第9話 オタクな魔術師3人組 Ⅲ

「土魔法に関してはお見事と言わざる得ません。極めたと言ってもいいでしょう。さて、ここにとどまらないで、先に進みましょう。次は風魔法ですが、この屋敷では少し狭すぎます。別荘があるので、そちらに行きませんか?」

別荘があるとは知らなかった。デブは男爵位であり一応は領地もあるらしく、その一角に別荘を建てているのだと。


しかしである、領地はあっても、そこに住む領民はいない。このデブを領主様とあがめるのも嫌だろうけど。

本当の理由は、領地と言っても荒れ地で農場には適していないから。そして農場にはできないので騎士団に演習場として貸し出しているから。

考えようによっては、何もしないでも騎士団が地代をくれるという至極結構な領地だ。


初老の使用人夫婦は、「それなら、別荘を掃除してまいります」と言って鍵を受け取り、先に出ていった。掃除もするだろうけど、目的は家宅捜査だと思う・・・。

この3人組、騎士団や王室の丸抱えで魔法研究を好き放題にやっている。つまり、陛下の御寵愛を受けているわけである。それでいて、隠密を入れないと気が済まないというのは・・・、権力とはそういうものらしい。


隠密使用人が別荘の掃除;家宅捜査に先発して一週間後、ようやく私たちの出発である。遅くなったのは荷物が多くて、その整理と馬車への積み込みのため。

普通なら別荘に行くとなると、遊び道具やら野外活動の衣装やらの荷物であるが、この魔道3人組の場合は少し違う。何やら実験器具やら、作りかけの器械やら・・・。”別荘”に何をしに行くのやら。

そして、馬車で”別荘”に到着したとき、少しも落胆がなかったと言えばうそになる。”別荘”と言うからどんな瀟洒な屋敷かと思っていたのだが・・・。

騎士団の実用一点張りの兵舎の建物が建っている。隣にそれの小型版の建物が建っていて、これこそが別荘なるものの正体であった。食事は騎士団の兵舎の食堂に行くのだそうである・・・。

まあ、しかしである。騎士団の広い演習場が庭であり、思いっきり魔法の練習ができる、のは確かではある。




だだっ広い荒れ地につっ立って、風に吹き晒されながらデブが大声で語る。

「宜しいですか、風魔法と言うものは風を吹かせる魔法であります。」

至極当たり前のことをもっともらしい口調で言っている。

頭の髪も上着も風に吹きさらされて、少し乱れ気味だ。髪の毛は少し薄い、カワイソウに若ハゲの気があるようだ・・・。

とつぜん両腕を斜め上に大きく広げて空を見上げる。

と、いきなりデブの周囲を渦巻くように風が吹き荒れ、地面のほこりや落ち葉が空高く噴き上げていく。小さな竜巻を作ったのだ。

「両腕をいっぱいに広げ、できるだけ広くオドを放出して風力を作り、念ずるのです、”風よ吹き抜けよ!”とね。さあ、やってみましょう。」

背中にぴったりと張り付き、後ろから手を合わせて、”さあ感じてごらん”と・・・。


オドの扱いがこれまでとは違う、周囲に力場を作るというのは初めてだ。この感覚を覚え、周囲の空間に力場を広げる。そして風が吹き抜けていった。

「気持ちいい、こんなのは初めて。」

「今度は、前から吹かせましょう。風力の方向を反対にすればいいのです。」

デブの手から逆向きの力場が広がる、という感覚が伝わる。

それを真似て、同じ様にすると、前から風が吹いてくる。

「さあ、今度は上に向けて!」

両手を目いっぱいに上にあげ、頭上に力場をつくり、風を上に噴き上げさせる。と、同時に周囲から渦巻き状に風が吹きこんでくる。

「これを上手にかつ強力にすれば、竜巻がおこせるわけであります。」

風魔法!

