7ー5 怪異

 つたを躱しながら一旦あの場所から離れた私達は少し森の浅瀬にやって来ていた。

 ここが山彦のテリトリーであるにも関わらずに。


◇◇◇


 「はあはあ。ここまで逃げればもう追ってこないよね」

 

 蒼が息を荒げながら答える。

 しかしそれに対して皐月さんは不安を煽るような言葉を送った。


 「どうでしょう。ここが山彦のテリトリーであるなら」

 「多分バレてると思うよ。今も私達を絡めとろうと探してるはず」


 私は周囲を警戒しながら答える。

 ここは奴、山彦の作り出した世界。簡易的な裏世界だ。そんな空間に飛び込んだ私達は格好の獲物だろう。

 何処に逃げようが同じ。

 この空間に囚われている限りは、私達の行動のほとんどは山彦に筒抜けだ。


 「ここが山彦の作った空間で私達を捕捉しているのだとしたらもう手遅れだよ。何処に逃げたって同じ」

 「それじゃあ」

 「でもまだ方法はあるよ」


 私は答えた。


 「山彦は私達を追いきれない」

 「えっ?」


 矛盾している。

 そう思ったのだろう。しかし言葉の意味は少し違う。蒼が考えているのはあくまでも先程までの私の言葉。と言うことだ。

 しかしそれはあくまでも一つの回答に過ぎない。

 

 「山彦は私達の所在までは今はまだわからないってことだよ」

 「わ、わからないよ」


 蒼は頭を抱える。

 しかし今の言葉で理解してくれたのか皐月さんが代わりに答える。


 「つまり山彦は私達の存在は気づけても、何処にいるのかまだはわからない。と言うことですね」

 「はい。でもそれも時間の問題ですけど」

 「どう言うこと、ルーナちゃん?」


 蒼が質問する。

 私は投げかけるようにして答えた。


 「私も詳しくはわからないけど、山彦はどうやって蔦を伸ばしたら私達の居場所を探知していると思う」

 「えっ?うーん、魔力とか?」

 「それもあると思うけど、それならもっと早くに探知できるはずだよ」

 「そっか。えっ、じゃあ」

 「根っこですね、ルーナさん」

 「正解です皐月さん」


 私は笑みを加えて答えた。

 その言葉に何かに気がついたのか、蒼もポンと手を叩く。


 「あっ、そっか!根っこを使って私達の魔力を探ってるんだね」

 「少し違うけど正解。多分……」

 「多分私達の足音、それから生命力を伝っているんだと思いますよ、大和さん」

 「皐月さん、私のことも蒼ちゃんって呼んでよ」

 「では訂正して、蒼さんの考えも一部は当てはまるかもしれませんが根本はそこではないんです」

 「どう言うこと?」

 「根っこってことはあの妖怪、山彦は動物ではなく植物ってことになるんだよ」

 「植物……それが何か関係あるの?」

 「うん。少なくともメリットとして一つね」


 少し考える時間を与える。

 「うーん」と唸って考えていた蒼だったがピコンと頭に電球を点灯させたようにパッと回答した。


 「動かないことでしょ!」

 「正解。あの妖怪は植物体。すなわち動けないんだよ。動いたとしてもほんの最小限。じゃなかったら今こうして話しているうちに私たちに近づいてあの巨体を生かして捕獲しようとしてくるだろ」

 「うんうん。でもそうしないってことは」

 「うん。あの妖怪は動けない」


 ここに正解は出た。

 しかしこれはあくまでもとして見た限りだ。

 確かに時代が変われば時の流れと共に妖怪の姿は変わると言った。


 (でもあれじゃあ山彦じゃなくて、本当に山の一部なんだよね)


 私は考えてみた。

 そもそも何で今なんだろう。

 もし前からいたとしたら、もっと多くの人が意識を持っていかれたはずだ。

 なのに今までそれがないと言うことは前提が崩れるが、あれは山彦じゃなくてもっと別の何か。


 「もしかしたらあれは山彦じゃなくて、違う種類の妖怪かもしれない」

 「えっ?どう言うことルーナちゃん」

 「そもそも前提となっている山彦は山の神と呼ばれる妖怪なんだ。最初は山だからと言う端的な理由だけで山彦だって思ったけど」

 「あれは山彦ではない。そう考えたらいいんですね」

 「はい。でもだとしたら何だろう。山に関連する妖怪は幾つもいるけど、何て例聞いたことがない」

 「だったら新種なんじゃないの?」

 

 蒼がそう答えた。

 私は首を傾げ投げかける。


 「蒼。今なんて」

 「えっ?!新種の妖怪かなーって」

 「新種……」

 「新しい伝承か何かがトリガーとなって生み出されたそう言うことですか?」

 「うーん、わかんないよ」


 新種。新種か。

 いやこれは新種じゃない。そもそも短い時間での伝承や言い伝えではここまでの力は出ないはず。だとしたらこれは……


 「そうか、これは思い塊か!」

 「思い?」

 「うん。これは何かの思い。それこそこの森自体が作り出してしまった妖怪。いわゆる怪異だよ」

 「怪異。何故そんなものがこんな安全な場所に」

 「怪異は出来るまでに幾つかの工程があるけれど、その中で必要なものは言葉と想像だけでいい」

 「言葉、想像?それじゃあ誰でも怪異を作れちゃうんじゃないの?」

 「いいや、普通はできない。妖気やその他の類がないとね。ここは山だ。山や川、海なんかの自然にはそう言った力を何処からともなく集めてしまう魔力があるんだ。だからこれはなんて事のない森が引き起こした一種のトラブル。イレギュラーなんだよ」

 「そんな簡単に言わないでください。では何故今になって。その上人まで襲ったりした」

 「それはわからないですよ。でも推理なんて関係ないんです。今私達が相手にしているのは言葉では通じない相手、自然なんですから」


 

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