第5話 わがままな王様と王宮執務室 Ⅰ

奴隷商から王宮、そう、全く別の世界にやってきた。

未知の異世界で両極の世界を経験しているのだ。


ここに来て、まず身分証明がまともなものに書き換えられる。

名前はどうするか、ちょっと困った。奴隷になる前の名前なんて・・・、正直なんと返事してよいものやら。

「衿瀬(えりせ)。」

とだけ答えると、

「エリーセなんだね。森の民(エルフの事らしい)らしい優しい名前じゃないか。」

ということでエリーセという名前で登録してもらう。

姓はないままであるが・・・、元々貴族しか家名などと言うものはないのである。

出身地は不明のまま。


かくして本日、めでたく初出勤となり、大国テルミス王国の中枢の王宮の片隅で、新人のメイドとして上司の訓示を受けている次第である。


厳格な表情をして、両手を前にそろえて背筋をのばした謹厳な姿勢の中年女性が目の前に立っている。この人が王宮のメイド長で、私の管理責任者だと聞いている・・・。

もっともそれは名目上そうなっているだけらしいが・・・。


その前で、カチカチに緊張して直立して有難く訓示を拝聴している。

「安心なさい、あなたは王宮に購われたのです。ここは誇りある場所ですから、ここに居る者はあなた達奴隷といえども、ちゃんと人として扱われます。

いえ、ちゃんとしてもらわねば困ります。自分の分をわきまえ、礼儀を守り、節度の有るふるまいを常に忘れず、しっかりと仕事を果たしていただけねばなりません。・・・。」


そもそも性奴隷というものが、節度の有る存在ではないのだが・・・。

多分この人もどう扱っていいか、戸惑いが残っているのだろう。まあ、宮中のメイドはどうあるべきなのか、訓示が続く。

ありがたく拝聴していると、当面は挨拶の仕方など礼儀作法の躾けを受けることになると。その後で先輩のメイド(この人達は奴隷ではない本職のメイドである)についてまわり、仕事・ふるまいなどを覚えることになるそうだ。


実際に先輩の後について歩いてみてまず実感したのは、宮廷のメイド達たちというのはプロフェッショナルな人達なのだということ。

王宮が王宮らしくできているのは、彼女らが後ろから支えているおかげなのである。まあ、当方はそんな大した存在ではないので、そこまでになる必要もないが・・・。

ただ、これからは貴人との接触が大変”濃厚”になる。礼儀作法の躾けだけはきっちりとしておかないといけないということらしい。また、偉いさんの顔を覚えるということも大事なスキルである、あのお方の序列はこれこれで、お立場はこうで、云々。こうしたことを頭の中にきっちりと入れておかないとやっていけない。


そしてもう一つ、頭にしっかりと入れておかないといけないことがある。

それはテルミス王家の由来。


建国王は、邪神討伐の勇者イヤースなのだ。

この世界;ヘルザは、古代魔法王国;暴虐の王国から大勢の人々とともに避難してきた聖ネンジャ・プによって歴史がはじまっている。

当然、古代魔法王国;暴虐の王国の”暴虐の王”からは敵視されているわけで、開拓の始まったばかりのヘルザの地に6体の邪神を放ってきた。邪神と言っても神と言うよりも魔王のようなものであったらしい。

しかし、聖ネンジャ・プはこの邪神達を討伐できずにあの世に聖天してしまったのだ。ただ、そのために神の怒りが暴虐の王国に落ちて天変地異がおこり、暴虐の王がいなくなりその王国も滅んでしまった。今では古代魔法王国のあった地は魔物の蔓延る魔の森となり果てている。

で、残された邪神達はどうなったかと言うと、その後もヘルザに棲みついていたりする。

流石に邪魔なので、約100年後に勇者イヤースが連中を討伐したのだが、その後に諸侯達は勇者イヤースを王に推戴してテルミス王国を建てた、と言う次第なのである。


まあ王宮と言うのは、前世でも当然ながら経験したこともないから覚えることも多くて、毎日が緊張の連続で、わけもわからずあたふたとしているうちに、たちまち2ケ月がすぎてしまう。

そして、ようやく王宮の中を一人で歩くことができるようになった時の事である。


今日も、廊下を晩餐で使った食器をワゴンにのせて運んでいる。貴人の目につくところに出ることは許されていない。まだ裏方の仕事ばかりなのだ。


ワゴンから食器を落とさないように気を付けてのろのろ進んでいると、後ろからカツカツと歩いてくる音がする。慌てて、廊下の端に寄り、頭を下げお辞儀をして通りすぎるのを待つ。

