4ー3 妖語


 鎌鼬かまいたちの意図を汲んだ私達は、まず話の前に軽く自己紹介を挟むことにした。


 「勝手に入ってしまいすみません。私はルーナ・アレキサンドライトと言います」

 「す、すまないね。私は神条清隆しんじょうきよたかと言う。そのことに関してはこちらとしても助かったか、そう申し訳なさそうにしなくて構わないよ。それでこっちは」

 「神条清佳しんじょうきよかです。私も、不用意に慌ててしまい妖怪を切らずに済んで良かったです」


 清隆と清佳は親子で、この大きなお屋敷に住んでいる。

 何でも昔からこの辺り一帯の土地を取り仕切る地主の様で、清隆は神社の人らしい。

 そのためかは知らないが、今も二人は正装に身を包んでいる。神主と巫女だ。

 しかしそれよりも気になったのは清佳の右手に握られている日本刀だった。


 「あのそれは?」

 「これですか?これは神刀です。名前は《浄禍刀》。禍を祓い清める事が出来る特別な刀です」

 「じゃあそれが邪を斬る妖刀……」

 「あっ、いえ違いますよ。邪を斬る妖刀。それ妖刀と言う名前ですが本来は神刀と呼ばれる特別なもの。この子よりも、ずっと凄い刀なんですよ」


 にこりと微笑み褒め称える清佳。

 私はそれを聞いてどんなものなのか興味が湧いた。妖刀でありながら神刀でもある特別な刀。それはどこにあるのだろうか?


 「それはどこにあるんだい?」

 「裏手にある山の神社の境内に他の神刀と共に奉納されています。でもあの子はちょっと変わっていて……」

 「変わっている?」

 「はい。お父さん」

 「ああ。ルーナ君、それから鎌鼬さん。少しついて来てもらえますか?」


 と深い物言いを聞き入れ、私達は清隆について行く。

 その間鎌鼬は人の言葉を話すことはなく、トコトコとついてくる。

 明らかに人間の言葉を完全に理解していた。


 ◇◇◇


 私達は山を登った。

 裏山の中腹にそびえる神社だ。

 そこを管理している清隆に連れられ、私達は緩やかな山道を歩いた。

 そして辿り着いた先には補正された階段があり、それを上るとそこには大きくて立派な神社の境内があった。

 

「立派な神社ですね。境内や周りの木々も丁寧に整理されている」

 「毎日欠かさず掃除をしているからね」

 「ところで私達をここに連れて来たのは……」

 「ああ。君の想像通り、ここに奉納されている妖刀を取りに来たんだよ」

 「ここに妖刀が……でもそれはこの神社の奉納品でありお寺で言うところのご本尊なのでは?」


 と聞き返すと、清隆はこれを否定。


 「いや、確かにあの刀はこの神社に奉納されてはいるがその様な代物ではないよ。だから持ち出しても構わない。ただね、あの刀は他の妖刀とは訳が違う。やたら滅多に使っていい代物なのか怪しいところなんだよ」

 「使った事があるんですか?」

 「ないよ。当然、清佳もね」

 「何故ですか?」

 「あの刀は……まあ、見てもらった方が早いね」


 すると清隆は鍵を開けて、境内の中を開けた。

 するとそこには何本かな刀や神聖なお札、神秘的な力を秘める丸い鏡までもが奉納されている。


 そして清隆はその中から一際古く、それでいて神聖視される様な黒い艶のある鞘に納められた神秘と年季、それから強い面持ちをその身に宿しており魂を震わせて共鳴を誘う様だ。


 「これがその例の刀ですか?かなり年季が入っていますね。それに強い力を感じる」

 「君はわかるんだね。この刀の持つ力が」

 「はい。凄いですね、まるで意志を持っているみたいだ」

 「その通りだよ。この刀は意志を持っている。いわゆる付喪神つくもがみだよ」

 「付喪神ですか?」


 付喪神。

 元来千年以上もの時が経ったものは、その時間指数に応じてそのものに魂が宿るとされている。

 それが物の神、付喪神である。

 しかしこの刀からは声がしない。魂の宿りは何となく気がする程度で、まるで眠っている様だ。


 「そうだね。この刀は特別なんだ。この刀はかなりの頑固者でね、自分が認めた相手にしか使わせようとしない。現に、ほら」


 清隆は刀を鞘から抜こうとした。

 しかしいくら力を入れても刀はびくともしない。鞘にがっちりとはまってしまって抜けないのだ。

 しかし刀は鞘に納められているだけで、固定はされていない。それに清隆は本気だ。つまり力を加えていないわけではない。正しい抜き方で抜こうとするが、びくともしないのだ。

 つまりこの刀は……


 「使わせる気がない?」

 「そうだね。私には少なくとも使わせようとは思わないのだろう。それに清佳にもね」

 「はい。私もこの刀を抜く事は叶いませんでした」


 と残念そうに俯く。

 それを聞いていたのか、鎌鼬は円を描くように境内を駆け回り、慌てふためく。


 「どうしましょう、どうしましょう。このままでは陰摩羅鬼が……肉体を得て復活してしまいます……」

 「この刀じゃないと駄目なの?清佳さんの持っている、《浄禍刀》じゃ無理なのかな?」

 「無理ですね。この刀の持つ力では陰摩羅鬼ほどの凶悪な妖怪は……」

 「それ程、強敵なんですか陰摩羅鬼と言うのは……」

 「うん。ルーナ君は、陰摩羅鬼がどのような妖怪か知っているかな?」

 「えっと、よくは。ただ陰摩羅鬼と言うのは死体を依代として生命を成す妖怪だとしか」

 「大まかにはあっているよ。陰摩羅鬼は中国から伝わったとされ、この日本にも昔から根付いていた。死体を発見する力が高く、本来の姿は巨大な鳥の姿だ。人の死体を見つけては、その肉体を依代として奪い取る。人の命を奪う事で、その肉体を奪うんだ」

 「そんな妖怪が」

 「ああ。贄となった肉体から生命力を奪って、妖力に変換してしまう。厄介な奴さ」

 「なるほど」


 私は納得した。

 かなり厄介そうで、私の力でその力を抑制したとしても体を奪っていたら本体には何の意味もないことになると。


 「それにしてもよく知っていたね。陰摩羅鬼はあまりメジャーな妖怪ではないのに」

 「ああ、いえ。昔母から少し聞いた事があるだけですよ」

 「ほおー、では君のお母さんは何かそう言った関係の?」

 「まあ、魔法少女でしたのできっとあやかしものとの関係もあったのでしょうね」

 「魔法少女ですか?では貴女も?」

 「いえ、私は違います。ただちょっとだけですが、力は使えますよ」


 と話をしていた。

 そして自分が何者であるのかをひた隠しにしながら、私達は妖刀《妖語あやかしがたり》を持ち出した。

 そして時刻は真夜中を迎えたのだった。




 



 

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