10ー3 鬼を名乗る少女
「実はあたしさ、こう見えて鬼だから。よろしく!」
そんな名乗りをした少女。
右手には団子の串。口元には団子のカスが付いている。しかしそんなことを全く気にしていないような素振りをみせる少女は、ニカッと笑みを浮かべた。
「えっと、貴女が助っ人の方ですか?」
「ん?まあ、そんなとこだな。あたしも詳しくは知らなくてな」
「えっ?!」
私の質問に対する答えに蒼が絶句する。
溜息のような声を口から漏らしながらだ。
しかしその時、私も銀も感づいていた。
この人は相当な手練れであることをーー
「えっと、まあ何だ。あたしのことは凪って呼んでくれたらいいから。あたしも三人こと、呼び捨てにするからさ」
「わかりました。じゃあ凪さん」
「おう、何だ?」
「何でこの町はこんなに人気が少ないんですか?」
「はあ、いきなりだな」
私の問いかけに驚いたのか口をパカっと開ける。
しかしそれに対する答えはやはりわからなかった。
「さあな。私にもわかんないわ。多分、あたしの勘だけど
周囲を見回しキリッとした目つきでそう答えた。
確かにそれには私も同感だ。
この町がじゃない。
私は凪さんと同じ方向を向いた。
そこには山がある。
巨大な山だ。少し前に戦った山彦もどきとは違う。完全に普通の山。
そこから悶々と立ち込めるのはしかめっ面をしてしまいそうになるぐらい嫌な陰の気配だった。
◇◇◇
私達は凪さんと共に一番怪しい場所に行ってみることにした。
と言うのも何がいて、蒼は誰が助っ人なのかは教えてもらえなかったそうだが場所だけは教えてもらってらしい。
それが何と私が気にしていた山だった。
特に名前はない。が、その山には何かある。そう確信付けられる程に嫌な気配がここまで漂う。
私はそんな気配が強まる山に向かいながら、凪さんに質問した。
「凪さんは如何してここに?」
「ん?ああ、知り合いに頼まれたんだよ」
「知り合い?」
「あたしさっき鬼って言ったろ。だからルーナの所が龍宮に言われたみたいに、あたしも龍宮とは友達なんだよ」
「じゃあ龍宮さんに直接?」
「いいや。龍宮じゃなくて別の奴からだ。あたしはそいつの方が馴染み深いからな」
「龍宮さんとは何処で会ったんですか?」
「大分前に一回な。で、偶然にもおんなじ大学に入ったわけよ。で、それからはよーくこんな仕事に付き合わされるようになってな。まあ、あたしが鬼って言わなくてもあいつは気付いてたんだろうがな」
そう淡々と話しを進める。
龍宮さんとの出会いについても気になるが、もう一人が気になる。
多分龍宮さんと同じような立場の人間なのだろう。
「あのその別の人って」
「ん?龍宮じゃない方か?
と抜群の笑みを浮かべて答えてくれた。
さてさて山の
見ると鬱蒼とした木々が生い茂り、奥は深い闇になっている。
微かに差し込む太陽光が木漏れ日となって薄く色付ける。
私はそんな光景を目の当たりにしてゴクリの唾を飲み込んだ蒼を流し目した。
「怖いかい、蒼?」
「う、うん。蟹坊主さんに山彦もどき、妖怪花って色々会ってきたけど、なんだかここが一番やばそうだよ」
蒼がやばいと言った。
彼女は如何なる場面でもこの言葉を口にしない。それはなんの意味があるのかはわからないが、確かに私も肌を悶々としていた気配がピリつきヒリヒリする。
恐怖ではない。
おそらくは相当な手練れ。
人にとっての恐れは弱みになる。しかし妖怪にとっての恐れは畏れである。つまりは銀は闘争心を剥き出しにしている。
「銀、少し冷静になろうか。そんなに妖気を放ってたら、感づかれるよ?」
「すみません、ルーナさん」
「いやいいよ。それよりも、凪さん」
「ん?」
私は突入前に凪さんに話しかける。
「何か作戦とかありますか?」
「参戦?んなのねえけど」
「ないんですか?」
私はかなりの強者であろう予測の彼女の話を聞こうとした。
しかし彼女はそれを覆すような呆気に取られる発言をかましたのだ。私も呆れてしまう。
「でもあれだ。とにかく倒す。それでいいだろ」
「ですね」
この度は同感。
私はまだ皆脅威への闘争心を心の内から高めて山の中へと潜り込む。しかしそれを遮るように私達は知らない人から声をかけられた。
「おや?この辺りじゃ見かけない顔じゃな」
「あっ、どうも」
私達は声をかけられたのでそちらは振り向く。
そこにいたのは年配の男性だった。
「あのどうしてこちらに」
「ん?決まっておるじゃろ。最近山の様子がおかしくてな。町も活気がなくなっておるし、人の姿も見えん。少し前に山の中に入っていった自衛団の姿も見えんのだ」
「戻ってきてないってことですか?」
「ああ。若いもんはほぼ皆ーんなな」
これは相当な事件だ。
人が戻ってきていない。この間の山彦もどきと似ている。これは由々しき事態だ。
「あの、それって」
「爺ちゃん。あたしらは今から山ん中入るけど、その人達のことも調べてくるから安心していいぜ」
突然割って入ったのは凪さんだった。
凪さんは軽快な言い回しでお爺さんを言いくるめる。これはあれだ。彼女なりの優しさなのだろう。
「そうかそうか。なら気をつけるんじゃよ」
「おう!」
お爺さんを見送る。
その背中を見ながら私は凪さんに呟く。
「いいんですかあんな約束して。多分もう……」
「かもな。でも少しでも可能性があるならなんとかしてやりたいんだ。ルーナもだろ」
「それはまあ。出来ればですけどね」
「ならそれでいいんじゃねえか。叶わないことでも何でもいいから微かな希望を持てるってのは幸福なことだと思うからよ」
「優しいんですね、凪さん」
「何言ってんだよ。あたしは“鬼”だせ!」
そう自分に親指を向けてキラリと笑みを浮かべた凪さん。
私達はそんな面持ちで山の中へと踏み込んだのだった。
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