9ー3 成長速度

 次の日。

 私はいつも通り登校した。

 しかしいつも通りではないことが起きた。私と蒼、それから黄色はその日朝早々に朱音に捕まった。

 悪い意味ではない。むしろ良い意味でだ。


 「昨日はありがと、お陰で上手く咲いたよ!」

 「えっ?咲いたって、もしかしてもう!」

 「うん。今朝見たらね、すっごくおっきな紫陽花が咲いててね。私目を丸くしちゃったよ!」


 あの紫陽花もう咲いたのか。

 これは黄色のお手柄と言えよう。

 黄色の作ったマンドラゴラver.1.0だっけか。これなら市販しても問題ないぐらいかもしれない。

 しかしどうにも朱音の様子がおかしい。

 いや朱音自体がおかしいのではない。

 私は訊ねた。


 「朱音疲れてる?」

 「えっ?!何、急にどうしたのルーナ?」


 明らかに朱音はおかしい。

 もっと端的に申すと、のだ。


 「朱音、ごめん」


 私は朱音の額に触れる。

 するとパチン!と鋭い音を立てて、朱音の周囲の悪気を断った。


 「えっ?!な、何。何したの!」


 朱音はテンパっている。

 朱音を取り巻いていた不思議な空気感。それは良くないものだ。

 そう。昨日感じたものと全く同じ。やっぱりアレは……


 「ルーナちゃん?」

 「朱音。今日も家に行ってもいいかな?」


 私はそう訊ねる。


 「えっ?!うん。それはいいけどさ」

 「何かあったのルーナちゃん」

 「うん。考えたくないけど、多分アレが原因なんだ」

 「アレ?」


 皆んなわかっていないようだ。

 流石に蒼には気付いて欲しかった。


 「蒼。やっぱりもう少し注意深くなった方がいいよ」

 「えっ?!」


 私は溜息混じりにそう助言をすると、この日も全員揃って朱音の家に行くこととなった。

 その日は放課後まで、私はアレの事しか考えられなかった。


 ◇◇◇


 放課後。

 私は蒼と黄色を連れて朱音の家にやって来ていた。

 そして来るや否や私は全身をけたたましく嫌な気配が漂う。

 まるで針のようにチクチクとした違和感。

 それは昨日には感じなかったもので、やはりアレの力が格段に強くなっている。

 このままにしていたらまずい。そう直感した。


 「さあさあ入って入って」

 「お邪魔します」

 「「お邪魔しまーす」」


 朱音の後に続き、私達は朱音の家に入った。

 そして到着した途端、私は朱音の投げかける。


 「ねえ朱音。昨日の紫陽花もう一度見せてくれないかな?」


 私が訊ねると、「えっ?!いいけど」と答えてくれた。

 そして朱音は庭先に出て、昨日の植木鉢の中に収まっていたまだ未熟な紫陽花を持ってくる。

 

 

 暫くして朱音が戻って来た。

 にしても遅かった。私は何かあったのではないかと思ったが、朱音の姿が見えて安堵した。

 しかしその朱音の両手で運ばれて来たのは昨日の植木鉢。しかし中に収まっていた紫陽花は、昨日までの姿とは見ても異なり満開に咲き誇っていた。

 しかしそれがより一層奇妙さを引き立てていた。


 「凄ーい。昨日の薬効いたんだね!」

 「そうみたい」

 「でも効きすぎだけどな」


 皆が感嘆に埋もれ喜ぶ。

 しかし私にとってはそれは喜びし得なかった。何故なら私はその紫陽花に手を伸ばそうとした時、確かに感じたのだ。その特異性を。


 「やっぱり……」

 「ルーナ?」

 

 朱音が訊ねるがそんな言葉に耳を傾けている場合ではなかった。

 流石に蒼でも気が付いたのか、この紫陽花は普通ではないことに。


 「る、ルーナちゃん!これって」

 「うん。これは妖怪花だよ」

 「「妖怪花?」」


 朱音と黄色が背後で疑問符を唱える。


 妖怪花とは、その名の通り花に擬態した妖怪のことだ。

 古くから周囲のエネルギーを吸収して成長していく種類でその成長性は貪欲。

 妖精とか精霊とかの類とは異なり、対話には向かない種類で基本的に獰猛だ。

 そしてこの花もまた同じく獰猛なようで、私の手が触れただけで敵意を剥き出しにし私の手を払ったのだ。


 (だから昨日あんな反応が……)


 私は妖気とかの概念を打ち消す。もとい祓うことが出来るのできっと自身の力の消失を恐れたのだろう。

 まんまと敵意を示してきた。

 そしてこの成長。きっと昨日黄色が与えたマンドラゴラver.1.0に違いない。


 「る、ルーナちゃんどうしたらいいの」

 「妖怪花が人の手に渡ることは偶にある。けれど流石にここまで強いと」

 「な、何の話!」


 朱音が吠える。

 どうやら状況が飲めていないようだ。

 まあこの状況を飲み込めと言う方が難しい。しかし私の懸念はそこではなく、朱音が懸念していたのはこの花についてだった。


 「でもどうするだよ、この紫陽花は預かり物なのに」

 「残念だけど燃やすしか……」

 「なっ?!」


 私は答えた。

 流石に燃やすしかない。

 植物全体がそうならばだが、もし違ったとしてもなかなかに難しい。


 「他に方法はないの、ルーナちゃん?」

 「あるにはあるけど。ちょっとね」

 「どうしたらいい!私に出来ることはないのか!」


 朱音が詰め寄る。

 私は顔を背けたが方法を思いついていた。

 それは妖怪花をどうにかする方法で、私がそれを実行しようとした時だ。

 突然妖気が満ちた。


 「な、何この気配!」

 「まずいな。やっぱり黄色の与えた薬が効きすぎて」

 「えっ?!私のせい!」


 別に黄色が原因ではない。

 黄色の与えたあの薬の力が奴の陰の部分に多大な影響を与え、好機を生んだのだ。

 そうそれは妖怪花が自立する瞬間。

 狭い植木鉢の中を飛び出し、その姿を巨大化させ現れたのだ。


 これが妖怪花である。

 

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