第7話 オタクな魔術師3人組 Ⅰ

小太りで、愛嬌もなくむっつりとしており、服装も人目を気遣ったものではない。年のころは30前後、年齢イコール彼女いない歴の童貞に違いなく、まさしく魔法使いの彼である。

これでは独身に違いなく、これから先も未来永劫に独身であるに違いない。親も孫の期待などはとうに諦めていて、一族の子孫繁栄に関して彼に期待するものは親戚一同誰一人としていないに違いない。

このような奴のところに遣られるのが果たして幸運といえるであろうか?

陛下の悪意を感じざる得ない。


ところでこの魔法使い君、一人で生活しているのではなかった。

痩せてのっぽで、いつも背を曲げてうつ伏せ加減の、姿勢も愛想も悪い魔術師。

チビでまさしく邪悪なチビとでもいうべき、嫌なチビの魔術師。

この3人が共同で古屋敷を買ってシェア生活しているのである。

彼らが”魔道研究所”と呼ぶこの屋敷には、使用人もおらず荒れるがままにまかされており、3人のまさしくオタクサークルの魔窟となっていて、彼らはその中に意気軒高として棲息している。


この魔道オタサー3人組は、冒険者達を高額の報酬で雇い、王国の西の端でヌカイ河のほとりにあるアッシュ遺跡の深層を探索、これまでにないさまざまな魔法道具(ガラクタとも言う)を発見、また新しいグリモワールも発見、まさしく赫々たる成果を得て国王陛下に献上したのだ。


