「まあ、あんたがないというなら、私らが捜してもおんなじと思いますがなぁ~

 あとは地下の研究室ぐらいかねぇ~。しかし、あそこは勝手に入っちゃいかんと言われとるしぃ~。」

「ああ、魔法の研究には劇薬を使うこともある様ですし。」

「それじゃぁ、あかんな~。何とかなりせんかねぇ~。」

「じゃあ、一度大掃除するように言ってみましょうか。大掃除するから、見張っててくれって、頼みましょうか?」

「あぁ~、ほな、それでよろしゅうに~。」

 と言う事で、銀熊亭での夕飯の際に、地下の実験室の大掃除を提案してみた所、

「うん、いいよ。あそこ、ほこりだらけになっちゃったし。そろそろきれいにしないとね。」

 デブもノッポも、おおいに賛同していた。そこで3日がかりで大掃除することになったのだが・・・、そこは、もはや100年の廃墟と言うべき場所であった・・・。

 トイレだけでなく寝台やシャワー・バスタブまであるのに、びっしりとほこりが降り積もり、廃屋の様相を呈していたのである。

 決して広い場所ではない、それでも3日かかったのは、ほとんどリフォーム工事とでも言うほどの大掃除になったからである。もちろん何も出てこなかった。怪しい神像・石板・指輪・杖なんぞ、何もなかったのである。隠密の爺さん婆さんも、

「まあ、これで一通り調べましたなぁ、私らはこれで御免と言うことでぇ~。

 かわりに他のもんが、来ますさかい。その時はよろしゅうにぃ~。」

 と言う事になったのである。


 半月ほどして、新しい衣装、魔道助手服第一弾が届いた。

 露出が多く、フリフリが付いて、ゴシック調でスリットの入ったシンプルなドレス、というものらしい・・・。

 率直に言ってもう一つのできであった。当然であろう。矛盾した条件をてんこ盛りにしておいて、期待する方が間違っているのだ。

 3人は銀熊亭にて緊急会議を開き、コソコソと話し合っている。

 途中からその”会議”に割り込こんで中身を聞いてみると、

「やっぱり、テーマがないというのが問題だったと思うんだ。デザインは何を表現したいのか、それがないとダメなんだ。」

 ノッポが発言する。

「じゃあ、そのテーマとやらは何にするんだい?」

「それは決まってるよ、彼女は魔道研究所の看板助手なんだから、魔法だろう。」

「ふ~ん、じゃあ、衣装に魔法陣を織り込み、魔法を発現させるというのかい。それなら、合わせて魔道装身具も考えなくちゃ。」

 チビはノリノリである。

「小生が思うには、やはり最先端の魔法陣であってほしいのであります。ということになると光魔法ということになります。」

「うんそれがいい、裏地を少し光らせて、絶対領域をほんのりと輝かせる。これだわ!」

「いや、裏の話じゃないんだ、表!表なんだよ。」

「それはお前が勝手に考えればいいじゃないか。俺が関心あるのは絶対領域なんだ!」

 ということで、新衣装は、帯地(おびじ)のような少し硬く銀色に輝く豪華な絹織物を貫頭衣にする、というものであった。

 この布地には、魔法陣を大きく刺繍して、デザイン上のポイントとする。これを胸の下からウエストのあたりで、前後の布をつないでくびれを作る。下は、そのまま前後に垂らしスカートの代わりにする。横は空いたままで、脇・腰・太腿の外側は露出ということである。裏地には光魔法が仕込んであり、露出部分は光って見えるというものであった。このままでは服とは言えまいということで下着として、上半身はレース地を多用した下着を着て、下半身は6尺ふんどしというものである。これでは、いささか涼し過ぎるので、衣装の模様となる魔法陣には保温の魔法も仕込まれている。

 私としては外出のできる服が欲しい、そこで、中に普通の服を着込んだバージョンも追加してもらった。長いスカートのワンピースの上に前記の貫頭衣をかぶる。ただこちらの貫頭衣は、やや細く、色もクリーム色で少し地味。スカートの後ろにはスリットが入っているが、前後は貫頭衣がかぶさっているのでスリットは隠れる。

 彼らはこの案に大いに満足し、これこそ魔道ファッションであり、服飾デザインの新境地の域に到達したものであると絶賛自賛の嵐であった。

 私は少しバカバカしくなり、早々に銀熊亭を出たが、3人はこの後も興奮の余韻を楽しむべくこの日の晩餐を夜遅くまで続けていた。


 この日は朝から慌ただしい。

 チビが話していた通信器がついに完成して騎士団に納品設置され、いよいよお披露目の式典の当日となったからである。この通信器はよほど高い評価を受けているらしく、国王陛下御臨席の元、仰々しく行われることと相成ったのである。

