5ー3 猫
傷だらけの猫を抱きかかえ私達が向かったのは公園だった。
「ここが公園だよ」
「確かに大きな公園だ。それに人も多い」
私はぐるっと周囲を見て回りだれも使っていないベンチを見つけた。
おまけに日陰にある。ありがたい。
「あそこに座ろう」
「うん」
蒼もとことこついて付いて来て、私達はベンチに座る。
いわゆる独占というやつなのだが、誰も使っていないのならいいだろう。
と、現状を軽く報告しつつ私は猫の容態を確認した。
体は傷だらけでボロボロで息を荒げて辛そうだ。
その様子を見た蒼は私に動揺の
「ど、どうしようルーナちゃん。このままじゃ、猫ちゃん死んじゃうよ」
「落ち着け、蒼」
「や、やっぱり病院に連れて行ったほうがいいよね。えっと、ここから一番近い動物病院は……」
「だから落ち着いて蒼!」
私は少し強い口調で、蒼を怒鳴った。
するとパニックになっていた蒼は、私の呼びかけで元に戻り少し冷静になる。
「ごめんねルーナちゃん」
「いやいい。それに慌てるということはそれだけ人間らしいということだ。優しいんだね、蒼は」
私は蒼にそうゆっくりと言葉をかけた。
蒼は優しい。けどその優しさでつらい思いはしてほしくはない。
知らず知らずのうちに一人きりで笑っているような悲しい末路をたどっては欲しくなかった。
「大丈夫。そんな悲しい顔しなくていいから」
「ルーナちゃん?」
「蒼は今のままでいいから」
「えっ?どういうこと」
「何でもない。さあ、この猫を治してあげようか」
私は話を切り上げ、猫を見つめたのだった。
◇◇◇
「ねえルーナちゃん。私はどうしたらいいかな」
「自分にできることをすればいいんだよ」
「自分に出来ることって?」
「蒼は回復の魔法って使える?」
私は訊ねる。
すると縦に頷く蒼。
それを知ると、私は蒼にこう伝えた。
「じゃあ蒼。今からこの猫の治癒をするよ」
「うん」
「そこで何だけど、蒼がやってみてよ。治癒」
「えっ?!」
私は驚く蒼の顔を見た。
蒼は口を大きく開いて、私に訴えかける。
「で、出来ないよ。そんなの」
「どうして?相手が猫だから」
「そうじゃないよ。もし、うまく出来なかったらって思うと」
「蒼ってそう言うタイプだっけ?」
「そうだよ」
気負いする蒼。
しかし私はそれを真っ向から否定する。
「違うよ。私の知る蒼はいつも元気で、周りを無理やりにでも引っ張っていこうとするタイプだ」
「そうかもだけど……って、私そんなだったの?」
「気づいてなかったのか。まあそこが蒼の良いところなんだけど。とにかく蒼なら出来る。こんなところで自信をなくしてどうするんだ。仮にも君は魔法少女の一人なんだ。これぐらい出来なくてどうする!」
と激昂する。
すると蒼は先程での不安で情けなかった面持ちから、急に自信が出たのか「わかったよ。私、やる!」と傷だらけの猫に手をかざした。
「うん。良い感じだ。回復魔法は光属性の力を持っている。魔法少女の蒼なら出来るはずだ。それに蒼の属性は水だ。水はその
「わかったよ、ルーナちゃん」
蒼は
青白い光が傷だらけの猫に照射され、少しずつだが傷が癒えてある。
私はその手際に対して見事だと思った。
やはり蒼には魔法少女としての素質があるのかもしれない。そう思うが、本人の顔色は非常に厳しくかなり集中しているようなので、声をかけるのはやめておく。
「いいぞ、蒼。その調子」
「少し黙っててルーナちゃん」
「わかった」
蒼は少しずつではあるが確実に魔力の調整を上げている。
それをじっと確認しつつ、私も最後には力を加える。
「よし、あとは私に任せてくれ」
「うん、お願いルーナちゃん」
蒼は疲れていた。
私は蒼を誉めてから、猫に魔力を注いだ。
「《ヒール》!」
私が魔法名を発するとともに、右の掌から光の粒子が溢れ出す。
その量は先程までの蒼の治癒魔法とは比べ物にならないでいた。
しかし私は蒼の実力を測る目的と、少ない魔力で治してやりたいと思っていたのでわざわざ手の込んだことをしたのだ。
しかしその結果はいかんせん乏しく、結局は魔力を多く使った。
「よし、終わりだ」
私は猫の傷を完全に治した。
蒼の水の魔法で体力の回復や怪我などによるバイ菌の増殖を止めるのは正解だったようだ。
「大丈夫かな、猫ちゃん」
「大丈夫さ。あとは、この子次第だ」
蒼を励ます。
すると猫はプルプルと動き出し、そしてゆっくりと耳を動かしてから目を開いた。
「ニャー」
「あっ!」
「ほら。大丈夫そうだ」
「うん。よかったー」
安堵する蒼。
その間猫はベンチの上で背中を伸ばし首をぐるぐると動かす。
そして大きく「ニャー」と鳴いた。
「元気そうだね」
「うん。蒼の水属性の魔法のおかげで、身体の調子も良さそうだ」
「ニャー」
「何だかお礼を言ってくれているみたい」
猫はベンチを降りると私達に「ニャー」と一声鳴き、首を縦に振る素振りをみせる。
私はそれを確認してから、猫に問いかけた。
「それで何があったんだい」
「えっ?ルーナちゃん」
私が急に猫に話しかけたせいでか、蒼が心配する。
別に私は頭がおかしくなったわけではない。
本当に訊ねているのだ。この猫に。
「何でネズミに襲われていたんだ」
「ちょ、ルーナちゃん。そんなこと言ってもわかんないよ」
「そうかな?ほら、見てみて」
「えっ?えっ!」
蒼は驚いている。
何故ならまるでこの猫が今話した内容を理解したかのように、「ニャーニャー」と鳴き続け、そして私達を何処かに誘導するかのように、少し先で待機していていた。
「私達を呼んでいるかな?」
「多分ね。《トーク》の魔法を使えば確実だけど、その必要もないはずさ」
「どうして?」
「あの猫からは妖力を感じるんだ。そんなに多い方ではないけれど、少なからず妖怪の一種のはずだよ」
「ほんと?」
「うん。とにかく、ついて行ってみればわかるはずだよ」
猫は私達に背を向けている。
私はそれを見届け、蒼にこう言う。
「それじゃあ行こうか」
と。
その意見に賛成したのか、蒼も頷いてくれた。
「わかったよ。ルーナちゃん」
「よし行こうか」
私と蒼は猫の後を追うことにした。
それを音で感じ取ったのか、猫は何も言わずに私達を連れて何処かへと導く。
街の脇を通り、商店が続く道を入る。
そして暗い脇道に入っていく猫を確認した。
「この奥に行ったね」
「うん」
「行こうか」
「うん。ルーナちゃん」
私達は脇道を通り抜ける。
そしてその奥に広がっていたのは不思議な空間だった。
「ここは……」
「街並みだな」
私と蒼の視界の先には、確かに街があった。
しかしそれは現実のものとは違う、裏の顔を表している場所だった。
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