陛下は、

「そなたらは褒美に何を望むのか?」

と、いつものように尋ねたところ、

この小太り魔法使いは、

「あの、ハイエルフを所望いたしまする」、と。


ふつうは爵位や領地となるところであるが、この褒美はあきらかにおかしい。しかし、これは安い望みではある。

また陛下としても、この頃は目障りに感じていた私を渡りに船とばかりにくれてやったという次第なのである。


お下げ渡しが正式に決まった後、元締めによばれる。

「みんなが思っている程悪い連中じゃない。むしろやもめの爺さんの所に遣られて介護ばっかりさせられるよりずっと楽しく過ごせるというものさ。

でもまあ、ちょっと気になることもある。

遺跡で発掘した遺物を隠匿しているかもしれない。

いや、自分らで見つけたんだから、自分らのものだ。

それはいい。

ただ危険なものでなかったらね。

遺跡の遺物で事件を起こす魔術師がちょくちょくいるのさ。

なんか変なものを見つけたら知らせにくるんだよ。

事件の予防があたしたちにとって最善の結果だからね。

それが連中にとっても、あんた自身にとっても一番なのだから。」

と・・・。


さて、この魔道オタサー3人組に遣わされる前日、この服を着てこいと衣装が届けられた。魔道研究所専属メイドの制服ということらしい。

開けてみると、黒地のつややかに光る絹という贅沢な生地であり、周りにいた同僚から、”ひゃ~”という歎声が上がったのだが・・・、

いざ着てみると、ピチピチの上半身にフレフレのミニスカートで・・・、

まさしくかつての日本でのメイド喫茶あたりで着られていたようなアレで・・・。

これを着て見せると、周囲から失笑が漏れ、それに続いて沈黙に包まれる・・・。

当日、この姿を晒して外を出歩けず、上からコートを羽織り、カバン一つに荷物を詰め込み、件の”魔道研究所”に赴いた。


開きっぱなしの表門をくぐって、雑草だらけで荒れ放題の庭を勝手に抜けて行って、屋敷の玄関まで勝手に進んで、扉の前に立つ。

”コンコン”、とドアーノッカーを打って鳴らすと、

”ギィ”と少し開いた扉から不景気な顔を出し、見下ろしてくるのはノッポの魔術師に違いない。

「まっ入れよ。」

そっけない一声を聞いて、後ろについて奥へ入っていく。

残り2人がふんぞりかえって待っていたのは散らかった居間であった。


「フム、」

右手のこぶしに顎を載せて、デブが冷静を装っている。

「ヒヒっ、来ちゃいましたヨ~、」

チビが邪悪にはしゃぐ。

”なんだこいつら、ほかに言うことがないのか”、と腹の中で呟きながら、丁寧に頭を下げ、挨拶をする私である。

「エリーセと申します、これからは宜しくお願いいたします。」

後ろからはノッポが無表情で見ている。

挨拶が終わっても、誰からも何の返事もない。

・・・・・・。

しばしの沈黙が部屋を支配する・・・。

・・・・・・。

少し、いたたまれなくなり、

「とにかくお茶の用意でもしてきます、台所はどこでしょうか?」

と尋ねると、3人は慌てて立ち上がり、

「いや、あそこは散らかっているから、」とか言っている。

「散らかっているのをかたずけるのが私の仕事ですから、」と畳み込むと、

3人とも足早に奥に入っていく。

台所に行くに違いないと、急いで後をついていくと、流しの中にほこりをかぶった食器がうずたかく積まれており、コバエがブンブンと飛んでいる有様。

デブは何を思ったか、ほこりまみれの食器を洗い始めている。

チビは、「ここは我々にとって必要のない場所なんだ、だから、これでいいんだ、」とかわけのわからないことを訴えている。

ノッポは肩をすぼめ両腕を広げ、「ア~ア」とため息をついている。


日頃使っていると思わしきヤカンを見つけたので、そこに水を汲み、かまどにマキを入れると、すかさず横からノッポが魔法で着火してくれた。

振り向くと、得意そうな表情で唇をゆがめニヤリと気持ちの悪い笑顔。

”茶葉はどこにあるのか”と聞くと、無造作に指さす先には極上のお茶の葉の入った缶が無造作に放り出してある。

「ここは、後で私が致しますから、もう居間にお戻りください、」と言うと、

「そっそうか」と、3人そろってぞろぞろと退散していった。


お茶をいれ(カップは不揃いであった)、お盆に乗せて居間に戻ると、居間のソファーに座った3人が、沈黙のままに待っている。

もう、こちらから話を進めるほかなさそうである。思いつくままに、質問を浴びせていく。

まず、

「洗濯は?、」

「まとめて洗濯屋に出している、」

「食事は?、」

「いつもはす向かいの銀熊亭だ、」

「で、私は何をしたらいいのです?」

「う~~ん、まっ、とりあえずアンタの部屋を用意してるから」

と、3人で案内してくれた。


世間一般の常識では、使用人の部屋は屋敷の隅の薄暗い一画にあるものである。しかし、彼らの寝室が並んでいる2階の一室をくれるらしい。

広く明るい部屋、使用人の部屋としては上等すぎるこの部屋の中に、箪笥がなぜか3つ並べておいてある。

開けると、それぞれ衣装と下着がつまっていた・・・。

デブ・ノッポ・チビそれぞれの好みのメイド服らしい・・・。

どうだとばかりの表情を見せながら、

「これは、僕たち3人からの贈り物だよ。まあ、好きなのを着ればいいが、偏らないようにして欲しい。」と。

この3つの箪笥と中の衣装は3人各々からの贈り物とのこと・・・、

趣味さえアレでなかったら感謝もするところだが・・・、

なんと言うか、オタクが望むメイド服そのものであり・・・、

連中はここでキャピキャピと嬉しそうにして欲しかったのであろうが・・・、

流石にそこまでは自分を偽ることはできない!


「あのぅ、ベッドがないのですが?」

と恐る恐る尋ねると、

「まっ、不要と思ったから用意はしてなかったが、必要なら買おうか?、

夜は一応・・・、俺、こいつ、そしてこいつと毎日順番で寝室にくるということに・・・。」

顔をすこし赤らめながら、

きわめて事務的な口調で・・・、

きわめて非常識なことを口走っている。

やっぱりそういうことらしい!

ここはおとなしく性奴隷らしく、

「ハイ、そう致します、」

と小声で答える。

一応奴隷の身分はすでに解放されている。しかしこの連中が欲しいのは、あくまでもソレなのだ。ならくれてやる・・・リターンはちゃんと貰うから!