しかし足音は前で止まる。視線を向けぬように頭をさげたままじっと待っていると、

「面(おもて)を上げよ。」

という少し甲高い中年オヤジの声。

恐る恐る見あげると、きかん気の強そうな顔がほんの目の前で興味深そうに見つめていた。

これがテルミス国王イエナー陛下、そのひとである。


「ほう~エルフか、初めてだな。おっ、例のハイエルフか。おう、なかなかの美形。」


そういうといきなり右手をとり、引っ張って歩き出すので、引きずられるようについていかざる得ない。いったい何が起こったのか!、混乱しながらも引きずられる様にしてついていく。


すでに陽は落ちてしまって灯火が点々とついているだけだ。王宮とはいえ薄暗い廊下を進み、守衛の騎士以外にはもう人気のない執務室に入って行って、そこを通り過ぎ、隣の部屋に入る。

ドアをいきなり開け広げると、部屋の中では2人の先輩の奴隷メイドが驚いてお辞儀している、その前を振り向きもせずに通り過ぎ、奥にある天蓋付きのベッドの上に私を突き飛ばして、自分は上着をぬいでそのままかぶさってくる・・・、いわゆる手籠めというやつである。

奴隷商のもとでは散々な目にあった。今更、・・・・・・。



一発が終わって賢者タイムにはいると、さすがに先輩の奴隷メイド達は手慣れたもので、イエナー陛下のせわしいナニの時間の間に、後の用意のことはすべてすましてしまい、もう姿を消している。陛下は用意されたお湯のシャワーを済まし、タオルで濡れた体を拭いながら一声、


「よし!今日からおまえの務めはここだ!。」


そして素っ裸の私を抱き枕にして、またベッドに倒れ込み、そのまま寝物語となり、やがてイビキをあげはじめた。


訳が分からぬまま、何の忖度もなく、一方的に決められていく。首輪・鎖はなくなったが、その人格を忖度されることはない。最底辺の存在にちがいない。

さすが性奴隷の運命の軽さだわ!

それでもこの世界で生きてゆかないといけない・・・自尊心をかなぐり捨てても、なんとか運命の糸口を手繰り寄せないと。


高いびきを横に聞きながら、寝付けるわけでもなく、先に聞かされた寝物語を頭の中で反芻している。


”ハイエルフという、聞いた事もない新しい種族がでてきたということで、大騒ぎになってな。魔術師の連中やら教会やら神社やらがうるさい事うるさい事。新たな魔法的な進化だとか、いいや奇跡かもしれんとか、・・・。挙句の果て、娶って繁殖させ、子孫繁栄させたいなどとぬかす輩までがでてきてな。

まったく、性奴隷にもう子なぞできんわ!。

それがまた、どうだこうだと騒ぐ奴が出る始末。

いったい、どうしろというんだ!。

普段、何も言わん連中までが騒ぎだす始末だ。

それで、大慌てで手元に確保したと言うわけさ。

で、真っ先に自ら念入りに調査という訳だな。

ハッハッハ。

心配せんでいい、悪いようにはしないから。”