これは楽しい魔法だ。教えてもらった感覚を頼りに様々な力場を作り、様々に風を吹かせる。その日は陽が暮れるまで風を吹かせて遊んでいたのだった・・・、いや、風魔法の修練を積んでいたのであった。


夕食時、騎士団の食堂にて4人で食卓を囲みながら、その日一日の話を交わしている。

「例の件について担当者と話し合ってきたんだけど、この前のアレ、ダメだったみたいだね。試験してみたら、威力は十分だけど安定性がもう一つと言う事で、実際に使うのは難しすぎるという評価だった。

でも、アッチの方は物になりそうだから、開発を続けてくれってさ。」

なんだか、軍と軍事企業の話みたいだな。ここは別荘と言っていたが、騎士団と共同の開発実験場のようになっているのか?


一通り仕事の話が済むと、私の話になる。

「今日は一日、風のエルフやってたみたいだけどどうだった?」

「ええ、大分感じがつかめてきました。でも変な事に気が付いたんです。」

「変な事?」

「後ろから前に風を吹かせると、風に押されて体は前に押し出されるハズですよネ。でも、そうならない。逆に後ろに引っ張られる、そんな感じなんです。」

「いえいえ、それは変な事ではありません。よろしいですか、風力を作って風を起こす。では、その風力の支点はどこにあるのか、というと、自分自身にあるのです。風を前向きに吹かせる力を起こすと、自身は後ろ向きに力がかかる、力の向きはそうなります。」

つまり作用反作用の関係という事らしい。

「では、その支点と言うのは、自分自身でないといけないのですか?」

「フフッ、よくわかってるじゃないか。明日僕が教えてあげるよ、支点をいろんな場所に設定する、あるいは風力を反対方向に作る。これが風魔法の醍醐味なのさ。」


次の日の朝、今日はノッポが教えてくれる日である。荒れ地の中に大きな岩がある。この岩の上に立ち、風を起す。そして、

「風をこの岩めがけて吹かせるんだ、そう、この岩めがけて。」

強い風が岩に当たり、周囲はほこりが舞い上がる。一心不乱に続けていると、フイに風に吹き飛ばされ岩の上から飛び降りる。

「いいかい。今、風に飛ばされたろう、これは風力の支点が自分自身から離れたという事。さあ、もう一度。」

同じことを繰り返すうちに、支点と言うものが感覚的につかめてきた。

「じゃあ、今度はあの岩を支点にして、周囲に風力を張ってみて。」

周囲から風が吹き込み、集まった風が岩の上に向けて噴き出す。

「今度は、ちょっと飛躍するよ。支点を上位に移動させて岩から外して!」

岩の支点を上にずらしてゆき、空中に至ると支点が消え去る。でも風の動きは変わらない。

「そう、反対向きの風力が互いに支点となったんだよ。」

そうか、風魔法というものは力場と支点を自由に操る魔法なんだ!


この日は、力場と支点をいろんなパターンで試し、自由に操れるように練習だ。

支点を外すと力場のバランスが難しくなると思ったがそうでもない。力場同士で自動的にバランスをとってしまうから。それができないと力場そのものが消滅してしまうだけ。

ここで、思いつく。”力場にかかるものは空気だけ?水ではだめなの?風ならぬ水流では?”

夕食時にその疑問を尋ねてみた。

「理屈では、空気だけではなく水でも土でもなんでもできるはずであります。しかし、実際上は難しい。風と言うイメージが魔法の発現に大きく関与しているためだと思われるのであります。

そもそも、火水風土の4元素。世界がこの4元素からできているという4元素論なんて誰も信じてはおりません。でもですね、この4元素のイメージを組み合わせて多くの魔法を発動させているというのは確かなのであります。

ですから魔法を実用的に考えるとこの4元素論というのは確かに意味があり、そこから外れて魔法を発現させるのは、一段と高度な段階に入ることであると言えるのであります。」「うん、やってみなよ!俺たちも、色々と試してきてるんだぜ。」

「そう、ハイエルフの君ならできるかもしれない。土魔法だって、頑張っているうちに物質の召喚と抽出ができるようになったじゃないか。試してみる価値はあるよ。」


よ~~し、やってみるぞ~~


今度は一人だけで努力するより仕方がない。何から始めよう、とにかく感覚をつかむこと、これまでの経験ではそういうことになる。

力場を作り、前向きに風を吹かす。そして、その中に石を投げこんでやる。

と、石はポーンと飛んでゆく。

”あれっ、コレ別の魔法じゃない?石弾とか言う土魔法になるんじゃない?”

