8ー5従者契約

 力なく倒れた神狼フェンリル

 銀色の髪と赤い血を垂らして私の目の前で倒れたのだ。


 「なっ!」

 「ぐはっ!」


 グタッ!

 鈍い音が地面を鳴らして、私の前に崩れ落ちた銀髪の狼少女。

 その体には穴が開き、私の目の前で力なく崩れ落ちた。


 「お前ー!」


 私は叫んだ。

 目の前で倒れた少女。

 その背後にいたのは私が先程倒し、今では消滅しかけている妖怪ー豆狸まめだぬき


 あの妖怪は化けるのがとても上手く、神狼でありながらその正体と生い立ちを知らず成り代わってしまったこの子を仲間としていた妖怪ー送り狼を皆殺しにしたやつだ。

 気に食わないからと言うくずみたいな理由で妖怪を消失させ、この町を雨で満たす。

 そんな気に食わないやつだ。


 昨日出会ったばかりではあるが私の話し相手になってくれていた優しいこの子の仲間を蹂躙じゅうりんし、敵討ちに来たこの子をも返り討ちにした奴だったが、既にその存在は薄れ消えかけている始末だ。


 「くくくっ。最後の足掻きだ。精々嘆きな!」

 「豆狸!」

 「あー、お前は恨んでないぜ。俺が嫌いなのはその薄汚れた狼だけさ。じゃあな!」


 妖気が焼失した。

 跡形もなく消え果て、その姿形は今はない。

 完全に消失した。

 倒せたのだ。

 しかし最後の最後に放った妖力の塊は弱り果てた神狼には手厳しくぐったりとしている。


 「うっ!はぁはぁはぁ」

 「しっかりしろ。意識を保て、体内の妖力と神力を体内で束ねて肉体を安定させるんだ」

 「はぁはぁはぁ……よかった」

 「えっ?」


 私はそんな言葉を吐く狼少女に絶句した。


 「貴女を……人を、守れて……本当に、よかった……もう悔いは、ない……です」

 「しっかりしろ!まだ生きているんだ。生きることを諦めちゃダメだ!」


 吐き捨てた言葉は途切れ途切れ。

 ボロボロになった体は、ここまでの旅と戦闘で使い古され朽ち果てようとしていた。

 それなのに私を庇ったばかりにこんなことになってしまった。


 「どうして私を庇ったんだ。私は吸血鬼ー死なないんだぞ!」

 「それでも……痛みは……ありますよね」

 「だとしても」

 「仮になくても……私は……助けていました。貴女が、私を……助けてくれた……ように」

 「どうして……はっ!」


 私の脳裏によぎるのはフェンリルの特徴。

 フェンリルーそれは災いを予言する力を持つ北欧神話に伝わる神獣。

 送り狼に触れすぎたせいでその能力ちからの殆どはかき消されてしまっていたとしても少しは残っていたのだ。


 つまり彼女はこのことを予言していた。

 私が死なないことを知っていた。

 それでも彼女が庇ったのは、にある。


 「人を助ける送り狼……」

 「私の、仲間は……皆、人に優しかった。……私がいない間、仲間は……人を助けるために……死んでしまった。……だから最後まで私は、人を……愛した仲間が……救いたかった者達を……守りたい……ただ、それだけだった……それだけでよかった」

 「だからと言ってこんなこと……」


 私は涙が溢れそうになる。

 しかし彼女は弱々とした手で私の頬を撫でる。


 「いいんです。貴女が……私にしてくれたこと……知っていました。……飛び出した私を、追って……ここまで来てくれたのには……驚きと、感謝と……不快がありました……けどそんな私に、最後まで手を差し伸べて……諦めなかった貴女を……私は心から……愛していたんです」

 「もうしゃべるな」

 「だからこれで……満足なんです。ようやく私は……仲間のもとに行ける……真の仲間として、受け入れられるのです。こんなに……嬉しいことはない……」


 目を閉じる。

 そして死を受け入れる。

 そう覚悟したその時だった。


 「来るな」

 「えっ?!」

 「な、何だこの声」


 「来るな」

 確かにそう聞こえた。

 野太く威厳のある声。

 その言葉に真っ先に反応したのは、傷だらけの狼少女だった。


 「親分」

 「えっ?!」


 その声掛けに応えるように周囲を無数の妖気が包む。

 しかしそこに姿はない。

 ただ聞こえてくる獣の声と黒く象ったもやが出現する。


 「これは一体……」


 私の問いかけには反応しない。

 ただこの少女の言葉を滞りなく続く。


 「親分。それに皆んな」

 「来るな。お前はまだ来るな」

 「そうだ、来るな」

 「来るな」

 「来るな」


 「来るな」の合唱。

 その光景は異様だ。

 ここに無関係の私がいることが、如何にも場違いな気がしてならない。

 いたたまれない気持ちで一杯で、そんな場所から姿を消そうと離れようとしたが聞こえてくる声の主たちはそんな私を引き留める。


 「おそれか。初めて見た」

 「畏れ?」

 「思いや執念ともいうけど、これは残った妖力で形を形成したもの。怪異ではないけれど、それにとても近いものの一種だね」

 「でも……どうして……」


 弱りはてた体を起こす。

 荒い息遣いとへだった獣の耳。


 「多分だけど何かを伝えに来たんだ」

 「何、か」


 私の回答に疑問を持つ狼少女。

 しかし当の本人はどうやらその気のようだ。


 「お前はまだ来るな。生き続けろ」

 「親分!」


 親分の声。

 その圧巻の力強さに驚愕する。


 「どうしてですか、親分!」

 「お前は生きなければならない」

 「私が皆んなと違うからですか!」


 咎める。

 自分が仲間とは違うから。

 しかしそんな言葉を軽くひねる。


 「私が皆んなと違うから。……送り狼じゃないから、私みたいな異質で異端な……紛い物なんて……最初から、仲間だなんて……思ってなかったんだ!」

 「戯言たわごとを。私も皆もお前を仲間ではないなど一度も思ったことはない。伝承の産物。追い払われたお前を見つけた時から、お前は仲間なのだ」

 「親分……」

 「だがお前はまだ生きろ。お前は私たちとは違う。生き続けられる」

 「そんな!私にはもう仲間はいないのに……。そんなの地獄です!」

 「心配はいらない。お前にはいい仲間が、使えるべき奴がいる」

 「そんな……」

 「そこの異形!」

 「私か!」


 私はそんな言われを受けた。

 しかし存在そのものが化け物の私にとって気にすることでもないのは周知の事実。


 「お主のが我らが仇討を成し、そ奴を救ってくれたことは知っている。感謝する」

 「いえ」

 「そこで頼みがある。そ奴に生きる目的を与えてはくれないだろうか」

 「生きる目的?」

 「居場所を失ったそ奴に生きる意味を与えてほしいのだ」


 唐突な発言。

 他人の手綱を握り、その道を指し示すことの重さ。

 それらがいっぺんにのしかかる。


 そんな折だ。


 「はぁはぁはぁはぁーー」


 ドスン!

 狼少女は倒れた。

 神力もましてや妖力すら残されてはいなかった。

 剥がれ落ちていく肉体と命。

 その光景を目の当たりにした私は本意ではなかったが、一か八かの提案をした。


 「君は生きたいか」

 「はぁはぁはぁはぁ」

 「生きたいなら答えろ。私と契約しろ!」


 と発していた。


 


 

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