恐ろしく重い空気になってしまったので、

「順番の方は当日ちゃんとお風呂に入ってくださいね。」

そう返事をすると3人とも、

「確かによくわかった、それはルールということにしよう、」

と深刻な表情で約束してくれた。


そして緊張も解けて、ようやく自己紹介をし始める。

デブの紹介

「小生はディーノ・ブランケットと言います。男爵位を有しております。ハイエルフであるあなたをこの研究所に迎えることができて、喜びに堪えません。と同時に国王陛下に感謝するものであります。」

「はい、ディーノ様。」

以下デブである。

ノッポの紹介

「僕はノリス・ポートレイスというんだ。準男爵位だよ。言っとくけど僕たちは爵位なんか関係ないからね。世間に合わせて言ってるだけで。」

「はい、ノリス様。」

以下ノッポである。

「俺はチャーリー・ビゲンコフだ。準男爵位ね。あんたと暮らせるんだ。楽しみだよ。」

「はい、チャーリー様。」

以下チビである。

ようやく打ち解けて、話ができる雰囲気になってきた。


「それはそうと、さて!」

と、ノッポが手を打ち、話し始める。

「君は今日から我々魔道研究所の栄えある専属メイドとなったわけだ。当然魔法の一つも使ってもらわなければ困る。まあ、我々の沽券にもかかわるからね。早速だが、魔法のトレーニングといきたいのだが?」

何が栄えある専属メイドだ、オタサーの姫ならぬエロメイドが欲しいだけのくせに!

そう思いはしたが、魔法を教えてくれるというのはありがたい。火水土風魔法、4元素の魔法スキルは強欲の子宮の力で、既に複写しているが、実際の魔法は何も経験はないし、当然使えなかったのだ。

すぐにでもお願いしたいくらいなので、しおらしく、

「ハイ、よろしくお願いします、」

と返事した。

「では、まず火魔法からだ。じゃあ、下の庭に出て。」

草ぼうぼうで空き地あるいは廃墟ともいうべきの庭に出て、トレーニングをさっそく始めることとなった。


「要は”理屈より慣れろ”、と言う事だ。

僕が魔法を発現して見せるからね、僕の手の上に君の手をのせて、オドの流れを感じるんだ。」

ノッポの手のひらの上に、言われたままに右手の手のひらを上に向けておく。

「いいかい、体の中のマナの経絡を感じるんだ、そこをマナが流れている。さあ、目をつぶって集中して!」

その時、後ろからチビが、

「なんでお前が一番先に手ぇ握ってるんだ、」

と不満を言う。

「邪魔スンナ!」

ノッポが邪険に返事するとチビは黙ってしまった。


じっと集中していると自身の体の中を巡るマナを実際によく感じ取れる。そしてノッポに掴まれた掌にオドが通過していることが感じられ、手のひらの上に小さな火がともる。

「これは、僕が燈した火だ、感じているだろう、マナとオドの動き。」

そう言って、そっと手を放す。火は小さくなり一瞬消えるかと思ったが、かろうじてともっている。

「そう!その火は君がともしている火だ、頑張って、燃やし続けるんだ。」

しばらく灯っていたが、じきに小さくなり消えてしまった。

「さあ、もう一度!」

また同じことをする。今度は消えることなく、燃え続けている。

「おお~もうできるようになったのか、流石にハイエルフだ、魔法の才能は大したもんだよ。今度は、自分で火をつけてごらん。」

さすがにそれはできない。また、手を重ね、

「よく感じ取るんだよ、」

と言って手の上に火をともす。そうすると掌を通り抜けるマナの巡りとオドの形がよくわかった。

自分でも真似をしてみる。

こんどは3回ぐらいすると自分で点火できるようになった。


「よし、それじゃあ、ちょっとよく似た魔法もやってみよう。」

ノッポはそう言って、地面に落ちていた落ち葉を拾って掌の上に置き。

「さあ、見てて」・・・

落ち葉の端が突然燃え出す。

素早くその燃える落ち葉は地面に棄て、

「どうだい?よく似ているけど、違う魔法だよ。じゃあ、やってみようか。」

今度は私が落ち葉を拾って掌の上に乗せる、下からはノッポの掌が合わさり、オドが流れる。さっきの点火とは違ったオドだ。


すぐに掌の上の落ち葉は燃え出し、素早くそれを捨てる。

「なんだか、違う感じがします。」

「わかるかい、同じ火を生成するにしても、オドが直接燃えるのと、落ち葉を燃やすのとは、また違った火魔法なんだよ。

面白いだろう。さあ、やってみよう。」

これも、3回ほど繰り返すとじきにできるようになる。


後ろではチビとデブが、「早いな、」と感心している。

そして、「後は練習を重ねるんだね、」と。

今日のトレーニングは終わりらしい。


明日はチビがトレーニングしてくれるとのこと。これで解散となったが、別れ際にノッポが、

「また後でネ、今日は僕の順番だから、」

と耳元で呟いていく・・・。なんの順番なのか・・・。

一人でしばらく練習を続け、”魔術とは、マナを経絡に流してイメージ通りに活性化させたオドに変換し、このオドを放出させて望み通りの魔法を発現することである”、と納得したのだった。


