3ー4 赤紅の吸血鬼
「さてそろそろ、本気を出させてもらうよ」
私はそう宣言した。
その言葉に対して蟹坊主はまるで冷や汗をかいたように固まってしまう。
私はそんな事お構い無しに、自身の力を解放する。
「さて、ここからが本番だ!」
そう答えると、突如として出ていた月が光り始めた。
まるで私の魔力に呼応するかのようにして夜空に爛々と輝きを放つ白い満月が、私の合図に合わせてその色味を赤く染め上げる。
それはまるで血に染まったかの如く、赤々と染まり果て、それは私の瞳とて同義であった。
「えっ?!ルーナちゃんの眼、真っ赤になってる」
「血に染まったような眼じゃと。お主、まさか!」
と蟹坊主は何かに気づき、畏怖したように慄く。
しかし私にとってそんなことはさほど何でもなく、どうでもよかった。ただ私は早くこの争いに蹴りを受けたかったのだ。
「この瞳を見て気づいたか?」
「あ、ああ。噂でしか聞いたことがないが、西の国にいる吸血鬼の中で特に恐れられその赤々とした瞳と月すらも真っ赤に染め上げると言う高い魔力を持つとか言う吸血鬼の存在。其奴が本性を
「なるほど、大体は合っている」
私はそう一人ポツリと呟くと、右手に魔力を集める。
私は魔法を使うことを苦手としている。と言うかほとんど使えない。だけど私には使える魔法がある。それは光と闇を司る魔法の全てだ。
(殺しはしない。ただし、無力化させてもらうぞ)
私はそう右手に集めた魔力を光の魔法へと換算。
作り出すのは剣だ。
光の剣を作り出し、あとは翼を使って飛行しながら接近する。そして勝負は一瞬でついてしまった。
「ぐはっ!」
「……」
私の刃は蟹坊主に直撃した。
その瞬間、魔法を介して流れ込んだ私の力が作動して蟹坊主は消滅することなく小さくなっていく。もちろんその蟹そのものだった。
「うっ、儂の負けじゃ。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「いや、そう言った趣味はないので」
「ふん。お主は優しいのじゃな」
「いや少なくとも私はしませんが、それでおとなしくしていてくれますよね?」
「ふん。それは出来んな、人間共のせいで儂のいた場所は汚れてしまったのじゃからな」
「うーん」
「あの……」
蒼が手を挙げて会話に入る。
そして蒼の口から発せられた言葉は、この事態を解決するものだった。
「あの蟹坊主さん。もしかして貴方はここからさほど離れてない古い池から来ましたか?」
「いかにも。儂の生まれ育った場所は
「やっぱり……だったらもう大丈夫だと思います」
「どう言うこと?蒼」
私は蒼に尋ねる。
すると蒼はとてもにこやかで楽しそうに話し出した。
「あのね、蟹坊主さんがこの街に来たのがつい最近だとして、そう考えたらここ以外に広い水辺はそうないんだ。だから色々と思い出してみて、隣町にね古い神社があるんだけど確かその奥にここには及ばないけど、少し濁った池があるんだよ。でも、今は池と言うよりも沼って感じなんだけどね」
「うん。それで」
「でね、つい最近になって町おこしの一環としてその池を綺麗にしたんだよ。それこそ町の人総出で。その神社って昔からある神社で、龍神様を祀っているとか聞いたよ。私も水の魔法少女だから。それでね、そこについてのことがネット記事になってて、ほらこれ!」
蒼がスマホを差し出す。
そこには一枚の新聞記事が載っていた。
内容を簡単にかいつまんでみると、『龍神様や大蟹の住まうとされる池を綺麗にして、参拝客を増やす』との事だ。つまりは観光資源である。
そして内容には沼とかした池の異臭を取り除き、捨てられたゴミを回収。あと、伸び過ぎてしまった蔓やらを撤去するなどと言ったように町に住む人達の懸命な様が写真に撮られていた。
そしてその写真を見た蟹坊主を見ると、目から涙を流していた。それこそ滝のように。そして、謝罪の意味を込めて私達に礼をする。
「す、すまなかった。儂はただ単純に人間のことを恨んであったが、まさかこんなにも人間たちが」
「でも観光資源にされてますよ?それにご都合主義も
「いいんじゃ!儂は自分の住まう池が綺麗になり、人間達が少しでも心を入れ替えてくれたのならばな。しかしそうじゃな、儂も何か人間達のためになることをせねば。そうじゃ、また大蟹の姿に戻り作業の手伝いでも!」
「いやそれはちょっと……それに、蟹坊主。貴方はあの姿にはならないよ」
「な、なんじゃと!」
愕然としたように大声を出す。
全く、蟹が喋っているのもそうだがそれを聞いている私達も如何なのか?側から見れば変な人ではないか。
「私の力には魔力や妖力、神力であろうとも打ち消してしまうんです。だから少なくともしばらくは貴方はあの姿にはならない。それにその姿も厳しいはずだ」
「むっ!通りで体がうまく動かせんことじゃな。で、如何すればいいのじゃ?」
尋ねてくる蟹坊主も。
私は一つだけ提案した。そして蟹坊主はそれを素直に受け入れた。
こうして、私達の不思議な日常は、非日常から日常へと戻ったのだった。
◇◇◇
数日後。
私はとあるお店の前を通った。そこにあるのは少し前まではテナント募集中だった建物で、今は外観も大きく塗り直され、入りやすい明るい黄色へと変貌していた。
そしてそのお店の中では若い女性の髪の毛を、見事な鋏の技術で切りそろえていく渋い男の姿があった。
「お客さん、如何じゃこの髪は」
「最高です。いつもありがとうございます」
「いえいえ、お客様は神様。そして人様の役に立てることが、儂の本望なのじゃからな」
と言う聞き馴染んだ硬い言葉遣いが聞こえてきた。
それを確認すると、私は少しだけにこりと微笑んでからその場を後にした。
そのお店の名前は、『cutting the crab』。
私がつけた名前だった。
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