5ー4 化猫横丁

 猫の案内でたどり着いたのは、異様な面持ちを模った場所だった。


 「ねえここって……」

 「化猫横丁……妖怪達の繁華街のようなものか」


 私がそう横丁の入り口に書かれているアーチ状の看板の文字を口走ると、何処からともなく声がした。


 「そうっすよ。ここは俺達の街。妖怪達が行き交う場所っす」

 「ん?今の声って蔵助君?」


 蒼はキョロキョロと周りを見る。

 しかし先程までいた白に茶色の斑点を持つ猫の姿はどこにもなかった。

 代わりにあったのは……


 「蒼。あれ」

 「どうしたのルーナちゃんって、えっ?!」


 私の指差した場所。

 そこには人がいた。

 茶色の髪は短く、身長もほどほど。

 しかし格好は妙に古く、上は羽織のようなものを着ており後ろからでもわかるが下ははかまだった。

 そして何よりも目を引くのはその頭部に位置する耳だ。ピンとなった耳。それは人のそれではなく、猫のそれだった。


 「もしかして、さっきの猫さん?」

 「はいっす」


 と振り返る。

 そこには少年の顔があった。

 まだ若く、艶があるが闘争心をその瞳には宿しているように思えた。


 「えっと、何で人間の姿になってるの?」

 「ん?それはこの街の中なんで」

 「この町?この横丁のことだよね。どう言うこと」

 「俺、この街の住人で普段はこの街ん中にある《ねこのみや》って言う居酒屋で働かせてもらってるんすよ」

 「そうなのか」

 「はいっす!」


 威勢がいい。

 茶髪の猫獣人を眺める蒼の脇で、私は訊ねる。もっと簡単なことを先には処理しておく。


 「ところで君の名前は」

 「おっと!申し遅れたっすね。俺は蔵助って言うんですよ。改めてよろしくっす」

 「そうか。私は……」

 「ルーナさんに、蒼さんすよね。さっきから何度も聞いてます」


 元気よく答えてくれる。

 私達のやりとりをずっと聞いていたようだ。

 と、さらに続けて訊ねる。


 「私達をこんな所に連れてきた目的は何だい」

 「そうっすね。ルーナさんが俺に聞いてきたじゃないっすか」

 「何でネズミに襲われたのかって事でいいんだな」

 「はいっす」

 「じゃあ本当に猫さん……じゃなかった。蔵助くらすけ君は妖怪なんだね」

 「そうっすよ、蒼さん。まあ俺なんてまだまだ半人前っすけど。そのせいで返り討ちにあっちまって」

 「返り討ち?人の姿に戻ればよかったんじゃないのか?」

 「いやいや、流石に人の姿はまずいっすよ」

 「どうしてだい。この町の人はそう言ったことには慣れっこだって」

 「この町の人はいいっすけど、この町のことをよく知らない他の町の人達から見たら変な奴にみられちゃうんですよ。だからこの通りやあんま人が多いところでは猫の姿になってるんすよね」

 「なるほど」


 かなり苦労しているらしい。

 しかしそれを明るく捉える彼を見ていると、何とも晴れやかだ。


 「まあこんな話は後にしましょうよ。ちょっとついて来てください」


 と言って先行する。

 私と蒼は互いの顔を見つめ合い頷くと、蔵助の後に続く。

 その間蔵助はのんびりと呑気な話を繰り返す。


 そして私達は蔵助の後に続いて移り行く店構えを見た。

 所々から妖気や魔力のたぐいを肌に感じる。久々だった。ここまでの数は。

 懐かしい気持ちに浸っていると、どうやら目的地に到着したのか蔵助はある店の前で立ち止まる。


 「ここっす」

 「ここが君の言っていた《ねこのみや》か」

 「いいお店だね」

 「ありがとうございます。それじゃあ入りましょうか。まだ開店前なんで」


 私達の視界の先には建つ建物は外観からして確かに居酒屋っぽかった。

 私達は暖簾のれんの先にある引き戸タイプの扉を潜り、店内へと入った。

 中は薄暗く、灯りは灯っていない。

 しかし普段は活気に溢れているぐらいの酒臭さはわかる。そのくらい、店内の壁を構築している木の板に酒の匂いがついていたからだ。


 「すいませんっす。誰かいないっすかー」


 蔵助は叫ぶ。

 店内に広がる声。居酒屋なので本来夜から朝方にかけての営業のはずだ。当然準備はあるとしても、流石にこんな真っ昼間には誰もいないだろう。そう私は思っていたが、蔵助の呼び掛けに反応してか、誰かがやって来る。


