閑話2 ラーメン

 ※前回のあらすじーー

 朱音の両親のお店にやって来た。


 

 「さあさあ入って入って。今日はこの前のお礼だから!」

 「お礼ってそこまでのことはしてないんだけど。それに私達友達じゃあ」

 「うーん。だったらさ、普通にサービスってことでささっ、入った入った!」


 私達は紫陽花の妖怪花の件をズバッと解決した後、朱音の両親が経営するラーメン屋にやって来ていた。

 商店街の端にあり、そこそこ繁盛している。

 デカデカと張られた看板には店の名前、ラーメン早乙女の文字。

 黄色の看板に黒字の習字体が気になる。と言うか……


 (ちょっと怖いな)


 そう思わせてくれた。



 「よおいらっしゃい。って、朱音か」

 「うんお父さん」

 「ってことは後ろの子達がか」

 「私の友達だよ」


 朱音のお父さんは屈服の良さそうな体格の持ち主だった。

 黒のTシャツがよく似合う。

 

 「こんにちはおじさん」

 「朱音ちゃんに誘われて来ちゃいました」

 「おお、蒼ちゃんに黄色ちゃんじゃあーねえか」


 蒼と黄色が挨拶をする。

 この町はそこそこな広さだ。けれども情報源の朱音の元々の知り合いと言うこともあってか、二人のことはご存知らしい。


 「ってことは、そっちのお嬢ちゃんが?」

 「どうも、ルーナ・アレキサンドライトです」


 私はペコリとお辞儀をした。


 「外国人の友達とは聞いてたけど、日本語上手だねー」

 「母が日本人なので」

 「おうそうかい」


 私は軽い自己紹介をして、朱音の案内でカウンターに座った。

 近くのテーブル席や隣には他のお客さんもおり、盛況だった。


 「さあて、久しぶりに来てくれたからな。しかも新しい友達も居るんだ。母さん、アレ出してもいいか!」

 「いいよ!うちといえばアレだからね」

 「アレ?」


 私は首を傾げ蒼と黄色の顔を覗き込む。

 しかし驚いたことに、二人の表情は共に無表情。お面を貼り付けたように“無”を強調する。


 「どうしたの二人とも」

 「「……」」

 「あの本当にどうしたの。具合でも悪い?」


 そう訊ねると蒼が一言。


 「ルーナちゃん。これから出てくるラーメンに関して考えちゃダメだからね」

 「えっ?」

 「飲まれるよ」


 その目には希望はない。

 が抗おうとしているのはわかる。まるで深い深海の底。これまでに感じたことのないベクトルの違う脅威があった。


 「う、うん。気をつけるよ」


 私も静かに頷き返す。

 すると目の前には大きなどんぶりが置かれていた。

 目の前の机を支配するそれはラーメン。しかし量が……ちょっと多い。

 しかもそれだけではない。先程までかおっていた醤油の香りが何処へやら突然酸味の匂いが充満した。それもそのはず、どんぶりの中には見知らぬ白い塊が浮いている。背脂か?と思ったが、どうやら違う。これは……


 「サワークリームですか?」

 「おおそうだぜ。うちで作ってる特別なやつだ」

 「凝ってますね。じゃあ、いただきます」

 「おう!」


 満面の笑みで迎え入れられ、私は割り箸を割って一口ラーメンを掴む。

 麺が白くドロッとした塊に飲まれた状態だ。麺は若干縮れている。

 私はそのままラーメンの麺を口の中に放り込んだ。


 沈黙ーー

 そして出た答え。


 (微妙ー)


 見た目はあでやかで豪華にも関わらず口の中に放り込んだ瞬間にはそれが今坂田の出来事へと早変わりし、不快感が口の中を往復する。

 喉を通れば満員電車の如く、複雑で出しゃばった無茶苦茶な味わいが走り抜けていく。


 「どうだ、美味いだろ!」

 「あ、ああ、うん。まあ、ね」


 私は朱音に問われたので困ったが答えた。

 嘘も方便ほうべんとはまさにこのこと。友達のことを気遣って出た一言だ。


 「あの、これは他に何を入れてるんですか?」

 「ん?企業秘密だから普通は教えてやらないんだがな。まさ朱音の友達ってことで少しだけ教えてやるよ。サワークリームの他に沢庵たくあんを入れててな。出汁だしもうちのナンバーワンメニューで使ってるあっさり鶏ガラじゃなくていろんな魚介や肉とかを混ぜて作ってる。スペシャルなやつだ!」

 「あの店の評判は?」

 「普通にゃださねえよ。特別な日か特別な客にだけだ」

 「な、なるほど」


 私は意を決して次の一口を頬張る。

 不味くはない。けれど美味くもない。複雑で、正味どこまで行っても微妙としか言い換えられない。そんな深く、まるでブラックホールや野槌のづちと言う妖怪のような何処まで行っても無限しかないようなそんな怖さが漂い、全身を悪寒が誘うのだ。


 「二人共、これを知ってて」


 私は隣に座る蒼と黄色を見た。

 二人は黙々とラーメンを啜るが、その瞳には暗闇がこもり、意味もなくただ黙々と食べるだけのロボットになっていた。

 「ああ、飲まれるなってこう言うことね」そう心の中で唱えさせるには十分過ぎるのだった。



 「ご馳走様でした」


 何とか食べ切った。

 それは二人もだった。私達はお礼を言って店を出た。ただだった。ちなみに普通に頼めば、2000円弱もする高価なものだって。しかし今まで満足にアレを召し上がった人はいないらしい。


 「何だか、微妙だったね」

 「そうなんだよねー。微妙なんだよね」

 「美味しくもないけど不味くもない。不思議な存在です」


 私達の意見はやはり一緒だった。

 あそこまで“微妙”だと正直真似できない。尊敬はしないが、それに近い何かを感じる。きっとあれなら妖怪も無に堕ちる。


 「普通のラーメンは美味しいのに」

 「そうなの?」

 「うん。あのラーメンが微妙なだけで他のは普通に美味しいよ。それに安いし」

 「確かに……」


 チラッと見たメニュー表には色々な種類のラーメンが載っていたが、全部安かった。

 少なからずチャーシュー麺は900円ぐらいで、普通の醤油ラーメンなんて750円だった。

 それで思った。今度は普通に食べに行こう、っと。

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