7ー4 山彦

 山彦やまびこ

 それは古来より言い伝えられる妖怪の一種だ。

 山に向かって大声を発すると反響して返ってくる。その現象を昔の人々が妖怪と認識したことにより生まれた伝承。それこそが山彦の発祥だ。


 その姿形は様々だが、伝承に伝わる絵巻では犬のような姿をしているものが多い。しかしそれはあくまでも人々の想像が作り出した形でしかない。時代が変われば姿形は変わる。


 「山彦。ですがあれでは犬と言うよりも」

 「山ですね」


 私はそう思った。

 大きさは六メートル程。


 (大きい。どうやって倒せばいいんだろう)


 さらに極め付けはその異様な姿だ。

 山の様と評したが、何処か鬼の様に見える。全身を木々や草に覆われ蔦を絡めたその姿は動く山だった。


 「おそらくあれがこの空間を作り出している大元の妖怪で間違いない様だ」

 「大元の妖怪?」

 「前に蟹坊主に会った時異様に空気が淀んでいたのを覚えているだろう。それと同じで、この空間はあの妖怪が作り出しているんだよ」

 「じゃあ私達あの山彦って妖怪に引き込まれちゃったの!」

 「まあそうなるね」


 淡々と薄っぺらい感想で返す。

 まあこの空間から出ること自体は方法はある。


 「この空間から出るには自力で出口。つまり入ってきたところから外の世界に出る方法ともう一つ」

 「もう一つって?」

 「この空間を形成している大元。今回はあの山彦を倒す他ない」

 「えっ?!無理だよ。あんなに大きいんだよ。それに何も悪いことしてないんだったら、私は戦うのはやだな」

 「私も同じだよ。でも、そう都合よく逃げられる相手じゃないみたいなんだよね」

 「どう言うこと?」

 「見てて」


 山彦の口元。

 その辺りを中心に視界を広げる。そこに広がっていたのは視認はできない。ただ私達のような普通ではない人には見ることができた。“見る”ではなく“感じるみる”の方が近いかもしれない。


 「あっ、あれって!」

 「うん。人の意識だよ。聞こえるよね、蒼にも」


 私達には聞こえていた。

 様々な呻き声が。苦しむ声が。それはまるで絡まった糸に閉じ込められた綿の様な気分だ。身動きも取れずにただそこにいて抵抗できない虚しさしかない。


 「酷い。何であんなこと」

 「それはわからない。ただ幸いにも意識を食べられてはいないようだ。もしそうならとっくに養分になってるはずだからね」

 「ですがこれで選択肢は絞られましたね」

 「はい……」


 私達は答えを決めた。


 「あの妖怪を祓います」


 ◇◇◇


 山彦を祓う方法は古来より伝承されていない。

 何故なら山彦は妖怪であると同時に神様のような扱いを受けてきた存在だ。人の認知や想像が生んだ単なる副産物でしかないが、それは確実に効力を発揮している。

 現にあの巨体を構築するだけの妖気はそう言った“伝承”から取り込まれた栄養だ。それを与えたのは私達人間なのだが。


 「山彦についてはお母さ……母に聞いたことがある」

 「ルーナちゃんのお母さんって物知りだよね」

 「まあ普段は適当な人なんだけどね」

 「それでどう言った特徴ですか。何か状況を打破し、意識を救い出す手がかりでもあればいいのですが」

 「それが案外難しそうですよ。母曰く山彦は神様のようなもの。山限定ではあるけど、その力は凄まじく今でも認知されている」

 「やっほーってやつだね」

 「うん。地域によっては呼び名も違えば壇上に伝わる他の妖怪と間違われることもあるそうだけど、言ってしまえば反響。それが具現化した存在で、科学的根拠も出てしまっている。そこから紐解いてわかることは」

 「わかることは」

 「山彦はもともと実体のない空想の存在。人の認知が下がれば無力化できる」

 「でもそれってすっごく時間かかるよね?」

 「まあ軽く数百年。もしかしたら永遠になくならないかもしれない」


 私はそう答える。

 すると落胆の肩とともに空気が重くなるのを肌で感じた。

 しかし役立つ情報もある。


 「山彦はその特性上、山でしか基本的に活動できない。そして反響の性質ゆえに耳がとてもいい」

 「耳がいい?」

 「微かな音にも敏感って聞いたよ。後は伝承の元になっている反響。つまりは声を跳ね返すんだ」

 「声を跳ね返す。でもそんな感じしないよ」

 「うん。私もそこが気がかりなんだよ。それに……」


 私達がそんな相談をしていた時だ。

 山彦が動き始めた。

 ゆっくりと蔦を伸ばして何かを捕らえる。そんな嫌な気配と予感が悪寒となって私の中を流れていく。


 「蒼。後ろ!」

 「えっ、きゃあ!」


 キュン!


 忍び寄っていたのは蔦だった。

 その蔦は蒼の腕に巻きつく瞬間私が間に割って入り、私の左腕に代わりに巻きついた。


 「この!」


 私は力いっぱい蔦を引き剥がす。

 幸いにも縛りが甘かったのか、少しの力で解くことができた。


 「これは……」

 「多分山彦が作り出したこの空間自体が侵入者を捕らえに来たんです。多分この力で絡めとられた人達が意識だけを養分として持っていかれた。この山は森は生きている」


 考えればわかることだった。

 そんな簡単なことにすら気づかないほどに注意が散漫していた。そんな自分を心の底から恥じた。


 「でも、どうするの。もしそうだとしたら」

 「ここに私達があること自体既に知られていると言うことですね」

 「そんなの、もうやることは決まってるよ」


 私は周囲に意識を向けた。

 そして叫んだ。


 「逃げるよ!」

 「「えっ?!」」


 迫りくる蔦を避けるようにして一斉にこの場を逃げ出した。

 


 

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