10ー4 枝水瀬の土蜘蛛

 枝水瀬えみせ(架空の市にある架空の町)の山奥。

 その山の中に入ってしばらく、先程からビシビシと体中を嫌な気配がまるで殺気のようにヌメヌメと這い上がる。

 しかしそれを感じていたのは私だけではない。蒼もそうだが、助っ人として参加してもらっているなぎさんも同様のようだ。特に何かしらの経験からか凪さんはスッとした表情をしているが、力の流れは微弱に揺れる。


 彼女の場合は霊力。

 魔力を起源とする力が魔法と魔術。

 それに対し、妖力は妖術を。しかしながら霊力はその人間の持つ魂の色。鍛え方次第で如何とでもなる不思議な因子なのだ。


 「ねえルーナちゃん、さっきから変な気配しない?」

 「うん、するよ。多分だけど、結構やばいと思う」

 「ええっ?!」


 私は先程までの蒼との話をリピートした。

 だが山の中は何度も言うが私の警戒レベルが最高になるぐらいにはまずい状態だった。

 感じたことのない陰鬱とした負の感情が周囲を埋め尽くしている。そんな感覚委襲われる。凪さんが先程から霊力を飛ばしているのもそのためだろう。


 「凪さん、何か感じますか?」

 「ん?まあここがやばいところってぐらいわな。でも、そういった気配なら銀河のほうが強いはずだろ」


 そう言った。

 凪さんは銀のことをしっかりと銀河と呼ぶ。銀自身は許しているのだが、正しく読む人のほうが多いようだ。

 と彼女の話をしていると、遠くから聞こえてきた声。そんな見事なベストなタイミングで銀の声がした。


 「皆さん!」

 「銀!」


 私は銀を呼んだ。

 先行して様子を見て来てもらっていたのだ。

 私はすかさず傍まで寄る銀に「お疲れさま」と優しく言葉をかけ、頭を撫でた。

 すると気恥ずかしいのか頭を下に向け、表情を濁す。

 私が頭を撫でるのをやめると、がっかりした表情になる。可愛いーー


 「それで銀。先はどうなってた?」

 「はい。この先もここのような木々が群生しております。そして陰鬱とした陰の気配も格段に強くなっており、何処まで行っても動物の声も致しませ」

 「そっか。ありがとう」

 「いえ」


 私は銀から聞いた内容をまとめた。

 木々が多く、陰鬱としているのはさほども変わらない。

 それよりも重要なここでのポイントは“”ことだ。

 この“動物がいない”のは姿がないことを表すのは当然なのだが、ここまで来て早一時間弱。姿のだ。

 “動物がいない”だけでなく山に入ったはずの“人の姿もない”ことのほうが何とも気味が悪い。

 不気味というよりも奇怪と答えたほうが説明が早い。


 「とにかく先に進もうぜ。ここで考えて立って仕方ないからな」


 凪さんはそう提案する。

 確かに凪さんの言う通りだ。いつまでもここに至って何も変わりはしない。その間に貴重な時間を食いつぶされるだけなのだ。

 学校に関しては龍宮さんが何とかしてくれるといっても、それでも本分をおろそかにしたら私も蒼も困ることになるだろうから。


 「わかりました。蒼、銀行こうか」

 「うん」

 「はい」

 「よしじゃあ行くぞ!」


 私達は凪さんの後を続くようにして後ろを歩いた。



 しばらく歩いた。

 おおよそ三十分ぐらいか。私達は少しなだらかな面を見つけた。そこで飛び込んできたのは目を背けたくなるものだった。


 「これ猪の死骸だ」


 私はそれを見て即答した。

 そこに転がっていたのは地面の上で無惨にも死んだ後の猪の死骸だ。

 あまりこう言うものを見るのはいい気分がしない。けれどそれを見ても動じないのが私の精神だ。そして一つ気がかりがあった。


 「ねえルーナちゃん。これ何かな?」

 「食われた後だね。胴体の半分が無くなってる」


 そんな酷い環境が自然界。

 だが変だ。ここに来てやっと見つけた動物。それが死骸であること以外に、ここまで一匹たりとも見つけて来なかったものなのに。

 それにこの猪は中々に大柄だ。相当なことでは食われたりはしないはず。つまりこの山にはこいつよりも強い生態系の頂点がいる。おそらくそいつは動物ではない。

 妖怪の類だ。


 「おい!こりゃ酷いぞ」

 「凪さん」


 私は凪さんの苦い声を聞いた。

 その声に釣られるように私も凪さんの見ている先を見る。

 そこには吐き気を催す程に悲惨な光景が広がっていた。


 「あれって

 「ああ。上半身無くなってる。この妙な糸のせいで動かなかったんだ。酷すぎる」

 「ど、如何したの?」

 「蒼は来ないで!」


 自分だけが仲間外れみたいにされているのを嫌ったのか、蒼が何事かと思い私達に近づく。

 しかしそれを止めたのはもちろん私だ。

 こんな光景彼女には見せられないし、無論私だって腹が立つ。同族の死体を見つけるなんてただ事ではない。これはもはや警察の仕事の範疇に入った。


 「死亡者がいるってことはもしかしたら他にもいるかもしんないな」

 「ですね。つまり、山に入って戻って来なかったのは戻らなかったってことで間違いないです。でもこの特徴……糸?」


 私は死体に巻き付かれていた糸を手に取る。

 それを手にした瞬間、全てが繋がった。

 全身を身の毛もよだつような恐怖が伝った。妖怪の中で最強種に数えられる吸血鬼の血を引く私ですら歯が立たないかもしれない程の相手。そいつは確か、糸を使う。

 私はこの日本という国で昔から伝わる人食いの化け物のことを思い出した。

 そしてそいつが人を食べた形跡があるということは、ここはすなわち奴の……


 「蒼、銀。隠れて!」

 「「えっ?!」」


 ドーンーー


 私はけたたましい音を聞いた。

 爆発音に似ているがそれは違う。奴が捕食対象を見つけ、定め、狙い撃つ時の構え。それが巨大故に木々に引っかかり身動きを取りづらくしていたのだ。


 蒼と銀は音を聞きつけ瞬時に離脱。

 そして先程まで彼女達がいたところには二つの痕跡。

 倒された木々と、それから巨大な蜘蛛の姿だった。


 「な、何!あの蜘蛛!」

 「くっ?!」

 「マジかよ。よりにもよってこいつは……」

 「はい。日本中どこにでも生息する脅威。大昔からの化け物。土蜘蛛です」


 私は身震いした。

 そこに現れた巨大な蜘蛛は私達を瞳孔で見つめていた。大きな口をかっ開いてーー

 

 

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