いや、石弾は、石を作って飛ばしているんだ。だから、石弾より単純な魔法ということになる。

まだ教えてもらっていない魔法なんだけれども、その知識だけはあった。でも偶然とはいえ、できるとは思ってもみなかった。

”まあいいや”、右手で力場を作り、左手からは次々に石を投げこむ。やがて、投げ込んだ石に力場が集中してゆき、飛んでいく石の速度はどんどんと速くなっていく。やがて石を飛ばす速さが増してくると、力場の支点となった右手が反動に耐えられなくなってきた。

今度は大きな岩を背にして、そこに支点を置いてやる。うん、これならいくらでも飛ばせる。小さな石ではなく、子供の頭ほどの石を両手で持ち上げ、おもいっきり飛ばしてやろう。支点は背中の大岩に置いているから反動もない。

ブンッ

大石が青空に弧を描いて飛んでいく・・・。

そして、200mほども向こうに土煙がボンと上がった。

気持ちいい!

今度はどの石を飛ばしてやろうかを周囲の地面を物色していると・・・。

「コラ~~、誰だ~~こんなとこにカタパルト(投石機)ぶっ放すのは~!」

そんな怒声が聞こえ、向こうからおっさんが走ってくる。傍までやってきて、息を切らしながら怒鳴りつけられる。

「何てことするんだ・・・。ここは・・・カタパ・・・ルト・・・をぶっ放すところじゃないんだ・・・。危ない・・・だろう。俺を・・・殺す気か。」

そう言って周囲を見回すが、カタパルト;投石機なんぞ当然置いていない。

「お前じゃないのか?ぶっ放したのは!」

「すっすいません!魔法の練習してたもので。あんなに飛ぶとは思わなかったし!」

そう言って謝ると、

「なんだって~・・・。とにかくやめるんだ、や~め~る~ん~だ~~。」


夕食時、いつものように3人組と一緒に食卓を囲んでいると、騎士団の偉いさんがやってきた。自分で椅子をもってきて、食卓の横におき、そこにドカッと座り込む。そしてニヤリと笑い

「なんだかすごい術者がおられるようですな。」

「おやッ、何かありましたか?」

「いえね、馬場に大石が飛んできたんで、カタパルトをぶっ飛ばしたヤツがいると思って、発射元に駆けて行ってみたら、エルフの姐さんが魔法の練習してたとかいう報告がありましてね。」

ウヒャ、私の事だ

「という面白い報告が上がってきたんで、さっき現場を見てきたのですが、ちょっと信じられない。それで、もしやと思い、お話を伺いに参上したというわけです。」

「何かしたの?エルちゃん。」

「いえ、風魔法で支点と風力の話していたでしょう。それで、風以外でもできるかなっと思って、最初は小石を飛ばしていたのですが、だんだんエスカレートしてゆき、結構な大石を飛ばしちゃったんです。」

ノッポは肩をすぼめて、

「どうやら本当の話みたいです、ご迷惑をかけたなら謝らねば。」

「いやいや、迷惑なんて。けが人が出たわけでもないのに、そんな固い事なんか言いやしません。ただ、本当か自分の目で確かめたいのですよ。」

「了解しました、では明日現場で。」

次の日、魔術師3人組と昨日の偉いさんと他に3人の騎士が集まる中で、きのうと同じ様に大石を飛ばして見せる。

「う~ん、こんな簡単にカタパルトを使えるとは!凄い魔力をお持ちだ!

