第8話 狼の少女

8ー1 神狼

 雨。


 大粒の雨が降り注ぐ。

 私はそんな雨の中を駆け巡る。

 ただ一つ。その目的のために。


 「待て!絶対に逃さない!」


 私は叫んだ。

 雨で掻き消える。

 私は標的を流さないよう、ただそれだけを念頭に走り続けていた。

 をひたすらに地面に擦り合わせ、先行く標的を追い回す。


 「しつこいなー」


 標的は口を開いた。

 その直後私に向かって何かをした。

 何かとはわからない。ただとてつもない突風が私の周囲を駆け巡り、私の身動きを封じる。

 しかしそんな風の幕を無理やりにこじ開け、眠れる力を呼び覚ましを逆立てる。


 「捉えた!」


 私はそう叫ぶ。

 いつもとはだいぶん違う私の言葉遣い。

 狂い吠える。

 狂気を纏った私のは目と鼻の先にいる標的をした瞬間。

 私は暴風に包み込まれた。


 「ギャン!」


 体をズタズタに引き裂く。

 痛い。

 私はボロボロに剥がれ落ちていく自分の毛並みを見た。

 牙は削がれ、本能は閉じ、自分が力を失うのを感じた。


 バタンーー


 体が地面に叩きつけられた。

 先ほどまでの森の中とは違い吹き飛ばされたのか舗装されたアスファルトの上に横たわる。


 「全くしつこいんだよね」

 「許さない。絶対に、許さない」

 「もううるさいなー。お前もお前の弱っちい仲間のところに送ってあげるよ!」


 そうヘラヘラとした態度で答える。

 私は死を覚悟した。

 私は復讐も果たせずに仲間のところに送られる。

 それでもいい。

 早く仲間に会いたい。

 そう思った時だった。


 「チッ!人間か」


 標的はそう吐き捨てる。


 「今回は見逃してやる。命拾いしたな、偽物」


 標的は姿を消す。

 待て。待ちやがれ。お前だけは絶対に死んでも許さない。


 そこで私の意識は途絶えた。

 その頃には私の力は消え失せ、姿


 ◇◇◇


 その日、六月上旬。

 天気は雨模様だった。


 朝からしとしとと降り続け、鬱屈とした気分にさせられる。

 私は傘を持って学校へ登校し、今下校中だ。

 今日は蒼は皐月さんのトレーニングに付き合わされている。私は遠慮したので、今は一人だ。



 「ううっ、はっ!」


 私は目を覚ました。

 そしてその直後には怒りで頭が真っ白になる。それは私の仲間を襲ったあいつとそんなあいつに負けた私自身の無力さを痛感したからだった。


 「次、次に見つけたら必ず……」

 「何を見つけたらだい?」


 私は突然見知らぬ声を聞き、瞬時に目を向けた。

 そこにいたの白髪の少女だった。

 黒のワンピースを着ており、まるで人形のようだ。


 「あのここは」

 「ここは私の家だよ」


 私はふと自分が泣かされていたのが細長い椅子の上で人間社会で聞くところのソファーと言うもののようだ。ふかふかで気持ちがよかった。

 さらには毛布までかけられてた。


 「あのこれは?」

 「ああ、それ。別に気にしなくていいよ」

 「そうは言いましても」

 「いやだって、まさかうちの前で裸で倒れてるなんて思わないから。他の人に見つからなくてよかったよ。最悪逮捕されてただろうからね」

 「そんなことが……」


 私は自分の不甲斐なさに失望した。

 関係のない人にまで迷惑をかけてしまった私は仲間達の恥さらしだ。


 「ところで君名前は?」

 「えっ?」

 「名前はって聞いたんだよ」

 「私に名前はありません」

 「名前がない?じゃあどこから来たの」

 「ここから遠く離れた地からです」

 「うーん。じゃあ質問なんだけど、君は神狼フェンリル何だよね?」

 「!」


 私は驚いた。

 私の正体を見破っている。

 いやそんなはずない。今私は妖力を失い残った力で昔作った人の姿になっているはず。

 この姿になれば私は普通の人間と同じはずだ。

 だけれど、一つだけ理解できなかった言葉がある。


 「神狼って何ですか」

 「えっ?!君は神狼フェンリルだろう」

 「私はそんなものではありません。私は誇り高き送り狼です」

 「送り狼?」


 彼女は私の顔を覗き込み疑問符を浮かべていた。

 

 「送り狼と言ったら、日本の妖怪の伝承の一つで送り雀と対をなす存在だろう。人を襲う怖い犬の妖怪として知られている」

 「私達の群れはそんなことはしません!」

 

 私はつい怒鳴ってしまった。

 怒りのままに助けてくれた少女に怒鳴り声を上げてしまった自分をさげすみ、謝罪した。


 「申し訳ありません。ついかっとなってしまって」

 「いやいいよ。こっちだって悪いことを聞いたから」

 「本当に申し訳ありません」

 「だからいいって。それより紅茶でも飲むかい。もう入れてきちゃったけど」

 「ありがとうございます。いただきます」


 私は紅茶という飲み物が入ったカップを手渡され、口をつける。

 温かく、私は舌をヒリヒリさせた。

 すると彼女も腰を下ろし、自分のこと話し出す。


 「まあ君が送り狼であろうと神狼であろうと関係ないよ。今はただ怪我人を助けたお人好しだと思ってくれて」

 「怪我?」


 私は自分の体を見た。

 包帯が巻かれている。

 しかし傷のようなものは一切なかった。


 「そんな私はあいつに」

 「怪我は回復魔法と薬で倒した。それにしても何であんなに切り刻まれた怪我をしたんだい。まるでみたいに」

 「風!」

 「どうしたの?」


 私は自分に起こったことを思い出した。

 私はあいつの風に当てられた。

 私も仲間も皆んなあいつの風の刃に切り刻まれていた。

 森の奥で発見した時には既に命はしていた。


 「私がもう少し早く皆んなのところに戻っていたら。私が人を助けていなかったら」

 「何の事かはわからないけど、ご冥福を。でも君は誰かを助けたんだろ。それを自分のせいだなんて思っても遅いよ。後悔後に立たずって言うぐらいだからさ」

 「勝手なこと」

 「ごめん。でも今こうして君が生きていられるのはそのおかげじゃないの?」

 「それでも私は。こんなことになるぐらいだったら、死んだ方が」

 「馬鹿なことを言うな!」


 私は叱られた。


 「いいかい。例え送り狼であっても神狼であってもだ。命は一つきりなんだ」

 「そんなことわかっています」

 「私が命の価値を語るのは不躾なかもしれない。それでも今話していることが間違いだとは思わない」

 「貴女一体何を知って」

 「別に知らないよ。私はルーナ・アレキサンドライト。吸血鬼と魔法少女のハーフなだけだ」


 不思議なことを言う少女。

 しかし何故だろう。私はこの人には勝てないとこの時、この言葉を耳にして確信してしまったのだった。


 


 

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