7ー6 五月雨丸

 「せめてもの救いはまだあの怪異が怪異になりきれていないことかな」

 「ルーナちゃん何言ってるの?」


 蒼が私に無表情で反応する。

 とうとうヤバイ認定されてしまったようだ。


 「えっと、あの山みたいに大きな妖怪もとい怪異はまだ本当の怪異としての力を発揮できていない気がするんだ」

 「気がするでは少々もの足りませんね」

 「確証がない。それについてはごめんなさい。でもあれは多分まだなりきれていない。なり損ないのはずです」


 私は自分の意見を押し通す。

 確証なんてものはない。しかし私にはそう思えた。


 「どうしてそう思うのです」

 「もし本当の怪異なら人の意識だけを狩り取るなんて面倒なことはしないと思うんです。私自身、怪異と遭遇したことなんてないので分かりませんが、そもそも意識を奪っているのは成長。つまり本物になるためだと思うんですよ」

 「本物ってじゃああれは偽物なの?」

 「いいや違うよ。本物っていうのは怪異にとっての名称を得て存在を確立するための行為なんだよ」

 「名称?名前のこと」

 「うん。名前を得ることで実体を確証に変えて存在を確立する。それが一番やっちゃいけないことだって昔母から聞いたんだ」

 「貴女のお母さんは一体どんな知識の持ち主何ですかね」


 皐月さんが疑うように聞いてきたが、私は返答に困った。一言で表すならそうだな。“何に対しても確かなことができる”そんな人だ。

 皐月さんは一瞬のためらいを持ったが、すぐに私達のことを信じてくれた。と言うより私の発言を飲み込んでくれた。


 「つまり今ならまだチャンスがあると」

 「はい。怪異になってからでは多分遅いんです。力とか倒し方とかじゃなくて、近づくことが」

 「なるほど。それでどう倒すのですか?」

 「わかりません」


 私は答えた。

 私自身全てのことに対処できる訳ではない。こんなこと初めてだ。

 そもそもあの巨体をどうやって消滅させるのかそれ自体が根本からなる難しい事実だった。


 「ねえ」

 

 何かいい方法はないだろうか。


 「ねえってば」


 かたりで斬りつける。

 いやそんなことをしても意味はない。


 「ルーナちゃん、聞いてよ!」

 「何、蒼」

 「聞こえてるんだったら少しは聞いてよ」

 「聞いたたよ。それで何」

 「えっとね、私思いついだんだ」

 「思いついた?」

 「うん。燃やしちゃえばいいんだよ」


 ◇◇◇


 「燃やすか」


 燃やす。私もそれは考えた。

 しかし問題はある。


 「あの怪異……妖怪をどうやって燃やすんだい」

 「火を起こして投げつけるとか」

 「投げ付けるって何処から」

 「えっと下から?」

 「蒼。君はあの下まで辿り着けるのかい?近づけば近づくだけ探知の感度は上がるうえに蔦も張り巡らされていて身動き一つ取れないと思うけど」

 「だ、だったら上からとか?」

 「上って……まあそれならなくないかもしれない。けど肝心の火はそれから何に引火させるんだい」

 「えっと……ごめんなさい。無理でした」

 「いやいいよ。それに無理ってわけじゃない」


 私は落ち込む蒼を励ました。

 何故ならそれが一番最適な方法だったからだ。


 「不可能ではないと言うのは何か方法があると」

 「火を起こす方法さえあれば何とか」

 「火ですか。!確かここに」


 皐月さんが重装備の中から何かを取り出す。

 左の胸ポケットから出てきたのは小さな石が二つ。両方とも赤く発光がよかった。


 「これは使えそうですか」

 「何これ」

 「発火石ですか。はい、大丈夫です」


 発火石。

 魔法鉱石の一種で強く打ち付けることで火花を発し炎を生み出す石だ。

 しかし何故皐月さんが持っていたのか。


 「姉さんに渡されただけです。まさか使う時が来るとは思いませんでしたが」

 「朱鷺時雨龍宮さん。まさか私達が空回りしていることを最初から見抜いて……」


 不思議とあの人の顔が頭の中に浮かんでくる。

 あのどこまでも見透かしている節のある凄まじい眼光はまるでこの世の全ての断りを知りその力で飲み込んでしまうのではないかと恐怖する。それだけの畏怖を感じてもおかしくなかった。


 「それでこれで何とかなるんだよね」


 ふと蒼が空気を清浄化する。

 割って入ったその行為は本当に救われた。余計なことに頭を回している暇は今はないのだ。


 「うん。あとはこれを誰かが頭上から放てば」

 「私は水だから」

 「私は空を飛べないので」

 「ん?」


 過程は出た。

 しかし結果を生むための行為を誰もできなかった。一人を除いて。


 「ああ、私がやるしかないか」

 「地上は任せて!私と皐月さんが何とかするから」

 「何とかって」

 「とにかく何とかするから」

 「う、うん」


 不安だ。

 皐月さんはともかくとして蒼の未熟さは言いたくないが甘すぎる。

 チョコレートよりも甘すぎる。その上行動力(お人好し)さには呆れてしまう。


 「二人とも静かに、そう言っているその場から来ましたよ」

 「「!」」


 皐月さんが警戒態勢に入った。

 竹刀袋から何かを取り出す。

 それは刀だった。しかし伝わってくるのは凄まじいまでの陽の力だった。


 「皐月さんそれって」

 「神刀です。名は五月雨丸。朱鷺時雨に伝わる雨の刀です」


 その優美な曲線。

 そして伝わる神力。気圧されてしまいそうな程の気合いはその目が表していた。

 剥き出しにされた闘志を心の底から穏やかに閉じ込め、散り散りに散開する雨粒のように溢れ出るそれらを支配した。

 

 「ここは私と蒼さんに任せてルーナさんは行ってください」

 「えっ、でも」

 「大丈夫だよルーナちゃん!」


 自信満々に送り出す蒼。

 いつの間にか変身を完了させており青と白とで彩られた可愛らしい格好になっていた。


 「皐月さん、蒼」

 「早く!この蔦さっきよりも強度が」


 魔法で迎撃する蒼は絡めとられまいと抵抗していた。

 力ずくで引き剥がし、その間まで華麗な踏み込みとステップで皐月さんは五月雨丸を振り続ける。

 《五月雨丸》。その溢れ出る神気には目を見張る。しかし使い手がいつまでもつかはその話の例外ではない。


 「わかりました、後は任せます」


 私は二人の身を案じこの場を後にした。

 川を越え森の中を駆け巡る。


 しかしその間も蔦は私を追おうと必死だ。

 だが皐月さんがそれを阻む。


 「“千歳連撃”」


 そんな声だけが私の耳に入り、そしてそのまま私は勢いよくーー


 「飛んだら捕まる。だったら、ってうわぁ!」


 崖から落ちた。

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