あくまで、自分は”助べえ”で動いたわけではない、私:ハイエルフの保護ということらしい。最初の出会いがこうでなかったら、もっと素直に感謝できたのだが・・・。


翌朝、部屋付の2人のメイドがやってきて、陛下の朝の世話をすませて陛下も部屋から出て行った後、彼女らと少しだけおしゃべりができた。

「まあ、びっくりしたでしょう、いつもあんな感じなのよ。もういいから、元締めのところに行って、話を聞いていらっしゃい。」


「えっ!元締め?、怖いメイド長でなく?。」


・・・なんか、別の管理系統が・・・?。


自分の部屋に一度帰って服も整えてから、言われた通りに”元締め”の部屋に行く。


「はっ!、いつもながらお手のはやいことだ。」


ちょっと擦れた年増のおばさんだ、宮廷人らしくない人物なんだけど、本来の職制とは別の管理系統の組織があるらしい。


「まあ、あんたたちはうちの管轄だからね、性奴隷を王宮の正規の職制に入れるわけにはいかないから。陛下の内々の手下というわけさ。

なっ、それらしいだろ。

このことは公然なんだが秘密ということになっている。だから、そのことを吹聴するなよ、ひどい目に合うからね。

執務室付きのお役は、まだちょっと早いが・・・、陛下直々の指示とあらば仕方ないさ。2人で組になって務めてもらうから、相方によく教えてもらうんだね。」


どうやら、イエナー陛下直属の”秘密”組織のレギュラーメンバーに入ったようなのである・・・。



さて、話を変えて・・・、

そもそも王宮の執務室とはどう言う場所なのか?。

そちらの方が興味深い話だと思う。紹介してみたい。


テルミス王国の貴族が陛下に呼び出されて執務室に赴くと、まず前室として広く細長い部屋があり、ここが来訪者の控えの間となっている。

ここは随時、臨時の小会議室としても利用されることもあるのだが、通常は長椅子がいくつか置かれ、来訪者はゆったりと順番を待つ待合として使われているのだ。

部屋の奥には、執務室の大きな扉があり、両脇には甲冑を纏り武装を固めた護衛の騎士が守っている。


このドアの奥が国王の執務室であり、部屋に入って正面の奥に、まさに陛下の執務机が鎮座している。

背には大きな窓が広がる。

窓からは柔らかな間接光が入るように、外には豪華なヴェランダが設えてあり、そこにもやはり護衛の騎士が立っていて、外を監視している。

執務机の左前には、リラックスして対談することもできるように豪華な応接セットが置いてある。


この執務室・控えの間が並ぶ右横には大きな秘書室があり、国王執務室付きの忙しそうな官僚・秘書官たちが大勢控えていて、陛下に呼ばれるとすぐに補佐のために参上してくるようになっている。


外のヴェランダ・入口の扉の外の両脇には護衛が立っているが、当の執務室内にはそのような無粋なものはいない。代わりにきれいなメイドが数人詰めていて、来訪者を迎えてくれる。

ただし、この執務室付のメイドは、ほかのとは様子がかなり違う。上背は女性としてはかなりあり、腕も細腕とはいいがたい。コルセットの締まったウエストも細いとは言えないし、そもそもコルセット自体が、かわいい装飾やきれいな色で染めてごまかしてはいるが、ごつい革製でありレザーアーマーを思わせる。

膨らんだスカートの中は、(非番の時にたくし上げていたのを見てしまったのだが、)太腿に投げナイフを何本か仕込んでいた。中身は女騎士たちなのである。


執務室のつくりは総じて豪華であるが、雰囲気は優雅とは言い難く、忙しくピリピリとした空気がにじみ溢れている、といった処なのだ。


見た目は豪華ではあるが、実は実用主義的で緊張感がこもっている。この王国の性格が端緒に出ている場所なのだ。


ところで、この執務室の左側、つまり秘書室の反対側には陛下のプライベートの場所として休息室がある。

例の手籠め部屋だ。


この休息室の中は、陛下のプライバシーが第一なので窓は分厚いカーテンが閉じているが、天井には魔石光の小さなシャンデリアが輝いており部屋の中は十分に明るい。応接セットだけでなく、奥には天蓋付きのベットやシャワールームまでしつらえてあるのは既にお話した通り。


週の半分くらいは陛下は奥に帰らず、ここで夜を過ごしている。

夜遅くまで執務に励み職場の休息室で寝込んでしまう、というのは、どこのブラック過労労働者なんだということになるが、実態はやや異なる。

この部屋付のメイドは2人いるが、執務室のそれとは違って共に身分が奴隷で、それも性奴隷として購入した奴隷メイドなのであるから、推して知るべしである。


かつてはそうではなかった。

やはり女騎士がついていたのだが、孕(はら)ましてしまい、今は第3・第4王妃となっておられる。

第1王妃カメーリアは東隣のサルマン公国の姫様である。

第2王妃ヘレンは陛下が若く皇太子時代の騎士団に所属していたころに、熱烈なロマンスの末に娶ったというやはり女騎士で、この人には陛下の頭は上がらず、後輩の第3・4妃を従え、奥を牛耳じっているわけである。

第2・3・4妃はみんな女騎士出身で、優雅というよりも有能かつ剛直な方たちであり、常にタッグを組んで、我らのイエナー陛下を尻に轢いてしまっている、・・・否、後ろからしっかりと支えておられるのである。


