5ー5 再起

 横丁に店を構える通りのおさであり、《ねこのみや》の店主で支配人の壱弥いちやからの依頼は突拍子もないものだった。


 「お願いします。俺達に力を貸してください」

 「すみません。無理です」

 

 すると黒髪の壱弥は顔を上げ答える。

 私はそれを無言で見つめ返す。

 壱弥はもう一度頼み込んできた。


 「頼みます。俺達じゃ旧鼠組の連中を止められるだけの力も数もないんです」

 「それでも断らせてもらいます。そもそも、何で私達があなた方を助けないといけないだい」

 「それは……皆さんが強いからですよ」

 「強いからと言って引き受ける理由にはならない。それに、これは裏世界の問題だ。仮に表世界に影響が出るようならそれは裏世界の不始末になる。そうは思わないのか」

 「ううっ」


 私の一言で場が静まり返る。

 そもそも私はもうこんな面倒ごとに巻き込まれたくないと思い、協会を去ったのだ。

 今更自分から飛び込む理由にはならない。

 それに蟹坊主の件は、今後のことを考えたのと自分の安寧が妨げられることへの恐れから仕方なくやったまでだ。

 何かもわからない敵にこちらから飛び込むのはリスクであろう。

 それに私には少なくとも関係のないことだった。


 「と言うことで、私達はこれで帰ります。それでは」

 「ま、待ってください」


 私は壱弥の言葉に聞く耳を持たず、店を後にした。

 その後を申し訳なさそうに蒼が追いかける。

 

 「ねえ、ルーナちゃん。いったい何の話をしてたの?」

 「わからなかったのか。えっとだな、あの人達は私達に旧鼠組を止めてくれと頼んでいたんだ」

 「旧鼠組って?」

 「それがわかれば苦労しない。まあおそらくは蔵助を襲っていたネズミの集団のことだろうな」

 「えっ!じゃあ助けてあげないと!」

 「何故?」

 「だって私達この町の魔法少女なんだよ!だったら私達がやらないと」

 「一つ言っておくが、私は魔法少女ではない」


 私は立ち止まり蒼に宣言した。

 それと同時に吸血鬼でないことも告げる。


 「私はただの紛い物の亜人だ。だからこの町の規則ルールに抵触するわけにはいかない。そんなことをすれば、私の身が危ないからな」

 「大丈夫だよ、ルーナちゃんなら。それに蟹坊主さんの時だって手伝ってくれたじゃない!」

 「あれは友達の身が危ないと感じたからだ。だが今回は違う。私とは直接の関係のないことと、ましてや協会から一歩退いている自分が関わるのは良くないはずなんだ。だから今回は協力できない」

 「じゃあ私は友達じゃないの?」

 「そうじゃない。蒼のことだって心配だけど、君がこの町の魔法少女として町の平和を守るために戦うというのであれば協力はできないだけだ」

 「どうして」

 「だって……」


 私は一息飲んだ。

 そしてためを使って余分の吐息とともに吐き出す。


 「君は強いだろ。誰かのために命を張れるくらにいは」


 私は冷たい目で蒼を見つめた。

 すると蒼は私に背を向けて《ねこのみや》の方に歩み寄る。


 「そうだよね。ルーナちゃんにばかり頼ってもいられないよ。私だって認められたこの町の魔法少女なんだもん」

 「そうか」

 「だから先に帰ってて」

 「そうさせてもらう」


 私は蒼とは真逆の方に進む。

 そして横丁を抜けて裏路地を歩き、元の世界に戻ったのだった。


 ◇◇◇


 蒼と別れ、足早に先に家に戻って来た私は溜息を吐いていた。

 それは蒼のことが妙に心配だったからだ。

 それは蒼が弱いからとか頼らないからとかではない。むしろ肝が据わっていて強い。

 その意思を強く感じさせる程に、蟹坊主の時の彼女は魔法少女としての本質を開花させていた。

 ただ、一つだけ懸念すべき点があるのも事実だ。それは単純明快。


 (蒼は優しすぎる)


 どんな敵にも情けをかける。

 蟹坊主の時も油断しすぎだった。

 だからあんな風にボロボロになっていたのも事実だ。


 そんな彼女には荷が重すぎる。

 しかし一度その枷を取り払って仕舞えば彼女を止めるものはもはやない。


 「だけれども、本当に一人で行かせてよかったのか。いいや、私には関係のないことだ」


 私は首を横に張って、うやむやにする。

 そんな風にしながら家に戻ると、私はポストの中に何か入っていることに気がついた。

 私は「こんな時間に?」と思いながら、恐る恐るポストを開けた。


 「手紙?郵便局からじゃないな。手書きのようだ」


 私はその手紙の宛名を読むが、何も書かれていなかった。

 それを右手に家の中に入る私。

 私は手紙を開封し、内容を確認した。


 『初めまして、ルーナ・アレキサンドライトさん。単刀直入に申し上げます。大和蒼さんを助けてあげてください』


 「助ける?それに何で私の名前を……」


 『旧鼠組はこの町の裏世界を取り仕切るいわゆるヤクザのような組織です。それ故に危険もあります』


 「なるほどね。窮鼠組って言うのはそう言う組織なのか」


 『最近、町で《龍の宝玉》の取引が行われているとの報告がありましたが、貴女方のおかげで無事難を逃れましたが、その背景には旧鼠組が関係しているようなのです』


 「はっ?!」


 『ですのでお願いいたします。貴女に彼女を助けて欲しいのです。そのためには貴女に旧鼠組のボスを倒してほしいのです。どうかお願いいたします。』


 そこで手紙の内容は終わりだ。

 私はそれを読んで気付いた。

 この間の黄色と蟹坊主の件。その裏には旧鼠組が関わっている。何のために……それにこの手紙の主は一体。

 私は少し迷っていた。

 しかしこの手紙を読んで決心がついた。


 「仕方ないか」


 私は妖刀 《妖語》を竹刀袋に詰め込み家の玄関を出る。

 場所についても書かれていた。

 私はその場所に向かう。

 今一度、協会の者として友達として戦うことを決意した瞬間であった。

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