8ー6 銀牙

 私の提案は契約だった。

 魔法使いや少女が使い魔と呼ばれる魔物と契約する場合、祓い屋が妖怪を使役するように私は提案したのだ。

 しかし私の契約は一味も二味も違う。

 昔母に言われたのだ。


 「ルーナ。貴女の契約は少し変わっているのよ」

 「えっ?!契約」

 「そう。私が竜と契約したみたいに、貴女もいつか必要になる日が来るかもしれない。でもねこれだけは覚えておいて、ルーナの契約は……」



 私の契約。

 それは普通の契約とは異なる。

 言葉だけではない。

 対価を必要とするわけでもない。

 私には危険はないのだ。な。


 「けい、やく」

 「そうだ。けど私は普通の契約はできない。人間相手にはできない。だから今まで試みなかった。契約は相手を縛ること。もとい互いの意見を交えることだ。しかしこれは危険すぎる。下手をすれば君の存在が消滅しかけない」

 「如何、言う……ことですか?」

 「時間もない。説明も選択の時間もない。ただこれだけは聞いておいてくれ。私は君の居場所になれないかもしれない。だけど必要としている。友達として」

 「えっ?!」


 私は簡単に説明した。

 私の契約は『血』だ。

 吸血鬼らしく血を使う。しかし相手を吸血鬼、つまり自分の眷属には出来ない。それは人間相手にも同義だ。


 しかしこれは普通の契約とは違う。

 互いの結びつきを強める意味での契約。

 従者契約なのだ。


 「従者契約をすれば君の体は元に戻る。むしろ存在の成り立ちから変化してしまう」

 「変化……」

 「うん。でも必ずしも上手くいくわけではない。君の伝承を破壊してその存在を消し去る可能性だってあり得るんだ」

 「……」

 「けれど何となくだけど君ならできると思う。私は君に生きてほしい」

 「どうしてそこまで……」


 そんな質問。

 私は思いついていなかった。

 そこにあるのは虚構。


 「成り行きかな」

 「たった、それ……だけのことですか」

 「悪い?私だって助けたい命ぐらいある」

 「こんな……いてもいなくてもいい……私がいても……いいんですか?」

 「それは自分の考えろ。答えが見えないのなら、これから考えていけばいい。なあに、時間ならいくらでもある。私は死なず歳も取らないからな」


 私は笑って見せた。

 すると荒げた息を整えて、私の頬を撫でる狼。

 そして一言。


 「私を……受け入れてくれるのですか」

 「うん。いいよ」


 そう答えると涙の雨を流す。

 そして私はそれを合意と認め、最後に問うた。


 「私の魔力を込めた血を与える。これを飲めば君は私の従者だ」

 「わかり……ました」

 「言霊ことだまの力を込めて、術を形成する。そのためには一つしたような工程があるんだ」

 「何でしょうか」

 「君の名前を教えてくれ」

 「名前」


 名前には強い力がある。

 それを結びつきとして媒介として用いるのだ。

 両者の合意を名前と言う固有名を表す言葉に乗せるのだ。


 「名前はない」

 「ないのか……」

 「だから、貴女に……つけてほしい」

 「私が!」

 「はい」


 私は少し悩んだ。

 そして答えた。

 周囲から靄や気配は消え親分達の気配は消えていた。

 そして……


 ◇◇◇


 ピンポーン


 チャイムが鳴った。

 私はいつも通り玄関に向かい、来客を迎え入れる。


 「遊びに来たよ、ルーナちゃん」

 「よっ!ルーナ」

 「こんにちは。ルーナちゃん」

 

 今日は蒼だけではない。

 朱音と黄色の姿もある。

 私は怪訝な顔は一切見せず、「いらっしゃい。さあ入って」と軽くいなす。

 少し前までは蒼が毎日のように来ていたが、今は少し頻度が下がった。が、一週間に一回は必ず来る。

 時間が空いたことで私は慣れた。


 「お邪魔しまーす。って、ほんと広いね!」

 「うん。アンティークのものが本当に多いね」


 朱音と黄色は今日初めて来た。

 事前に聞いていたらしい。

 私も今日は連絡を受けていたので、気分良く話すと広間に案内する。


 「ここが広間だ」

 「リビングってやつか!」

 「失礼します。って、えー!」


 黄色が叫んだ。

 朱音は固まる。

 遅れて入った蒼もいつもと違う光景に驚く。


 そこにいたのは銀の長髪。

 青く澄んだ瞳。

 私と同等の背の高さに美しい肌。

 そして何よりも目を引くのは真っ暗な執事服だった。


 「ルーナさん。お友達ですか?」

 「うん。そうだよ銀」


 私は銀と呼んだ。

 彼女はルーナさんと呼ぶ。

 惚けている友達に私は彼女を紹介した。


 「紹介するよ。彼女は銀牙ぎんが神狼フェンリルであり送り狼の妖怪で、先日私と従者契約をした子だ」

 「る、ルーナちゃん。もしかしてその銀牙さんを眷属にしたの?」

 「いいや厳密には違うよ」


 私はそう説明する。

 すると今度は銀から。


 「皆さんの事はルーナさんからお聞きしています。魔法少女の蒼さんに、テニス部の朱音さん。それから錬金術を行う黄色さんですよね。ご紹介いただいた通り、私はルーナさんの従者の銀牙と言います。どうぞ銀とお呼びください」

 「す……」


 朱音が言葉に詰まる。

 黄色も同様だ。


 「す、凄いよ!えっ、何?執事とか従者とか色々詰め込みすぎだって」

 「狼なのに耳も尻尾もない。興味深い……」

 「耳と尻尾は妖怪化している時にしか出現しません。ほら」


 と、銀は髪を少し避け人の耳を見せる。

 すると黄色と朱音は「ほぇー」と驚く。


 「何だか賑やかだね」

 「嫌いかい?」

 「ううん。でもちょっと羨ましいなって」


 蒼は残念そうに顔を下にする。

 しかし私はこう返す。


 「何言ってるんだ。朱音も黄色も、それに蒼だって私の大切な友達だよ。信号機は三色揃ってないと」

 「ルーナちゃん」

 「うん」

 「嬉しいけど、信号機のまとめ方はちょっと……」

 「わかりやすいからね」

 「もおー、ルーナちゃん!」


 蒼は怒っていたが、私は楽しかった。

 これからもこんな日が続くだろうと。

 けど流石に毎日は来なくてもいいかな。


 




 

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