 3人は似合いもしない正装に威儀を正し、私は着ていける服がなかった(3人の趣味に合ったものしかないのだ)ので、王宮のメイド服を借り、エプロンだけ自前の物を付けて後ろに付き添う。

 騎士団本部に新たに設置された通信室の中には、部屋いっぱいの大きな魔法陣が描かれている。その中央には通信者の席があって、そこに行くために、魔法陣の上を木の橋がしつらえてある。見学者は部屋の端、橋の上にならび、通信の実演を見守っている。

「え~、テステス、本日は晴天なり~、こちら王城第一騎士団本部、そちらいかがでしょうか?」

 王国で、初めての通信にしては間が抜けたセリフである。

「はい~こちら、東方国境警備隊東城であります。国境は静謐にして異常ありません。」

 こちらは、それらしいセリフが帰ってくる。ただし、声はだみ声で、臭いおやじに違いない。

 また別の返事が返ってくる。

「ハイハイ~、こちら北方国境警備隊北城も至って平穏であります。天気は曇っております。」

 若い張りのある声であるが、内容は少しボケている。

 相手は、どちらも100Km以上も離れた国境の守城からであり、室内の観覧者からは驚きのどよめき声があふれた。お披露目の実験は大成功だ。


 その後は式典で、国王以下重鎮の居並ぶ前で、3人の魔術師がならび、褒詞を賜ることとなる。

 私は観覧者に混じって後ろから見ていると、チビがこちらに振り向いて、盛んに手招きしている。”こっち来い”と。しかしメイド姿で並ぶわけにもいかず、ぐずぐずしているとデブとノッポも早くこっち来いと呼び出す。仕方なく、後ろに並ぶ。こうして、陛下の褒詞が始まったのである。型通りの御言葉のあと、陛下はこう付け足す。

「3人とも仕事だけでなく、様々によく頑張っているようであり、様々に経験を積んだのあろう、垢抜けして、誠に重畳である。

 余もそなたらと穴兄弟になれて喜び極まりない。ハァ~ハッハッハ」

 と、例の冷たい下ネタを久しぶりに聞かされる。周囲には苦笑と、”またか”と冷ややかな空気が流れ、第2王妃の眉は逆立っていた。

 その後は王妃主催の茶会である。晩さん会をするほどの事でもないので、かわりに王族に親しくお茶会に呼ばれるというわけである。

 この時も3人が席に着く後ろに控えて立っていると、チビが”横に座れ”という。椅子が用意されたので、そこに畏まって座ることになる。

「ほう~仲良きことじゃのう。」

「いえ、陛下、彼女は魔術において非常に高い才能を持っており、既に我らのメンバーの4人目であります。」

「えっ、なんと!」

 この陛下は有能話が大好きなのである。

「ついこの前の事ですが、このような紫水晶を鉱石より生成いたしましてございます。」

 デブがポケットから鶏卵大の紫水晶を取り出し、陛下に渡す。陛下は手渡された紫水晶をまじまじと眺めながら、

「こんなこともできるのか、魔術師は?」

 デブが答える。

「尋常の者では到底できません、彼女はさすがにハイエルフだけあり、尋常ならざる魔力を有しておるのでございます。」

 驚きと共に紫水晶は王妃たちの手を順番にわたってゆき驚嘆の声が上がっていく。

 この後、別の話題に移り、小一時間ほどで茶会は閉幕となった。


 何日かして、お待ちかねの新しい魔道助手服が届いたので、さっそく着せられて3人の前で鑑賞会となる。例の貫頭衣で、両脇はスキスキで風通しが良すぎる気がする。

 3人を見ると、がっかりとした失望の空気に包まれている。

 服のデザインは文句なかった。

 問題は雰囲気であった、私の雰囲気に合わないのである。

 否、彼らの考えは違う。私が服の雰囲気に合わないのである。

 新しい服は彼らの願望というか妄念・妄執いや邪執をそのまま形にしたものなのだ!

 私の個性がソレに当て嵌まっていなかったのだ。

 私がそれを着ると前後に看板をぶら下げたサンドイッチマンみたいだったのである。

 チビが言う

「ボンキュッボンのボンが足らないんだ!ボンとボンが足らないんだ!ボンをどうにかしてくれっ!」

 デブが言う

「ハイエルフの魔術師というものはラスボスであります。周囲を圧倒する妖気と魅惑する香気をそなえなければならないのです。朗らかであればいいというものではないのであります。」

 ノッポが言う

「妹みたいな可愛さは、君にはもう似合わないよ。大人になろうよ。」

 何を勝手なことを言い出すのか!

 エルフ族というのはスマートでスリムなんだ。ボンなんて期待するほうがおかしい。

 妖気!香気!私はいくつだと思ってるんだ、そんなもんは100年ほど後でいうべきだろう。

 妹とはなんだ!お前は妹とエッチしていたのか?

 この日はこれで終わった。不愉快である。もうこの服は着てやらない。

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