8ー3 豆狸
私は気配を頼りに森の中を駆けずり回った。
少しは回復した力。それは妖力と呼ばれる力を宿してしまった混じり気の神力。それが彼女、ルーナ・アレキサンドライトの見立てた見解だ。
何となく理解はしているつもりで私はそれを受け入れることを拒んでしまう。
受け入れなければならない現実。
それに直視出来ないのはまだ私が彼らの魂がここにあり、生きて私の帰りを待ってくれているのではないかという淡い期待が芽生えてしまっているからだ。
そんなこととうの昔からわかっているつもりだ。
しかしそれを受け入れられない私はやはり彼らとは違うのかもしれない。人間のような思考。私は彼女の言う
痛感してしまうのは自分が仲間だと思っていた種族との繋がりが群れの一員であることだけなのだ。
だけど私はそれでよかった。ほんの少しの勇気が私にくれたのは私を追い出してくれる想い。それは今は復讐という殺伐とした気持ちでいっぱいなのだが、そんな憤怒を私は受け入れ自らの力として消化して失っていた力を呼び起こす。
するといつもよりも鮮明に空気を感じた。
それは怒りで我を忘れているからではない。
自分を知り得た。そして仲間だと言われた。それらの事柄が妙に結びつき何の経緯もなく肌に馴染んだからだった。
「落ち着け私。私は神狼。そして送り狼」
心を落ち着かせて身体の感覚を研ぎ澄ます。
目を閉じ、失った力を呼び起こす。
微弱な気配を魂の震えを、怒りを解放してこの肌と心で感じ取る。
怒りに飲まれるな。
飲まれたら終わりだ。私が私でなくなる。それが怖かった。だから私は研ぎ澄ます。神経の全てを。
「何処にいる。何処にいるんだ」
体を空間になじませ自然の一部にする。
嗅覚を信じる。
そして捉える。私の宿敵。私が成すべき仇討ちのために。
「こっちか!」
私は気配を頼りに走った。
近づけば近づくほど本能的に
そこは円形に存在しており、その場所だけ草木一つ生えていない。私はそこに佇む黒い影を見た。
月明かりは薄い。
しかしここは森の中でも開けたと評した通りでポツンと空いた平地だ。つまりはここに光は透過する。
月光が囁き、私をそしてあいつの姿そのものを写し込む。
「見つけたぞ」
「ん?何ださっきのか。そっちからやって来るってことは命が惜しくないってことかー。全く、せっかく見逃してやったって言うのによ」
「黙れ。私はお前に
「そっか。じゃあお前にもお前の仲間に与えた苦痛を与えてやるよ!」
と私の目の前。
そこに映り込む正体が浮き上がる。
姿は狸。そう、あれは妖怪豆狸。
群れを追い出され、その小柄な身体に宿る
「じゃあ行くぜ!」
豆狸は私を捉え、風を纏う。
豆狸は風を刃に変え襲い来る。疾風。その禍呼ぶ風は私に差し掛かるが、私はそれをすんでの所で回避する。
「へえー、なかなかやるな」
「あの時の私はお前に対する怒りで我を忘れていた。本来の私ならこのくらい
「“本来の”ねえ」
豆狸はそう吐き捨てる。
私の心を逆撫でするようにそう言葉を加えたのは、完全おちょくっている証拠であり今の私が本来の力を発揮できていない証である。
何故ならば怒りを糧にした私の力はかなり弱っている。それを無理やり解放しているのだ。妖怪としての力は今はまだ本気になりきれない。
耳と尻尾。あとは鋭い爪を生やしているが、その実狼の姿にはなれないでいた。狼の姿は確かに戦闘には向かないかもしれないが、それでも力を人型の戦闘形態に回せていないのは事実。それを突いてきたのだ。
「そんな中途半端な力で俺に勝てるってのか!」
「勝ちます。勝たないといけないから。それが私からお前に与える罰だ!」
「何様かは知らねえけどよ、俺が負けるわけねえだろが!」
豆狸は風を纏い周囲を包み込む。
一切の隙を作らないその戦法はもっともであると同時に実にいやらしい。私は残った力を防御に回そうとしたがすんでの所で引き留め、逆に真っ向勝負に出た。
単純な力技なら私の方が上。
しかし妖術が絡み、弱り切った私の力ではもはやお話にならない。啖呵を切ったのはいいがあれではただの精神論。怒りに囚われたままである。
だからこそ、ここは自分の持ち得る全てをさらけ出す。腕を足を残った妖気を送り込み、その本能を解放。そして爪を尖らせ牙を研ぎ、一気に駆け抜け攻め込んだ。
「無策に飛び込んで来るんだね」
「無策じゃない」
「はぁ?」
私は豆狸の射程すれすれで一瞬ピタッと止まり、体を反転させた。
回転軸を使い、暴風圏を踏破。
風邪の影響を受けにくい背後に回り込み、首に腕を回しそのまま引き寄せる。しかしそうなることはなかったーー
「何だ。妖気もまともに使えないと、お前こんなに弱いんだな」
「なっ!」
豆狸はするりと私の迫る爪から体をよじって回避すると私の背後に飛びかかりそのまま背中越しに蹴りを喰らわす。
口から唾を吐く。
そのまま押し返され、私が振り返る頃には豆狸は私の正面にいた。
体の小ささを利用して私の攻撃を狂わせたのだ。
「体力が有り余ってた時のお前は俺を冷や冷やさせる場面があったんだけどな。残念だよ」
「はあはあはあはあ」
「もう息切れかよ。まあいい。どうせここで終わる命だ。さっさと消えな」
豆狸は
しかしそれは全て的を射ていた。
私の未熟さが怒りが自分の力を
今に至る全てがこのためにあった。
敗北の味は死の味とはよく言ったものだ。
「せめてこいつだけでも……
「そんな言い方よくないと思うよ。私は」
その時だーー
私と豆狸。二人の間に何かが割って入った。それは私にとっては先ほどあったばかりの見知った関係とは言えない相手。そして豆狸にとっては全くの初めて目にする相手のはずだ。
「誰だお前!」
そう罵倒する。
私は目の前に立つ相手を見やった。
「別に。ただの通りすがりの吸血鬼だよ」
それは神々しいまでの勇気と力を与える光に思えたのは私だった。
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