 「何事だいこんな時間に。まだ開店前だよ」

 「姉さん」

 「蔵助かい。いつ戻ったんだ。こんな昼間っから店に顔を出すなんて……後ろの子達は」

 「あっ!そのことです。あの、壱弥さんは」


 蔵助は姉さんと呼ぶ妖艶な香り漂う猫耳の女性にそう伝えた。

 すると更に足音が聞こえる。

 若くて凛々しい、澄んだ声だ。

 

 「俺に何かようか、蔵助」

 「壱弥さん!」

 「どうしたんだ、蔵助。それにそちらの方達は」

 「確かにその子達事を聞いていなかったわね。この横丁に迷い込んだわけじゃないみたいだけど。何者なのかしら」


 私達に対して危険視するような眼差しを向ける女猫と、興味を持ったような若い男猫。


 「私はルーナ・アレキサンドライトです。それでこっちが」

 「大和蒼って言います」

 「俺が連れて来たんすよ。さっき、旧鼠組に襲われたところを助けてもらったんす」


 (旧鼠組……?)


 蔵助の言った名称。

 まるで聞いたことがない。ただ窮鼠と言う妖怪については昔母から聞いたことがあった。


 「そうか。俺は壱弥いちや。この通りの管理を任されてるぬしでこの店の店主だ。よろしく」

 「私は三乃みのよろしくね。見たところ悪い子達じゃないみたいだけだ、何も何者なの貴女達は」


 疑いの目を向けられてしまう。

 だから正直に伝えた。


 「私は吸血鬼と魔法少女のハーフです。それで蒼はこの町の魔法少女」

 「それよりも旧鼠何ですか?私は最近魔法少女になったばっかりで、よく知らないんです」

 「それもそうだね。君達のことも何だか不思議みたいだけど。蔵助本当に旧鼠組だったのか?」

 「はいっす。じゃなきゃ、俺が負けるわけないじゃないっすか」

 「それもそうね」


 蔵助の言葉に三乃は返答する。

 それ程強いのだろうか、この蔵助と言う化け猫は。


 「うーん。確かに最近旧鼠組の活動がかなり盛んになって来ているな。もしかしたらこのままだと表世界にも影響が出かねないな」

 「そうっすよね。だから俺達で」

 「でもだからと言って証拠のないことで言い争うのは、無駄な争いを生みかねないからな」

 「壱弥さん!」


 蔵助が掴みかかるぐらいに怒る。

 その様子を見ていた蒼は質問する。

 

 「あのそれで何で私達をここに連れて来たんですか」

 「そうだ。蔵助、何でこの子達を連れて来たんだ」

 「いや、その……」

 「まさかお前」

 「そう言うことか」


 壱弥は納得したようだ。

 私も何となく話が見えてきた。

 しかしその前に壱弥は蔵助を店の奥へと連れて行き、しばらく戻っては来なかった。


 その間、蔵助の悲鳴が聞こえたのはうまでもない。


 ◇◇◇


 「すまないな、蔵助の奴が勝手に」

 「いえ、それより如何するんですか」

 「如何するって言っても、実害が表世界で出ていない以上、表世界で暮らす君達が関与することじゃないよ」

 「そうですか」


 壱弥の言う表世界とは、私達の暮らす現実のこと。そして裏世界とは妖怪達が暮らす現実とはかけ離れた世界のこと。

 私達は表世界の住人。

 裏で起こることに関与は出来ない。

 しかし。そのため、幾ら直接の関わりがなかったとしてもなのだ。


 だからおそらく、この影響は必ず何処かで現れている。

 そしてそれは物凄く近いところであった。


 「そのことなら、もう手遅れよ」

 「えっ」


 短い声が漏れる。


 「最近表の町で、妖怪が入り浸っているらしいからね。それに巫女さんが取り仕切っている町だけどそれ以外の町から来た方達はそんなこと知らない。となると如何なるかしら」

 「パニックですか?」

 「そうね。それに、何やら最近では人間の女の子って言うのまで巻き込まれたそうじゃない」

 「人間の女の子がかい?」


 私はそれを聞いて少し考えた。

 確かに黄色のように実害が出かねない。


 「でもそれは旧鼠組とは無関係のはずだろ」

 「いいや、そうでもないみたいよ」

 「如何言うことだ」

 「表に影響が出たしたのは、少なくとも窮鼠組が活動を躍進させてからなのよ」

 「じゃあつまりは」

 「旧鼠組は何かをしようとしている、のかもね」

 「不特定ですね」


 私はそう告げる。

 しかしそれに触発されたけ、蔵助が叫ぶ。

 それを耳が痛くなるまで聞いた壱弥はついに言葉を紡いだ。


 「如何やら大事おおごとのようだ」

 「そうですか?」

 「あまり良くないかもしれないが」

 「はあー」

 「ルーナさん、蒼さん。頼みがあります」

 「「えっ!」」


 壱弥は一呼吸、間を置いて……


 「俺達に力を貸してください」


 と告げた。



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