あんた、騎士団に入らんかね。あんたに特大のファイアーボールを打ち込んでもらったら、敵なんか一発で全滅だ~。」

「いや、それは危ない。彼女、まだ魔力のコントロールが上手じゃないんで、敵どころか味方も丸焼けになって全滅していまう恐れがあります。」

「な、なんと~、それは恐ろしい。地獄絵図だ。」

人をネタにして勝手に楽しんでるわ、このオッサンら。

「まあ、しかしですね、ここでもっと重要なことは、エリーセさんは風魔法から力場・支点という力の要素を純粋に抽出して、教えてもいないのに石弾という魔法を自分で編み出したことであります。うまくいけば、彼女は念力の魔法とでもいうべき新しい魔法に到達できるやもしれません。」

この後、3人の魔術師もそれぞれ、我も我もと試してみるが、一向にうまくいかない。

「ほほう、こちらのエルフ姐さんの魔力がそれだけデカいと言うわけですな。」

「いや、そんな単純な問題でありません、もっと根本的な要因があります。

魔術というものはマナを経絡にめぐらして、イメージをオドとして放出し、魔法を発現しているのです。

このあたり、つまりマナを扱うということは論理的にしているわけではない、直感的におこなっている部分が大きい。ですから、理屈でこうすればいいと考えついても、それを実現できるわけではない、と言うわけであります。

風魔法の”風”と言うイメージがマナやオドを扱う時の直感に類似していて、魔法の発現に大きな役割を果たしている、だから、この魔法が風魔法として使われている。

つまり風魔法を極めたからといって、それだけでは念力の魔法はできないと言うわけであります。

そしてこの場合、石弾というのは石を投げる:投石という基本的な動作は熟知されておるがゆえに、直感的に魔法でこれを再現できるのです。

ところが、こうして岩を抱えてこれを念力魔法で飛ばすと考えても、投石という直感・身体感覚がマナの操作に結びつかない、だから魔法で再現できなくなるのです。」

「じゃあ、皆さんから教えてもらったように、私も手を合わせて教えてあげましょうか?」

”それは、ありがたい”と、3魔術師に教授することなり、この日はそれで一日が終わってしまった。

結果は、全然ダメだった。手を重ねて力場を作ってみても、全くその感じがつかめないのだそうだ。いつもの風魔法と一緒で変わりないと、それなのにうまくいかない。

「マナをより純粋に論理的に使いこなす、これは多分、4元素の魔法よりも高等な魔術なのに違いない。我々はまだその段階には至っていない。と結論づけるより他ありません。」

と、デブが結論づけてしまった。

「でも、僕はあきらめないね。自身で魔法を発現できなくとも、魔法陣を使えばできるかもしれないしね。」

「マッ、そ~いう事。」

「おお~わしは猛烈に感動したぞ、その意気だ~その意気で頑張るんだ~」

気が付くと、騎士団のお偉いさんがまだそこにいた。飽きもせず、ジ~と様子を観察していたらしい。

「いや、人類の文明が進歩する一瞬に立ち会えて、なんと有意義な一日であったことか。」

なんと、閑なオッサンであることか。とにかくこのオッサンの論評でこの日が締めくくられたのであった。


「土・風、なんとなくですがわかったような気がします。」

いつもの夕食時の会話である。今日は例のお偉いさんのオッサンが同席している。あのまま、ついてきて夕食の席まで一緒なのである。

「でも、火魔法、やっぱり覚えたいです。」

「う~ん、研究所と違って、ここなら周辺に家も建てこんでいないから、条件的には楽だけどね~」

「うん?何を躊躇しておるのかね?」

「いえ、昼間お話しましたでしょう。彼女の火魔法について。」

「おお~、敵味方まとめて総丸焼けの地獄絵図でしたな。」

酷い事を言う。

「もっと訓練をして、ちゃんと使えるようになりたいと、言っているんですよ。彼女。」

「フム、それなら、火力実験場を使えばいいじゃないか。」

「いや、騎士団の実験場を私的な事に使うのはいかがなものかと。」

「な~に言ってるんだ。強力な魔術師の育成と言うのは国防上の重要事項なんだ!その訓練に使用することが私的な利用とおっしゃるのかね!

