7ー7 発火石
崖から滑り落ちた私はとっさに風の魔術に似た魔法を唱えた。
「シャイニー・ウィンド!」
周囲に風が渦を巻いて形成される。
その風は砂埃を弾き飛ばし私の体を守った。
「ふう。何とかなったけど、どうなってるんだ」
私は振り向いて観察する。
目立った変化はない。だが私には腑に落ちなかった。
崖から落ちたことがではない。それにあのぐらいの怪我なら本来魔法を使わずとも何ともない怪我だった。しかし私にそうさせたのはこの地形の変化だ。
「地形が変わっている。しかもこんな短時間で……それだけ成長が早まっているのか」
地面に手を触れる。
ドクンドクンーー
心臓の鼓動のような音が地脈を通じて体の中に流れ込むのを感じた。
ゆったりとしたリズム。しかし一つ一つに妖気を感じられたのはあの山の化け物が本物の怪異になり変わろうとしている証拠だ。
「時間がないってことか」
これまでに捕らえられた人達の精神体を栄養にして成長を続けている。
その早さは驚異だ。
たった二週間前後。それだけの間にここまで存在感を拡張したのは異様な光景だ。
「もしかすると、これがわかってて龍宮さんは私達をこんな場所に寄越して、皐月さんに発火石を渡したってことですか。まったく読めない人だ」
そもそもこの依頼は龍宮さんから頼まれたものらしいから龍宮にはある程度わかっていたはずだ。
そして対策として発火先を手渡し、使うことを促した。いや最初から知っていたのかもしれない。考えすぎかもしれないが。
「まあそんなことを考えるよりもとりあえずあの化け物を倒さないと」
心を落ち着かせ、精神を研ぎ澄ます。
乱れた呼吸を整え私は自身の力を解放し促すような背中から肩甲骨にかけてに魔力を送り込む。
ほのかに熱を感じる。
身体中を駆け巡る魔力が温かい。
私の中にある吸血鬼としての反応を解放し私の背中に黒い翼を生やした。
「さてと、やりますか」
黒き翼をはためかせ空に舞い上がる。
青空を駆け巡るその姿は異様だろう。
「蒼、皐月さん。頑張ってください。あとは私がやりますかから」
◇◇◇
あの怪異になりかけている山の化け物までは空を飛んでいれば大した問題ないと思っていた。
私は快調に翼をはためかせ空を切って進んでいく。
「おかしい。こんなに目立っているのに攻撃してこないなんて。本当に地上にしか対処できないのか」
淡々と語る。
あの化け物は蔦を伸ばして獲物を捕獲するようだが、それならば空には何の影響ももたらさないのだろうか。
少し不自然だ。
「とりあえず用心しておこうかな。何が起きるかわからないんだから」
加速しながら目指す化け物は目と鼻の先だ。
あれだけの巨体でしかも動けないのであれば補足すること自体は簡単だった。
しかし私が近づこうとした瞬間、身体中を電流のようなものが駆け巡った。それは私の本能が訴えかける危険信号だった。
「やばっ!」
突然急停止した。
シュッーー
音を立てて空気を揺さぶるのは長く伸びた蔦、いや根っこだった。
幾本もの根っこが地面から這い出て空をゆらゆらと鞭のような挙動を見せる。
「あの山の力っことか。これじゃあ本体に近づけない」
頭上を目指して急上昇しようにも同じ速度で伸びる根に阻まれた。
振り切ろうにも大きさに見合わない素早い動きとしなやかに追ってきてはまるで針の穴を通すように正確だった。
「これなら」
光の剣 《ライトソード》を右手に持ち対抗する。
だがこれは大きさ通りと言うかスパスパと切り込みは入るが切り落とすためにはパワーが必要だった。
その上異様なまでの成長性が私の攻撃の全てを嘲笑うかのように植物らしく瞬時に再生した。
「無理やり強行突破はできないか。だったら」
竹刀袋に手をかけた。
口を開き中から取り出したのは一本の刀だ。
艶のある黒塗りの鞘。
私はそんな彼女に《・・・》語りかけた。
「かたり聞こえる」
「うんルーナ」
刀は喋った。
かたりと言うなの付喪神はこの神刀改め妖刀に宿った古の魂だ。
「状況は何となくわかる思うけど、君は炎を纏っても大丈夫?」
「はい、問題ないですよ」
「そっか。じゃあごめん」
私は皐月さんから預かった発火石を握り、反対の手で握る《妖語》に打ち付けた。
発火石は弾ける。
ブオッ!と炎が刀の刀身から上がる。
「熱くない、かたり」
「うん。全然平気だよ」
私は頷いた。
息をはぁーと長く吐き、心身共に落ち着かせる。
《妖語》を構え目の前に聳える化け物を目視した。
「あの何をするのルーナ」
「ここから炎を飛ばすんだよ」
「えっ?」
「大丈夫。私の魔法で強化して無理やりにでも飛ばしてみせるから」
「む、無謀じゃないですか」
「無謀でもやってみるしかないよ」
「わかりました。信じます」
「うん。信じて」
《エンチャント》ー付与魔法。
《ブースト》ー強化魔法。
《エンハンス》ー拡張を促す強化魔法。
三つの類似する魔法を重ね合わせ一つの魔法に昇華させる。
三重の輪が《妖語》に力を与え、私を大きな輪が包み込んだ。
「さあ、祓い斬らせてもらうよ」
一振り。
空気を揺さぶり、震える。
轟音と共に発火石によって生まれた炎が化け物に引火する。
熱源から発せられた余波は蔦を森を根を焼き払い化け物に痛みを与える。
怒号が聴覚に刺激を与え止めさせようとするが、それらは無駄だ。
山の化け物は炎に包まれ、炭へと還る。
化け物の姿をよく見ると、その口から囚われてた意識体が外に飛び出しているのが見えた。
空間を突き破り元の体へ。
その姿を見届け、その頃には空間は消失し私達はその場に投げ出されていた。
「やっと終わったか」
◇◇◇
「終わったねー」
「うん。そうだね」
私と蒼はそんな会話をした。
帰りの電車の中で電車に揺られながら話をする。皐月さんも返事をくれた。
「今回はうまくいきましたが、次はどうなるかわかりません。蒼は今後はしっかりとトレーニングをしてくださいね」
「は、はい」
見てわかる通り落ち込む蒼。
そんな姿を流し目し、スッとなって思うこと。
(朱鷺時雨龍宮……一体何を知っていたんだろうか)
夕陽に当てられながらそんなことを思うのだが、今はそんなことは後回しでいいと思う私であった。
「……終わったみたいだね」
一人私は唱えた。
彼女達ならきっと果たせると思っていた。いわばこれは試練だ。
その試練を突破した彼女らには暫しの休息を与える必要がある。
「ふふ。これから面白くなりそうな予感がする。さてと、次は何を見せてくれるのかな」
彼女は楽しそうに笑っていた。
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