6ー4 朱鷺時雨龍宮

 私は皐月さんに一太刀を浴びせ、見事勝利した。

 そして今は蒼と共に朱鷺時雨龍宮と言う人物に会うべく、行動を共にしていた。と言うよりも帰っていた。


 「こんな遅くにいいんですか」

 「ええ構いませんよ。もっともんでしょうけど」

 「はい?」

 「気にしないでください。多分今頃は神社の境内にいると思うので」


 皐月さんは淡々と言った。

 そして私達は神社までの道のりを急ぐ。


 「この階段の先がうちの神社です」

 「龍宮神社?」

 「はい。うちの苗字はこの神社から取られているので」

 「なるほど」


 私は納得した。

 すると蒼は先を行くように神社へと続く石段に足をかける。


 「ルーナちゃん、皐月さん。早く行こ!」

 「ええ」

 「ああ」


 せっかちに進む蒼。

 私と皐月さんは一段ずつずらして上っていく。


 「それにしても皐月さん」

 「何です?」

 「あの技凄かったですね。“千歳斬ちとせぎり”でしたっけ?」

 「ああー」


 そう言うと空気の抜けた風船のように萎んだ声を上げた。

 私は何か気に触ることでも言ったのだと思い、謝る。


 「すみません」

 「何を謝っているのですか。確かにあの技を防ぎ切られたのは姉さん以来ですが、別に気にしてはいませんよ」

 「すみません」


 (めちゃくちゃ気にしてる……気まずい)


 やはり気にしているようだ。

 あの空を切り裂くように一気に間合いを詰めて切り裂く。

 居合でもないのによくあれだけの速さを出せるものだ。


 「あの技は私や姉さんが初めて覚えた剣術の技なんです。始まりの技と言ってもいい。毎日欠かさず鍛錬を積む中で、あの技もその工程の一環として組み込んでいましたが、初見で防がれるとは思ってもいませんでした。多分姉さんもこればかりは見えていなかったでしょう」

 「でも本当にギリギリでしたよ。少しでもタイミングがずれれば私が負けていました」

 「でも勝ったのは貴女ですよ、ルーナ。結果的に私は負けたんです。でも悔しくはありません。姉さん以外に勝てない者がいてくれて俄然やる気が出ました」

 「そうですか」


 私はこの空気が収束したのを感じた。

 そして私達は階段を上り切る。

 そして先に辿り着いていた蒼の背中を捉えた。


 「蒼」

 「ルーナちゃん、あの人が朱鷺時雨龍宮さんだよ」


 と指を差す。

 そこにいたのは白い巫女装束を着た髪の長い女性。

 黒く艶のある髪が素敵だった。


 「あの人が皐月さんのお姉さん」

 「ええ。朱鷺時雨龍宮……この町一体を統べる巫女です」

 

 ここからでは伝わらない。

 私と同じで


 「行きましょうか」

 「大丈夫ですよね」

 「ええ。姉さんは優しいので」


 私は一時の不安に身を案じたが、前に出た。

 そして龍宮さんの元に向かう。


 「姉さん」

 「待ってましたよ、皐月。それに皆さん」


 キリッと開いたまなこはまるで世界の全てを知り尽くしているようだ。

 深く深く探究の限りを尽くすその瞳孔どうこう

 恐怖さえ感じられるその目には敵意はない。むしろ寛容的なまでに優しいと思えた。


 「こんにちは龍宮さん」

 「うん、こんにちは蒼ちゃん。あれから少しは魔力がコントロールできるようになった?」

 「えっと、その……」

 「うーん。その様子だとまだかかりそうだね。焦らずゆっくりやっていこうか!」

 「はい!」


 ニコッと微笑む。

 先程感じた貪欲さが嘘みたいだ。


 「姉さんは貪欲ではないんです。むしろ楽観的で適当」

 「じゃああの目は」

 「姉さんは強すぎる霊力とよ」

 「飼いならす?」

 

 私が疑問に思うと、龍宮さんはこちらを見て優しく答えた。

 淡々としていない。抑揚がつく。


 「飼い慣らしているんじゃないよ。皐月」

 「姉さん」

 「後輩に変な誤解を生むような発言は禁止!いいね」

 「はい」


 皐月さんは従順に答えた。

 そして今度は私の方を見てニコッと笑う龍宮さん。


 「初めまして、貴女がルーナ・アレキサンドライトちゃんね。私は朱鷺時雨龍宮。見て通り朱鷺時雨皐月の実の姉で、今は大学生。それと同時にこの町一体から周囲の幾つかの町まで守護する巫女さんでーす!」

