3ー3 吸血鬼さんの実力
「ル、ルーナちゃん?」
「大丈夫、蒼?」
私は不安に押し潰されそうだった蒼にそう声をかける。
絶望していた表情が、若干だが解消されそうだった。
「ここからは私が相手をする。だから、蒼は休んでて」
「ダメだよ。だって私が言い出したことなんだよ」
「それは分かってる。それでも私は蒼の友達だ。力になりたい」
「でも……」
「大丈夫。私は負けないから」
「……」
「必ず勝つよ。だって私にはあいつの攻撃は効かないから」
そんな事を言うと蟹坊主は私に対して、「ほほう出来るものならやってみるがいい」と調子の乗った言い方をしてくる。
そして私達に向けて先制の一撃を浴びせようと、容赦のない鋏の拳を叩きつけた。
「ふはは。如何じゃ!先程の拳は少し弱かったが、今回のは本気じゃぞ。お主らはぺちゃんこじゃ!」
「本気、か」
「なぬ?!」
私は蒼を抱えて、攻撃を回避していた。
軽く歩いて、迫りくる剛速の拳を難なく避けた私は調子づいた蟹坊主の鼻をへし折ったのだ。
「お、お主まさかあの一瞬で儂の攻撃を躱したと言うのか?!」
「だったら」
「ははは。まさかな……まぐれじゃまぐれ!」
「……」
無言で返す。
睨むような眼を蟹坊主へと向け、私は蒼を少し離れたところに下ろした。そして、こう告げる。
「あとは私がやる。だから蒼、観ていて」
「ルーナ、ちゃん?」
「じゃあ行ってくるよ」
私は久々に戦う事を決意した。
◇◇◇
本来、私は争いを好まない。
少し前まで、私は自分のなすべき事のために自然と力を行使してきたことがあったが、それが嫌で私はやめたのだ。しかし今は友達のために、この街のために再び力を行使しようとしている。
別に掟はない。
だから私は少しだけ、本気になろうと思った。
「今度は白髪の小娘か。先程の動きを見る限り、さっきの魔法少女とやらよりは強かろうな」
「さあ、如何かな?」
「ふん。まあ幾らお主が強かろうと、儂を止める事はできん」
「やってみないとわからないだろう。それに私はただで負けてやる気はない」
「そうでなくてはな……お主を倒して儂は目的を果たすのだ」
「そうか、じゃあ行くぞ……」
瞬間ーー私は蟹坊主の懐に一気に近づくと、拳をその硬く強靭な体へと打ち付けた。
すると如何だろう、赤い肌に亀裂が生じ、ボロボロと崩れていく。しかし、若干の再生はするもののそれでも痛感しているのは間違いなく分かっているはずだ。
私はそんな相手に続け様に右足で蹴りを入れようとしたが、流石にこれは右腕で受けられた。しかし再生はするがその腕はみるみるうちに壊れていくではないか。そんな様子を見た蒼の小さな一言、「嘘……」と言う言葉がこぼれ落ちていた。
「な、何!儂の腕が一撃で。しかも拳ひとつだと!」
あまりに意外に思ったのか、蟹坊主は慌てだす。
私は別に大した事はしていないつもりだ。
いや、本当に大した事ではないのだ。ただほんの少しだけ、自らにかけていたストッパーみたいなものを少しだけ外して、人間相手では絶対に使えないぐらいの力を込めただけで、別段特殊な事はしていない。それを証明するように、打ち消しの特異体質も、魔法すらまだ使っていないのだから。
「もう降参したら如何?私はあまり争いは好きではないんだ」
「ふざけるな。この儂がこのままおのおの帰る訳がなかろう。無論、お主らも返しはしないがな!」
「そうか。なら……」
私は足の裏に力を込めて、地面を蹴って突っ込んだ。
如何やら蟹坊主は私の速度について行けていない。このまま一気に押し切ってしまおう……そう思ったのも束の間。蟹坊主は、両の鋏を地面に突き立てて地表を露わにさせ、砕かれた岩が粉塵の勢いで私を襲う。
流石に全てを躱し切るのは、難しかったので、私はその岩を肌で受けた。
スカートは汚れ、ブレザーの一部が引き裂かれる。
(くっ)
私は心の中で不満を溢した。
せっかく真新しい学生服が……毎日きちんとアイロンがけしていたのに、破けてしまったではないか。
私は少しだけイラッとしたので、蟹坊主の背後へと瞬時に回り込むと死角から蹴りを一撃入れた。
「ふぐん!」
「ふん」
私は特にかける言葉もなく、続け様に再生したばかりの腕とは反対の腕を掴むと、蟹の身を剥くように折り曲げだ。
すると悲鳴混じりの発狂をあげる蟹坊主。
流石に少しやり過ぎてしまったかもしれない。蟹を含む甲殻類の特徴である再生をこの妖怪も持っているようなので、少しぐらいは大丈夫かと思っていたがやはり体力の消費が激しいのか最初に比べれば随分と弱々しかった。
「まだやるか」
「な、何故だ。何故、儂の攻撃が当たらん。何故お主が見えんのだ。くっ!強いにも程があるではないか」
「そうは言われましても」
「ならばこちらも奥の手を使わざるおえんな。行くぞ!」
高らかにそう宣言した蟹坊主。
確かにまだ何かを隠していても不思議ではなかった。私はあまり詳しくはないが、確か蟹坊主にはもう一つ絶大な技があったはずだ。
初めから警戒していたが、やはりここで来るか。
(どんな攻撃であろうと、私はそれを打ち消すのみだ)
「行くぞ!石化泡」
そう言って蟹坊主は先ほどとは明らかに違う量の泡を口から雪崩のように流し始めた。
そしてその泡が地面に触れると同時に、周囲を汚染し石化させる。それは植物を含む生物であっても有効だ。
「えっ?!い、石になっちゃった!」
「蒼。魔法で自分を守って。当然、触れている地面もだよ
「で、でもルーナちゃんは」
「忘れたの?私は……」
その瞬間、私は雪崩れ込む泡の濁流をすんでのところで空中へと逃げ込む形で回避した。
そう、私は背中から黒い吸血鬼の持つ翼を出現させて空中を駆る。
「何!まさかお主!妖怪じゃったのか?しかしその翼は……まさか、西の国に住まうとされるあの種のものか!」
「へぇー、知ってるんだね」
「いやだが、だとしても儂にお主の力は無意味。儂から血を抜くなど不可能じゃ!」
「ええ、私は血を吸えないので、毛頭その気はありませんから」
「な?何……ふはははは、ははは」
蟹坊主はけたたましく笑い出す。
赤い肌をより赤らめて、笑い転げる。確かに血を吸えない吸血鬼はまずいないだろう。
まあ、そんな事如何でもいい。
私はこの妖怪をどうこうしようとは思わない。もちろん、殺すなんてもってのほかだ。しかし、流石に私もいい加減何とかしないと、このままでは被害が拡大しかねない。そう思い、私は宣言した。
「さてそろそろ本気、出させてもらいますから」
と。
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