私は裁可せざる得ませんな。

彼女の訓練に王国防衛研究所の火力実験場を利用することをね!」

と、いうことで、ここの実験場を使わせてもらえることになった次第である。

まあ、ここ1ヶ月ほどは使用する予定がないので、好きに使ってもらってよいとの事。

「壊したらちゃんと修繕しないといけない・・・。」

そう呟いていると、このお偉いさん、

「な~~に言ってるんだ、壊せるもんなら壊してみろだ!」


翌日、実験場に案内される、”ここを使え”と。

広さは学校の校庭ぐらいもある。

周囲は土手で囲ってあり、爆発の衝撃や炎が外に出ない様になっている。

「まずは放火かな。」

今日はチビが教えてくれるらしい。

「点火ってあるだろ。アレは最初から使うマナの量が決まっている。だから量の調整は必要ない、でも、発現させる炎・熱の量も限られている。この魔法から、使用するマナの制限を外したものが放火だ。見てな!」

前方5m四方が燃え上がる。

「さあ、やってみなよ。」

広さは5m四方に限局するように注意して、そして炎を起す。

”ゴゥ~”、強すぎる炎が立ち上がった。

思わず風魔法で周囲から炎を抑え込もうとすると・・・、失敗してしまった。

炎は横に広がりはしなかった、しかし、小さな竜巻ができ、火焔柱が天に昇りあがったのである。

「ヒュッ!やっちまったな。早々に。」

向うからおっさんが2人駆けてくる。一人は実験場見張りの当番で、もう一人は昨日のお偉いさんだ。

「なっなんてことを!」

見張り当番のオヤジ騎士が叫ぶ。

と、その時、お偉いさんは文句を言っている見張り当番の肩を押さえてだまらせ、

「おお、もっとやってみせんかい!

ここは、色々と試してみる場所だ。

気にするな、どんとやってみせい!」


高さ4~5mほどもある高さの土塁で囲まれた場所がある。

テニスコートを3つ4つ縦に並べたほどの細長い一画となっている。

爆発があっても逃げ込めるように、中には所々に壕も掘ってある。

ここでファイアーボールを撃てと。

ファイアーボールは言うまでもなく火魔法の華なのだ。ファンタジー世界を生きる魔術師としては、これは是非習得せねばならないのだ!