 「自分で言うんだ」

 「そうだよ、蒼ちゃん!」


 蒼の顔を見てそう答えた。

 そしてすぐに私の顔を見返すと、こう切り出す。


 「龍宮先輩って呼んでいいよ」

 「そうですか。では龍宮さん」

 「あれ?思ったより淡泊」


 腑に落ちない様子。

 しかし龍宮は気にせず話を続ける。


 「ここに来たってことは、何か気になることでもあったのかな?」

 「まあ」

 「そっかーそうだよね。じゃわかった。当ててあげるよ」

 「えっ?」


 そういうと目を閉じて顎に手を当て考える。

 そして出てきた言葉は予想をはるかに超えていた。


 「ずばり、私が何者か気になったんでしょ!」

 「はい」


 私は率直だった。

 しかし返ってきたのは意外に普通だ。


 「そういう人……あっ、こっち系の人ね。私がに何者で何をしている人なのか気になる人が多いんだよ。別に私はどっちがどっちとか関係なく、みんなが明るく楽しくもっともーっとフレンドリーな関係のほうが楽しいし生きやすいと思うんだ。だからせめてこの町ぐらいはこんな風に人と妖怪とが身近に感じられて、共存できるようにしたんだよ」

 「だからこんなに寛容的で、不思議なことが起きても動じないんですか」

 「うん。でも苦労したよ。皆を説得して、おまけに世界も救ってさ」

 「世界を救う?」


 私は引っかかった。


 「うん。でもそれは貴女もでしょ、ルーナちゃん」

 「うっ!」


 私は肝が冷えた。

 あの忌々いまいましい記憶を呼び起こす。

 別に私のせいではない。

 しかし世界はあんなにももろいのか。


 「別に貴女のせいじゃない。勝手に救われた世界だもの。貴女が悪いんじゃない。それに貴女は気にしていないんでしょ。誰も悲しませず、皆を救ったんだから」

 「わかってます。それでも私は忘れたくない」

 「それもまた正解」


 寒々しい話。

 しかしそんな空気は一瞬で断ち切る。


 「さて昔話はこれぐらいにしてさっそく本題だけど、単刀直入に言ってルーナちゃん貴女に頼みたいことがあるの」

 「頼みたいことですか?」

 「うん。蒼ちゃんも皐月もよく聞いてね」


 驚く二人。

 しかしいったん顔を見合わせると、互いにコクリと頷いて見せた。


 「皆には私の手伝いをしてほしいの」

 「手伝い。姉さんの?」

 「具体的にはいろいろなこっち系の面倒ごと。つまり怪奇案件が舞い込むかもしれないから、その対処をしてほしいの」


 怪奇案件ー要するに妖怪を基本とした裏世界の厄介ごとだ。

 時として表世界にも多大な被害を被るそれらは両協会が対処することだ。

 しかしなぜ私たちなのだろう。


 「この町は基本的に安全だけどね、優秀な人もいるの。でもそんな人たちでも関与できないことはある。だから基本的に教会に縛られず、私が勧誘した人で強い人は貴方達だけなの」

 「お断りします」


 私は丁重に断る。

 流石に自分から首を突っ込むのは合理的ではない。

 昔の私でも流石にしない。


 「というわけで帰りますね」

 「待って」

 「まだ何か」

 「引き受けてくれたら、色々あるよ」

 「色々って」

 「平日の日は学校に行かなくても単位がもらえるし、怒られない」

 「いや別に休むしないので」

 「お金も出るよ。少しだけど」

 「いやいいです」


 しつこい。

 それなら自分でやればいいのだ。


 「じゃあ私の秘密教えてあげるから、ね」

 「秘密?」

 「うん。なんで私があなたのことを知ってたのか知りたくない?」

 「別に」

 「ほんとかなー。《赤紅の吸血鬼》さん」

 「なっ!」


 私は驚く。

 蒼と蟹坊主にしかこの町では言っていない。

 蒼を見るが首をぶんぶんと横に振る。

 どうやら言っていないらしい。

 驚いた。この日本ではあまり知られていないはずだ。


 「それだけじゃないよ。私にはなんとなくわかるから」

 「引き受ければ教えてくれて、この国で活動しても」

 「大歓迎だよ。何なら私とも模擬戦する?」


 と今度はさっきの試合のことを言い当てる。

 心や記憶が覗けるわけではなさそうだ。


 私は興味を持った。

 だからかは知らない。それこそそんな交渉などなくても、私は既に心の中にある本心では決めていたのだろう。


 「わかりました。その以来引き受けます」


 と、笑って答えていた。

 そして龍宮さんもニコッと微笑む。

 時刻は夕暮れ、そんな虚空のやしろは帰る足音だけが響くのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る