それにしても陛下の情熱は大したものである、嫡子は11人おり、そのうち王子は6人になる。

さすがにこれ以上は、王家の世継ぎには不要で、むしろ面倒が多い。そこで妃らとは打ち止めにしたのであるが、我らの陛下の情熱はとどまるところをしらず、今度は庶子ができはじめ、妃らの頭痛の種となった。

さすがに陛下も王妃の数をこれ以上増やすわけにはいかないのはよく理解しており、貴族の娘や女騎士を相手にすることはなくなった。

しかしである。平民相手に庶子ができても知らぬ存ぜぬでは済まないのが王家の血なのだ。そこで窮余の奇策として、もう孕むことのない性奴隷をこの部屋付のメイドとして入れることにした次第である。


当然、奴隷という身上は好ましくないものであり、”王宮内、それも国王陛下の側に入れるのはいかがなものか”、そういう意見も多々出された。

しかし、この奴隷メイドたちは、いずれメイドとしてあるいは妾として、臣下に下げ渡されることとなり、その時は奴隷と言う身分から解放されることとなる。そして王宮仕込みのメイドとして結構な報酬で就職したり、時には、事実上の後家さんとして人生を過ごすことが約束されているのであるから、むしろ哀れな奴隷の身分からの救済策である、との強引な主張が通されたわけであった。

もっとも、裏がある。だから表向き無茶な話が通っている。

私がそうであるように・・・本来の王国組織とは別系統の諜報組織・・・。


陛下のプライベートルームであるこの”手籠め部屋”、いや休憩室に入ってくることが許されている人物が一人いる。王妃達は当然入って来るが、そういった王族や私たち以外にここに来れるのはただ一人だけなのだ。


痩身で初老の官僚貴族、モルツ侯爵という。

役職は執務室付き秘書・官僚の総まとめ役というところらしい。


役職の格としては大したものではなく、侯爵と言うその爵位に見合ったものとはいいがたい。そこで私たちは職名の方でなく、もっぱら”侯爵様”と呼んでいる。

私たち奴隷メイドにも気さくに話しかけてくれ、いつも微笑みをたたえている、そんな方である。

ここまで言うと慈愛あふれる爺さんといいたくなるがそうではない。眼光はいつも鋭く厳しく光っていて・・・、目線を合わすのが怖いタイプの人なのだ。


陛下は執務に疲れると、合間を見て休憩室に戻ってきて、長椅子にごろんと寝ころび、枕元に奴隷メイドを呼び寄せる。そしてスカートをまくり、その中に頭を突っ込んで太腿に頬ずりをしながら、しばしの休眠をとる。

いつもの事である。


と、扉がコツコツと叩かれ、侯爵が扉の隙間から覗き込んで、”よろしいですか?”と。

陛下は、スカートの中に頭を突っ込んだまま手掌を挙げて了解の返事をし、そのままその手掌を横に振る。人払いである。慌てて出ていこうとすると、今度は手のひらで止め、2本の指を立てて示す。お茶を2人分用意しろということである。かくして、同僚の奴隷メイドと2人して裏の給湯室へお茶の用意に急ぐ。

休憩室の裏には給湯室があり、護衛の騎士達の控室と続き、裏口にもなっていて、普段はもっぱら私たちの出入りの通路となっているのだ。

ワゴンに馥郁とした香りのお茶の入ったポットとティーカップ2つにクッキーを載せて休憩室に戻ると、すでに陛下と侯爵は小さなテーブルをはさみ、頭を寄せてヒソヒソと密談中だ。

開けっぱなしの扉をコンコンとノックし入室の許可を求めると、また、手ぶりで入ってこいとの合図。

急いでお茶とクッキーを並べ、そのまま退散する。

こんなことがよくあるのだ。


モルツ侯爵の若い時は陛下の家庭教師の一人であったという、それ以来ずっと陛下の側で助言者・相談相手を務めているとのことであるが、それだけの人であるとは誰も思ってはいない。


表向きの職とは別に、諜報関係のトップであることは公然の秘密となっている。

我々の世界なら情報局長官ということになるが、王国はまだ封建時代のただなかにあり、そのような役職はない。もう一つ言うならば、情報局なる組織も定かでない。

ただ国王直属の側近・補佐にこの立場の人を置いているのである。


ちなみに、私たちの元締めもこの人の管轄にある様である。ある様であると曖昧なのは、その組織が表向きになっていないから。

奴隷メイドも国王直轄の諜報組織の末端構成員ということにつながっている・・・。

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