第10話 夕陽に薙ぐ

10ー1 舞い込む仕事

 季節の頃は夏。

 七月になった。

 まだ初夏といった具合で、例年に比べればそこまで暑くはないが、それでも地球温暖化が原因か五十年前に比べればずいぶんと暑い。まあこういう時こそ、吸血鬼性を効率よく活用する。


 「少し暑いですね、ルーナさん」

 「はあ、そうかな?」

 「私は少し暑いです。元が狼なので、夏は苦手ですから」


 今日は休日。

 家でゴロゴロと過ごしている。冷房を使う程暑くはないので、少しの暑さは魔術や魔法を頼らずとも体温調整で何とかなるのだ。元々体温が低い吸血鬼の特権だ。


 「暑かったら冷房使っていいよ、銀」

 「いえ大丈夫です。お心遣いありがとうございます」

 「そんな堅い言い方しなくてもいいよ。暑かったら正直に暑いって言って、こうやってだらだらすればいいから」

 「そうは言われますが、ルーナさんは学校から宿題が出ているのでは?」

 「そんなのもう終わらせたよ。提出も前もってする分には先生方は文句言わないからね。宿題とかは早め早めにやっておかないと、後で自分の首を締めるだけだから」

 「それもそうですね。ルーナさんがやっていないなんてことありませんから」

 「でもまあ、蒼は如何だか……」


 そんな風に蒼のことを言っていると、突然家の扉が開いた。

 私と銀は一瞬警戒したが、私は気配で銀は臭いでそれが誰なのか瞬時に理解した。そう、話に出ていた蒼なのだ。


 「ルーナちゃん、宿題写させて……って、何してるのルーナちゃん?」

 「それはこっちの台詞だよ。前はちゃんと宿題やってたと思うけど?」

 「アレはアレ。コレはコレだよ。お願い、朱音ちゃんと黄色ちゃんには散々見せてもらったから、ね?」

 「悪いけど私はもう終わらせて提出してしまったから、もうここにはないんだよ。ごめん」

 「えーっ?!」


 蒼が落胆してぐったりとなる。

 来て早々、ソファの背もたれで体を折られても仕方がなかった。

 私は溜息を吐く。


 「はあ。まさかそれだけのために来たとか?」


 蒼ならあり得る。

 あり得てしまう。

 だからこそ予想がつかないのだが、どうやらそれだけではないらしい。


 「ううん。まだあるよ」


 ためを一切作らずに次の話に移る。

 如何やらこちらは真剣な悩みのようだ。恋の相談とかなら如何しようか。私は全く持って戦略外。それこそ委員会の話?いや、私は委員会に所属していない。


 「えっとね、何でも妖怪が悪さをしてるんだって。だからね、一緒に退治に行って来てって龍宮さんが」


 ああ、考えただけ馬鹿だった。

 そりゃそうだ。私を大きく巻き込む事態は即ち妖怪退治。それぐらいのことぐらい分かっていないといけなかった。

 私は一度冷静になって、気を取り直し話を聞く。どうせ龍宮さんのことだから面倒な依頼を引き受けて、私達に任せたに違いない。

 それはあの人なりの思いやりと言うか何と言うか、成長を促すための実践的なトレーニングなのだろう。そもそもこの業界?は人でが少ないぐらいなので、それを分かってのことでこの処置なのだろう。


 「はあ。まあ何となく察したけど、今回は何?」

 「何かね、山に猪が出たんだってさ」

 「猪?」


 急な回答札。それは猪だった。

 専門外だ。

 そう言うのは猟師に任せたい……が、まあどのみちその線の筋では如何にもならないのだろう。何せ相手はーー


 「妖怪だから仕方ないか」

 「あんまり流したくないけどね。でも、今回の相手はその……私じゃ荷が重いって言われて……」

 「荷が重い?確かに蒼はまだまだだけど……」

 「酷いよー!でも、本当に危ない相手みたいだからって、そのルーナちゃんを頼れって言われて」

 「それで私の出番ってわけか。なるほどね、話はわかったよ。うーん、やるって引き受けた手前断るのも悪いよね。でもこんな風に何でもかんでも引き受けたたら身が持たないし。如何しよっか」


 私は銀に訊ねた。

 銀はおそらく龍宮さんに会ったことがない。故に今回の事情に首を突っ込む必要はないのだが、話を聞いてもらった手前一応相談しておく。


 「私は……そうですね。必要とあらば、同行致します」

 「同行ね。うーん、蒼肝心の相手は?」

 「えっ、知らないよ?」

 「はっ?!」


 私は怒りよりも先に唖然とした。

 何と戦うのかも伝えられないままに同行をせがまれる。いやそもそも蒼も蒼だ。そんな仕事断るべきだ。


 「でもねでもね。現場に行けばルーナちゃんならわかるって言ってたから!私が聞かずに来ちゃっただけで」

 「おい!それは私が同行すること前提で予定プランを立ててないか!」

 「ご、ごめんね。あ、後ね後ね……」

 「はあ。もういいよ。話はわかったから、仕方ないから今回は同行するよ。何かと心配だし、半人前の蒼を見殺しにするほど私も鬼じゃない」

 「ルーナちゃんは吸血『鬼』何じゃ?」

 「何か言った?」

 「い、いや何も、あはははは……」


 聞いていたが聞かなかったことにした。

 私は銀に目線を送り、合図をとる。


 「銀も来てくれるかな?何が嫌な予感がする」

 「嫌な予感ですか?はい、わかりました!」


 銀がとても元気よく応答してくれる。

 少しでも万全の態勢を組みたかったが、如何にもそうにはいかないようだ。


 「でさ、明日なんだけど」

 「明日?また急に」

 「うん。何でもね龍宮さんが、すっごい助っ人を呼んでくれたんだって!」

 「助っ人?」

 「うん!」


 顔も名前もわからない相手。そんな相手が助っ人でこの時は不安だったが、そんな不安を吹き飛ばすほどにその人は凄い人だったことをのちに思い知らされる私であった。

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