6ー3 模擬戦

 約束通り、私と蒼は揃って武道場に向かった。

 朱鷺時雨先輩が言っていた通り、三十分程時間を置いてだ。

 武道場へは行ったことがなかったが、道に迷わず辿り着いた。


 「手合わせって言ってたけど、まさか本当に剣でやろうってわけじゃないよね」

 「多分大丈夫だと思うよ」

 「ならいいけど」


 最後に見せた表情。

 あれは本気だった。

 本気で私の首を取りに来ている目をしていた。


 (そもそもあれって脅迫だよね)


 私は心中ではそう思いながらも、足は素直に武道場を目指す。

 外付けの廊下を通り、体育館脇に建てられた武道場。

 部室棟に極めて近く、そこにあった体育館よりはほんの少し小ぶりな建物。

 そこが先輩の言っていた武道場だった。


 「ここだよね?」

 「うん。柔道部とか空手部とかとは別みたいだから、多分ここだよ」

 「じゃあここにいるんだ、朱鷺時雨先輩」


 私はゆっくりと扉を開いた。

 その視界には一人を除いて誰もいない。

 そこにいた少女は剣道の防具に身を包み精神統一をしていた。


 「あの、朱鷺時雨先輩」

 「来ましたか」


 朱鷺時雨先輩はゆっくりと立ち上がる。

 その脇には竹刀が一本。

 そして竹刀を右手に持つと、私に突き出しこう言った。


 「さあ、始めましょうか」


 ◇◇◇


 「あの始まるって何を」

 「もちろん手合わせです。模擬戦とも言いますが」

 「それは剣道をですか?」

 「いいえ、これは安全上の処置です」

 「はあー」


 私はあまり納得できなかったが、仕方なく飲み込んだ。

 すると先輩は私に防具と竹刀を渡してくる。


 「貴女も来てください。ルーナ・アレキサンドライトさん」

 「えっと?その……」

 「どうしました」

 「その、着方がわからないんですが?」


 私はそう言う。

 第一あたかも知っていて当然のような素振りを見せないでほしい。

 私は本当に知らないのだ。


 「そうですか。では……」


 と私に近づく。

 私は警戒せずに接近を許した。


 「私が着せてあげますので、それから手合わせをしましょうか」

 「は、はい。お願いします」


 私は素直に答えた。

 そして防具の説明をレクチャーされながら着替える。


 「お、重い」

 「わあー、ルーナちゃんかっこいいよ」

 「そうかな?」


 私は加減な顔をする。

 確かに精神統一には適しているかもしれない。

 しかし思った以上に重く、動きづらい。

 私は本来の自分自身の力が半減している気がした。


 「如何ですか?初めて来た感想は」

 「想像以上に重くて動きづらいです。でも、確かに闘う者って感じはしますね」

 「そうですか。竹刀の持ち方や礼儀作法はこの際置いておきます。貴女なりの戦い方をしてください」

 「いいんですか?」

 「はい。私も今回はそのつもりなので」


 と竹刀を構える先輩。

 私はそれを見てハッと正気に戻る。

 そして私も竹刀を両手で構えた。


 「それにしても他の人達は……」

 「今日は部活が休みなので。最初からいませんよ」

 「じゃあ思いっきりやっていいんですよね」

 「ええ、構いませんよ」


 と答える。

 表情は面からは窺えない。

 名前だけは一応聞いたことがあるので、答えておく。


 「それでは行きますよ」

 「はい」


 私が了承すると同時に、ピクリと先輩の右足が後ろに下がった。

 それを脇目で確認した途端、私は凄まじい殺気を感じた。

 それに気付いた時には先輩の姿はそこにはなく、私の目の前。目と鼻の先を掠める位置まで来ていた。


 「くっ!」

 「反応はいいようですね。ですがあまい」


 踏み込みから一気に力を加える。

 何とか竹刀で守るがそれでも息は荒い。


 (くっ、重たい。それに動きづらい)