「ケケッ、じゃあ存分にやらしてもらおうか。」

チビは相変わらず、発言が邪悪だ。

「両手を前に広げて、そう、マナを目前に集積し、そして向こうに突き飛ばす感じで。」

火球が目の前で育っていく・・・。

「気張らないで、ゆっくりと落ち着いて。大きくなり過ぎないうちに向こうに突き飛ばして・・・。」

ゆらゆらと火球が揺れながら向うの方に飛んでいく。

向こうの壁まで届かずに途中で火球が崩れてバラバラの炎に分かれてきえてしまった。

「もう少し速い速度で飛ばした方がいいかな。」

今度は速すぎて、火球が崩れてしまう。

「火球が大きすぎるんだ。ちょうどいいところを見つけないとな~。」

今度は火球を育てる際に、大きくなり過ぎないように、早々の所で飛ばす。

しゅん~

火球にまとまる前に、吹き消されてしまった。

「う~ん、ファイアーボールを打つのに魔力の調整が厳しいってことはないんだけどな~。」

そのとき、お偉いさんのオッサンが、手でお椀を作って、

「こうっ、こうっ、こういう風に手の中に火球を作るんだ!」

魔法なんか使えないくせに、分かった風(ふう)なことをしきりと言っている。

世間にはこういうお偉いさんが大勢居るものである。

しかし、火球を造る際に手の形を変えてみるというのは、試して見る価値があるかもしれない。

今度は両手を少しねじってお椀の形にして前に突き出し、火球を造ってみる。

手がねじれるためだろうか、火球の生成が少し遅い。そして、ある程度大きくなると、できた火球が掌から指に感じる。そこで打ち込んでやる。

ひゅ~~~、ボン。

上手くいったようだ。なるほど、頭の中だけで解決できないことは手足を使ってみるということか・・・。

お偉いさんは偉そうに”うんうん”と腕を組んで頷いている。

将来このオッサンに、”ワシが育てた!”、と言われてしまうのだろうか・・・。


とにかく、手がかりをつかんだ。後は試行錯誤を繰り返すのみ。

あのお偉いさん、まだひつこく着いて来る。何か成果を見届けたいようなのだ。

「よしではこれではどうだ!」

スイカほどの岩を造り出し、宙に浮かしたまま目いっぱいに熱してやる。真っ赤に焼きただれて溶岩にまでなったら、ポーンと向こうに放り投げる。落ちたところで爆発が起こり、溶岩が飛び散る。

”溶岩弾だ~”

「これは却下、酷すぎる。死ぬときはあっさりと死にたい。じりじりと溶岩に焼かれて、自分の体が炭になっていくのを見ながら死ぬなんて・・・、あんた騎士の情けって知らんのか!」

と、いちいち、うるさく論評してくる。


ファイヤーボールと言うのは、火球のサイズと飛ばす速さのバランスが結構難しい。魔力:マナの使用量の調節が得意でない私にとってはこの魔法はやはり苦手だと言わざる得ない。

でも、なんとか練習を重ねて、概ねうまく飛ばせるようにまではなった。ただし、火球のサイズや爆発の規模は不ぞろいで安定せず、気を抜くと巨大な火球を造っていしまって暴発させるという失敗もままあるので、実用的とは言いかねる。

他には、火線、要するに火炎放射器だ。これは簡単だった。炎のオドを前方に飛ばせばいいだけだから。何も調節する必要がない。

ただし必要以上に高火力で、全てを灰にしてしまう。


夕方になって、また、お偉いさんを交えた夕食を取っているとき、

「いや~、なかなかの逸材ですな。どうです、騎士団に入ってみては。超大火力魔法の使い手になれますぞ。」

なんだか微妙なお誘いが入った。

その時、デブが

「いえ、お断りいたします!」

私の方を見るまでもなく断る。

少し気色ばんでいる。

「彼女は、魔術という学問をまだまだ究める必要があります。彼女の大きな才能はこの学問の発展にこそ役立てるべきものであり、目先の用途に限ってしまうなどというのは、もっての他であります!」

ノッポとチビも目を吊り上がらせて睨みつけている。

「いや・・・、決して悪意で言ってるんじゃないんで・・・。」

思いもかけない強い反応に、偉いさんは少し引いてしまった。

私も何か言うべきだろう。ここは場を和らげなくては。

「お誘いありがとうございます。でも、まだまだ修行を始めた未熟な身で、まだまだ一人立ちのできるとは思いません。将来、王国に必要とされた際には、粉骨砕身に働きますので、今はまだこの方たちの下で学びたいと思います・・・。」

まあ、こう返事するのが無難であろう。しかし、デブ達3人組の反応は少しうれしかった。日ごろの下半身的なところが無ければ、もっと信用できるんだけれども・・・。

「まあ、それはさておいて、この演習所で得たものは大きかったです。結局のところ、火魔法はマナを火のオドに変える魔法だと理解しました。普通に変えてやると炎になる、瞬間的に変えてやると爆発になる、だらだらと変えてやると熱になる、遅発して爆発させるとファイアーボールになるわけです。」

「納得した?」

「ハイ、納得しました。」

「じゃあ、こちらの仕事も終わったし、屋敷に帰るよ。」

”仕事”?。やはり、ここは休暇のための別荘ではなかったらしい・・・。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る