ちなみに鑑定で魔法スキルを調べると、

火魔法 初心者 点火 着火

水魔法 初心者

土魔法 初心者

風魔法 初心者

となっている。強欲の子宮でもって既に4元素の魔法スキルを転写しているのである。簡単に魔法が使えるようになって当然といえば当然なのだ。


そして、

マナの魔法 Lv1(+1) マナ認識Lv3 マナ吸収Lv1 マナ貯蔵Lv1

聖霊魔法 Lv0 魂認識Lv1

死霊魔法 Lv0 魂認識Lv1

時の魔法 Lv1(+1) 時間認識Lv3 領域操作Lv1 亜空間形成Lv1

空間魔法 Lv1(+1) 空間認識Lv3 高速知覚Lv1 高速思考Lv1

質量魔法 Lv0  質量認識Lv1

波魔法 Lv0  波動認識Lv1

合成魔法 速度認識

例によって、後はよくわからない魔法である。


さて、することはたくさんある。居間のかたずけをして、次は台所、二階にあるみんなの寝室もきれいにしないと。特に、ノッポの部屋のベットはきれいにしておく必要がある・・・。


夕方になった。

また集まって、”さあ晩御飯だ!”。

はす向かいに建っているレストラン;銀熊亭に繰り出す。


銀熊亭は中の上といったクラスのレストランで、服装をビシッと決める必要はないとの事であるが、このミニスカートのメイド服の姿でオタク屋敷の外に出るのは正直つらい。世間の常識・良識から浮き上がってしまっている。

しかし、この3人の世界にドップリと付き合うのであれば、スッパリと割り切ってしまわねばなるまい、世間の常識とやらとは。

この3人から離れる選択肢はないのである。覚悟を決めねばならぬ。

というわけで、ミニスカートをひらひらさせながら、お供するのであった。


もっとも、そのような心配は杞憂であった。彼らは銀熊亭の常連さんであり、常識の通じない3人組であるというのは、店の方ですでに周知なのであったようなのだ。

そのまま、二階のいつもの他の客から隔離された部屋に通されて、

”ここでどうぞ、お好きなように!”というわけである。


王宮でさんざん給仕はしてきたが、客となったことは一度もない。それに一応メイド姿であり、ふんぞり返っているのも変だ。やはり、この部屋の給仕はまず私だろう。

店の側も戸惑っていたが、この魔道3人組には一切逆らわないという方針らしく、なるに任している。

「さあ、今日はエルちゃんの歓迎会だ、豪勢に行くぞ!」

と、私(どうやらエルちゃんと呼び名は決まったらしい)の給仕で騒いでいる。テーブルに料理の第1弾を並べると、乾杯となり、あとは、パーティーの主賓と給仕を兼ねて、盛り上がる。

「金?金なんてどうにでもなる。我々の才能をもってすれば、金なんて向こうから頭を下げて持ってきてくれるさ。」

かれらは、宮廷魔術師としての給料以外に、魔法陣や魔道具を売って大いに稼いでいるとのこと。

「夢?俺たちの夢だって?人類の発展だよ!魔法文明の発展さ!おれたちはその先頭に立って世界を引っ張っているのだ!」

まあ恐ろしいほどの自意識であるが、宮廷からも陛下からも一目を置かれた存在であることは認める。

チビとデブは早々につぶれてしまったが、ノッポは酒も控えめで、ただ”ウフフ”とこちらを嘗め回すように見ていた・・・。


たとえ酔い潰れても最終電車など気にする必要もない、はす向かいの屋敷に帰るだけだから。

デブとチビをそれぞれの寝室に放りこんだあと、ノッポは私の部屋の中に入ってきて、自分の用意した箪笥から一枚のネグリジェを出し、”ここにちゃんと用意してるから”、ということらしい・・・。

親切に風呂の湯は、魔法で用意してくれた。自分は、食事に出る前に入ったとのこと。

「じゃあ、上で待ってるから、」と。

”ああ~、仰せのままに”、ということで第一日目が終わったのである。

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