8ー4 悲しみの雨

 私は神狼フェンリルの少女と豆狸の間に割って入った。


 「何で、貴女がここに」

 「別に難しい話じゃないよ。突然いなくなっているんだ。君の神気を道標にここまで探知したんだよ」

 「お前、誰だい」


 豆狸ーー

 彼はそう私に問うた。


 「別に。ただの通りすがりの吸血鬼だよ」


 ◇◇◇


 「吸血鬼?吸血鬼がわざわざ何のようだよ」

 「要はないよ。ただその木の影から見てただけだよ」

 「じゃあ何だよ。何故俺達の戦いを止める」

 「別に理由は必要ない。私はこの子の味方なだけだ。だからここからは私がやる」

 「ほー。まさか吸血鬼が相手になってかれるなんてな。不肖ふしょうこの豆狸。例え吸血鬼であろうと気に入らないものはさっさと排除するのがもっとうなんでね」

 「私は殺し合いをしに来たんじゃないよ。出来れば話し合いで……」

 「ふん。くだらねえよ」


 ギュンーー


 私の体を何かが襲った。

 それが強烈な風であり、ましてや妖力を用いて攻撃しているのだと一発でわかった。

 私は一切防御する素振りを見せず生身で受けた。


 「ふん」

 「ルーナさん!」


 神狼が叫んだ。

 しかし私は豆狸から目を離さなかった。

 逆に豆狸は何か勝利を確信したように目をきらつかせる。


 「さあお前も俺の前から消えてしまえ!」

 「消えるのは私じゃなくて、お前の方だよ」

 「!」


 ついついお前と言うワードが出た。

 ムカついている。

 こんな奴にこの子の仲間は殺されたのだ。

 しかもしょうもない自分勝手な理由でだ。

 関係のない私にも苛つきが覚える。


 「もういいよね」

 「なに?」


 私は“風”を弾き飛ばした。

 否、打ち消した。


 「この風はお前の妖力を使って発言した力のはずだよ。私はね、物理的なもの。つまり物体じゃないエネルギーの塊を打ち消すことが出来るんだよ」

 「何だと」

 「つまり、お前の妖術は効かないってことだ」


 私は右手に 《ライトソード》。左手に 

《ダークソード》を装備した。

 二対についの光と闇の剣は雨が降り続けていた世界に輝く。

 しかしつい先程雨は止み、少しぬかるんだ地面を勢いよく蹴って私は豆狸との間合いを一気に詰めた。


 光は右から薙払い闇は縦から振り下ろす。

 縦横無尽に連鎖させていく剣戟。

 それは今は止んでしまったが、先の雨すら斬り伏せる。

 悲しみの雨を断つ。そんな剣捌きだった。


 「早い!」

 「そろそろ本気で来たらどうです」


 普通なら捉えきれない速度のはずだ。

 それを軽快に躱す豆狸。

 本来はこんな妖怪ではないと聞いたことがあるが、この個体は随分と戦闘慣れしている。おそらく気に食わない相手を次から次へと虐殺してきたからだろう。嫌気がさす。


 豆狸は平べったい尻尾を巧みに使って空中に身を出し私の頭上を取った。

 妖力が効かないことを知ったせいか私に向けてそのままボディプレスを決めようと仕掛ける。

 しかしそれを逆手にとって私は一歩後退。

 落ちてくるエネルギーを下から蹴り上げて反転させた。


 「ぐへっ!」


 目をひん剥く。

 しかし私は追撃を仕掛けるべく残酷ではあるが尻尾を光の剣で切り落とした。


 「ぐわっぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」


 豆狸はそのまま地面に落下した。

 悲痛な叫びを上げる。

 妖気が切り落とされ尻尾から漏れ出し私を睨み付ける。


 「悪いとは思ってる。だからこれ以上は私も戦いたくないんだ。おとなしく引いて二度と関わらないないんだったら私も引くよ」

 「くっ、くははははははははははーーーー」


 急に豆狸は笑い出した。

 現実にまんま狸の妖怪が笑い出したら奇妙に思う。

 実のところ私も怪訝な顔になった。

 まるでこの命がけの死闘を楽しんでいるような、そんな節がある。


 「何がおかしいのかな」

 「こんなに張り合いのある死闘は久々なんだよ。今まではちと風を送るだけでバッタバッタ死んで行ったからな。こんなに血肉が煮えたぎって、妖気が溢れ出す体感は生まれて初めてだ。あんがとよ、この俺を破門にしてくれてよ」