 機動力が完全に死んでいる。

 それに本気を出せばただでは済まない。


 「皐月さーん、ルーナちゃん剣道もやったことないんだよ。それに防具だって今日初めて来たんだから、手加減してあげないと卑怯だよー」

 「それは言い訳になりませんよ、大和さん」

 「何で?」

 「確かにそうだ。私は相手の条件を飲んだ上でこの場にいる」

 「それを貴女は最初から分かった上でこの場に立っていると言うことでいいのですね。では文句はないと」

 「当然。それにこれには意味があるんですよね」

 「はい。安全面とですからね」



 私は納得した。

 さらに追い討ちをかけるように発した一言。


 「それに貴女はまだ余力を残しているはずでは」

 「だったら」

 「本気になってもらうまでです」


 すると一歩後ずさり、竹刀を横に持った。

 右足がが下がり体勢も下がる。

 中腰のようであるがその迫力には何かの合図のようだった。


 その時間はほんのわずかな物で、私の目で捉えられたのは私が普通ではないからだろう。

 私はよく観察して攻撃に備える。

 その刹那。


 キュン!


 私は目を見開く。

 音を立て、一気に横に薙ぎ払った一閃は常人の目では捉えきれない。

 ましてや私ですらギリギリだった。

 しかし私はそれを何とか竹刀で防ぎ切る。


 「私の“千歳斬り”を!」


 驚く先輩。

 一瞬力が抜けた。


 私はその瞬間を見逃すことなく、竹刀を右に倒して体の軸を回転させて弾き落とす。

 そして竹刀を失ったところで竹刀のリーチを最大限活用して懐に潜り込み、先輩の首筋に竹刀を当てる。


 「チェックメイト。私の方です、先輩」


 ◇◇◇


 「負けました。強いですね、想像以上です」

 「先輩も、かなり強かったですよ。特に最後の“千歳斬り”でしたっけ?」


 あの技はかなり早かった。

 そして重かった。


 一歩後ずさることにより加速をつけるための軸足と初速を生み出す利き足に猶予を持たせる。

 納刀しないことで抜刀時の加速を生み出さない代わりに、体を捻るようにして剣を振ることで速度と重さを作ったのだ。

 これは剣が重ければその分だけ加速とパワーになる。

 何とも厄介な技だ。


 (危なかった……目が慣れてなかったら、負けたのは私の方だった)


 ホッと一息ついて、防具を外す。

 私が防具を外し終わると、先輩はこう切り出す。


 「約束です。ルーナさん」

 「あっそっか。そんな事賭けてましたっけ?」


 私は思い出したように声を上げた。

 

 「ルーナちゃん凄いね。まさか皐月さんに勝っちゃうなんて!」

 「たまたまだよ」

 「それでも私の負けは負けです。もっと精進しなければ……」

 「皐月さん……」


 徐々に小さくしょげる声。

 私はその声を聞き、目を伏せる。

 しかし皐月先輩は私の顔を見てこう話す。


 「見極めさせてもらいました。貴女の実力は確かな物です。認めましょう。それではこれを」


 と手渡してきたのはお守りのような物だった。

 板のように見えるそれを天にかざして首を傾げる。


 「あのこれは?」

 「証明書です。一応活動に差し支えはないかと」

 「はあー」


 私は首を軽く傾げる。

 一応の証明書とのことだが、おそらくは「活動に差し支えない」の一言を読み解き、認印と同じ役割だろうか。


 「ありがとうございます」

 「いえ。それでは行きますか」

 「はい?」


 私はまたしても言葉と頭にはてなを付ける。


 「私の姉、朱鷺時雨龍宮の下にです。もちろん、貴女もですよ大和さん」

 「えっ?私も!」


 私達は強引なまでに皐月さんに引きずられ、皐月さんのお姉さんの下に向かうのだった。


 




 



 


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