4ー4 白蔵主


 その日の真夜中。

 午前零時を切る。


 私達は無事かたなを入手したが、肝心の抜くことが出来ないまま鎌鼬かまいたちの跡をついていく。

 理由は単純明快。

 鎌鼬曰く、この一件に関してより深い部分まで知っている人物に会いに行くのだ。

 そうすれば事態の深刻さも見えてくるだろう。


 「こちらです」

 「こちらって、この獣道のことかな?本当にこの先に誰かいるのかい」

 「はい、おられますよ。この辺りでは一番人間との交流がおありだった方です」

 「交流ですか……そう言えば、私の祖父以前の代からあやかしとの交流は途絶えていましたね」

 「そうなんですか」

 「はい。現に私が妖怪を見たのは今日が初めてかも知れないので」


 清佳はそう話す。

 肩にぶら下げた妖刀たちを片手間にだ。

 清隆は今回は外れてもらった。家のこともあるらしく、それに清佳と違い妖刀や神刀の扱いに慣れていないためだ。それに加えてあの取り乱し様はお世辞にも流石に使い物にならない。

 清佳もそれをうまく汲み取ってくれた上に、本人も自分の足手まとい感を否めないでいた。だとしたら何故私が参加しているのか。まあここまできた以上、ほっといて無碍むげにする事はできない。それが私の心情だ。


 「もうすぐです。この先に少し開けた場所があるので、そこにおられるはずです」


 鎌鼬はそう説明してくれる。

 若干声が高い気がしたが、気にしないでおこう。

 

 こうして獣道を抜けた先。

 そこには確かに開けた場所があった。

 鬱蒼とした森の木々達に覆われ、照らすのは月夜の星だけだ。

 大岩がポツンと一つだけ置かれている。

 そして当人はその大岩の陰から現れた。


 「やあ鎌鼬、よく連れてきてくれたね。それにしても強い力だ。一体誰なのかな?」

 「白蔵主様!」


 (白蔵主はくぞうす?)


 私の疑問に答える事なく、大岩から現れたのは白い狐の面を被った白髪の男だった。

 男の肌は白く全身を白装束で包み、足元は草鞋わらじである。

 その現代離れした風貌と上手く消してはいるが立ち込める妖気から妖怪である事はすぐに分かった。

 が、今の姿は如何やらの姿を象っている様で、妖力は抑え込まれて。


 「これは失礼したね。僕は白蔵主の白江。この辺りの妖怪たちからは主と呼ばれてるもので、君達を呼んだ張本人さ」


 と丁寧に挨拶をして面を外した。

 そこには青い瞳と傷一つない世間では美男子と呼ばれる様なクールな顔立ちを秘めていた。


 「白蔵主ですか。狐の妖怪が何故ここに?」

 「おや君は何か不思議にでも思うのけー?」

 「それはまあ。伝承では大阪に伝わる狐の妖怪である白蔵主が山梨県の山奥にいるのは不思議なだけですよ」

 「なんだそんなことかいなんだほんなこんけー。確かに僕達は本来大阪の妖怪として知られてる。僕も元は大阪で命を得た。けどね、ふんだからて言って他の他に移ったり、他の地で産まれんわけじゃないよねえよ

 「なるほどそう言うものですか」


 私は一人納得した。

 それを目にした白蔵主の白江は私の顔を見て微かに笑っていた。

 それを私は肌で感じたり、少しだけ強い力を感じた。まるで私の力を試しているかの様に。


 「ところで僕の方からも質問してもいいかな?」

 「どうぞ」

 「まあここにこけぇいるのも時間の無駄だねじゃん。歩きながら話そうかさっか

 「構いません」


 私達はそれを承認し、目的地である陰摩羅鬼の元へ向けて歩き始めた。


 ◇◇◇


 「早速だけど君達の名前は何かな?」

 「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は神条清佳です。この辺りの地主の娘です」

 「うん。で、君は?」

 「私はルーナ・アレキサンドライトです。人間の魔法少女と吸血鬼のハーフです」 

 「吸血鬼に魔法少女かいけーそれほれは驚いたよ。……なるほど、それほれでこの力か」


 白蔵主の白江はまるで分かっていて書いたかの様な反応を示し、軽い自己紹介を交わした間柄の清佳ですらやはり驚きを隠せていない。

 確かに珍しいことかも知れないが、私には知ったことではない。何故なら今私の目前を平然と歩く白蔵主を見ていると、そんな気分を介するようだった。


 「そうだ、刀は抜けるんだろうずらね?」

 「えっ?!」


 清佳は唐突な白江の言葉にポカンと呆然とした。痛いところを突かれたのだ。

 とは、まさにこのことだ。


 「その反応からするに、やっぱり無理なんだねじゃん

 「?!(やっぱり)」


 私はその言葉を聞いて白江がその刀を知っていたことからも分かる通り、清佳が刀を抜けないことを見抜いている。

 それは落胆を表す問いであり、清佳自身目が下を向いて情けなさに浸るしかなかった。


 「まあいいよ。それに……」

 「それに何ですか」

 「いいや。何でもないねえよ、もう見えてくるはずだ」


 白江の目線の先。

 そこには小さな赤い鳥居とりいの姿があった。その中には何かを守るかのようにして佇むやしろの姿がある。

 私はそれに近づくにつれ、みしみしと感じる強いエネルギーを肌で感じた。


 「このエネルギー。陰と陽の気配が混合している。不思議だ……」

 「わかるんだね君には。流石は吸血鬼の末裔だねじゃん

 「茶化さないでください。それにしても少し妙だ」

 「何が妙なのですか?」

 「陽の力と陰の力が共存していない。むしろ陰の力を陽の力の波動で押さえつけている?でも、今は陰の波動が溢れ出して陽を飲み込もうと食らいついているようだ」

 「そこまでわかる


 白江は上々とばかりにそう唱える。

 私はそれを聞き逃さず、白江もまた反論される前に先手を打った。


 「ここが例の地。奴を、陰摩羅鬼を封じた場所だ」

 「ここに陰摩羅鬼が……」

 「ああ。だがそれも秒読み。もうじき封印は解かれ、その黒翼こくよくを今宵の空に羽ばたかせるだろうねらねそうほうしたら、死から溢れ出した多大な陰の気が奴を包む」

 「そうなったら如何なるんですから?」


 私は試しに訊いてみた。

 すると白江はにやりとしてそして何処かうつろげなまなこでこう告げる。


 「そんなことほんなこん決まっているよ。死の万物を下し、人々や自然の摂理を破壊し尽くす化け物でしかないねえ


 と。

 それを聞いた私は体に受けた寒々さむざむしい程に陰の妖気を感じていたのだった。それはまるで白江曰く、既に秒読みのカウントダウンが告げるゴングを待つかのように。

  


 

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