 「何言ってるんだ」

 「子宝が本番だ。どっちが死んでも恨みっこなし。正々堂々は御法度。愚鈍な勝負を始めようぜ!」


 豆狸は狂ったように叫ぶ。

 木々が揺れ、どこか空気がピリついて雨上がりのじめっとした感じまで飲まれているようだ。

 妖気が高まり自然が震え敵意の狼煙が上がる。

 絶妙に張り巡らされた糸を手繰り寄せるように周囲を纏った秀逸なそれらは豆狸の持つ個体固有の本能だろう。


 「得意なフィールドってわけか」

 「妖術は効かないって言ったよな。だったら俺自身の得意な空間に作り変えればいいだけの話だ!」

 「あまり降参しないってことか。敵討ちがしたいわけじゃないけど、だったら私もその気で行くよ」

 「ああ!」


 私は豆狸を正面に《ライトソード》&《ダークソード》と構える。

 もっとも得意な魔法を聞かれれば私はこの二つを挙げる。

 そんな得意中の得意な攻撃魔法(汎用魔法)を駆使して私は豆狸の動きを見定める。


 豆狸は以前と動かない。

 完全な膠着状態こうちゃくじょうたいを期待したが、そうもいかなかった。

 先に動いたのは豆狸だった。


 「ふん!」


 豆狸は私が先ほどやったように地面を蹴って直進。しかしその進行方向はすんでのところで切り替わり、一旦地面に着地し再生させた尻尾をバネにして高く舞い上がる。

 そこからのボディプレス。

 先程と同じ。そう思ったのも束の間。

 木々を利用して反転し私の背後を取る。

 

 「とったーー」

 「甘いよ」


 豆狸は私の首筋を捉えた。

 そう確信していた。しかしそれは誤った判断で、私の間合い。しかも背後に回り込んだ時点で勝敗は決していたのだ。


 グサリーー

 豆狸は心臓部から黒い刃に貫かれていた。

 妖気をだだ漏れで吐き出しピクピクと体を引きつらせる。


 「《ダーティーナイフ》。闇魔法の中でも不意打ちに使われる魔法だよ。私はあんまり好きじゃないけど」


 魔法を解除して豆狸の体は地面にボトリと落ちた。

 未だにピクピクと体を震わせるが既に妖気は底をついている。

 それを示唆しさするように空間もいつもの森へと変化した。

 姿を変えて元どおりになった空間。

 私はそこに取り残された狼少女に近づいた。


 「終わったよ」


 優しく肩に手を置き答えた。

 復讐心。それは決して消えない業火だ。

 私はそれを自分の身勝手な思いのまま、何も抱かないまま相手に慈悲を故意、そして裁きを下した。

 私にもこの子にもそんな権利はない。

 しかし私はそれをやった。咎人になった。

 復讐の火種は消えても未だに心ここにあらずと言えるような虚しさと無力さを彼女は今後も抱えるだろう。

 だからそんな彼女に私が差し出せる答えはそれしかなかった。


 自分を恥じた。

 私はどこまでもお節介で平凡な日常に恋い焦がれているのに非日常を自ら引き寄せてしまう。そんな自分を恥じたが、今はそっと彼女を見守るのだった。

 しかしそんな安堵すら許されなかった。


 「まだだ」

 「!」

 「最後に後悔しな!」


 豆狸の声。

 振り返るとそこに彼の姿はなかった。

 そして何処からともなく“風”が注がれる。

 突風。いや強風を超えた暴風。

 一瞬の閃き。

 それが瞬きの時もおかず、私に向けて放たれた。

 風の刃が空を切る。直接の妖術でないので私は再生を信じた。しかしその時だ。


 「危ない!」


 私の目の前に何かが飛び出した。

 生身。そんな彼女は私の前に急に駆け込み、私を庇ったのだった。


 そう、それは誰を隠そう神狼の少女である。



 


 


 

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